ひるやすみ

「滑稽じゃの」

着信どころかメールの受信すらない携帯を握って、机にうなだれ顔を伏せる私を見て仁王が呟いた。
机からゆっくりと顔をあげる。机の前にいたのは袖が少し伸びたベージュのカーディガンを着た仁王。彼はいつもお昼休みになると長細い紙パックの野菜ジュースを飲んでいる。ストローが少し曲がっているジュースを見て、また噛みながら飲んでるよと思いながら私は再度顔を机に伏せた。

「連絡来たんか」

「来たら今頃ウキウキでお菓子食べてます」

「そりゃ、残念無念また来週」

「来週まで待ったらクリスマス終わるじゃん!!」

あ〜。馬鹿みたいな声をあげながら足をばたつかせた。ぱたぱたぱた、足音は傷だらけの教室の床から奏でられた。
仁王はまた滑稽じゃの、笑いながら呟き空席になっている一つ前の椅子に腰を下ろした。仁王の一つの束にまとめられた銀の髪が揺れる。前を向いて座ればいいのに、わざわざ背もたれを前にして私の方を向いて。

「やーっと昼飯だぜぃ」

お前ら何話してんの!
サンドイッチ、おにぎり二つ、購買のサラダ、ペットボトルのジュース、食べきれるのか不安になるほどの大量のお菓子を抱えたブン太は仁王の隣の席に座った。前の席には仁王。斜め前の席にはブン太。彼らのことが好きな女子だったら発狂するほどの特等席だと、私は肘をつきながらぼんやりと考えた。
ブン太は大量の食べ物を私の横の空席に広げたにも関わらず、私の机にまで置ききれなかったお菓子を侵入させた。これじゃあ私のご飯を置く場所がない。

「好きな奴から連絡がこんらしい」

「あー、山吹の亜久津?」

あいつあんまり連絡するタイプじゃなくね?、ブン太は憶測で語りながらサンドイッチの封を開けた。私もいつまでも顔を伏せているわけにはいかないと、机に広がったブン太のお菓子を腕で端にどかして鞄からお弁当を出した。

「いつもちゃんと返信くれるんだよ。けどもう3日も返事こない」

「忙しいんじゃろ」

「でもクリスマスに会おうって約束してるもん」

「俺も忙しいに一票。てか仁王そんだけで昼飯足りんの?」

「丸井みたいに太っとらんからの」

今さっき封を開けたばかりのサンドイッチを食べきったブン太は、すでに一つ目のおにぎりに手を伸ばしていた。隣に座る仁王は別次元の人間を見るかのようにブン太を見ている。

「なんだよー、二人して同じ事言ってさー」

よたよたと力無くお弁当の蓋を開けた。連絡がこなくなってから3日目。お母さんが作ってくれた色とりどりの美味しそうなおかずを見ても食欲は湧かない。いらないなら食っちまうぞ。ブン太の冗談にも、ため息交じりにダメだと返事をした。

「可哀想にの、告白する前にふられるなんて」

仁王は紙パックを握り潰しながら音を立ててジュースを飲み干した。睨むとピヨだかプリだか意味の分からない言語を発してそっぽを向いた。

「ふられてないし!」

「亜久津にふられたらみんなでクリスマスパーティーしようぜぃ」

「それもええの。お前さん、今すぐ亜久津に告白してふられてきんしゃい」

「なんでふられるの前提なの?パーティーなんか絶対にやらない!」

「気にすんな!パーティーの準備してやるよ、ジャッカルが」

俺かよ、どこからかジャッカルの声が聴こえた気がした。ブン太はおにぎり二つを食べ終えて、既にサラダを口に運んでいた。いや、食べるの早すぎでしょ。

「てか仁王にさ、亜久津にイリュージョンしてもらえばよくね?そんで解決だろぃ」

その手があったか!、一瞬仁王を見る。手のひらを顔にかざして亜久津君になろうとしている。いやそうじゃないやっぱりだめだ!!あたふた忙しく元気になったり落ち込んだりする私を、仁王は忙しい奴だと評した。

