3.かわいいあなたを笑わせたいな
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週に一回、数日に一回、そして連日ホーキンスと顔を合わせるようになり数年経った。
「あの石を移動させるぞ。協力しろ」
「はいはーい! ここでいい?」
「――以上の説明通りに動け」
「長すぎて前半忘れた。もっかい言って」
「……聞きながらやれ。行くぞ」
「今日はハグをすることで運気が上がる。手を広げろ」
「いいよ、おいで」
きっと親でも、それこそ屋敷の使用人相手でもいいだろうに、というかその方がわざわざ足を運ばなくて済むから楽なはずなのに、ホーキンスは私の申し出を素直に聞き入れてくれたらしかった。家の近くで佇んでいたり、出先で偶然出会ったり。私を見つけると、ピンと背筋を伸ばして、こちらをまっすぐ見つめながらやってくる。視線が合った時点で逃がさないと言わんばかりの雰囲気をまとうものだから、なんだか笑ってしまう。
なんでそんなことを?と思うような内容から少し戸惑う内容までいろいろあったけど、自分から言い出したんだし、と一切断らずにここまできた。たまにホーキンス側が「いいのか」と確認してくるくらいには全部OKした。
そのまま遊ぶこともあれば、占い結果だけ充たしてはいさよならという日もある。私側で別の友達との約束があるときなんかは後者になり、毎回遊びに誘って毎回断られている。
「おれとそいつらの気が合う確率、三十二パーセント」
とのことである。三十二パーセントもあるなら賭けてもよくない?と思うが、嫌がるのなら無理強いはしない。なのでホーキンスも別れ際にさびしそうな顔をするのをやめてほしい。普通に心が痛む。私はホーキンス含めて友達皆を大事にしたいのだ。あと、この狭い島で友達付き合いを怠ると今後の人生がしんどい。これはホーキンスにも当てはまるのでは? さすがに一回くらいは顔合わせをさせておくべきなんだろうか。
そんな感じでそれなりの年月を――人生の全体からすりゃ一瞬だけど子どもの数年はでかい――彼と過ごしてきたのだが、スカートをはいたホーキンスが家を訪ねてきたのは今日が初めてだった。
いわゆる女装である。ロングスカートにブラウス、つばの広い帽子に日傘。涼しい顔で片手に紙袋を持った彼は、パッと見どころか相対してもどこかのご令嬢に見える装いで立っていた。惜しむらくは、この島でお上品な格好をする人なんてほぼいないため死ぬほど浮いている。さっき私が干した洗濯物を背景にしてるあたり、本当に違和感がやばい。視察に来た貴族のような風格さえある。
しかしどれだけ高貴な服装であっても彼は私の友達であり、私に会いに来てくれたことに違いはないので、普段通り挨拶をする。
「おはよ、ホーキンス」
「おはよう。この前借りたハンカチを返しにきた」
「あー、あのときのやつか! ありがとね。えーっと、うーんと……」
以前「人のハンカチを借りると運気が上がる」とかなんとか言ってたときに貸した覚えがある。……上がるのは運気だったっけ? 細かい確率の話をされて聞き流した際の出来事かもしれない。
紙袋を受け取って礼を述べながらも彼を引きとめる言葉を探す。朝っぱらからここまでびしっと決めているということは、用事でもあるのかな。でも、せっかくだから。
「うち上がってく?」
ホーキンスは私の言葉を聞いて目を瞬き、こくりと頷いた。そして日傘を畳み出したのだけど、その姿すら絵になるのってすごいよなあと思う。肩まで伸びた金髪がうつむく際にさらりと広がり、うなじがちらと見えた。悪いことをした気分になる。
了承を得た私は意気揚々とホーキンスの手を取って家に入っていく。手袋越しに感じる感触がいつものだったので、ちょっと安心しつつ。
部屋に入った途端後悔の念が押し寄せてきた。他の友達のノリで招くんじゃなかった。玄関前でおしゃべりして、いつもみたいに別の場所へ遊びに行けばよかった……!
