俺がお前で私が貴方で

亜久津と身体が入れ替わります。ギャグです。千石がスケベです。少しだけ下ネタも。以上苦手な方はお気をつけ下さい。




朝から千石の叫び声が聞こえた。
テニスコートの方から、女の子の怒る声もおまけに。多分スカート覗いたのか何かしたんだろうな。私は埃だらけの部室にモップをかけながら、千石が女の子から逃げる所を想像して一人で笑う。
うるさかった千石の声が聞こえなくなると、コートからラリーの音が聞こえてくる。好きなんだよね、この音。部員のみんなが朝練を頑張る中、私は掃除を終えてモップを壁に立てかけた。
さぁ次の仕事だ。
机の上に置かれた、テニスボールが大量に入った箱を外に持ち出そうとした。ずしり、と音がするようだった。重い、めちゃくちゃ重い。
でもこんなのは慣れっこだ、マネージャーたる者このくらいでへこたれてはいけない。私はフラフラと重心を保てないまま歩き、片手で部室のドアを開けようとした。
ドアノブを握ろうとしたその時。勝手にドアノブが回り扉が開いた。ドアで体勢を立て直そうと思っていた私は、バランスを崩し箱ごと前に倒れていった。
散乱しながら宙に舞うテニスボール、どんどんと軽くなっていく箱、前に見えるのは茶色い地面…ではなく山吹中の白い制服。
誰!?私はそう思いながらも、倒れる寸前に目を瞑った。



背中がじんじんと痛む。頭を動かすと髪に砂がまとわりつくのが分かった。目を開ける、見えたのは雲ひとつない綺麗に晴れた空。手を動かしてみる、地面に転がったテニスボールが何個か触れた。
そして何故だか。誰かが私の上に乗っている。そして胸のあたりには柔らかい2つの感覚。おかしい、絶対に何かがおかしい。

「てめぇ、ちゃんと前見て歩けよ」

凄く物騒な言葉が女の子の声で聞こえた。ぶつかったのは女の子だったのか…。いや、この声は。どこかで聞いたことがある。
私は地面からゆっくりと上半身を起こした。手のひらに砂がくっつく。そして驚いた。それはそれは驚いた。何故なら、私が私の膝の上に座っていたから。

「えっ!?なんで私!?」

喋ると驚くほど低い声が出た。この声にも聞き覚えがある。そして目の前の私の顔は引きつっている。
自分の手を見てみるとひどく白い男の手だった。地面を見ると、散らばるテニスボールの中にぽつんと落ちている煙草とライター。

「何してるの君達」

楽しいことするなら俺も混ぜてもらおっかな〜。
真っ赤に腫れた頬を手のひらで触りながら、千石はニヤニヤしながら呟いた。



入れ替わっちゃった。亜久津の姿で小さく呟いた私を見た千石の笑い声は、それはそれは大きかった。お腹を抑えて未だに笑っている千石を、私の姿をした亜久津は思いっきり殴った。

「おおっ!?殴られても全然痛くない!」

やっぱり女の子の力ってかわいいね。ガラが悪くなった私は再度ニヤつき出した千石を足蹴りした後、下着が見える事も考えずに大きく足を組んで椅子にだらしなく座った。

「亜久津、足組んで座るのやめてよ」

「だったらお前の喋り方もなんとかしろ」

「私もそんな喋り方しないよ!」

そう、部室の中は地獄だった。
弱々しい亜久津が泣きべそをかき、ガラの悪い私がイライラし、いつも通りの千石がゲラゲラと涙を流しながら大笑いしている。

「人ごとだと思って!もし千石が女の子と入れ替わったらどうするの!」

「俺だったらイケメンとえっちするよ。女は男の何倍も気持ちいいんだって!」

「……………ふざけたことぬかすなよ」

「最悪、千石も亜久津もエロい妄想しないでよ」

いや男はみんな考えるって!慌てふためく千石と、黙って何かを考えた亜久津を冷たく睨んだ。お、私今「亜久津仁」の顔してるかも。

「とりあえず、絶対他の奴にバレるんじゃねえぞ」

まさか自分自身に睨まれる日が来るとは思わなかった。私の姿をした亜久津は舌打ちをし、イライラしながらスカートのポケットに手を入れ何かを探した後。じっと私のズボンのポケットを睨んだ。

