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★彼氏と彼女

「お前、今週の土日何してる?」

「今週の土日?」

夕方を迎えた空は赤く染まり、夕日は二人で歩く私達をぼんやりと照らしていた。影が映るコンクリートの上を歩く、靴の先に当たった細かい石は遠くへと転がっていった。

「塾も休みだし、多分ずっと家でごろごろしてるよ」

「泊まりに来ねえか」

「うん、いいよ……え?」

泊まり?慌てて聞き返した私に、黙って頷く亜久津君。泊まりって、あの泊まり?私が亜久津君の家に?混乱しながらも詳しく訊くと、やはり彼はさっきと同じように頷いた。

「優紀ちゃんは?」

「旅行に行く」

「それって、家に誰もいないってこと?」

さらに頷いた亜久津君に、照れていいのか不安を抱いていいのか。私は変に黙り込み、急に大きく動き始めた自分の心臓に正直すぎると笑いたくなった。

「親が厳しいならやめとく」

「…友達の家に泊まるって言えば多分大丈夫」

「ばれねえといいけどな」

「やっぱり嘘は良くないよね?あー、どうしよう」

こんなに悪い事した事ないよ。焦りながら解決策を考え始めた私に、隣の亜久津君は小さく笑っていた。
結局両親には仲のいい友達の家に泊まりに行くと嘘の申告を告げ、協力してくれた友達には今度コンビニでお菓子を奢る約束をした。
平凡な毎日を送っていた私達はもう一度、勇気を出してみることにした。


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「お、おかえり」

「…変に怖気ずくなよ」

お風呂から出て部屋に戻ってきた亜久津君は、何をするわけでもなく緊張して床に座る私を見るなり笑った。
まだ少し濡れている下ろした髪、何も身につけていない上半身、首にかかったタオル、スウェットの楽そうなズボン。私は今まで見たことのない亜久津君の姿になんだか緊張していた。
初めて家にお邪魔してからというもの、私は度々亜久津君の家に遊びに来た。けれど何をするわけでもなく健全に。いまいち勇気の出なかった私はリビングにいる優紀ちゃんを気にしたり、自分からの誘い方が分からなかったり。そんな私を見た亜久津君も、無理に手を出そうとはしなかった。だから私は今、自分がどの場所に座っていいのか、どのくらい相手に近づいていいものなのか。変に張り詰めた空気の中で、一人悩んでいた。
見てもいないのに惰性でつけているテレビにはよく分からない恋愛ドラマが流れていた。なんか見る?、尋ねると亜久津君は頭を横に振り机の上にあったリモコンでテレビを消した。訪れる何度目かの静寂。目が合う私達。変わらない張り詰めた空気。

「髪、乾いたか」

「うん、ドライヤー貸してくれてありがとう」

「お前、風呂上がりなのに色気もなんもねえな」

「うるさいなー」

私はまだ少し熱を持ったドライヤーを亜久津君に手渡した。ふと見上げると年相応に感じる、髪を下ろした亜久津君。私がじっと見つめていると彼は床に座り込んだ私の隣に腰を下ろし、手渡したばかりのドライヤーで自身の髪を乾かし始めた。熱い風と大きな機械音。殆ど濡れていない髪を乾かす彼の指が、今から私に触れるのだと思うとなんだか恥ずかしくなった。

「亜久津君が髪セットしてないの変な感じ」

「そうかよ」

「あんまり怖くないね」

「勝手に言ってろ」

「普通の人みたい。私でも勝てそう」

亜久津君は早々とドライヤーの電源を切って床に置き、首にかけたタオルを机の上に適当に投げ捨てた。座り込む私の脇腹に手を入れ身体を難なく持ち上げて、そのまま優しくベッドの上に押し倒した。いつもと変わらない、無愛想で何を考えているのか分からない亜久津君が目の前にいる。

「この状態でどう勝つんだよ」

「…これじゃあ勝てないかも」

うるさいほど動く心臓を身体に隠し、私の肩の辺りにある亜久津君の腕を手で握った。一度腕が離れたと思うと今度は手を繋がれ指が絡んだ。少し力を入れて握った。いつも手を繋いでいる手がそこにある。
彼は空いた反対の手で私の頭をゆっくりと撫でた。人前ではしないその行為に、ふふ。私が照れて小さく笑うと彼も声を出さずに小さく笑った。
亜久津君は倒れこむように私の肩に頭を埋めた。頭に回された手に抱きしめられると心臓が高鳴り、嬉しくなる。前の彼氏はこんな事してくれなかった。大好きになれた亜久津君だからこそ、私はこんなにも安堵しながら幸せな気持ちになれる。