汚れ一つないスカートをはいた彼をしなびたクッションに座らせていいのか。一応今朝掃除したはずなのに、こうして見ると埃があるようなないような。そもそも全ての家具がぼろいし壁が変色してる気がするし、おかしな臭いとかしてたらどうしよう! 日常すぎて自分で気づけていない可能性がある。
あれやこれや目について焦りだした私と打って変わって、ホーキンスは日傘を入り口に立てかけ、優雅に――この動作に優雅という表現が適しているかは別として――帽子を脱いでいた。興味深そうに室内を見渡している。あんまり見ないでほしい。招いておいてなんだけど。
「そんな珍しいものないよ~……さ、座って座って。お茶……はホーキンスん家と比べられそうだからやめよ。水持ってくるね」
「おれはなんでもいい。気にするな。……勝手に家に上げて親は何も言わないのか」
「よく友達呼んでるからたぶん大丈夫! そっちこそおめかししてるし用事あったんじゃないの?」
「ああ、これは占いに従ったまでだ。時間に関しては問題ない」
「ならよかった」
今さらだけどホーキンスって本当に占い重視の生き方してるんだな、と思う。
この島で占いを心底信じているのはおじいちゃんおばあちゃん世代くらいなもので、私たちの年代ともなると本気で信じている人はほとんどいない。むしろうっすらと馬鹿にする空気があるくらいだ。島の行く末を占っているのだから島内でかなり重要な立ち位置にいるはずのバジル家も、うさん臭くて不気味なやつらと悪口を言われているのを聞いた。
占いなんてなくても生きていけるよ、とは友達の言葉だ。確かに私含め、島民はそこそこ強い。ある程度の年齢になると皆指導を受けるのだ。おかげでぽっと出の海賊なら倒せるくらいにはなっている。
だけど、本当にそうなんだろうか? 長年占いに導かれて平和を保ってきたのは事実なのに、いきなり自分達だけで判断してやっていけるものなのだろうか。
権力者たちからの崇拝レベルの厚遇と、世代が移るにつれうっすらと広がる軽蔑。世代によってそんな断絶があるものだから、島民全員が揃う場は空気が最悪になる。結婚式や葬式がある度憂鬱だ。
「どう思う」
「なにが?」
友達といるときに考え事するもんじゃないな。やめやめ。思考が遠くに飛んでいても私の体は水やつまめるものを用意してくれていたので、ホーキンスと向かい合う形で座る。コップを彼の前に置く。
問いかけてきたホーキンスはしばらくコップの中の水とにらめっこした後、顔を上げずにぽそりと言う。
「この服、どう思う」
「似合ってる。かわいいよ」
「………………そうか」
たっぷりの間が空いた。答え間違えちゃったかな。綺麗って言われた方が嬉しいタイプだった?
男心ならぬホーキンス心を把握しきれていない私はおそるおそる彼の反応をうかがってみる。また髪の隙間から肌が、耳が見えている。真っ赤になった耳が。これは……照れと屈辱どっちでとればいいんだ……。
「か、かわいいよ、ほんと! 私の次にね!」
茶化して誤魔化すにしても他の言い方があっただろ!と、口にしてから思った。相手を下げるような発言、勢いだとしてもするもんじゃない。
だというのに、ホーキンスはくつくつ笑い出す。目を細め、やわらかい笑みで。いつもは無表情な顔に、ほんの少しのからかいを浮かべて。
「ふ、ふふ……そうだな、エヴィ。お前が一番かわいいな」
そこから数分、どんな会話をしていたか記憶にない。ホーキンスってそういうこと言うんだ……という衝撃と、思いの外ドキドキしてしまった自分への焦りによりパニックになっていたので。
▲▲▲
おしゃべりと遊びの合間に水を大体飲み切って、二杯目汲んでこようかと席を立ったあたりで玄関ドアの鍵を開けてる音がした。ホーキンスの問いたげな視線に、「お母さんだと思う。買い物行ってたんだ」と答える。予想通り、ドアが開くとお母さんが立っていた。
「あれ、友達来てるの――」
