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憧憬

一週間もあるお祭りもやっと5日目を迎え、憂鬱になりながらやっていたテキ屋の仕事も残り2日となった。
私はこの5日間で清純と亜久津に出会い(そういえば地味ーずも)、沢山の事を考え、今まで気づかなかった自分の気持ちを知った。私の無理矢理に押さえつけていた青春への憧れだとか、もう既に自分で自分の首を絞めていた事とか、清純とキスをした時に感じた気持ちだとか。
あれから一晩経ち、私の考えは少しだけ変わった。
彼らに出会わなかったら私は、留年の手紙が来た時点で親に反抗をし、あっさりと高校を中退しただろう。
周りの友達と同じ様に友達か先輩から適当な仕事を紹介してもらって適当に働き、同世代の子が楽しそうに遊んでいるのを指を咥えたまま見ている、そのまま学も常識もない歳をとっただけの子供になっていたと思う。努力もしない私の事だから。

昨日清純は私にキスをしてすぐに私から離れ、亜久津のそばに行き私にまた明日、いつもの台詞を口にした。いつもより困った様な笑顔をして去って行った清純に対して、亜久津は普段と変わる様子もなく、声ではなく目で私に挨拶をして清純と人混みに紛れていった。
私は去って行く2人の後ろ姿を見て、置いて行かないで欲しいと心の何処かで確かに思った。自分の適当な行動のせいで起きた、2人の誤解を解きたい。そうも思った。清純、投げやりな態度で嘘ばかりのキスをさせてごめん。 亜久津、清純とはそんな関係じゃない。私も2人みたいに仲良く遊ぶ仲間に入れて欲しい。
そう伝えたいけれど、それは八方美人で自分は2人から悪い印象を持たれたくない、そんな自分の甘い考えだという事に私は気がついた。だから真剣に謝るしかない、私は2人に謝罪するつもりで今日は屋台に立っている。




七時を過ぎた頃、清純は昨日の去り際に言った約束をしっかりと守り私の屋台まで来た。昨日別れた時とは違う、いつも通りの整った笑顔で。
元気になった?、相変わらずへらへら笑って私に冷たいジュースを手渡す。水滴と清純の指が私に触れる、それでも私の胸は昨日と同じくときめかない。

「別に、いつもと変わらない」

「あらら、チューして元気になったかと思ったのに」

何ならもう一回する?、私はどう切り出そうか悩んでいた題材を、さらりと口に出す笑顔の清純に対して笑った。
そうだよね、清純は私と違って気まずい事でも何でも素直に口にする事ができる男なのだ。
私は生まれ変わってもこんな素晴らしい人間にはなれないだろう。他人を気遣う事が出来て、いつも笑顔で明るくて、周りの人を幸せにするような清純には。

「私は元から元気だよ」

「嘘だよキスしてからずっと亜久津の事見てたくせに」

俺、お姉さんの事ずっと気になって見てたから分かるよ。清純は私の目を見て続けて喋る。この目に私は弱い、思わず客が来た時の事も考えずに、林檎飴を作る作業を止めて清純の顔を見た。清純は昨日見せた困ったような顔をして、そっと口を開いた。

「初めて亜久津を連れて来た時も、俺と喋ってる時も、俺達が帰る時も、ずっと亜久津の方ばっか見てた」

俺はお姉さんばっか見てたのにさ、清純は小さく笑い私に告げた。自分ではそんなつもりはなかった。亜久津より清純と喋っている方が楽しかったし、亜久津と似ていると言われて真底不快で、別に彼の事を意識したことはないはずだった。

「お姉さん俺とキスしてどう思った?」

「どう、って」

「嬉しかった?それとも何とも思わなかった?お姉さんは寂しそうな顔してたよ」

だから俺の入る余地はないと思ってすぐに帰った。
清純はまるで子供をなだめるように私に優しく問いかけた。それを見た私は、どこかに捨ててきたはずのもう殆どない良心が再度締め付けられた。
今まで悪い事をしても何とも思わなかった。学校をサボっても、親を悲しませても、友達を傷つけても、好きでもない男とキスどころか身体を重ねても最低だとは思わなかったし、それが誰かに知られた所で何ともない。私はそういうつまらない女だったはず。
私は彼らにある日突然出会って、適当に絡み始め、自分とは違う彼らの楽しそうな様子を見て、今までの考えが変わった。
自分も亜久津と清純みたいになりたい。これまで散々好き勝手に生きてきて、今更それを望んでいる自分自身が嫌になる。亜久津が不快なんじゃない、努力もしない自分が不快。それを、彼らに気づかされた。

「ごめん清純、私」

「うん」

「清純の事、好きでもないのに寂しさ紛れに使ってごめん」

「好きじゃないってはっきり言われると、結構くるなぁ」

清純はごまかすように声を出して笑った。ごめん、私が再度謝ると清純は、指で傷みきっている私の毛先に触れた。髪が傷んでるのも亜久津と一緒。久しぶりに不快だった台詞を口にした。今はその言葉が不快ではない、嬉しくもないけれどなんとなくむず痒いような、そんな気持ちになった。

「そんなに謝らないでよ、女の子を悲しませるの趣味じゃないから」

ほら笑って笑って、清純は私の傷んだ髪から手を離して屋台の前の人混みに視線を移した。今日は亜久津来ないと思うな〜、清純がそう言うならきっと亜久津は来ないのだろう。私には亜久津の事は詳しく分からない。