「亜久津君ってさ、こういうことするの初めて?」

「どうだと思う」

「…私と付き合う前に、付き合ってる女の子がいたの知ってる」

それ以上言わせない、そんな雰囲気を醸し出して亜久津君は噛み付くようにキスをした。私も目を瞑って必死に舌を絡める。
呼吸が苦しい、上手なやり方も分からない、けれど抱き合っていたいしキスがしたい。そう考え始めた私がいることに気がついた。最初に患っていた緊張と恥ずかしさは、この数分で幾分どこかへと飛んでいったかのように思えた。
電気消してもいい?息継ぎをする私の願いを黙って亜久津君は聞き入れ、ベッドの上のリモコンで照明を消した。暗闇の中の亜久津君の視線は強く、私の瞳孔を捕らえていた。

「私、初めてするなら亜久津君がよかった」

「でもお前は俺の事嫌いだったんだろ」

「そうだったね、ごめん」

「好きにさせるからいい」

そう言ってすぐ、亜久津君は再度キスをした。力が入る亜久津君の身体に対して、力が抜けていく私の身体。彼の指が私の腹を直接撫でた時には、ほんの少し身体が跳ねた。そのままゆっくり上がってくる指と手。私と絡めた指はいつのまにか遠くへと離れ、その手は私の服を捲し上げていた。
辞める?彼のその問いに私は首をゆっくりと横に振った。ちらりと亜久津君の顔を見る。いつもとは少し違う気がする、そんな亜久津君の視線に恥ずかしくなり私はわざと目を瞑ってそっぽを向いた。
それを合図にしたかの様に、彼は私の服を優しく脱がしていった。怖くなったら言えよ。そう言い気を使う亜久津君の優しさに、私は目を瞑りながら身を焦がした。
あっという間に裸になった私を亜久津君が見ている。そう思うとやはり恥ずかしさがこみ上げてきて、私は思わず顔をそらした。胸を触る優しい手、舌で突起をいじられる気持ち良さ、そして時折私を強く睨みつけるようなあの視線。今はどれも、私には耐え切れなかった。
そのうちに、中に入ってきたお腹の裏側を撫でる指に声を出さざるを得なくなった。私の声だとか身体の反応を見て触り方を変える、黙り込んだままの亜久津君を私は声を上げながら薄目で見ていた。そうするとぱちりと目が合う、ゆっくりと指を引き抜いた彼は私の前から姿を消した。亜久津君は私の太ももに頭を割り入れ、腕を入れ少し無理やりに足を開かせた。

「いやだ、何するの」

「分かんねえのか」

「分かるけど、怖いからやめて」

「されたことあんだろ」

「ないし、こんなの恥ずかしいからやだ」

「されたら恥ずかしいなんて言えなくなるから安心しろ」

いやだ、そう言う私の意見を無視をした亜久津君は戸惑う事なく舌を這わせた。感じたことのない暖かい人の舌、身体が強張り腰が逃げるほどの快感。可愛いなんてとても言えない、泣き声のような自分の声が部屋に響いた。
今まで経験したことのない強すぎる感覚に、私は勝手に出てくる声を抑えきれずにいた。いやだ、やめて、恥ずかしい。その類の言葉を言いながらも私は呼吸を乱し、太ももに力を入れてシーツを掴み耐えていた。
下を見るといつも見上げていたはずの銀髪が見える。彼が今私のを。そう思いひどく恥ずかしくなり、彼の頭を退かそうと手を伸ばした。けれどその手に気がついた亜久津君は、太ももの外側から私の手を取り指を絡める。
握られた手に力が入る。この恐ろしくなるほどの気持ち良さは一体なんだろう、今聞こえる大人の女みたいな声は自分の声なのか。もう色んなことが分からなくなってきている。
一番に弱い所を舐められた時には出したことのない生々しい声が出て、全身に力が入り腰が引けた。けれど逃げる事を亜久津君の腕が許さない。
ひたすらに声と息を荒げて快感に耐えていると自然と足先が痺れ始めた。怖い、そう亜久津君に訴えたけれど、彼は私の手を強く握るだけだった。そのうちにその甘い電流の様な痺れは背中を通って頭にまで登ってきた。もうその時には、いやだなんて言えなくなっている。
聞いたことのない甲高い自分のとは思えない声、大きく跳ねた身体。ぴりぴりとした強い快感はやってきたと思うとすぐに去っていった。その後にはひどく身体が重たく感じ、頭もぼんやりとしている。やっとの思いで呼吸を整えていると、亜久津君は今になってやっと身体を起こした。