買い物袋を抱えたお母さんは、ホーキンスの姿を見て硬直した。お嬢様(の見た目をした人)が家に居たらそりゃ驚くよなと反省しつつ、袋を持ちに行く。私に袋を引き渡しながらも、彼女の視線はホーキンスに固定されている。見つめ合うこと数秒、ホーキンスが軽く会釈したと同時にお母さんが叫んだ。
「ホーキンス様……!?」
「ホーキンス様!? えっ、お母さん、様付けで呼んでるの?」
「バジル家のご子息なんだから当然でしょ!? エヴィあんたホーキンス様に失礼なことしてないでしょうね!?」
「…………」
言われてみると思い当たる節が両手じゃ数え切れないくらいあったのでしばし無言になる。嫌な予感がしたが避けきれない速度の拳骨が降ってくる。いたい。
「あんたって子は……! 申し訳ありません、ホーキンス様。娘がご迷惑をおかけしたようで」
「迷惑なんてかけられていない。特別扱いもやめろ。おれはまだ当主じゃないんだ」
「ほら、いいって」
本人が許したのならこれまでのあれこれもチャラだろ! 念のため今後は気を付けようと決意もしておく。たぶん明日には忘れている。
頭を抱えたお母さんが「ろくなもてなしもできず……」と言いつついろいろ準備しようとしていたのだけど、ホーキンスはそれらを断り、用事があるからと帰り支度を始めてしまった。椅子から降りるときのスカート捌きも見事なもので、今日初めて着た訳じゃなさそうだった。買い物袋を一旦置いて、彼の見送りにいく。お母さんはハラハラした顔で後方待機だ。
外に出て日傘をばさりと広げる彼に声をかける。
日傘の内側、影の中に浮かび上がる白い肌。身じろぐだけで揺れる髪。人形みたいに精巧で、人間らしい反応を示す全てのパーツ。
振り向いた瞬間の彼は額に入れて飾りたいくらいきれいだった。下手に褒めるとやり返されそうなので口を閉じておく。
「送ってくよ」
「……じゃあ途中まで」
「ん」
二人並んで舗装もされていない道をてくてく歩く。私からすれば物心ついたときから慣れ親しんだ道だけれど、ホーキンスはきっと整った道しか歩いた経験がないはずだ。こういう関係になったことで訪ねてきてくれるようになったが、本当なら私の方から伺うべきなのかもしれない。屋敷の人に薄汚い小娘、とかなんとか言われて追い返されそうだなあ。
ふと彼の足元を見やると、ふかふかの絨毯で履くべき靴が土で汚れているのに気づく。
私はホーキンスと並んでいい存在なのかな。この土みたいに、いたずらに汚してしまうだけなんじゃないかな。
そんなことを一瞬考えて、脳内を切り替えるためへらりと笑う。ホーキンスがじとりと睨んでくる。華やかな装いで恐ろしさが半減している。
「つまらないことを考えるな」
「え、私なんか言ってた?」
「顔に出ている。おれはおれの考えのもと行動しているんだ。これまで通りでいろ」
「……ホーキンス様の仰せのままに」
「やめろ」
散々呼び捨てしてたのに今さら様付けとかゾワゾワするな。いつか様付けしなくちゃいけない日がくるんだろうか。それはちょっとさびしいな、と思う。
途中まででいいと言われたのに、話を切り上げるタイミングが見つからなかった私たちは結局丘の下まで一緒に歩いた。さすがにここから先はつらい。帰るときの私の気持ちが。何度もホーキンスを一人にしてさびしがらせた罰かもな。
「今日は招いてくれてありがとう」
「……そういってもらえてよかった。また来てね」
たとえ社交辞令だったとしてもお礼を言われるのは嬉しい。私の返事に頷いてくれたのも。「また」が来なくたって、今日の楽しかった思い出があればいいや。
「今度は、手土産を持っていく」
「え、いいよそんなの!」
「お前の好きそうなものを見つけたんだ」
だからついでに上がらせろ。ホーキンスが続けて言ったわざとらしい命令に吹き出してしまう。楽しみにしてるねと返す。両親にはきちんと説明しておこう。
手を振って別れて、彼の背中が見えなくなるまで見届ける。もう大丈夫そうだと判断して家に向かう。
