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★恋に浸る

久々にお邪魔した仁の部屋は、昔遊びに来た時とあまり変わらなかった。
ただ煙草や部屋中に散らさばっていた百円の安っぽいライターなどは見当たらず、それらは今テニスの道具に変わったようだった。

「私ここで寝てたよね」

よく付き合ってもないのに一緒の部屋で寝てたね。
あの頃と変わらない仁のシングルベッドの横に立ち、私は頭の中の記憶を探り思い出しながら笑った。優紀ちゃんが布団を用意してくれた事を、ほぼ隣にいた仁が私に少しも触れずに寝ていた事を、それが原因で悩んでいた事も。私は何一つ忘れていない。

「あの頃必死に我慢してた」

「何を?」

「お前とヤんの」

「襲えばよかったのに」

「それであの頃のお前が俺の事嫌いになったらどうすんだよ」

「嫌いになるわけないじゃん」

むしろ襲ってこないか少し期待してたのに。
小さく笑いあった私達は、名前を呼び合い身を寄せた。煙草だけ吸ってもいい?、そう尋ねると仁が頷いたので、私は離れて窓際まで移動した。灰皿を探したけれど今の仁の部屋には無く、私は窓を開けて外に灰を落とし、昔仁がやっていたように窓のサッシで火をもみ消す事に決めた。昔の私達が仁の部屋のサッシに残した焼け跡は、未だに直すことなくそのままだった。

「一口吸う?」

煙草の火に気をつけながら仁の方に差し出した腕を、彼はそっと手で避けて掴み私を優しく引き寄せた。

「こっちでいい」

私の顔を指で上げて啄ばむように唇を重ねた仁は、煙草くせえ、そう言って眉間に皺を寄せながら呟いた。
せっかく窓を開けて煙を部屋に入れないように配慮したのに、もくもくと立ち上がる煙は仁の部屋の天井に広がっていった。
私はまだ一口しか吸っていない煙草をサッシに押し付けて無理矢理火を消し、先が真っ黒に焼け焦げた吸い殻をパッケージの中にしまった。

「最後まで吸えよ」

「仁がちょっかいかけてくるから気が変わった」

私は勢いよく仁に抱きついて彼を押し倒し、ベッドに二人で倒れこんだ。ぎしり、とベッドは大きな音をたてて軋む。優紀ちゃんの部屋に振動や音がいっていない事を心の中で祈った。
下を向いているから、私の髪の毛先が仁の頬に少しだけ触れた。仁はそれを邪魔だとかくすぐったいと、小言をいいながらも笑い、髪を手ですくい上げて私の頭を撫でた。
何をするわけでもなく仁と黙って見つめ合い、彼の手が頭を何往復かした後。手に力が込められて私はそのまま仁の首元に沈んでいった。

「やっと俺の女になった」

「やっと仁の女になれた」

仁が耳元で喋るのでくすぐったく、私は身をよじらせた。ちょっと離れてよ、そう言いながら彼を押しても背中と腰に回る硬い腕はビクともせず、仁はただ小さく笑っている。

「ずっと忘れられなくて苦しかった」

「他の男なんかで俺の事を忘れられるわけねーだろ」

離れるのを諦め、遊ぶように何度もキスをした。そのうちにぐるりと視界は周り、仁の上にいた私は仁の下に。あっさりと組み敷かれてしまった。

「ねえ恥ずかしいから離して」

私は顔をそらして仁の硬い胸板を手のひらで押した。何度やってもやはり彼はびくともせず、私の両手首を優しく掴みベッドに押し付けた。

「男の力に敵うわけねーだろ」

薄く笑う仁の顔が近づいてきて、そのまま彼を受け入れた。唇を、舌を、私の身体に触れた手も。全て仁のものだと思うと恥ずかしくなり、私は目を強く瞑った。胸板を押していた手は仁のせいかだんだんと力が入らなくなってきて、もうベッドの上にだらりと横たわるしかない。

「さっきより抵抗する力弱ってんぞ」

たしかに仁の言う通りだった。
力を込めて立てていた膝はいつのまにか仁の脚と絡んでいるし、太ももを触る仁の手を心地いいとも思っている。
「暑い」
そう言い起き上がって私の上で服を脱ぎ始めた仁に、私はつい見惚れてしまった。見てんじゃねえよ、仁は脱いだ服を投げ捨て笑い、再度触れるだけのキスをした。

