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幻惑

千石が喫煙者、亜久津も千石も夢主も不良気味。
キャラ崩壊に近いので苦手な方はお気を付け下さい。







15、6歳の、世間に子供だと言われた頃。季節も気にせず友人と集まり外で夜を明かしたのは、若かったから出来た事だったのだ。
真っ暗闇の中。外に設置された、電灯のぼんやりとした光に照らされたテニスコート。そこで小さなボールの打ち合いをする、目の前の若すぎる男の子達を見て今。私はひしひしと感じている。


月は雲に覆われていて、夕方には雨も降っていた。彼らが何か叫び、はしゃぎながらコートを駆ける度。ぱしゃぱしゃと地面からは水音が聞こえた。
私は薄手のニットを手首まで伸ばして肌寒いのをごまかし、コートの横にあるタイル張りの階段に腰を下ろした。冬に近い10月の夜だというのに半袖でテニスをする彼らを、私は膝に肘をつきながら見ていた。仁なんか額に汗をかいていて、こんなに寒いのにと半ば信じられない気待ちでいた。


仁の打つ球は速く力強かった。それに負けずと清純が打ち返し、またその球を仁が打ち返す。それをもう30分は続けている。
球を打ち返すだけの事がそんなにも面白いのかと、楽しそうにラケットを握る二人を目で追った。

「ねぇお姉さん!」

清純が後ろに下がりながら大声で叫び、笑いながらちらりと私を見た。

「ちゃんと見ててよ!」

清純は高く跳ねた仁のボールを見ながら地面を蹴り、大きく振りかぶって先程よりも速い打球を叩き出した。仁は走ったけれどコートの端まで飛んでいったボールには追いつかず、清純の渾身のサーブは見事点数となった。
ラッキー!舌をペロリと出して仁を挑発する清純に、舌打ちをして笑いながら睨む仁を、私はどこか別世界の人間だと思いながら見ていた。

「ちゃんと見てたー?」

これちゃんと技名まであるんだよー!
清純がラケットの先をこちらに向け、目を細め笑いながら叫んでいる。見たよ、私は小さくそう呟いたけれど遠くにいる清純にも仁にも聞こえるはずがない。

「なに、聞こえない!」

清純は大きく叫びながら笑って、私の座る階段にラケットを持ったまま駆け足で走って来た。
反対側のコートから去って行く清純を見た仁は、額の汗をシャツの裾で拭り一歩遅れてゆっくりとこちらに歩き出した。

「二人のジュースあるよ」

二人がテニスをしている間、暇を持て余した私は近くの自動販売機で3人分の飲み物を買った。私の隣に置いたペットボトルを手渡そうとすると、走って来た清純は息を整えながら何かを考えた後。何故か目を細めて鼻を伸ばし、ニヤニヤと私を見た。

「ありがとうお姉さん。じゃあジュースのお礼に、今度俺と夜に遊ぶ?」

俺、色んな面で自信あるんだけど。
わざと隣に腰を下ろした、ニヤニヤしたままの顔で覗き込んでくる清純の肩を私は固いペットボトルで叩いた。

「馬鹿じゃないの」

早くあっち行ってよ、少し距離をとろうと肩をボトルでぐりぐりと押すと清純はわざと痛がった。いてて、笑いながら顔を歪めて。

「邪魔だ、どけ」

私の横に座る清純の脛辺りを軽く蹴った仁は、ラケットを階段に掛けて置いた。蹴らなくてもいいじゃん、清純は脛をさすりながら眉間に似合わない皺を寄せた。
仁の分もあるよ。私はジュースの横にあった缶コーヒーを、立ったままの仁に手渡した。




「あ、俺も一本ちょうだい」

仁が音も立てずに煙草に火をつけた時、いつもの軽いトーンで口を開いたのは清純だった。
誰がやるか、仁は自身の煙草をぐしゃりと握り乱暴にズボンのポケットにしまいこんだ。それを無理やり取ろうと仁のポケットに手を伸ばす清純はけたけたと楽しそうに笑い、仁も清純の腕を避けて遊び静かに笑っていた。