「今度」があるんだって。道端の石を蹴っ飛ばしながらえへえへ笑う。誰も見てなくてよかった。今の私の顔、気持ち悪いほどにやけているだろうから。
「あの石を移動させるぞ。協力しろ」
「はいはーい! ここでいい?」
「――以上の説明通りに動け」
「長すぎて前半忘れた。もっかい言って」
「……聞きながらやれ。行くぞ」
「今日はハグをすることで運気が上がる。手を広げろ」
「いいよ、おいで」
きっと親でも、それこそ屋敷の使用人相手でもいいだろうに、というかその方がわざわざ足を運ばなくて済むから楽なはずなのに、ホーキンスは私の申し出を素直に聞き入れてくれたらしかった。家の近くで佇んでいたり、出先で偶然出会ったり。私を見つけると、ピンと背筋を伸ばして、こちらをまっすぐ見つめながらやってくる。視線が合った時点で逃がさないと言わんばかりの雰囲気をまとうものだから、なんだか笑ってしまう。
なんでそんなことを?と思うような内容から少し戸惑う内容までいろいろあったけど、自分から言い出したんだし、と一切断らずにここまできた。たまにホーキンス側が「いいのか」と確認してくるくらいには全部OKした。
そのまま遊ぶこともあれば、占い結果だけ充たしてはいさよならという日もある。私側で別の友達との約束があるときなんかは後者になり、毎回遊びに誘って毎回断られている。
「おれとそいつらの気が合う確率、三十二パーセント」
とのことである。三十二パーセントもあるなら賭けてもよくない?と思うが、嫌がるのなら無理強いはしない。なのでホーキンスも別れ際にさびしそうな顔をするのをやめてほしい。普通に心が痛む。私はホーキンス含めて友達皆を大事にしたいのだ。あと、この狭い島で友達付き合いを怠ると今後の人生がしんどい。これはホーキンスにも当てはまるのでは? さすがに一回くらいは顔合わせをさせておくべきなんだろうか。
そんな感じでそれなりの年月を――人生の全体からすりゃ一瞬だけど子どもの数年はでかい――彼と過ごしてきたのだが、スカートをはいたホーキンスが家を訪ねてきたのは今日が初めてだった。
いわゆる女装である。ロングスカートにブラウス、つばの広い帽子に日傘。涼しい顔で片手に紙袋を持った彼は、パッと見どころか相対してもどこかのご令嬢に見える装いで立っていた。惜しむらくは、この島でお上品な格好をする人なんてほぼいないため死ぬほど浮いている。さっき私が干した洗濯物を背景にしてるあたり、本当に違和感がやばい。視察に来た貴族のような風格さえある。
しかしどれだけ高貴な服装であっても彼は私の友達であり、私に会いに来てくれたことに違いはないので、普段通り挨拶をする。
「おはよ、ホーキンス」
「おはよう。この前借りたハンカチを返しにきた」
「あー、あのときのやつか! ありがとね。えーっと、うーんと……」
以前「人のハンカチを借りると運気が上がる」とかなんとか言ってたときに貸した覚えがある。……上がるのは運気だったっけ? 細かい確率の話をされて聞き流した際の出来事かもしれない。
紙袋を受け取って礼を述べながらも彼を引きとめる言葉を探す。朝っぱらからここまでびしっと決めているということは、用事でもあるのかな。でも、せっかくだから。
「うち上がってく?」
ホーキンスは私の言葉を聞いて目を瞬き、こくりと頷いた。そして日傘を畳み出したのだけど、その姿すら絵になるのってすごいよなあと思う。肩まで伸びた金髪がうつむく際にさらりと広がり、うなじがちらと見えた。悪いことをした気分になる。
了承を得た私は意気揚々とホーキンスの手を取って家に入っていく。手袋越しに感じる感触がいつものだったので、ちょっと安心しつつ。
部屋に入った途端後悔の念が押し寄せてきた。他の友達のノリで招くんじゃなかった。玄関前でおしゃべりして、いつもみたいに別の場所へ遊びに行けばよかった……!