「他の女の子より興奮してくれた?」

息を整えながら再度ゆっくり膝を曲げれば、ズボン越しに硬いものがたしかに太ももの辺りに触れた。仁はそれを恥じらい隠すどころか私の身体の方に身を寄せて、逆に私を赤面させた。

「お前を忘れる為に無理やり付き合った奴らなんか、そう大して興奮しねーよ」

仁は唇から首筋、胸元へと、舌でそっとなぞりながら下へ落ちていき、それと同時に器用に私の服を捲し上げた。
私も他の男なんかで興奮しないし不快だったよ、その答えに仁は鼻で笑いキスをした。指が肌をなぞり私のお腹から下へ、許可も無しに下着の中に指を入れた。

「俺がいない間に覚えた事、全部忘れろ」

仁の指が入ってくる、私は仁の下で顔を歪めてくぐもった声を出すしかなく、一人で苦しんでいる。

「なんで」

なんとか声を絞り出して返事をした私を、仁はひどく真剣に男を感じさせる顔で見ている。

「お前に何でも教えたのは俺だろ」

「嫉妬してんの?」

煽るように仁の首に腕を回して引き寄せ耳元で囁いた。仁って昔から好きな人にだけ嫉妬するよね、耳たぶを甘噛みすると仁は顔を振って嫌がった。

「だれがするかよ」

仁は舌打ちをして私に覆いかぶさったまま中にある指を動かした。内側をさする手から、今度は私が必死に逃げようとした。けれど仁の身体が邪魔をして逃げることが出来ない。
脚を動かそうとすれば仁の太ももと膝があって動かせない。動かさないでと手首を掴んでも、彼には何の意味もない。首を捻って嫌だと言っても仁は顔を背けるなと、唇を重ねてごまかした。声を我慢することも出来ずに私は、仁の動きに合わせて声を上げ気持ちいいと示すしかない。

「耳元で喘ぐなようるせえな」

仁がそう言うので唇を噛んで声を殺した。声をあげるのを必死に我慢をする私の首筋に仁は舌を這わせて、「誰が我慢しろって言ったよ」、面白がるように笑った。

「じゃあ顔離してよ、声出してあげるから」

本当可愛くねえ女、仁は押してもビクともしなかった硬い身体をやっと私の上から退かした。
指を引き抜くときにう、と小さく声をあげ身震いさせた私に、仁は静かに笑った。

そのままベッドから離れて行った仁は、床に散らばる物の沢山の物の中から器用に避妊具を探し当てて戻ってきた。

「それ私以外に使った残り?」

寝ていた私は上半身を起こして仁の手の中のゴムを奪った。馬鹿返せ、私の腰に腕を回して反対の手で脇腹をくすぐり、仁はあっさりとゴムを奪い返した。
腰に回った腕に引き寄せられ、仁は私の服を躊躇する事なくどんどんと脱がしていった。

「恥ずかしいから見ないで」

「今更なんだよ」

「ずっと一緒にいたじゃん。だから兄妹とやるみたいでいやだ」

兄妹だったら興奮しねーだろ。ついに下着まで脱がされてしまった私はベッドに寝転び、仁がゴムを付け終わるのを天井を見ながら待った。
数年前、私はこの天井を見ながら仁の隣で寝ていた。それが今、大きな飛躍を遂げた私達は繋がろうとしている。
私の顔の横に手をついて覆いかぶさってきた仁が、私は愛しくてたまらない。

「もう挿れるとか童貞と処女みたい」

「じゃあお前まだ余裕あんのかよ」

「仁よりは多分ある」

「うるせえな、喋る余裕あるならよがってろ」

本当は余裕も何もない。
強がり嘘を吐いた私よりも更に強がった仁は、最初よりも質量が増したであろう自身をあてがい腰をゆっくりと動かした。
背中が仰け反るような深い感覚に、私は仁が言うようによがるしかなく目を瞑って声をあげた。
部屋には私の声と仁の荒い息、それと微かな水音に仁と私が繋がっている音。
ずっと思い続けた仁に全て見られていると思うと恥ずかしくなり、手で顔を隠そうとすると仁は手首を掴んでそれを拒んだ。
隠すんじゃねぇよ、仁はそのまましばらく動いた後。私を抱えて起き上がらせ、馬乗りになった私に動くようにねだった。

「この体勢嫌だ」

仁を何とか起き上がらせようと、脇腹に手を入れて見たものの腕すら持ち上がらない。そんな私を見て仁は薄く笑って下から突き上げた。その度に私は声を上げ髪を乱し、身体を震わせた。

