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殴られたら殴り返せよ/ドフィ
ドフラミンゴの折れた骨がようやくくっついてきた頃、あの日から少女を見かけなくなったと気がついた。視界の端をうろちょろしていた人間がいなくなってドフラミンゴはせいせいしたが、ロシナンテは少し寂しそうにキョロキョロすることが増えていた。
「あんな奴に近寄っちゃダメだえ。おれがこんな目に合わされたってのに、助けにこなかったんだえ」
「で、でも、ぼくのことは助けてくれたよ」
「あいつの気まぐれだったんだえ。人間達に気を許しちゃいけないえ」
目を覚まさせようとする兄に、弟は「でも」を繰り返すばかりだった。うねる金髪がふわふわ揺れる。その奥にある瞳はきっとドフラミンゴを非難していることだろう。
たかだか一回、転けそうなところをフォローされたくらいで信用するなんて、とドフラミンゴは憤る。その度、ロシナンテはあたふたとして、諦めたように黙り込んでしまう。
最終的にドフラミンゴに言い負かされるのが常であったから、この時もロシナンテは兄の言うことに従った。
ドフラミンゴだって、弟の不服そうな顔に気づかない兄ではない。けれども愛する弟と喧嘩をしたい訳でもなかったから、弟の反抗心に目をつむったのである。
その判断が間違いだと思い知ったのは、それから少し経ったある日のことだった。
ロシナンテが突然「街に行こう」と言い出したのだ。怖がりな弟がそんなことを自発的に考えるはずがない、と話を聞いてみると、あの少女に食料のありかを教えてもらう手筈になっているのだと言う。ドフラミンゴの前には出てこないくせに、ロシナンテには会いにきているらしかった。あの女! 純粋な弟に何を吹き込むつもりなのか。
ドフラミンゴが嫌だと頑なに突っぱねると、ロシナンテはまた「でも」と言った。
「兄上だってお腹すいてるでしょ? 食べ物探しにいかなきゃ、ぼく達死んじゃうよ……。ねえ兄上、他の人は怖いけど、あの人なら大丈夫だよ」
ロシナンテの言いたいことは、ドフラミンゴにだって痛いほど分かっていた。今自分達が命を繋いでいるのは、身を潜めて街のぎりぎりまで探索し、住民達が外で捨てたものをすかさず漁ってきたからだ。そもそも貧しい街から出るゴミなどたかが知れている。食べられる部位が残っているのなら住民達が骨の髄まで確保している故に、ゴミとして出される物体の中にろくなものはなかった。初めの時期は決して口にしないと決めていたそれを、空腹に耐えかねて食べたのは記憶に新しい。
それすらも手に入らないことの方が多かったし、何度か民衆に見つかっては甚振られていた。自分の身すら守れない者に弟を守れるはずがなかったのだ。目の前で泣き叫ぶロシナンテを庇えなかった。自分の意識を保つのに精一杯だった。弟にだけはこんな目にあってほしくなかったというのに。
少女はそんな時ですら見ているだけだった。おもちゃのように蹴飛ばされる兄弟を、民衆の後方からこっそりと観察していた。
気の済んだ人間達が立ち去って、兄弟が這う這うの体で帰っていくのを確認しては消えていく。そのことを家族に訴えたところで、「巻き込まれなくてよかった」などと抜かすのだから手に負えない。
かくして血を吐く思いをして手に入れた「食料」はかろうじて一家の腹を満たしたが、選びぬかれた上質な物しか食べてこなかった彼らは当然ながら体調を崩した。
そうでなくたって母は咳き込みがちになっている。廃棄されていたベッドの残骸をボロ小屋に運び込み、できるだけ母を寝かせているけれども、彼女の容体は悪くなるばかりだった。家族に心配をかけまいといつも通り過ごそうとする痛々しさに、父はもちろん息子達も顔を暗くした。
「天竜人」の地位を手にしていたあの頃であれば一生体験せずに済んだであろう地獄が、ひたひたとドフラミンゴのそばに迫ってきている。あの街での出来事ですら、地獄の入口でしかなかったのかもしれない、とドフラミンゴは寒気を覚えた。
それら全てを踏まえたとしても、あの少女に頼ることは癪に障った。
あいつは本当に厄介なことをしでかしたらしい。臆病で人見知りな弟にここまで言わせるとは、よほど誑し込んだのだろう。
街での食料調達なら自分が行くからと言い聞かせ、弟があの少女と関わらないように、今まで以上に張り付いて守ることにした。弟はそんなドフラミンゴの様子を見てこくんと頷き、少し間をおいてから「わかった」とだけ返した。
すると少女は攻める相手を変えた。今度は両親から侵食するつもりのようだった。
食料を得るための金銭など持っていないはずなのに、その日の二人はゴミではない食べ物を手にしていた。萎びたりんご、端がカビたパン、なんらかの干し肉数切れ……。家族四人で食べるにはどう見ても足りないそれを、両親は満面の笑みで兄弟に分け与えた。自分達の分はろくに確保せず、食べられる部分のほとんどを兄弟に差し出した。
「ドフィ、ロシー、ゆっくり噛んで食べるんだよ」
「うん……父上、これ、どうしたんだえ?」
「……優しい人が分けてくれたんだ。ありがたく頂こう」
その時の父の嬉しそうな顔といったら!
