さえずり
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教室の片づけもそこそこに、一斉に教室から飛び出していく。
罰則を受けまいと必死になる様子が、少し羨ましくもあった。
私には罰則なんて、どうでもいい。今以上につらい状況なんか、あるはずがない。
「おい、ボーっとしてないで急ぐぞ!」
例の男子が私の腕を引いて教室を出る。なるべく音を立てないよう、早歩きで寮を目指した。
その努力もむなしく、曲がった廊下の向こうからルーモスの明かりが見えた。
「まずい、誰か来た」
「私のことはいいから、行って」
こんな気持ちを抱え続けるなら、いっそのこと罰則を受けたい。減点されても、重労働を任されても、スネイプ教授への贖罪と思えば苦じゃない。
男子の手を振り払い、私は寮へ行く道を遠回りに走った。
足音は冷たい廊下で大きく反響し、遠くにあった明かりは私を追いかけてくる。
「……待てフラム!」
「!?」
低い声が、足音よりも耳に響いた。
同時に、痛いくらいに心臓が早鐘を打ち始める。これはきっと、走っているせいじゃない。
やだ、やだ、やだ!
今だけはあの人に捕まりたくない!
全力で走って、記憶を頼りに複雑な道を選んでいく。
「フラム! 止まれ!」
教授の声も途切れ途切れで、息が乱れている。
このまま走り続ければ、逃げきれるかもしれない。
最後の賭けに出ようと曲がった先は、行き止まりだった。
「えっ……!」
もう、引き返せない。
振り返った先には、肩で息をするスネイプ教授がいた。ルーモスで灯した杖先をこちらに向けたまま、ゆっくりと歩いてくる。深呼吸をして息を整えながらも、鋭い眼光を放っていた。
追いつめられて後ずされば、背中が壁に当たりひやりとした寒気が走る。
「我輩の呼び止めには、応じないのだな」
心臓が、締め付けられるように痛い。
そのせいか、呼吸が苦しさを増していく。
禁じられた森の中で、恐ろしい魔法生物と遭遇したらこんな感じかもしれない。
相手は、私が想いを寄せる人なのに。
「ば、罰則は甘んじて受けます。なので、それ以上こっちへ来ないでください」
「近寄るな、とは。なんとも身勝手で、傲慢な」
動けない私へと、まだ距離をつめてくる。そろそろ、手を伸ばせば届きそうだ。
顔も見れずうつむけば、私の左右で壁を激しく叩く音が爆発音のように響いた。
息がかかるほど近くに、スネイプ教授がいる。
前後は教授と壁に、左右は教授の両腕にさえぎられた空間は、あまりにも狭かった。
「我輩から逃げ切ろうなどと、淡い期待は抱かぬことだ」
「大丈夫です、もう逃げません。だから、少し離れてください……」
「それは無理な相談だ。君の言葉は信用性に欠けるのでな」
逃がさないよう、なおも距離は縮まる。
飛び込みたくて仕方がなかった教授の胸が目の前にあるのに、触れることも、吐息がかかることすら罪に思えて、息を殺した。
「普段の威勢はどうした? 疲れ果てるほど、パーティーは楽しかったのか?」
「楽しんでいる余裕なんて、ありませんでした。ずっと、教授のことを、考えていたので」
嘘じゃない。
紛れもない事実だ。
それを伝えたくて顔を上げれば、思っていたより教授の顔が近くにあることに気付く。一瞬たじろぐも、教授の瞳を見つめ続けた。
教授の表情が、戸惑いの色を含んでいる気がする。
ルーモスの光が弱くなって、よく見えない。
「戯れ言だ」
「違います」
「我輩をたぶらかし、それを話の種にして楽しんでいたのだろう。さぞ、愉快だったでしょうな」
「違います!」
語気を強めれば、教授の顔が目の前に迫ってきた。
今にも、鼻先が触れてしまいそう。
「これ以上、我輩を愚弄することは許さ−−」
もう、聞きたくなかった。
とっさに塞いだ唇は柔らかくて、教授は弾かれたように離れる。耳に届いた軽いリップ音が触れ合っていた証拠で、教授の口元を見て胸が熱くなった。
説教の最中で優勢なのは明らかに教授なのに、先に唇を奪ったのは私。
教授は何も言わず、ただ目を丸くして私を見ている。私が何かの魔法で正気を失っているんじゃないかと、確認するように。
「スネイプ教授、好きです」
「……ここまで愚かだとは」
その言葉の意図もわからないまま、再び唇が重なる。
キスの意味なんて考えたこともなく、ただの憧れでしかなかった。
今こうして触れ合うと、私と教授のお互いの感情が行き交っているようにすら思う。
私からは、好きです、嫌な思いをさせたならごめんなさい。
スネイプ教授からは、すまない、大切にしたいのだ。
この瞬間だけは、言葉なんていらない。
離れた唇が冷気に触れて、湿り気を帯びているせいでより寒く感じた。
「罰則は、明日改めて申し付ける」
「……さっきのキスで、なかったことにできませんか?」
後日、パーティーに参加していた全員が漏れなく罰則を受けた。
もちろん私も、スネイプ教授の元で一切の雑用を任される一週間を送ることになっている。
これだと罰にならないなぁ、なんて思いながら試験管を磨く放課後。
あの時とても不機嫌でしたけど、私と男子の会話を聞いて嫉妬したんですか?
そう聞けば教授と一緒にいられるこの罰則期間は延びるだろうか、と笑みがこぼれた。
「何を笑っている」
「試験管がきれいになって、嬉しいんですよ」
「ほう。ならば、毎日でも全て磨き上げてほしいものですな」
……さっきの質問は、やっぱりやめておこう。
追加の試験管が入った大きな箱を見て、胸の中にしまいこんでおこうと決めた。
鳥の羽ばたきに目がくらむ
行くな まだ
私はずっと
そのさえずりを聴いていたいのだ
end