「いいね、あんたらいつも楽しそうで」

肘をついたまま、こんな少しの事で楽しそうに笑える彼らをずっと見ていた。私にも確か、箸が転んでもおかしい年頃というのがあったはずだ。
彼らと生まれた年は数年しか変わらないはずなのに。二人の底なしに輝いている空気が、かなり懐かしく感じるのは何故なのだろうか。

「いつも楽しいよ。お姉さん楽しくないの?」

学校行って、テニスして、かわいい女の子と喋ってさ。毎日楽しいよ。
ニコニコと笑いながら清純は遊びだったのが真剣になったように、避けて逃げる仁のポケットに手を突っ込んで煙草を取った。
よっしゃ取った!清純が叫んだ代わりに、地面を蹴る二人の靴音がやっと止んだ。仁が咥えたままだった火のついた煙草の煙が、清純の目に入ったのか彼は痛いだの更に騒いで笑った。

「別に楽しくないわけじゃないけどさぁ」

「うんうん」

「あんたらみたいに毎日楽しいわけじゃないんだよ」

彼らと私の違いは少し考えるだけでも沢山頭に浮かんだ。毎日仕事だし休みもほぼ寝て終わるし、別にこれといって気になる人がいるわけでもないし。二人は一度しかない大事な若い時間を、きっと上手に楽しんでいるんだろう。面倒くさがりながらもちゃんと授業をうけて、女の子となんだかんだ盛り上がって、大好きなテニスをして、夜にはごろごろ遊んで。

「俺らと遊べばいいじゃん、そしたら楽しいでしょ」

清純は潰れて折れかけている煙草を一本咥えてありがとう、仁に申し訳程度のお礼を言い5センチくらい頭を下げ、ぐしゃぐしゃのまま仁のポケットに戻した。
清純は自分のゆったりとしたジャージにも似たズボンからライターだけを取り出し、火をつけて息を吸い煙草に光を灯した。

「ライター持ってんなら煙草も持てよ」

眉間に皺を寄せ、煙草を片手に怒る仁は様になっていた。めんご、舌を出して謝る気も無しに呟いた清純達が、やけに大人びていて中学生だという事をつい忘れそうになる。
私も彼らと同じくらいの歳は、こんなに大人びていたっけ。頭の中にある過去の自分の姿を思い出してみたけれど、私はただの大人ぶりたかった子供だったのだと彼らを見て理解した。

「それ子供の吸うもんじゃないけど」

また値上げしたのによく吸えるね。私もまた彼らと同じく、鞄から自分の煙草を取り出して咥え火をつけた。

「お姉さんはいつから吸ってんの?」

「あんたらと同じくらいだったかな、もう忘れた」

「人の事言えねえだろ」

まぁね、クスクスと小さく笑うと足元に指で挟んだ煙草の灰が落ちた。
中学生である二人がどうやってお金を工面して購入しているのか、誰が未成年だとバレずに買うのか。聞きたいことは何個かあるけれど、私も若い頃は先輩や年上の彼氏に買ってもらったりしていた。そしてそれを突っ込まれる度に面倒な質問だとげんなりしたのを覚えている。だから私はなにも聞かず、灰皿の代わりになるものを探した。
仁は黙って缶コーヒーを飲み干し、長く白くなった灰を缶の中に捨てた。簡易的な灰皿となった空き缶を清純に渡すと彼もまた仁と同じ動作をし、当然かのように最後に私に回した。

「なんか、2人といると私も15歳になった気がする」

「精神年齢そのくらいじゃねえの」

仁は立ったまま薄く笑い、私はそれに対して笑いながら小さく睨んだ。




歳が少しだけ離れた彼らと出会ったのは、偶然だったのだ。
仕事で失敗をして上司からこっぴどく叱られたあの日、私は多少なりとも落ち込みながら帰宅していた。朝に出たくない布団から出て、嫌々化粧をして、会社に行き嫌々仕事をする。そんな鬱々とした変わらない毎日にうんざりしていた。
そんな憂鬱な気持ちを少しでも晴らそうと、お菓子と予備の煙草を買うつもりで私はあの時コンビニへ寄った。
コンビニの透明なガラスの扉を押し開けたとき、目にしたのはレジ前に佇むジャージだかスウェットだか分からない服を着た清純と仁だった。
若い子がいるな、私はそんな事薄っぺらい事しか思えずに扉を閉めて入店をした。