「お前反応いいから分かりやすい」

絡めた手が離れていく。亜久津君はベッドの上に座り、しばらく息を整える私を見ていた。私はすっかり重たくなってしまった身体をゆっくりと起き上がらせ、亜久津君の膝辺りに顔を埋めた。うなだれる私の頭を優しく撫でる彼に、私はしたいことを告げた。

「…私も舐めてあげるね」

「無理しなくていい」

「してあげたいの」

してもいい?上を向き尋ねると亜久津君は静かに頷いた。スウェットの上からでもはっきりと分かる、大きくなったそれを私は求めた。はしたない人間だと思われただろうか。前の彼氏の時にはしてあげたいと思わなかった。けれど亜久津君だから。彼の事を気持ちよくさせてあげたいと、私は羞恥心と戦いながらねだった。
亜久津君はベッドの上でスウェットと下着を脱いで床に投げ捨てた。触ってもいい?、お前が嫌じゃねえなら。肯定の返答をし再度ベットに座った亜久津君の顔を見てから、私は硬く熱いそれをそっと握った。私は彼を満足させられるだろうか、そんな不安と共に。

「…この前、お前で抜いてるって言っただろ」

「…うん」

「何想像してたか教えてやろうか」

黙って頷いた私はゆるゆるとさすっていた手を止めずに、そのままそれを口に含んだ。私の口内で熱いまま形を保つ、十分に硬くなったものに舌を這わせると亜久津君は私の頭を撫でた。

「反応とか声、俺のでよがるお前の顔」

他にも言えねえような事沢山想像した。それを聞いて恥ずかしくなった私は、誤魔化すように舌と唇を使う。頭の上にある亜久津君の指が少し動いた、私は時折感じるその反応だけを頼りに彼を気遣った。
気持ちいい?、そう訊きたくて口に含めたまま見上げた。目が合う、亜久津君は見てんじゃねえ。そう言って少し余裕なさそうに笑った。
しばらくの間続けていると疲れがでてきた。私は最初よりも硬く熱くなったものを咥えるのをやめ顔を離し、やっと普通に動けるようになった身体を起こした。
亜久津君は私を押し倒して一度強く抱きしめた。待ってろ。そう言われ、私は黙って頷きベッドに寝そべりながら天井を見ていた。床に散らばる沢山の物の中からか、どこかにしまってあったのか。彼は避妊具をベッドの上まで持ってくると中身を一つ取り出した。

「亜久津君ゴムしてくれるんだね」

私が元彼とのセックスでは避妊をしていなかった事が分かる言葉を聞いた彼は、眉間にシワをよせ怖い顔をした。手間取る事なくゴムをつけ終わると、亜久津君はまた私に覆い被さった。密着する筋肉質の腕、暖かい肌。私はそれを直に感じていた。

「俺ならお前を大事にできるって言っただろ」

少し乱暴にキスをされ舌を絡めていると、太ももの辺りにはいつのまにか硬いものが押し付けられている。いれるぞ、余裕なさそうに呟いた亜久津君に、いいよ。私は息苦しくなりながらも小さな声で返事をした。
少しずつ、ゆっくりと私の中に入ってくる。腰から背中にまで昇ってくる快感。思わず目を瞑り、勝手に声が漏れた。痛いか。全てが入ったであろう後、一度動くのをやめて確認をした亜久津君に私は嬉しくなった。

「心配してくれたの?」

「うるせえ」

「痛くないよ、…気持ちいい」

「…そうかよ」

亜久津君がゆっくりと動くと、動きに合わせてまた声が出た。まだ明確な気持ち良さに身体が慣れていない。お腹の辺りが気持ちいいのか、全身に快感が巡っているのか。私は体中に行き渡るぞくぞくとする感覚を、目を瞑りながら受け止めた。
亜久津君は慣らすように動いた後、私の足を少しだけ持ち上げ奥深くまで押すようにゆっくりと突いた。さっきとは桁違いの気持ち良さに、私は少し怯えながらも声をあげた。分かりやすい。亜久津君は再度笑って言い、動きながらも私の反応を見ていた。

「、これ、いやだ」

「いやじゃねえだろ」

「だって」

「正直に気持ちいいって言え」

気持ちいいなんて言える場合じゃない。亜久津君が深く動くたびに私は生々しい声をあげ、行き場のない手はベッドのシーツを握った。身体がじんわりと熱を持ち汗をかく。息はあがり、目が開けられなくなる。快感から逃げようとした私の身体を、亜久津君は自分の方に寄せてわざと弱い所を狙って突いている。