「亜久津、部室に煙草吸いに来たんでしょ?」

肘をつきながらスカートを覗こうとする千石を、私は低い声でやめてと叫び亜久津は高い声でやめろと叫んだ。

「絶対に私の身体で煙草なんて吸わないでよ!」

やはり低い男の声が出た。一刻も早く自分に戻りたい。
再度舌打ちした亜久津は足を組み直した。一瞬下着が見える。千石がそれを見逃すはずがない。ラッキーと小さく呟いた彼を私は睨んだ。

「お前、俺っぽく振る舞ってみろ」

そんな女々しい俺がいてたまるか。そう言った亜久津に、私はそんなガラの悪い私がいてたまるか…そう返答した。

「じゃあ亜久津の真似してみてよ!もし話しかけられたら、なんて返す?」

よし、やってやろうじゃないか。
相変わらずニヤニヤしたままの千石の問いに、私は眉間にしわを寄せ亜久津になりきって答えた。

「チッ…うるせえな」

「正解!じゃあ授業中の過ごし方は?」

「そんなもん、昼寝かサボりだ」

「お前ら俺をなんだと思ってんだ」

似てねえし、ドタマかちわるぞ。
私の顔で暴言を吐く亜久津なんか全く怖くない。だって私は今、山吹最強だと言われる不良なのだ。顔だって怖い!ガタイだっていい!力だってある!だから少しだけ強気になる、少しだけね。

「だったら亜久津は私の真似出来るの?」

当たり前だろと、鼻で笑ったガラの悪い私は机の上に脚をのせている。もうこの時点で私ではない。

「ていうかさ、もう一回ぶつかってみたら?入れ替わるかもよ」

それとももう試した?
千石の案にハッとした私はそれだ!大きく叫ぶと低い声が部室に響いた。困惑するばかりで、全く解決策を考えていなかった。

「じゃあ俺が君の身体を支えてあげるから、いつでも飛び込んできて」

胸だけを見ながら私の身体にそっと手を伸ばす千石に、中身の亜久津は遠慮なく顔面に拳を叩き込んだ。骨が当たる鈍い音がした。千石はそのまま手のひらで顔を抑え、うずくまり苦しんだ。かわいそう、でもセクハラなんてするから…、何とも言えない気持ちで彼を見た。

「女の身体って弱えな」

じんじんと痛むのだろうか、亜久津は使った拳を開き、左右に振りながら呟いた。
私は大きい身体のまま椅子から立ち上がり、静かにうずくまる千石の背中をさすった。

「千石大丈夫?」

「背中をさするのは、女の子の身体の時にしてほしかった…」

男にさすられても嬉しくないよ…
元気そうな小さな声が聞こえたので、私は背中をさするのをやめた。こんな時にでも男を優先させる千石を、私は素直に凄いと思った。頑張って、千石。君の道を突き進んでくれ。

「おい、もうすぐ部室に他の奴らが来るぞ」

ガラの悪い私は、顎で窓を指した。窓からはテニスコートを片付けている部員たちが見える。
朝練が終わるまでに一刻も早く、自分の身体に戻りたい。だって亜久津のまま授業なんて出たくないし、もしトイレにでも行きたくなったら…
こうしてはいられない!私はうずくまる千石を持ち上げ(さすが男の身体、楽々に出来た!)、亜久津に外に出ようと提案した。


廊下を歩くのは顔を赤く腫らした千石、落ち込む亜久津、その横にいる不機嫌そうな顔をした私。
歩くたびにみんなの視線を感じる。でも決して目を合わせてはくれない。進む道進む道、全ての人が避けていく。さすが亜久津、救急車みたいだね。