汚れ一つないスカートをはいた彼をしなびたクッションに座らせていいのか。一応今朝掃除したはずなのに、こうして見ると埃があるようなないような。そもそも全ての家具がぼろいし壁が変色してる気がするし、おかしな臭いとかしてたらどうしよう! 日常すぎて自分で気づけていない可能性がある。
あれやこれや目について焦りだした私と打って変わって、ホーキンスは日傘を入り口に立てかけ、優雅に――この動作に優雅という表現が適しているかは別として――帽子を脱いでいた。興味深そうに室内を見渡している。あんまり見ないでほしい。招いておいてなんだけど。
「そんな珍しいものないよ~……さ、座って座って。お茶……はホーキンスん家と比べられそうだからやめよ。水持ってくるね」
「おれはなんでもいい。気にするな。……勝手に家に上げて親は何も言わないのか」
「よく友達呼んでるからたぶん大丈夫! そっちこそおめかししてるし用事あったんじゃないの?」
「ああ、これは占いに従ったまでだ。時間に関しては問題ない」
「ならよかった」
今さらだけどホーキンスって本当に占い重視の生き方してるんだな、と思う。
この島で占いを心底信じているのはおじいちゃんおばあちゃん世代くらいなもので、私たちの年代ともなると本気で信じている人はほとんどいない。むしろうっすらと馬鹿にする空気があるくらいだ。島の行く末を占っているのだから島内でかなり重要な立ち位置にいるはずのバジル家も、うさん臭くて不気味なやつらと悪口を言われているのを聞いた。
占いなんてなくても生きていけるよ、とは友達の言葉だ。確かに私含め、島民はそこそこ強い。ある程度の年齢になると皆指導を受けるのだ。おかげでぽっと出の海賊なら倒せるくらいにはなっている。
だけど、本当にそうなんだろうか? 長年占いに導かれて平和を保ってきたのは事実なのに、いきなり自分達だけで判断してやっていけるものなのだろうか。
権力者たちからの崇拝レベルの厚遇と、世代が移るにつれうっすらと広がる軽蔑。世代によってそんな断絶があるものだから、島民全員が揃う場は空気が最悪になる。結婚式や葬式がある度憂鬱だ。
「どう思う」
「なにが?」
友達といるときに考え事するもんじゃないな。やめやめ。思考が遠くに飛んでいても私の体は水やつまめるものを用意してくれていたので、ホーキンスと向かい合う形で座る。コップを彼の前に置く。
問いかけてきたホーキンスはしばらくコップの中の水とにらめっこした後、顔を上げずにぽそりと言う。
「この服、どう思う」
「似合ってる。かわいいよ」
「………………そうか」
たっぷりの間が空いた。答え間違えちゃったかな。綺麗って言われた方が嬉しいタイプだった?
男心ならぬホーキンス心を把握しきれていない私はおそるおそる彼の反応をうかがってみる。また髪の隙間から肌が、耳が見えている。真っ赤になった耳が。これは……照れと屈辱どっちでとればいいんだ……。
「か、かわいいよ、ほんと! 私の次にね!」
茶化して誤魔化すにしても他の言い方があっただろ!と、口にしてから思った。相手を下げるような発言、勢いだとしてもするもんじゃない。
だというのに、ホーキンスはくつくつ笑い出す。目を細め、やわらかい笑みで。いつもは無表情な顔に、ほんの少しのからかいを浮かべて。
「ふ、ふふ……そうだな、エヴィ。お前が一番かわいいな」
そこから数分、どんな会話をしていたか記憶にない。ホーキンスってそういうこと言うんだ……という衝撃と、思いの外ドキドキしてしまった自分への焦りによりパニックになっていたので。
▲▲▲
おしゃべりと遊びの合間に水を大体飲み切って、二杯目汲んでこようかと席を立ったあたりで玄関ドアの鍵を開けてる音がした。ホーキンスの問いたげな視線に、「お母さんだと思う。買い物行ってたんだ」と答える。予想通り、ドアが開くとお母さんが立っていた。
「あれ、友達来てるの――」
