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★恋に浸る

「ガキの頃から言いたかった」

ガキって、まだ私達未成年のガキじゃん。私は思った事も口に出せずに、ただ仁の顔を見ている。
仁が呟き体勢を動かせば肘だとか、腰の辺りが隣に座る私に触れた。昔はこうやって少しでも触れる事が出来ただろうか、仁は私に触れたことなんて気にせずにいる。

「お前は俺が好きなんじゃねえのかよ」

私は真横に座る仁の言葉を、視線を。逃げる事なく素直に受け止めて口を開く。

「そうだよ、仁が好き」

出会った時から仁が、ずっと好きだった。
ずっと恋い焦がれていた仁が、今さっき私の事を好きだと言った。さっきからばくばくと動く心臓の動きが治らない。鳴りっぱなしで心臓の音が仁に聴こえてしまうのではないかと心配をして、私は更に気を張り詰めた。

「だったらなんで俺じゃない男と付き合ってんだよ」

「仁だってあの後すぐに可愛い子と付き合ったじゃん」

「お前が先に俺以外の奴と付き合ったんだろ」

じゃあ私が仁を忘れる為に他の人と付き合わなかったら、仁もあの子とは付き合わなかったの?
今更知った所で遅いと、私は今ひどく後悔をした。もっと早くお互いの気持ちが分かっていたら、正直になれたら、臆病でなければ。私達は今、こんな蒸し暑い夜にわざわざ外で話したりしなかっただろう。

「仁といたら迷惑になると思った」

私はどうしようもない様な中途半端な人間だし、世間から鬱陶しがられてたし、仁に釣り合わないと思ったから。だから仁の事を早く忘れたかった。私の言葉を聞いた仁は、眉間にしわを寄せて舌打ちをした。

私の頭の中は、中学生の頃の記憶で埋め尽くされていた。
深夜に偶然出会った、私と同じく世間に馴染めないでいた仁。一緒に学校へ行って、遊んで、寝泊まりして、たまには悪い事をして痛い目をみたりして。
二人で楽しく生活していた時、仁は突然テニスを始めた。仁はみるみるうちに周りに認められ、友達ができ、勉強も出来て、大会にも出て。私とは比べものにならないくらい立派になった。
一人成長しない、荒んだままのあの頃の私を周りと世間は疎ましく思っていた。
亜久津未だにあの子といるんだ、別れたかと思ったのにまだ付き合ってるんだ。憶測でしか語られなかった、周りからの声がヒソヒソと聞こえてきた事も思い出した。

「誰が迷惑だって言ったよ。そんな事俺は一言も言ってねぇだろ」

お互いに好きだった。ずっと悩み続けていた恋が両思いだとやっと分かったのに。私と仁は喧嘩をしているような、そんな態度でしか喋れずにいた。ここで素直に可愛らしくごめんねと甘えることが出来る女だったら、もっと早くに私達は付き合う事が出来ただろう。

「先生が仁と絡むなって。同級生達も私だけを疎ましがってた。もし私が仁といたら、仁もまた一緒に嫌われてた」

目頭が熱い、心臓も胸も喉も、心も痛い。
隣に座る仁は怒っているのか不機嫌なのか。久し振りに会う私にはよく分からず、ただ心の中の想いを伝えることしか出来ない。

「お前は俺の意見よりも、周りの意見の方が大事なのかよ」

他人に何言われようと、俺といるのが楽しかったんだろ。ずっと一緒にいたかったんだろ。
なのになんで俺から離れてったんだよ。
憤るように呟いた仁の言葉は、過去の私を責めているようだった。中学の頃から両思いだったなら、早く好きだと伝えてしまえばよかった。きっと朝は手を繋いで登校をして、学校では更生し始めた仁を応援する。放課後はずっと二人で遊び、時間をかけて愛を確かめあう。帰宅する時には「また明日」、次の日も貴方と付き合ってます。そう分かる言葉で挨拶をして。
私はずっと憧れていた、好きな人と恋をする事に。誰でもいいわけではない、仁と恋に浸りたかった。

「私だって離れたくなんかなかった、ずっと一緒にいたかった」

「じゃあ一緒にいればよかっただろ」

「好きなら好きってあの頃に言ってよ、なんで今なの」

もう私は仁以外の男と関係持っちゃったよ。
若く、浅はかだけれも真剣に恋をしていた仁と私はお互いに息を巻いた。
今の私達は、素直に好きだと伝える事の出来なかった数年前の自分自身に憤りを感じ、好きでもない相手に見せたお互いの知らない部分に嫉妬をした。
なんで私じゃないの、なんで俺じゃねえんだよ。お互いにずっと同じ気持ちだった。

