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憧憬

道の端に立ち、何をするわけでもなく亜久津を待った。携帯もいじり飽きた、暇な時に気軽に連絡をとる友達もいない。こういう時に自分が本当につまらない人間だと痛感させられて嫌になる。
15分経った頃、学校帰りの子達に少し距離を置かれながら歩く見慣れた私服の亜久津が見えた。約束に遅れているのに特に急ぐ様子もない、ポケットに手を入れてだらだらとこちらに向かい歩いてくる。
まぁ、ちゃんと来るだけいいか。そう思ったけれど私は亜久津に「すぐじゃないじゃん」、皮肉を込めて笑った。うるせぇよ、亜久津は適当にごまかしながら私の前で立ち止まった。どこ行くんだよ、そう呟いて。




せっかく仕事が休みになったというのに私は亜久津とお祭りに来ている。だって行く所がどこにもない。カラオケで2人は気まずいし、ご飯食べに行くのも変だし、結局適当に暇を潰せそうなお祭りに行くしかない。亜久津はお祭りに行こうと誘っても何も言わなかった、いいよとも嫌だとも。ただ黙って私について来た。

「私、唐揚げ食べたいんだけど亜久津食べる?奢ってあげる」

いつも差し入れもらってるし、稼いでるし、年上だし。そんな安易な考えで屋台の前に向かい奢ろうとした私を見た亜久津は、いらねぇ。そう言って自分の財布から500円玉を出して一つ唐揚げを買った。
彼氏優しいねぇ。唐揚げのテキ屋のおじさんが、亜久津を私の彼氏だと勘違いをして褒めた。どんな反応するのかなと隣の亜久津を見れば、やはり顔色は変わっていない。あの無愛想な顔をしたまま、早く受け取れと私に唐揚げを差し出している。
唐揚げを亜久津から受け取った私は、ありがとうおじさんとお礼を言い、彼氏という事を肯定も否定もせずに2人で屋台から去った。

「買ってくれてありがとう、お金払うよ」

「いらねぇって言ってんだろ」

「でも収入源お小遣いだけでしょ?」

「なんとか稼ぐからいい」

「何それ私よりたち悪いじゃん」

亜久津は屈託のない、年相応の笑い方をして私の隣に並んだ。何だよ亜久津笑えるじゃん、当たり前だろ人間だからな。どこかで聞いたことのある言い回しをした彼に私も自然と笑えた。
相変わらずお祭りの人混みは凄くて、たまに後ろから押されたり前から来る人に軽くぶつかったりした。
亜久津は人とぶつかったけどびくともしなかった、逆に私は走る子供達に当たっただけでよろけたりした。背の高さが合わない私達はその都度、亜久津の硬い二の腕あたりに私の肩が触れた。
それに対して亜久津は私との距離を遠ざける事もしなかったし、当たってごめんと謝る事もない、かといって気分が盛り上がり手を繋ぐわけでもない、ただお互いに身体が触れるのを黙って受け入れていた。私は一つ年下の亜久津に男を感じて少し気恥ずかしいような、負かされたような気分になった。

「ねぇ、ちょっと座って話したいんだけど」

私は自分の最低な意見を伝える為に、屋台の列からそれた人少ない道路に亜久津を誘った。やはり彼はいいよとか嫌だとか言わずに黙って無愛想な顔でついて来る。
私達は人混みから離れて、小さい頃によく歩いて遊んだ縁石に腰を下ろした。陽を吸収したコンクリートはまだ少し暑い、亜久津は私と少し距離をあけて隣に座った。向かいの道路の縁石では私の同い年くらいの女の子達が、何やらお喋りをして盛り上がっていた。その正反対の、盛り上がらない亜久津と私。

「千石と付き合ってんのか」

亜久津も清純と同じく本題から入る、根本的に似ている彼らだから仲が良いのかもしれない。私はくだらないことを考える。
付き合ってない、一言呟いた私は亜久津が買ってくれたまだ少し暖かい唐揚げがあるのに手持ち無沙汰になる。亜久津はポケットから煙草を取り出し火をつけ吸う、私の答えに返事はない。亜久津の煙が空へと消えていく、私の言葉と共に。

「私、本当に最低で恋とかちゃんとしたことないし、努力もしないし、」

自分で言ってて惨めで恥ずかしい。きっと泣くのを少し我慢しているから鼻は赤くなっている。彼は好きでもない男と平気でキスをする女をどう思ったのか、恐らく嫌悪感を抱いて不快に思っただろう。好きじゃない、むしろ嫌いだった亜久津の反応が私は今。気になって仕方がない。

「でも亜久津には嫌われたくないっていうか、自分でもよく分かんないんだけど、」

嫌われたくない、好かれたい、仲間に入れて欲しい。今まで自分で諦めて自分で捨ててきた、勉強も友達も恋も全て。今になって全部欲しい、そんなずるくて最低な事を私はひたすら亜久津に伝える。