「嫌な理由はなんだよ」

乱れて前が見えなくなった髪を仁は手ですくい、静かに数秒目を合わせた。呼吸を整えながら仁の手を頭で振り払い、顔を再度隠した。

「仁に全部見られる」

「見たいからこの体勢にしてんだよ」

顔を隠せなくするためだろうか、仁は私の両手首をお腹に押し付けて器用に片手で持ち、もう1つの空いた手で私が動くのを手伝った。
私の反応を見て前後に動かすのを速めたり、場所を変える仁を直視できない。こんな事誰で覚えてきたの、そんな醜い嫉妬心からの疑問も問えない。
少し休みたい、そう言っても仁は私の言うことを無視してしばらくの間繋がり続けた。こんなに執拗に攻め続けられた事はない、お腹の奥まで気持ち良い振動は響いてくるし、声を出しすぎて喉はカラカラだし、もう体勢を保ち続けるのも難しくなってきた。

「ねぇ仁、やだ、なんか変」

「なんだよ」

「気持ちよすぎてどうやって動くか分からなくなっちゃった」

「なんだそれ、今まで通りに動けよ」

「動けない、今までこんな事なかったのに」

「動き方覚えてる程度の他の男なんざ、さっさと忘れちまえ」

仁は笑いながら私の腰を持って今までより大きく揺らした。下から突き上げる仁から、得体の知れない怖くなるほどの快感から。私は必死に逃げようとした。
嫌だ怖いやめて、駄々をこねる子供のように、 腰にある仁の両手を強く握った。それでも仁は動きを止める事もなく、手を握り返し指を絡めて下から私を見ている。
お前いきそうなんだろ、仁が呟くので分からない、私は目を瞑り喘ぎながらも必死に言葉をひねり出し首を横に振った。
いったことねーのかよ、馬鹿にしたように笑った仁に、今度は声も出せずに首を縦に振る。
足から頭に突き抜けるような感覚から逃げようと仁と指を強く絡めた時、私は恐怖だった快感の正体を知った。一度も感じたことのないくらいひどく気持ちいい、それに浸っていると身体の力が抜け、仁は前に倒れそうになった私を支えて抱きしめた。

「その顔見せたの俺だけだろ」

多分そう、蚊の鳴くような声だったけれど、意識を朦朧とさせながらもなんとか言葉を発する事ができた。背中を上下させながら呼吸を整えていると仁は私の頭を支えて起き上がり、触れるだけのキスをした。
仁が座っているのに私は座れない。もう体力を使い果たしてしまったのだろうか、背の高さが合わない仁の肩に無理矢理頭をのせている。

「首に腕回せ」

「無理だよ力入らない」

「だから耳元で喋るなって言ってんだろ」

お前のいった後の声すげえ好き。
怒るのか褒めるのかどっちかにしてよ、私は声も出せずにそう思いながら息を乱して笑う。身体に力が入らないまま結局、押し倒されて仁がまた上になる。
髪もボサボサだしきっと酷い顔をしているだろう。見られたくないと、なけなしの力を使い手のひらで顔を隠した。
だから隠すなって言ってんだろ、仁もしつこく何度目かの反発をしてみせた。

「なんでそんなに顔を見たがるの」

「ずっと好きだった女の、気持ち良さそうな顔見たくねー男がいるかよ」

そうだ、私も仁の事がずっと大好きだった。恋に落ちて、朝も昼も夜も一緒にいて、あんなに苦しんで恋い焦がれ、いまやっと。恋人同士になって愛し合えている。

「じゃあ仁の顔も見せてよ」

「勝手に見ろ、目瞑るから見えないんだろ」

仁が意地悪く動くから悪い、笑って仁の首に手を回してキスをした。
触れたのを合図に、私達は二人だけの世界に入り込んだ。唇を唇で優しく噛み、舌で口内を探り合って、好きだと、大好きだと。何度も何度もお互いを確かめ合うように繰り返した。
外は陽が昇り始めただろうか、明日というか今日は学校だったっけ。
もう今はどうでもいい、仁に夢中で、彼が愛おしく大事で、もう離れたくないと、私は好きな人と繋がりながらそれらの想いをひしひしと感じている。
仁もそろそろ果てるだろう、動きやすいように体勢を直して私の名前を小さく呼んだ。

なあに、好き、私は仁の事大好き。

馬鹿、耳元で囁いた仁に、過去に。
幸せと共に恋に浸っている。
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