「保険証も免許証も忘れちゃって」

レジの奥にいる40代後半のおばさん店員に、困ったように猫撫で声を出すオレンジ頭の男はどこからどう見ても未成年だった。ごめんね売れないの。おばさん店員はちらりと隣に立つ銀髪の男を見て、オレンジ頭の男に手慣れたように断りを入れた。
でも、ごめんね、本当に忘れちゃって、売れないの。何度もおばさん店員と会話をして、ついに押し負けた未成年はすみませんありがとうとレジ前で店員に謝罪とお礼を述べた後。

「やっぱり俺じゃなくて亜久津が買えばよかったのに!」

清純は未成年だと丸わかりの台詞を笑いながら仁に向かって吐いた。
うるせえ、仁はサンダルの音を立ててダラダラと歩きながら清純の隣に並び、お菓子か何か買った袋を持ちながら私とすれ違い店内から去って行った。
コンビニにいる全員が、少しだけホッとしただろう。商品を物色する手を止めて若い二人組を見ていたサラリーマンなんて、ふぅ、と安堵のため息をついて再度棚を物色をしていた。
私は彼らとは全く関係ない。ただどこにでもいる、いきがった中高生だろうと冷めた目で見ていた。うるさい奴らがいなくなった店内は、ひと昔前に流行った音楽だけが静かに流れていた。
私は憂鬱な気持ちのままお菓子の棚まで足を運び、購入しようとしたお菓子を探した。お目当ての名前と値段が書かれている小さなポップを見つけたけれど、棚には何も並んでいなかった。誰かに買われちゃったんだな、少し残念に思いながら隣の小さなチョコレートを手にとってレジに向かった。

コンビニを出ると店外の端にある灰皿の周りにさっきの二人がいた。
あれほどレジ前で欲しがっていた煙草を、彼らは平然と手に持ち何か会話をしていた。なんだよもう持ってるじゃん、コンビニの中にいる人間ならみんなあの光景を見てそう思うだろう。

「ライターだけ売ってくれるかな」

清純が仁にそう呟いて、ヘラヘラと目を細めて笑っていた。私はそれを横目で見て通り過ぎ、そのまま帰路につこうとした。
清純と仁の視界に私が入り、二人がちらりとこちらを見た時。話しかけるな、私はそう念じて歩いたけれどダメだった。清純は私の持ち歩く透明の袋の中の、お菓子と予備として買ったばかりの煙草を見つけてラッキー、小さく呟いたのが聞こえた。

「お姉さん!ライター持ってませんか?」

目を細めながら目尻を下げて笑う清純が、てこてこと効果音が鳴るように私の後ろをついて歩いた。

「持ってない」

「今煙草買っていったのに?」

「あってもあんたらに貸すライターはない」

私は止まらずに歩き、それに負けじと清純がにこにこと笑顔を崩さずについてきた。
なんでこんな若い奴らに舐められたままナンパされなくちゃいけないの。私は少しイラつきながら、銀髪の友達が待ってるよ。そう無愛想に言い放っても清純は大丈夫だよ、そう笑うだけだった。

「ライターくらい売ってもらえるでしょ」

「いやぁ、お姉さんから借りたいんだよねぇ」

その後の清純は綺麗だから、かわいいから、タイプだから。頭に浮かんだ褒め言葉を適当に出して私の事を散々褒め続けた。でもそんなものに対応するわけない、だって私は今ものすごく疲れているんだから。
私はひたすら清純を無視し続けた。それで懲りたのか背後にいた清純の足音は消え、コンビニの方へと戻っていった。私はやっと帰れると、安堵して再度帰路につこうとした。
けれど背後からさっきよりも速い足音と、お姉さん!明るく大きな声で私の事を呼んだのは、今さっき去っていったはずの清純だった。しつこいな、いい加減イライラした私は睨んだまま後ろを見た。