とはいえ、ドフラミンゴも久方ぶりのまともな――異臭がしておらず、虫もたかっていない――食料を前にして冷静ではなかった。空腹を満たすことに夢中で、父の言葉を聞き流してしまっていた。
あっという間に食べ物は最後の一欠片になってしまい、名残惜しくなった段階でようやく、父の言う「優しい人」が誰なのかという疑問を持った。そして、少女の顔が思い浮かんだ。
嫌な予感がした。自分達に援助をするような者など、そういるはずがない。骨はどうにか治ってきたが、いまだにドフラミンゴの体には傷跡が色濃く残っている。あの日の民衆の殺気立った空気だって覚えている。そもそも、両親が誰かと話しているところなど見ていない。このゴミ山で、ドフラミンゴの目をかいくぐって食料を渡してきたということになる。
そう、まるでこっそりロシナンテに接触していた、あの少女のように。
事実を確かめるべく、ドフラミンゴは鼻息荒く父を問いつめた。父は何が悪いのか分からない、といった風に、あっさりと援助者の正体を明かした。
「以前から私達を気にかけてくれていた子がいただろう? あの子が譲ってくれたんだ。自分だって生活が苦しいはずなのに」
少女が眉間にしわを寄せてシカトしていたことを、父は「気にかける」と称した。
言葉を失っているドフラミンゴの様子をどう勘違いしたのか、父はほわほわとした雰囲気を漂わせながら話を続け、母まで混ざってきてしまった。うたたねをするロシナンテを抱きかかえ、ベッドでにこにこと笑う母。母のこんな明るい顔を見たのはいつぶりだろう、とドフラミンゴは思った。
「あの子と出会えて本当によかった!」
「あの子あの子とばかり言わないで、名前で呼んであげたらどう? せっかく名前を教えてくれたんですもの」
「ああ、そうだったね。彼女は――」
「興味ないえ!」
これ以上少女を称える言葉を聞きたくない。そう示すために大声を出して、勢いよく小屋を飛び出した。引き止める両親の声と、寝ぼけたままの弟の呼びかけが耳に入る。が、ドフラミンゴはゴミ溜めの方がいくらかマシだと振り向かなかった。
家族は好きだ、それは変わらない。
でも、彼らとの意見の食い違いに辟易していたのも事実だった。
そういう時に限って最悪は続く。
小屋からそう離れていない場所に、あの少女が立っていた。片手に小汚い袋を抱えている。先ほどの話からして、少なくない中身がそこにつめられているのだろう。
相変わらずのみすぼらしさにドフラミンゴが苦虫を噛み潰したような顔をすると、少女も意志の強さを表すがごとき眉をつり上げた。
やっぱり家族と離れるべきではないのだ。ドフラミンゴがカッとなって飛び出す度に嫌なことが起こる。少女と顔を合わせてばかりいる。
「……それ、父上に渡すのかえ」
「悪い?」
「何が目的なんだえ。いくら媚びたって金は出ないえ」
「へえ、崇められて当然って考えはやめたんだ」
皮肉たっぷりに返してくるこの少女のことを、ドフラミンゴはやはり好きになれそうになかった。家族は彼女の何を見ているのだろう。いくら人間共の中で比較的マシとはいえ、この少女を褒め称える精神なぞ持ち合わせていない。
しかし彼女の持つ食べ物には用がある。下手に機嫌を損ねて立ち去られては困る、とドフラミンゴは押し黙った。
少女は言い返してこないドフラミンゴをぼんやりと見やり、「強いて言えば」と、そのかさついた唇を開く。同時に、少女がやってきたと気づいた家族が小屋の中から出てきて歓迎の声を上げていた。
歓声にかき消されるはずの囁きが少女の口からこぼれた。
「
耳をすませていなければ聞き取れないほどの小さな呟き。同情。憐れみ。生ぬるい少女の目つき。
その瞬間、ドフラミンゴの脳が理解を拒絶した。全身の血が頭に登っていき、視界が真っ赤に染まって――。