「おい、もっと堂々と歩け」

「亜久津こそ、ガニ股で歩かないで!」

「ねぇ、二人ともすっごい面白いよ」

けらけらと笑う、千石を私は思いっきり睨んだ。「亜久津怖いよ〜」、千石はわざと大きい声でからかった。
こんなに目立ってはいけない、急いで誰にも見られない所へ!そう思った私達は旧校舎へ向かった。



階段の大窓から差す太陽の光。校舎の外から聞こえる生徒たちの声。ホームルーム開始のチャイムが鳴るまで、あと10分。

「ねえ本当にやるの?失敗して骨折したらどうする?」

「ガタガタ俺の姿で騒ぐな。黙って立ってろ」

「ねえなんで亜久津の身体支えなくちゃいけないの?俺、男の身体には興味ないんだけど…」

8段ある階段の上に立つ、イライラしているガラの悪い私。
階段の下で千石に押さえつけられている亜久津。
はたから見たらギャグだろう。ビビるヤンキーに怒る女子中学生。そして白けた顔してヤンキーに抱きつくオレンジ頭。

「普通にぶつかればいいじゃん!わざわざこんな高い所からダイブしなくたって!」

「どうせお前はビビって逃げるだろ。下敷きになるのは俺の身体だから関係ねえ」

「ちょっと待って、これって一番下になるのは俺だよね!?」

イライラがピークに達した亜久津は再度スカートのポケットに手を突っ込んだ。もちろん煙草はない。だって私のズボンのポケットに入ってるもん。やはり彼は何度目かの舌打ちをした。

「行くぞ。千石、ちゃんとそいつ抑えとけよ」

「やだ怖い!亜久津待って!」

だからうるせえな!
私の聞いたことのない怒鳴り声が聞こえたと同時に、彼は助走をつけて階段の上から飛んだ。
私の身体が目の前の階段から落ちてくる。スカートがひらりとめくれた。そして下着がチラつき見えた。
もちろん背中越しの千石がそれを見逃すはずがない。彼は後ろから少し顔を出した。チャンスだと、私は身体をそらして逃げようとした。
ラッキー、小さく呟いた千石の言葉を聞きながら、私は私自身の身体に押しつぶされて後ろに倒れた。



膝と腕が痛い。ついでに肩も。頭を動かすと硬い亜久津の胸板に触れた。目を開けてみる、目の前にはさっきまで着ていた亜久津の制服。手を動かしてみる、見慣れた自分の手。

「…やった!戻った、戻ったよ!」

私は下敷きになった二人から離れ立ち上がり、小躍りしながら全身を見た。足だってガニ股じゃない!スカートを履いている!胸だってある!
自分の身体がこんなに恋しかった事はない。感動して少し胸を揉んだ。うん、柔らかい。
はっ、と気づく。わりと高い場所から落下してぶつかったのだ。下敷きになった二人は平気だろうか。

「亜久津と千石、大丈夫だった?」

そっと声をかけると下敷きになっていた千石が、亜久津を後ろから強く押した。押された亜久津が「いてて…」と声を出す。
二人とも自分の身体を散々見渡した後、お互いに顔を見て驚き引きつった顔をしていた。

「だ…大丈夫?」

不安になって二人に近づき、しゃがみこみながら話しかける。
何故か亜久津は私の太ももをガン見している。亜久津ってこんなキャラだっけ?そんな事を考えていると、亜久津は私のスカートをそっとめくろうとした。その亜久津の腕を、千石が素早く掴み捻った。

「俺の身体でふざけた真似すんじゃねえ」

千石が絶対に言わなさそうな台詞を、確かに千石が吐いた。その喋り方は、気のせいか誰かに似ている気がする。
そして何故か千石が亜久津のポケットから煙草とライターを取り出した。おかしい、絶対に何かおかしい。

「俺の身体で煙草吸わないで!」

焦り出した亜久津が、今私の目の前にいる。煙草を一本取り出し、咥えて火を付けようとしている千石も私の目の前にいる。
校舎の外からは、ホームルームの開始を知らせるチャイムが鳴った。私達の一日はまだ始まったばかりだ。
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