「昨日の私達を見て気まずいからかな」

「いやぁ、どうかなぁ」

「なんか言ってた?」

「特に何も言ってなかったけど」

「そっか」

「多分亜久津もお姉さんの事、気になってたと思うよ」

昨日の俺達を見てどう思ったかは分からないけどね。アハハと笑っていたそのうちにカップルの客が来て、清純が対応した。彼女さん可愛いですね、彼氏の方に茶化して伝える清純はもういつもの整った笑顔の清純だった。
ありがとう、タダ働きさせてごめん。私は清純に意地を張らずに素直に謝り、感謝も述べた。こんな些細な事も昨日まではしなかった。むしろ気づきすらしなかった。これで清純みたいに明るくて魅力のある人間に少しでも近づいただろうか。

「意地張ってる強気のお姉さんもいいけどさぁ、素直なお姉さん本当に可愛いよ」

「変に褒めないでよ」

「今すぐ抱きしめて、俺のものだから取らないでって亜久津に宣言したいもん」

なんで俺じゃなくて亜久津なのかなぁ、こんなに優しくてかっこいいのに。
清純は付け足して笑い、道路に立てかけてある簡易椅子を取り出し腰を下ろした。

「別に私は亜久津の事、何とも思ってないよ」

手にうっすらとついてしまった溶かした赤色の飴が固まって、乾いた血のようにぺりぺりと剥がれていった。今私が咄嗟についた嘘も、いつかはこの飴のように簡単に剥がれていくのかもしれない。
お祭りの雰囲気で気分が上がった人混みのうるさい声が、同じ屋台の下にいる清純と私を包んだ。

「亜久津にふられたら俺の所に来てね」

笑顔の清純の言葉を、聞こえなかったふりをして無視をした。無視しないでよ、笑う清純の言葉を聞きながら私は作業を再開した。




6日目に出勤のため屋台に向かう途中、仕事の上の人から突然着信があった。
嫌な予感を感じながらも渋々出てみると、今日はお前休みな。無愛想な声が淡々と電話越しに聞こえた。お返しだと私も無愛想に分かりましたとだけ返事をして通話を切る。
やっと休みだ、労働基準法を無視しまくって働いた私の身体はもう悲鳴をあげている。もっと早く電話くれればまだ家にいれたのに。ゆっくり休みたいけどそうはいかない。今日はどうしても亜久津と会い、清純との関係の誤解をとらなければならない。
「清純とキスはしたけれど恋人でも好きな人でもなんでもありません、そして2人と仲良くしたいです」
そんな最低な事実を亜久津にどう伝えればいいのか分からずに、未だに私は悩んだままだった。
今日は亜久津は屋台に寄る予定はあったのだろうか、私は亜久津どころか清純のラインすら知らない。私は既に祭りの会場へ向かっている最中で、今更家に戻るのもめんどくさい。
でも今日は絶対に亜久津に会わなければいけない。明日でお祭りが終わる、もしかしたら私は昨日会ったきりでもう一生亜久津と会えないかもしれない。そう思うと居ても立っても居られなくなり、私は意味もなく焦った。


陽は沈みかけ、夕方を迎えようといた。学校を終えた中高生達がお祭り行く?、そう笑いあって友達と楽しそうに歩いている。キラキラとしたオーラに耐えられない私は胸が苦しくなり、中高生達に道を譲りわざと道の端を歩いた。
もしかしたら亜久津もお祭りの会場に向かっているかもしれない。私もとりあえず行くだけ行こうと中高生と同じ方面に歩いた。

「おい」

誰かが私を呼んだ。後ろを振り向けば、今日絶対に会わなければいけない亜久津だった。
ここ通学路だったのか、たまたま会えた幸運は清純とキスをした時に分けてもらったのかもしれない。
いつも屋台から見ていた彼は私服だったけれど、今は山吹の派手な制服を着ていた。あぁそういえば亜久津は一つ下の中学生だったと思い出す。私は彼の色気に惑わされていたことにも気がついてしまって、なんとも言えない気持ちになった。
亜久津の制服姿を見た私は、彼が羨ましくなった。私の高校の制服どこにやったっけ、クローゼットかな。自分自身で捨ててしまった青春に再度憧憬の念を抱き、相変わらず整った無愛想な顔をした亜久津の名前を呼び返答をした。

「今日仕事休みになったんだけど、亜久津暇してる?」

「暇、千石は?」

あいつと会わねえの。いつもの無愛想な顔の眉間にシワを寄せて、威圧感が増した亜久津が私に問いかけた。私はその問いを無視をする。
そういう怖い顔すると清純に怒られるよ、そう言う私も上手く笑顔を作る事が出来なかったけど。

「あんたも同じ様なツラしてるだろ」

「してない」

「やっぱり俺に似てる」

亜久津は不快だった台詞を久々に口にして、小さく下を向いて笑った。だから似てないって、私も亜久津につられて小さく笑う。
私達の横を通って行った山吹中の女子生徒達が「あの人亜久津先輩の彼女かな」、チラチラと私達を見て内緒話をしながら歩いて行った。最悪、ちょっと好きだったのに。遠ざかる彼女達からそういう類の言葉が聞こえてきた。

「亜久津モテるじゃん」

「馬鹿、興味ねぇよ」

家で着替えて来るからここで待ってろ。亜久津は特に急ぐ様子もなく、私を置いてお祭りの会場とは反対方向に歩き出した。こんな何もないただの道で待ってろとか。家近いのか遠いのか、それすら私に教えない。清純なら上がってく?きっとニヤニヤして家まで誘ってきただろう。正反対の亜久津に思わず笑う。

「ねぇ何分待てばいい?」

だらだらと歩き私との距離を離していく亜久津に聞こえるように少し大きい声を出した。久々だった、大きな声を出したのも、何かに必死になるのも。

「すぐ来るから待ってろ」

振り向き私を見た亜久津は、確かに私と青春のキラキラとした時を刻んでいた。
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