発言からコンマ数秒のうちに、ドフラミンゴは少女の首元へと掴みかかった。
突然の動きにぎょっとした彼女はそのまま地面に引き倒される。マウントポジションを取ったドフラミンゴがその小さな拳を感情のままに振り下ろす。が、少女は即座に意識を切り替えて拳を避けた。
力を込めた攻撃が空振りしたことでドフラミンゴに隙が生まれ、少女との攻勢が逆転した。
そこから先は泥沼だった。慌てて引き離そうとする両親をはねのけ、弟の泣き声は聞こえず、ただひたすらに相手を害することだけ考えた。
ここでこいつを仕留めておかなくてはならない。
その一心で二人は傷つけあった。
「な、にキレてんだよっ! 事実だろうが!!」
「人間のくせに、おれ達を見下すな!! おれは神だぞ!!」
「知るかよ……! 私は今のお前らの話をしてんだよっ……!」
民衆からの暴力でついた生傷は治る間もなく増えている。腕にも足にも真新しい怪我が残っていた。物資不足で包帯すら巻けなかったドフラミンゴのそこに、マウントポジションを奪った少女は躊躇なく指を突っ込んだ。
ぐじゅ、と嫌な感触に舌打ちをする。
突っ込まれた側のドフラミンゴはたまったものではない。反射的に身を引いて、無我夢中で少女に当たり散らす。
暴れるドフラミンゴからずり落ちた彼女に、技術も何もない拙い蹴りが襲いかかる。かつて傷一つなかった靴の先が少女の顔面へとめり込み、足が離れた途端に彼女の鼻からどろりと血が流れた。
彼女の下にいたドフラミンゴに、ぽたりと落ちる。
その赤さにドフラミンゴは一瞬ぎょっとしたものの、頬の血を拭う暇も無く少女の攻撃が再開したために何も言えずに終わった。
最中、少女の口からあふれ出す。発端とは関係ないようでいて、この諍いの根源となる問い。
「なんでっ!! この国に来た!!」
「おれだって来たくなかった!!」
ドフラミンゴの腹を蹴りつけながら叫ぶ少女に、彼はそう怒鳴り返す。
少女の長い髪の先をどうにか掴むと力いっぱいに引っ張った。痛みに顔を歪め、少女は腕を振り回す。肘だか手だかがドフラミンゴの顔面に直撃してはからずも手を放した。少女の声が悲痛さを増していく。
「お前らさえ来なけりゃ、皆大人しくしてたんだよっ!! どんだけ、つらくても、毎日必死に耐えて!! 生きてたんだ!!」
言葉の一区切りごとに拳が振りぬかれた。
いつの間にかサングラスはどこかへ消えていた。露わになった父親似のたれ目が睨み殺さんとばかりに少女を見据え、彼女からの攻撃をしのぎつつも幾度か反撃を試みた。
数発、少女の顔に、腹に、固い拳が入る。
絶叫が途切れる。
「だからなんだってんだ!? おれ達がやった訳でもないのに、なんでこんな目にあわなきゃいけない? なんでお前なんかに憐れまれなきゃ――」
少女の間合いにいたドフラミンゴは彼女の頭突きで一瞬意識を飛ばした。
すぐに持ち直して彼女の顔面を掴んでまた地面へと叩きつける。すんなりと倒れてはくれず、少女もドフラミンゴに掴みかかったままゴミまみれの大地に落ちた。
元々汚れていた服に土がつく。油ぎった髪の毛が地に広がる。そんなことを気にしている余裕もなく、二人は縺れて転がった。
ドフラミンゴが少女の髪を引き抜けば少女はドフラミンゴの鼻を狙い、少女がドフラミンゴの腹を執拗に殴るとドフラミンゴは彼女の至るところに噛み付いて応戦した。少女の鼻から垂れる血はすでに乾いてカピカピになっていた。
そこに天竜人と人間との差はなかった。
皮肉にも彼らの戦闘センスは同レベルであった。ほんの少し、スラム街での身の振り方を知る少女が有利ではあったが、ドフラミンゴもその身に受けた暴力から学んでいた。
戦闘力の似通った争いには終わりが無い。
