2.きみの視界に飛び込み参戦
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私がバジル・ホーキンスと初めて出会ったとき、彼はまだ少年になりかけの幼い子ども――私もそうだけども――だった。
そして、その時すでに、彼は占いに従って人生を歩んでいた。
*****
いつも覗いている子がいる。
そう気づいたのは、友だちとの追いかけっこで追いつけなくて、息切れと共に立ち止まったときだった。皆がよく遊んでいる広場から少し離れた丘に、私の家とは比べものにならない大きさの家――屋敷と呼んだ方が正確かもしれない――が建っているのだけれど、そこの窓に小さな影がうつることがあるのだ。
私たちが遊んでいると、窓際に影がやってきて、少しすると消えてしまう。皆タイミングが悪いのか、「そんなの見たことない」って言われてしまったので、気づいているのは私だけのようだった。
「おばけでも見たんじゃないの?」
「いやいや、ふつうにあの家の人だと思うよ」
「それはそれで、なんか、ねぇ」
含みのある会話。あのお屋敷は、私たちには馴染みのない存在だった。金持ちと貧民とか、それだけではなく。私たちと彼らとでは、明らかに雰囲気が違った。俗世の私たちと違う、人間味のない人々だったのだ。
なんでも、占いを家業としている一家だとかで、村の人もたまに頼りにいくのだという。重要な物事があるときには必ずその一家を訪ねて善し悪しを占ってもらうのだ、と近所のお姉さんは言っていた。友だちと一緒に話を聞いていた当初、私はそういう人がいるんだな、くらいにしか思っていなかった。両親も私が生まれるときに占ってもらったとかなんとか言っていた気がするが、自分で頼んだ訳じゃないのであんまり実感がない。
屋敷はここから離れた場所にある。こちらから影がかろうじて見えるレベルなのだ、向こうからすれば豆粒程度にしか認識していないだろう。
でも、誰かが見ているのなら、もしかして気づくかも、なんて。
夕方になり、遊んでいた友達がみんな帰っていった後。私は一人で広場に残っていた。もう一度くらい、あの影が出てくるかもしれないから。
その日の私は運が良かった。例の窓に、ふっと影がうつった。誰だか知らない。屋敷の主か、使用人か、はたまた友達の言ったようなお化けか。
誰であろうと、向こうから見えていたら面白いな、と。そんな軽い気持ちで手を振った。
影は何の反応も示さなかったが、すぐに消えたりしなかった。
私が手を振っているのが見えているのかもなあ、そうだったらなんて思われてるのかなあ。
満足した私はそう考えながら、ウキウキと帰路についた。
▲▲▲
世界規模で見れば平和なこの島も、指名手配書があちこちに貼られるくらいには治安が悪い。近隣の島で目撃情報が多発、この島の港で姿を消した、実際に被害者が出てまだ捕まっていない、などなど。
建物の外壁に新しいものが貼ってあったので一応目を通しておく。今回は子どもを狙う変質者だった。大人たちがピリピリしていたのはこういうことだったのか、と腑に落ちる。うちの親はわりとゆるい方ではあるものの、今朝家を出ようとした私に「用事が済んだらすぐ帰ってきなさい」と言いつけた。親を心配させる趣味はないので大人しく従っておこう。
しかしこの変質者、道端にいたら違和感がありすぎて怖いだろうな。映りが悪いのか、写真の男にはそこらの海賊とはまた違ったおどろおどろしさがあった。私より数倍大きくでっぷりとした体、丸太ほど太い手足、下品な笑み。
「ウヘヘ、一人で出歩いていいのか? お坊ちゃんよォ」
「今日は一人で外出するといいであいがあると出た。お前がそうなのか?」
そう、人気のない道で少年に声をかけているあの男みたいな――――
「うわーーっ!!」
「グエッ」
死角から助走をつけた私の飛び蹴りは男の顔面にヒットして、汚い声をあげながら後ろに倒れていく。けれども気絶した訳ではないので、すぐさま少年の手を取って人通りの多い道まで走り抜ける。突如暴力と共に乱入してきた私を見て少年はぽかんとしていたが、説明している暇はなかった。半ば少年を引きずるような形で大通りに転がり出ると、私は通行人から出店の店主までありとあらゆる人に呼びかけた。
「助けてください!! あっちに変な人が!!」
変質者慣れした住民達は一目散に私の指した方向へ駆けていく。血の気が多いとも言える。味方であれば心強いのは確かで、そう時間もかからずに逃げ遅れた男がボコボコの顔で連行されていった。誰が賞金を得るのかはじゃんけんで決めるつもりらしい。
心臓がばくばく音を立てている。安心安全ってほどでもないけれど、そこそこ平和な生活を送ってきた私は初めてこういう場面に遭遇した。たぶん、先に逃げて助けを呼ぶべきだった。子どもの蹴りなんてたかが知れているし、あの男が油断していなかったら一捻りにされていただろう。被害者が二人に増えるだけ。今回は運がよかった。もしそうでなかったら――――。
「おい、大丈夫か」
手をくいくいと引っ張られ、はたと気づく。無の顔をした少年が平坦な声で私の心配をしている。……たぶん。顔にはでてないだけで。
彼に手を引かれるままに、大通りの隅へ寄る。もうさっきの騒ぎは収まっていて、いつもの活気が戻ってきていた。
「顔が真っ青だぞ」
「ああ、うん……ありがとう。落ちついたから、もんだいないよ。君はケガとかしてない? どこかさわられたとか……」
「特には」
「そっか、よかった……」
私よりよっぽど落ち着いている少年は、私より少し小さくて、外へ出たことがないみたいに色白だった。あのままだったら、きっと簡単に連れ去られてしまっただろう。身につけているものからしていいとこのお坊ちゃんみたいだし、なおさら危なかった。……お坊ちゃん?