「やっぱさ、俺らのアドバイスを聞かなかったのがダメだったんじゃね」

「あんなアドバイス聞けるわけないじゃん!」

「亜久津も喜ぶと思ったが残念じゃの」

「だって二人のアドバイス、エロい写真送れとか、家に誘えとかそういうのばっかじゃん!」

「そういうのが一番嬉しいよな。なっ、仁王」

「プリ」

「てか写真送って意味あるの?貰ってどうすんの?」

「そりゃあ…な、仁王」

「ピヨ」

仁王とブン太は私を仲間はずれにして、二人で目を合わせニヤニヤしている。なんだか仲間はずれにされたような気分の私。

「なに」

「別に」

「なんなの」

「なんもねえって!」

意地でも問いに答えないブン太のお菓子を無理やりふんだくり封を開けた。大声を出したブン太を無視をして、私はお菓子を一つ手に取った。うん、甘いチョコのいい香り。

「うわ、お前それ!最後に食べようとしてたのに!」

「だって教えてくれないもん。一個ちょうだい」

「馬鹿!それなかなか購買で買えないんだって!」

「うわ、超美味しい。仁王も食べる?」

「だろぃ?美味いんだよそれ!てか仁王は食うなよ!」

私がブン太とお菓子の奪い合いを繰り広げていた時、机の上に置いたスマホが音を出して震えた。
一瞬で視線はスマホへ。止まる私の手。指から離れていく美味しいお菓子。ブン太は自身の口の中にお菓子を放り込んだ。
仁王がスマホを手に取り「噂の亜久津」。気だるげに笑って机に肘をつきながら私に携帯を差し出した。

「えっ、えっ!やばい!どうしよう何喋ればいい!?」

「切ってもええかの、丸井」

「菓子奪った罰だな、やっちまえ仁王」

「やめて!早く貸して!切れちゃう!」

私は仁王の力のこもっていなかった手のひらから携帯を奪い取り、着信相手の名前をしっかりと確認した。
「お母さん」
そう表示された画面を見た瞬間、火照った身体はスッと冷めていった。携帯を握りしめた拳の力も、元気も無くなった。バクバク音を立てていた心臓はサー…と静かになっていく。
詐欺師の仁王を見ると腹を抱えて笑っている。最悪最低悪魔詐欺師。恋する女の子の気持ちを踏みにじるとは。
なんだ亜久津じゃねえのかよ。ブン太はお菓子も全て平らげて呟いた。

「訴えようかな。詐欺にあったって」

「こんな簡単な詐欺にあうのはお前さんくらいしかおらん」

ブン太が頭を縦に振った時、着信音と振動は止んだ。ごめんねお母さん、あとで掛け直す。
けれどまたすぐ、手の中の携帯が音を出して震え出した。
お母さんそんなに急ぎの用なんだ。出てあげようと名前の表示を見た時、私は叫んだ。教室中、いや、隣の教室にまで聴こえるくらいの大きさで。

「急になんじゃ」

「あ…あっ…あ…!!!!!!」

「教室でそんなに喘がれても困るんだけど」

「あ…あく…あっ…亜久津君から電話!!!!!!」

今度はお母さんでもなんでもない。確かに「亜久津君」だった。
今さっき冷めた体の熱は足先から頭まで再沸騰。携帯を握る手には力が入り汗で滑り落としそうになる。心臓は再度バクバクと動き出した。元気を通り越して動悸がしてきた。

「なんだよー、マジでパーティーしようと思ってたのに」

「亜久津もどこが気に入っとるんじゃろうな」

「だな。こんな色気もなんもない奴」

私は震え続ける携帯の画面に触れた。指を横にスライドする。通話中、そう表示されると振動と音は止む。
もしもし。飛び出そうになる心臓を抑えながら、電話越しに呟いた。目の前に座るニヤニヤしている二人を睨みながら。
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