結局、両親が暴れ回る二人を引き離して決着となった。お互い体力の尽きる寸前だった故に従ったものの、まだ二人は血走った目で見つめ合っている。どちらかが負けを認めなくては本当の決着にはならないのだと、子供ながらにそう感じ取っていた。
ロシナンテのすすり泣きが場に響く。
やめて、やめてよ。
舌っ足らずなその言葉は、ずっと二人に投げかけられていたもので。幼い弟の声すら届かない場所にいたのか、とドフラミンゴは気まずそうに口を歪めた。
まだ荒い息を落ち着かせるためか、少女は再度深呼吸をした。真っ赤な顔には汗と血の混ざりあったものが滴っている。が、そんなことはどうでもいいようだった。そして。
「憐れまれたくねェならそのしけた面やめろや!! この世で一番の被害者ですみたいな顔しやがってよお!!」
そこまで言いきってようやく彼女は崩れ落ちた。体を抑えていた母が慌てて抱きとめると、こんな状況にもかかわらず少女は小さく礼を述べた。息切れで頭が回っていないからこその、無自覚な振る舞いだった。
出会った時のように、一家は言葉を失っていた。ドフラミンゴでさえその形相に一瞬息をのんだ。
誰も何も言わないのをいいことに、少女はじとりとした目つきで一家を見回し、ドフラミンゴで視線をとめた。
サングラス越しに目が合う。
殺意を交わす。
「……私が分け与えてやったのは、お前らが私よりかわいそうだったからだ」
嘲りの言葉を吐いていく少女の口は奇妙に引きつっている。
母の手をするりと振りほどいてよろめきながらも自力で立つことを選んだ彼女は、先ほどよりは冷静さを取り戻したようだった。ドフラミンゴをまっすぐに睨みつけているというのに、声だけは平坦さを保っている。
いやに自分の心拍音が大きく聞こえて、ドフラミンゴは耳を塞ぎたくなった。
「さっさと決めろ。慈悲深い私に頭下げるか、自分達でゴミ漁って生きていくか。どこ探せばいいかくらいはアドバイスしてやる」
この場で少女が決定権を委ねたのは父でも母でもなく、まだ八歳のドフラミンゴだった。自分とやりあった相手だからこそ、煽りまじりに今後を問うた。
そんな少女の口角がわずかに上がっているのを見て、ドフラミンゴは即刻返事を決めた。
「お前なんかの助けはいらないっ……!! おれ達だけで生きていく!!」
子供の強がりだと、笑いたければ笑えばいい。ドフラミンゴは引く訳にはいかなかった。ここでこいつに頭を下げたら、最後のプライドすら捨てることになる。もし、仮に、少女に恵んでもらうとして。自分達は下々民に虐げられながら、この少女にまで媚を売り続けなければいけなくなる。彼女の気分次第で自分達の命運が決まるなど、決して耐えられない。
そうしてこめかみに血管を浮き上がらせるドフラミンゴに対し、少女は「へえ」と鼻で笑うだけだった。
「ドフィ、彼女には何度も世話に――」
「父上は黙ってろ!!」
「そうだよ。私はあんたの息子に聞いたんだから」
ドフラミンゴの返答を聞いた家族はそれぞれ驚愕の色を見せ、父が思わずといった風に口を出す。しかしすぐに二人から一蹴されてしまい、困り果てた様子で言葉をつまらせた。
一方少女はドフラミンゴの返事が想定内だったのか、けろりとした顔で鼻を拭っていた。乾ききった血はすぐには取れず、苛立たしげに血液混じりの唾を吐く。
吐き捨てた流れで彼女が目線を上げた先に、ロシナンテが立っていた。厚い前髪で隠れているものの、その顔がぐちゃぐちゃになっているのはどう見ても明らかで、さすがの少女もばつが悪そうに顔を背けた。
誰もが口を閉じた瞬間、波のさざめきがその場を通り抜けていく。
その途端、ドフラミンゴが何かするよりも早く、少女はハッとしたように駆け出した。大喧嘩の後とは思えないほど軽快、そして誰よりも速い逃げ足で彼女は去っていく。
「せいぜい頑張んな!!」