買い物袋を抱えたお母さんは、ホーキンスの姿を見て硬直した。お嬢様(の見た目をした人)が家に居たらそりゃ驚くよなと反省しつつ、袋を持ちに行く。私に袋を引き渡しながらも、彼女の視線はホーキンスに固定されている。見つめ合うこと数秒、ホーキンスが軽く会釈したと同時にお母さんが叫んだ。
「ホーキンス様……!?」
「ホーキンス様!? えっ、お母さん、様付けで呼んでるの?」
「バジル家のご子息なんだから当然でしょ!? エヴィあんたホーキンス様に失礼なことしてないでしょうね!?」
「…………」
言われてみると思い当たる節が両手じゃ数え切れないくらいあったのでしばし無言になる。嫌な予感がしたが避けきれない速度の拳骨が降ってくる。いたい。
「あんたって子は……! 申し訳ありません、ホーキンス様。娘がご迷惑をおかけしたようで」
「迷惑なんてかけられていない。特別扱いもやめろ。おれはまだ当主じゃないんだ」
「ほら、いいって」
本人が許したのならこれまでのあれこれもチャラだろ! 念のため今後は気を付けようと決意もしておく。たぶん明日には忘れている。
頭を抱えたお母さんが「ろくなもてなしもできず……」と言いつついろいろ準備しようとしていたのだけど、ホーキンスはそれらを断り、用事があるからと帰り支度を始めてしまった。椅子から降りるときのスカート捌きも見事なもので、今日初めて着た訳じゃなさそうだった。買い物袋を一旦置いて、彼の見送りにいく。お母さんはハラハラした顔で後方待機だ。
外に出て日傘をばさりと広げる彼に声をかける。
日傘の内側、影の中に浮かび上がる白い肌。身じろぐだけで揺れる髪。人形みたいに精巧で、人間らしい反応を示す全てのパーツ。
振り向いた瞬間の彼は額に入れて飾りたいくらいきれいだった。下手に褒めるとやり返されそうなので口を閉じておく。
「送ってくよ」
「……じゃあ途中まで」
「ん」
二人並んで舗装もされていない道をてくてく歩く。私からすれば物心ついたときから慣れ親しんだ道だけれど、ホーキンスはきっと整った道しか歩いた経験がないはずだ。こういう関係になったことで訪ねてきてくれるようになったが、本当なら私の方から伺うべきなのかもしれない。屋敷の人に薄汚い小娘、とかなんとか言われて追い返されそうだなあ。
ふと彼の足元を見やると、ふかふかの絨毯で履くべき靴が土で汚れているのに気づく。
私はホーキンスと並んでいい存在なのかな。この土みたいに、いたずらに汚してしまうだけなんじゃないかな。
そんなことを一瞬考えて、脳内を切り替えるためへらりと笑う。ホーキンスがじとりと睨んでくる。華やかな装いで恐ろしさが半減している。
「つまらないことを考えるな」
「え、私なんか言ってた?」
「顔に出ている。おれはおれの考えのもと行動しているんだ。これまで通りでいろ」
「……ホーキンス様の仰せのままに」
「やめろ」
散々呼び捨てしてたのに今さら様付けとかゾワゾワするな。いつか様付けしなくちゃいけない日がくるんだろうか。それはちょっとさびしいな、と思う。
途中まででいいと言われたのに、話を切り上げるタイミングが見つからなかった私たちは結局丘の下まで一緒に歩いた。さすがにここから先はつらい。帰るときの私の気持ちが。何度もホーキンスを一人にしてさびしがらせた罰かもな。
「今日は招いてくれてありがとう」
「……そういってもらえてよかった。また来てね」
たとえ社交辞令だったとしてもお礼を言われるのは嬉しい。私の返事に頷いてくれたのも。「また」が来なくたって、今日の楽しかった思い出があればいいや。
「今度は、手土産を持っていく」
「え、いいよそんなの!」
「お前の好きそうなものを見つけたんだ」
だからついでに上がらせろ。ホーキンスが続けて言ったわざとらしい命令に吹き出してしまう。楽しみにしてるねと返す。両親にはきちんと説明しておこう。
手を振って別れて、彼の背中が見えなくなるまで見届ける。もう大丈夫そうだと判断して家に向かう。
「今度」があるんだって。道端の石を蹴っ飛ばしながらえへえへ笑う。誰も見てなくてよかった。今の私の顔、気持ち悪いほどにやけているだろうから。