少年が優しさを知るまで

「ふーっ」
やっと一息つけた気がする。
冷えた体にホットココアが染み渡っていくのを感じた。
結局近所のコンビニにはイートインスペースがなく、外で待ちぼうけしているのだけれど。
暇を持て余しボーッとコンビニを眺め座り込む。
いつもは明るい時間に来ているからか、夜の空間に佇むコンビニはどうにも異質な光に見えた。
周りを取り囲むイルミネーションに飾られた街並みのせいかもしれないが、どこか地味に見える。
今は逆に、それが心地よくも感じるのだが。
 
「ねぇ、そこの君。」
突然肩に手が触れ、驚く。
もしかして、ずっと声をかけられていたのだろうか。
「今気づいた、って顔だね、結構話しかけてたんだけど」
気さくそうな女性が、缶コーヒーを片手に苦笑いをしている。
「えっ…と、ボーっとしてました、すみません」
あまり喋るのが得意ではない俺は、少々ぶっきらぼうに返事をしたが、女性は特に気にしていないようだった。
「まぁ、今気づいてくれたならいいよ、ところでこんな寒い日の夜に、何してるの?」
なんと説明しようか悩んだが、めんどくさかったのでひとまず「短い家出みたいなものです」とだけ答えた。
「ふーん…まぁ、深くは聞かないけどさ、寒いし暗いから気をつけなね、あ、カイロ持ってるからあげるよ」
…心配、してくれてるのだろうか、あんまり気にかけられたことがなかったので反応に悩んだが、ココアも無くなり寒かったのでありがたく受け取ることにした。
…………
会話の続け方も分からない上に、女性も横から動く気がないみたいで、俺が思考を巡らしている間にも沈黙が流れる。
正直気まずかったが、この空気の中でも女性は何も気にしていないといった様子で自然と話しかけてきた。
「なんか君さ、難しいこと考えちゃうタイプでしょ」
「そう…かもしれないですね」
確かに日頃から、頭の中の方が喋っているという自覚はあった、それが考えすぎに当たるのかは悩んでしまうが。
「そうだよね、なんか熟考してますって顔してた。
あ、なにか悩みでもある?通りすがりの人間で良ければ聞くよ」
…言ってみても、いいのだろうか。
気恥しいので話す内容に悩んでいたとは言えないが、家の外で考えていたことを少し聞いてみるのはいいかもしれない。
悩む気持ちもあったが、赤の他人で、ただの通りすがりであるということが逆に俺の中を動かしたのか、気づけば口が動いていた。
「お姉さんは、優しさってなんだと思いますか?
うちの親が優しさだと思ってることが、俺には耐えられなく辛いことに感じられて、だから、優しさって何なんだろうって思ったんですけど…」
女性もしばらく悩んだ仕草をした後、口を開いた
「本当に難しいことを考えるね…そうだなぁ。
優しいの定義について考えてる君にとったら、もしかしたら優しいって言葉自体が大事なのかもしれないけど」
「私は結局、人が人を想った結果、自分も相手もぬくもりを感じられるかが大事だと思うんだよね。
そのために、優しくする側は相手がどうしたら喜ぶのかを考えるし、優しくされる側はどう受け取ったら相手にも感謝が伝わるのかを考えたりするのかなって、そう思ってるよ。」
「もちろん別の人間同士での話だから、一長一短ではいかないというか、相手を知ろうとする気持ちが先にないと上手くいかないよな、とは思うんだけどね。」
「だから、私は君の親御さんが具体的に君にどんなことをして君が辛くなってるのか分からないけどさ。
親御さんはまだ、君のことをよく知らないのかなって思ったよ。」
伝えたいことを言い切ったらしい女性は、こちらの反応を伺っているが
俺は聞けば聞くほど腑に落ちていくような、それでいて驚きと未知の考えへの関心が湧いたりして複雑な心境で、
このまま口を開こうにもなんと言えばいいか分からず、しばらく固まっていた。
しかし自分の中で咀嚼が終わると以外にもすらすらと言葉が紡がれた。
「俺の事をよく知らない…なんだか、すごく腑に落ちました。俺が親を理解できないように、親も俺を理解できないのかもしれないですね。
もしくは、知る気が無いのかもしれませんが」
女性はそれを聞いて、困ったように笑いながら
「参考になったなら良かったよ、まぁ、お互いが理解できていないのだとしても、分かり合えるように努力してみるかは自由だし、もっと気楽に考えな」
と声をかけてくれた。
とても冷えた体のはずなのに、胸の辺りに少しの温かさを感じながらこくりと頷くと、
女性は満足そうに笑って、「じゃあ、私はこれから帰るけど、これ使って少しでも暖かくしながら、君も気をつけてそろそろ帰りなね」とまたひとつカイロを分けてくれた。
2/3ページ
スキ