そんな捨て台詞を残して。
ボサボサの黒髪を振り乱し消えていく後ろ姿を確認して、ドフラミンゴはようやく体の緊張を解いた。
父もその変化に気がついたのか、抑えつけていた手を弱めて「帰ろう」と声をかけた。
父の支えもあり小屋へと戻っていく中、ロシナンテは母の足にへばりついて離れなくなっていた。気の小さい弟の前であれだけ暴れたのだ、仕方のない反応である。後で機嫌を取ってやらねばなるまい、とドフラミンゴが床に腰を下ろすと、母がすぐ側に膝をつく。
憂いをたたえた顔が彼の瞳を覗き込んだ。
「ドフィ、怪我をよく見せて……」
「……平気だえ。この程度の傷、すぐに治る――」
ぐらり。ドフラミンゴは母との会話中に口内の異変を感じ取った。なんだか気持ち悪い。何かが不安定になっているような……。
舌先で口内を探ってみると、前歯の一本がぐらついていた。あまりいじると抜けてしまいそうだ。
そのことを母に伝えれば、喜びと悲しみとが混ざりあったような笑みを浮かべた。
「子供の歯が抜けるのね。ドフィがまた一つ大人になった証拠よ」
大人になるというのは確かに喜ばしいことなのだろう。しかし、喧嘩が原因で、しかも正確にはあの少女によるものだと思うと、どうにも喜ぶ気にはなれない。今になって痛みが増してきた全身を縮こまらせながら、ドフラミンゴはそんなことを考えていた。
***
「兄上、やっぱりちゃんと話そうよ」
「静かに! あいつにバレるえ」
ひそひそ声で密談する兄弟のことなど気づかずに、少女は黙々と街を歩んでいる。小屋一つくらいの距離を保って彼女の後を追う。なぜか少女が人間達の目の届きにくいルートを辿っているおかげで、兄弟は一度も殴られずに街に入り込んでいた。
先日の件以降、ドフラミンゴは街での食料調達を目論んでいた。けれども簡単にできるのならとっくにやっているはずである。街の構造すら把握していないドフラミンゴにとって、一歩入れば大怪我は免れないエリアだった。
そこで、街暮らしをしている少女を思い出す。ちょうどよく、街の外を散歩している彼女が目に入る。
助けはいらない、と言った。それは直接的な援助の話であって、こちらが勝手につけていくのは別なのではないか。あいつを利用して街の中を知る分には問題ないのでは。
そうして自身のプライドと状況の切実さに折り合いをつけたドフラミンゴは、一人で彼女を追跡していくことにした。はずだった。
「アルマと仲直りするの? ぼくもいっしょに行く!」
仲直りなんかする訳ない。危ないから母上と待っていろ。アルマって誰だ。というかいつの間にあいつの名前を呼ぶほど親しくなったんだ。
そう質問攻めするドフラミンゴに、ロシナンテは「行くったら行く!」と駄々をこねてきかない。大人しい弟がこんなにも粘るなんて、と驚いて、珍しく押し負けたのが数十分前。
弟を説得しようとしている間に去っているのではと思ったが、少女は道端の草に夢中になっており、たいして移動していなかった。
ふと少女が立ち止まる。薄暗く人通りの少ない場所に、ゴミが積み重なっている。袋の破れた部分から漂う臭いが鼻をつくが、彼女はものともせずゴソゴソ漁っては中身をあらためていた。一つ二つめぼしいものをくすねると、少女はその場を離れていく。
路地の向こうに消えたのを見計らって、ドフラミンゴ達はゴミ袋に飛びついた。ゴミはゴミでも街の外よりはマシなものが入っている。慎重に選べば母にも渡せるかもしれない。
弟に急かす言葉をかけながらも、ドフラミンゴは生きるために、汚れにまみれてでも腹を満たそうとしていた。
それは、「天竜人」として敬われていた存在とは思えない姿だった。
弟以外いないから、と自己暗示のように脳内で繰り返すドフラミンゴのことなど、きっと誰も見ていないのだ。