「亜久津と清純と勉強したり遊んだり、いつかちゃんと恋もしてみたいし、」

泣いていてちゃんと喋れているか分からない、今のままじゃ顔はあげれない。手に持ったままの唐揚げはもちろん減らないし、亜久津はどういう顔をしているのかも分からない。ただ煙草の煙は私のそばにあるから、亜久津はずっと黙って座って私の言葉を聞いている。
私は生まれて初めて人に嫌われるのが怖い、そう思っている。

「こんな自分が本当に嫌いだし、本当に最低だと思うんだけど」

これ以上言葉は紡げない、上手く伝える事が出来ない。涙は頬を伝って地面に落ちているし、言葉が出てこない。
きっと亜久津は私の事を軽蔑しただろう。何の努力もしないのに全部欲しい、そう強請ねだる私にも、好きでもない男と関係が持てる私にも。向かいにいる例の女の子達が、私を見てあの子泣いてる、そう小さく喋るのが聞こえて惨めになる。

「あんたが自分の事を嫌いだろうが、最低だろうが関係ねぇ」

「でも」

「俺が好きなんだからいいだろ」

亜久津は煙草の匂いのするごつごつとした手を地面を向いている私の頬に当て、顔を上げさせ亜久津自身に向けた。私は何故か反抗も出来ずにそのままされるがままになり、また少し悔しくなる。

「勉強も連れも、好きな奴とかは知らねえけど。今から努力すりゃいいだろ」

いつもの無愛想な顔だった亜久津は真剣な表情をしている。私の話を真剣に聞いていてくれたのか、彼に嫌われていないと分かった私は胸を撫で下ろした。
亜久津も努力したの?、したから連れの千石がいるし今テニスもしてんだろ。
そういえば2人ともテニスしてたんだっけ、泣きながらも目の前の亜久津はしっかりと見える。亜久津は私の頬から手を離し、反対の手で待っていた煙草を一口吸う。煙は空へと消えていく、亜久津の言葉と共に。

「これ以上ごちゃごちゃ言ったらドタマかちわるからな」

じゃあ言うからかちわってみてよ、涙を拭った私の煽りを無視をする亜久津は小さく笑い、それに思わず私は見惚れてしまった。周りには男が沢山いたけれど、清純と亜久津だけが輝いて見える。どっちが好きだとか今は分からない、これから好きになるかもしれないし2人とも嫌いになるかもしれない。

「亜久津のさ、名前なんだっけ」

「仁」

「もうお互いに忘れてるよね」

私が自分の名前を告げると知ってる、そう言って再度笑った。よく覚えてたね、記憶力いいからな。私と仁の小さな笑い声は空へと消えていく。仁の煙草の煙と共に。




7日目の夕方、清純と仁は私の屋台にやってきた。相変わらず清純は笑って、仁は無愛想なままで。
はいお姉さんお土産、清純は毎度のごとく水滴のついた冷えたジュースを私に渡し、私の許可もとらずに仁と共に屋台の中に入ってきた。

「お姉さんさ、来年の4月から高1としてやり直すんでしょ?」

「え、なんで知ってるの」

亜久津から聞いたよ〜、清純はニヤニヤしながら近づいてきて私の顔を覗き込んだ。うるさいなんか問題ある?、少しぶっきらぼうに私が発言したのを見た仁は、屋台の端で笑いながら煙草に火をつけた。

「悪くないしむしろいいよ!だって俺らと同級生になるんでしょ?」

ずっと一緒に遊べるじゃん、清純はにこにこにこ。屈託のない笑顔で簡易椅子を取り出して座る。そういえばそうか、私は清純と仁と同級生になるのか。
昨日の夜に私は親に頭を下げ、留年させてほしいと告げた。学校辞めたくない、次は絶対に挫折せずに努力する、私の今の思いを真剣に話した。
親はそれを快く承諾し、私はその報告を連絡先を交換したばかりの仁にした。仁から清純に連絡がいったのだろうか、恐らく清純が仁に電話したのだろう。何となくそんな気がする。



売り上げどう?、屋台の外の人混みから仕事の上の人が突然私に話しかけてきた。いかついだけが頼りのおっさんを見て清純は驚いたのか、椅子ごと少し身を引いた。仁はただ煙草を吸いながら立っている。

「今の所は大丈夫です」

「ならいいけどあんまり屋台に他人連れ込むなよ」

それだけ言い放っていかついだけが頼りの人は去って行く。叱られるかと思った、良かったと安心して清純を見れば顔に「怖かった」と描いてある。私と仁は清純の顔を見て笑って、それを清純も恥ずかしそうに照れて笑った。

「ビビってんじゃねえよ」

仁は清純の肩を軽く叩く。だってさぁ!大きな声を出した後、小さな声でめっちゃ怖かった…。胸をなでおろした清純に、再度仁と私は笑った。

「でもさ、怒られたらどうするつもりだった?」

俺達本当はここにいたらいけないんだよね?清純は私に問いかけ、仁も私を見る。うーん、私はほんの少しだけ考える。

「2人とも友達なんで見逃して下さい、って言う」

私は心から笑ってそう言った。
林檎飴が並ぶ屋台の簡易的なライトは、笑う三人を照らしている。
それは仁と清純と同じくらい、キラキラと輝いていた。
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