「お前の処女奪ったクソ男殴ってやりてえ」

動きが止まったその時、私はやっと目を開ける事が出来た。乱暴な言葉を吐きながらも彼は笑って私を見ていた。髪は乱れて、額には汗の雫がある。彼の男の一面をまた見る事が出来て堪らなく嬉しかった。目が合って、何度目か分からないキスをして、舌を絡めて、また酸欠気味になる。
またすぐに動き出した彼の身体を受け入れながら、私は口だけの拒否をした。やだ、もう無理、これ以上出来ない。身体とは正反対の思いを息絶え絶えに彼に告げた。

「黙ってろ、俺の女にしてやるから」

彼はまた弱い所を突き、それを私は必死に受け止めていた。私は今まで声をあげていたのに、何故だか急に声がでなくなり自然と呼吸が止まった。苦しくない、それどころかひどく気持ちがいい。頭が真っ白になり、身体が浮いているかのような感覚。ぼんやりとしているけれど、明確な快感が身体中に駆け巡った。
いけただろ。そう言った彼の言葉は聞き取れるけれど声が出ない。何も反応しない私を見て亜久津君はどんな顔をしているのだろうか。ゆっくりと快感が身体から抜けていく。少しずつ呼吸ができるようになり、疲労感と未だ身体に残るぼんやりとした気持ち良さに負けた私は目を瞑っていた。

「寝んなよ」

亜久津君は体勢を戻して大きく腰を揺らした。それによって出た私の声は、やっぱり部屋に響いた。もう恥ずかしさも何も分からない。今は亜久津君から与えられる、逃げたくなるほどの快感を堪えるのに精一杯だった。

「まだ動かないで」

「理由は」

「、気持ち、いいから」

「ならよがってろ」

二人が繋がる音と、私も知らない自分の声。私は腰あたりにあった亜久津君の両手首をそれぞれ掴んだ。痛えよ力抜け。そう彼は笑って言ったけれど、快感から逃げようとする私は力を抜くことが出来なかった。

「そんなに気持ちいいのかよ」

「っ、あくつくん、」

「なんだ」

「好き、大好き」

「お前な…」

亜久津君が覆いかぶさり、さっきまで掴んでいた手首はいつのまにか私の顔の横に移動した。手を回す場所が背中にしかない。私は何も考えることができないまま亜久津君に抱きつき、息も絶え絶えに声をあげた。
そのうちに亜久津君は私を抱きしめるように動くのをやめ、私の中でより一層大きくなったかと思うとすぐに果てた。私はやっと呼吸に集中できるようになり、亜久津君は私の首元にうなだれた。
さっきまであんなにうるさく聞こえた自分の声が消えて無くなった。今度は私の耳の横で静かに呼吸をする、亜久津君を感じることができる。

「…暑い」

「…私も」

私が少しぼんやりとした声で笑うと、亜久津君は黙って私の髪をくしゃくしゃと撫でた。暑いならお互いに早く離れてしまえばいいのに。私達は、少しの間抱き合っていた。




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「楽しい時間って、あっという間だよね」

「そんなもんだろ」

もう夕日が沈みかけている。赤い空には何匹かのカラスが遠くへと飛んでいき、やはり地面には私達の影が二つ仲良く並んでいた。いつも一人で歩いていた帰路を、今は亜久津君と一緒に歩いている。
あんなに心配していたお泊まりは楽しく、時間はすぐに去っていった。また明日学校で会えるのに、今は離れるのが寂しく少しだけ辛かった。

「また泊まりに行ってもいい?」

「連れの家に泊まるって、お前の親にまた嘘つくのかよ」

「あっ、そうか…そうだね…どうしよう、嘘はよくないしなぁ」

「くそ真面目だな」

馬鹿にしたように笑う亜久津君に、私は少し照れながらも睨んだ。
二人での帰り道はこんなに楽しくて、愛しく大事なものだと教えてもらった。少し意地悪で優しい彼氏の亜久津君は、私の隣で小さく笑っている。
私は周りを見渡し、知り合いが近くにいないか確認をした。知り合いどころか人すらいない。私達二人だけの道だった。

「亜久津君」

「なんだ」

「私、亜久津君と付き合えてよかった」

亜久津君は返事もせずに私を見ていた、いつものように無愛想な顔で。なんか変なこと言った?不安になり、尋ねると彼は顔をそらして前を向いた。

「最初にお前を大事にしてやるって言っただろ」

私は笑いながら頷く。ありがとう、お礼を言っても亜久津君は何も言わずに黙っていた。私はそんな彼が、堪らなく愛おしい。
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