「言わなくてもお前は俺から離れていかねえと思った」

「私、仁に告白して断られたらと思うと怖くて好きって言えなかった、だから」

私が言葉を発し終わる前。突然仁は私の名前を口にして、私の背中に腕を回した。
それが心地よくて、嬉しくて、待ちわびていた事の一つで。今までずっと仁を求めていた私を満悦させた。仁のかたい腕の中に反抗もせず静かにうずくまる私は、他の人では感じることのできなかった幸福感を今、確かに感じている。

「相変わらずうるせえ女だな」

俺のこと好きなら黙って好かれてろよ。
仁は顔を私の首辺りに埋めて、昔よりも大きくなった手で私の頭を撫でた。
声を荒げた仁と私は、二人でお互いを確かめ合うように小さく名前を呼び合い、呼吸を整えた。

「仁」

「なんだよ」

「こんな女の子が喜びそうな事どこで覚えてきたの」

「お前こそいきなり男に抱きつかれて喜んでんじゃねえよ」

「仁だから黙って抱かれてるんだけど」

お前馬鹿だな、仁は私の肩の上で小さく笑って背中に回した腕の力を強めた。
仁ってこんなに筋肉あったのか、もう煙草の匂いはしない彼の服に私は頭を埋めている。
もうこの状態で何分も経っただろう。雑居ビルの階段で抱きつく17、8歳のカップルなんか大人達には対して珍しくないだろう。私達の前を何人もの人が足を止める事なく通り過ぎていった。
仁の背中に私も手を回した方がいいのか腕の中で悩んでいると、仁は私の頭を、髪を。もう一度ゆっくりと撫でてから腕を離した。

「お前今付き合ってる奴いんのか」

「いない。仁は?」

「今お前と付き合った」

勝手に決めないでよ。
そういいながらも嬉しかった私は、口角の上がった顔を仁に見られたくないと手で顔を隠した。その手首を仁は優しく掴み引き寄せ「隠すんじゃねぇよ」、そう言って昔と変わらない顔で私を見つめている。
離してよ、顔をそらし笑う私の顎を仁は指で持ち顔をあげさせた。そのまま静かに近づいてきた仁を、私は目を瞑って受け入れた。
唇が触れたと思えばすぐに離れて。物足りなくなった私は仁に近づき目を瞑って挑発をした。

「ふざけんなよ、我慢してやってんだぞ」

昔から手を出してこなかったのに今更何を我慢するの。
仁が笑いながら焦るように言うので、私にはそれが面白く、何故だか彼が可愛く見えた。

「仁もただの男なんだ」

うるせえと怒り顔を背けた仁を見て、私は挑発するのをやめて笑った。
今やっと、かなり遠回りをしたけれど想いを伝えることができた。隣には年月が経ち成長した仁が私の真横にいる。私が会っていない間に、彼も恋に思い悩み、奮闘し、努力し、それでも解決せずに憤りを感じていたのだろう。全て私と同じだった。私達は態勢を整えて座りなおし、熱を持たないコンクリートの狭い階段の上で今までの事を話し始めた。
初めて会って補導された時の、反抗期真っ最中の世間も何も知らないガキだった頃。
学校でも家でもずっと一緒にいてお互いに惹かれていった事。
ずっと一緒にいたいからこそ、好きだと伝える事の怖さ。それぞれの成長、奮闘。そして私が仁から離れていった事。
それらを思い出し、まるでパズルを解くように今までの答え合わせをしていった。

「なんか遠回りしすぎて馬鹿みたい」

「誰のせいだよ」

馬鹿だった私と仁のせい。
呟けば仁もそれに賛同し、私達はクスクスと笑い合った。
時間はいつのまにか23時前を迎えていた。もうそんなに仁と喋っていたっけ。好きな人と一緒にいると時の流れが早いことを、私は今更になって思い出している。