「しつこくしてごめん!これ食べてください!」

私が買おうと思っていたお菓子を手にして、こちらに腕を伸ばし頭を下げる清純。その後ろで壁にもたれて、手持ち無沙汰にこちらを見ている仁。

「さっき買ったばかりのやつだから大丈夫」

仁が持っているコンビニの袋を指差し、清純はさっきと変わらない笑みを浮かべていた。
冷めた目で見ていた、いきがっているだけの二人が今。若く、自由で、怖いもの知らずなのが何故か私には羨ましく、キラキラと輝いているように見えた。
私は無言で清純の手からお菓子を受け取った。指が彼の手のひらに触れたのは一瞬だった。

「ありがとうまたね!」

清純は眩しいほどの笑顔を私に向けた後振り返り、コンビニの前に立つ仁に「やっぱりダメだった」。ヘラヘラと笑いながら頭をかいてそう呟いた。仁が鼻で笑って地面を向いた時、私は去っていこうとする清純の服の裾をとっさに掴んだ。

「やっぱりライター貸す」

その言葉を聞いた清純は振り返って、口を開けて驚いていた。私の行動を見た仁は後ろで静かに口角をあげていた。
あの時、私は確かに小さく呟いた。





「二人とも夏休みなんかした?」

「試合と合宿」

「俺はそれに加えてクラスの女の子とお祭りとプールに行ったよ」

「なに清純凄い楽しんでるじゃん。仁は女の子と遊んでないの?」

「誰が行くか」

「亜久津はお姉さん以外と遊ばないんだよ」

ね、亜久津。清純がニヤつきながら仁の方を見ると、仁は清純をひどく睨みわざと煙草の灰を清純の方に落とした。清純は熱いと大声を出して灰が落ちた腕を慌てて擦り、仁はそれを見て楽しそうに小さく笑っていた。
15歳ってこんな下らない事で笑えてたっけ、彼らはやはりまだ学生なのだと私は何度も気づかされる。自分と彼らの、埋まらないほんの少しの差にも。

「お姉さんは夏っぽい事なんかした?」

「友達と海行った後にバーベキューした」

「うわ、いいな社会人。遊ぶお金あって」

「でも時間ないよ。1日のうち殆どは仕事してるから」

俺らは遊ぶ時間はあるけど金はない!清純がきっぱりと言い切り、仁はそれに対して小さく笑った。
清純や仁もまた、年上の社会人との差を微かながらに感じているのだろう。あんたらもすぐに働き出すよ、私が笑いながら言うと清純は苦い顔をしながら嫌だなぁと笑い、仁が飲んでいたコーヒーの空き缶に吸い殻を捨てた。

「仁と清純と同い年で産まれたかったなぁ」

「俺は早く大人になりたいよ」

キャバクラとか行ってみたいし、煙草だってすんなり買えるし。
買えないのはお前だけだろ、仁が馬鹿にしたように清純に言って彼らはまた笑いあった。

「大人には簡単になれるけど、子供にはもう二度と戻れないんだよ」

「ガキ扱いすんじゃねえよ」

清純はともかく、仁はどうみても成人してるじゃん。からかうように言うと清純はいつもと変わらずにヘラヘラと笑い、仁は舌打ちをして私を睨んだ。






「お姉さん明日休みでしょ?今から花火しようよ」

「えー、もう夏は終わったよ。しかも今何時だと思ってんの」

コートの外にある時計を見ると23時を回る前だった。
テニスラケットを片付け、汗をかかなくなった二人は寒い寒いと言いながら半袖を辞め、先程脱ぎ捨てた上着に手を通していた。清純が花火がやりたいと言った後、それに対して仁は何も言わずに私を見ていた。つまり、その意見に反対しなかった仁は花火をやる気でいるのだろう。

「いいじゃん。明日俺らも休みだし」

「うーん」

「何の予定もねえならいいだろ」

私の横に座っていた仁と清純は立ち上がって私の分の荷物も持ち、早く行こうと私を急かしている。
花火なんてどこに売ってるの、ここ来る途中のコンビニに売れ残ってた、やる場所ないじゃん、通報されない場所ならどこでもいい。

「早く来い、置いてくぞ」

周りから見たら、私は彼らのいい財布か適当な遊び相手に見えるのだろうと私はたまに思いを巡らせる。
それでも私は若い彼らに自分も15歳の仲間だと、幻惑されたまま。未だに二人と離れられずに、階段から腰を上げて先を歩く彼らの後ろ姿を追った。
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