「ねえ煙草吸ってもいい?」

もう一時間は確実に吸っていない。私の身体はニコチンを欲して悲鳴をあげている。声も出さずに頷いた仁を確認して、私はパッケージから取り出した煙草に火をつけた。

「それ前に俺が吸ってたやつだろ」

「そうだよ。仁が煙草の美味しさ教えてくれたからまだ吸ってる」

一口あげようか、仁は私が差し出した煙草を手に取り、ふかし気味に吸い込んだ。美味しい?、私の問いかけに仁は小さく頷いた。それあげるよ、私は新しくパッケージから一本取り出して火をつけ吸い始めた。
その時、反対車線の道路で走っていたパトカーを運転する警官と目が合った。私と目があってからパトカーは、進路を変えて私達の方へと向かってきているようだった。

「ねぇ多分警察こっちくるよ」

「何してんだよとろくせえな」

「煙草隠す?」

「吸ってるの見られたんだろ」

「じゃあもう隠しても遅いね」

火消すの面倒だし暇だし、昔みたいに補導されてみようよ。
そう言った私に仁は面倒だとかなんだとか文句を言って笑いながら小さく頷いた。
反対車線にいたパトカーはやはり私達の前の道路に停まった。警官が車から出てくるのをただ静かに見ている私達は、出会った時と同じく平然としていた。



「久しぶりだな亜久津」

ずっと勤務地が変わらず、すっかり顔見知りとなってしまった警官は仁に話しかけた。仁は無視をして暇そうに椅子に座っている。警官はそんな仁と、隣に座る私を見て溜息をついた。
お前は何回目だ、私は警官に追撃されて鬱陶しく感じている。やはり走って逃げるべきだった、逃亡を面倒くさがった数分前の自分を少し責めた。

「彼女なら大事にしろ」

煙草は辞めろと説教しつつ、中学の頃と変わらない台詞を呟いた警官に対して仁は鼻で笑った。

「そうする」

昔と違ったのは私を彼女だと、警官にタメ口で肯定の返事をした仁だった。
相変わらず私の両親には連絡がつかなかった。もうこれにも慣れてしまい、私はなんとも思わなくなっていた。
けれど今日は仁がいる。先程電話に出た優紀ちゃんはもうすぐ来るらしい。
優紀ちゃん私の事覚えてるかな、多分な。
笑いながらこそこそと会話をする私達を、警官は呆れながら叱った。


20分は叱られ続けた頃、部屋の扉をノックして入室してきたのは昔と対して変わりのない優紀ちゃんだった。
相変わらず若くて綺麗なままだった優紀ちゃんは、私を見てかなり驚いた顔をして立ち止まった。

「ええっ、どうしたの久しぶり!」

私に何事もなかったかのように明るく話しかけた優紀ちゃんは、警官に怪訝な顔をされていた。それを見た私と仁は、2人で小さく笑った。



夏の深夜は暑くはないけれど心地の良いものではなく、私達3人は多少の汗をかきながら歩いている。
優紀ちゃんは今回は私を叱らなかった。叱られた前回と言えば最近の事のようだけど、もう何年も前なのか。優紀ちゃんが親だったら最高なのに、私は昔と同じ言葉をまた優紀ちゃんに話しかけている。
近状報告をし、今さっき仁と付き合ったんだと言うと彼女は驚きながらも喜んでいる様だった。

「やだ仁、なんでもっと早く告白しなかったの?」

横で歩く仁の背中をバシバシと叩く優紀ちゃんは、仁にうるせえババアと言われて叩く力を少し強めていた。
仁も優紀ちゃんも私も、今みんな笑えている。昔は会話もままならなかった仁と優紀ちゃんは仲よさそうに会話をし、私と仁はやっと想いを伝えることができた。
少しの高揚感に包まれながら、私は母親のいるアパート前まで歩き立ち止まった。

「仁と優紀ちゃん、今日はありがとう」

また連絡するね。
挨拶をして2人から別れようとした時、突然仁が私の手首を掴んで呟いた。

「泊まりに来ねえのかよ」

どうせお前家にいても居場所ないんだろ。
仁の後ろにいる優紀ちゃんは両手で目から下を覆い、私達を静かに見ていた。
それに気づいた仁は私の手首から手を離して見てんじゃねえよ、と少し恥ずかしがったのをごまかすように優紀ちゃんに文句を言った。

「優紀ちゃんがいいなら行く」

私の言葉にすぐに頭を縦に振った優紀ちゃんを見て、私は笑顔のまま小走りで仁の元に駆け寄った。

「俺の所に戻ってくるの遅えよ」

何年かかってんだ。
私にだけ聞こえるように小さく呟いた仁に、私はずっと。静かに恋焦がれている。
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