この村でお高そうな服を着ている人なんてそうそういない。それこそ、あのお屋敷以外は村長くらいなものだ。村長周りで見たことのない子ども。つまり、消去法でいくと彼はあのお屋敷の子どもということになる。
まあ、それは問題ではない。こんなことがあったんだから今後は護衛なんかもつくだろうし。
「話してるとこにいきなり割りこんでごめんね。あの男、子どもに手を出すってしめいてはいされてたやつだから」
「それは一目見て分かった」
「知ってたの!? あ、こわくて動けなかったよね、そうだよね、ごめん……」
「いや、今日は「家を出て最初に会った人と話す」ことで運気が上がる日だったから話していただけだ」
「なにそれ!?」
上がってないじゃん!! むしろ危ない目にあってたじゃん!!
私のすっとんきょうな叫び声にも動じず、彼は肯定してみせた。そして、「でも助かったのだからいいだろう」と言ってのけた。よくねえって!!
「君、あのおやしきの子だよね?」
「バジル・ホーキンスだ」
「こりゃどうもごていねいに……私はエヴィ。あ〜あの辺、やしきから見て、村の右の方にでかい木あるでしょ? その木の近くの赤い屋根の家に住んでるから。今後占い結果で人手ひつようなときには私呼んで」
自分の家の場所まで明かし始めた私を、少年――ホーキンスはきょとんとした顔で見ている。暗い赤の瞳が一挙一動を観察するみたいに動き、最終的に私の指さした方向に向いた。
「遠いな」
「丘の上から見りゃどこも遠いよ。じゃ、広場は? それか森の近くの空き地とか」
だいたいその辺で遊んでるから、呼び止めてよ。
難しいことじゃないはずだ。ちょっと来てうろちょろすればすぐ私を見つけられる。この町も島もそんなに広くないし、行動範囲なんてたかが知れてるし。
金色の長いまつ毛を瞬かせ、ホーキンスはこてんと首を傾げた。
「……なぜおれに関わろうとする」
「見てて不安なんだもん。この海でそのききかんの無さはやばいよ。私だってすごく強いってわけじゃないけど、一人で出歩くよりは安全だと思うよ」
お付きの人とか連れてくるなら別だけど、と付け加えると、そういうのはいない、と返された。マジかよ。こっそり抜け出してきてるんじゃないだろうな。
いないなら私でもいいんじゃない、とゴリ押しする。自分が護衛代わりになるとはつゆとも思っていない。ただ、世間知らずのお坊ちゃんが占い次第で危ないことをするかもというのは、私の精神衛生上大変よろしくないので。
「……わかった。必要であれば、考えてみる」
「そうして」
話が終わったかと思いきや、ホーキンスがまだなにか言いたそうにしていたため、続きを促してみる。彼は少しの間の後、ぽつりと訊ねてきた。
「……お前、屋敷に向かって手をふったことはあるか」
「あるけど……あ! あの影って君だったの? 見えてたんだ」
「うっすらとな。顔まではわからなかったが、そうか。お前が……」
年がそう変わらないはずのホーキンスは、幼いながらに独特の雰囲気をまとっている。真正面からじっと見つめられると圧倒されてしまうほど。
私がしたことをどう思ったのかはっきり言わなかった彼は、たじろぐ私にこう続けた。
「ところで、いつまで手をつないでるつもりなんだ」
「えっ、ごっ、ごめん!!」
そして、その時すでに、彼は占いに従って人生を歩んでいた。
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いつも覗いている子がいる。
そう気づいたのは、友だちとの追いかけっこで追いつけなくて、息切れと共に立ち止まったときだった。皆がよく遊んでいる広場から少し離れた丘に、私の家とは比べものにならない大きさの家――屋敷と呼んだ方が正確かもしれない――が建っているのだけれど、そこの窓に小さな影がうつることがあるのだ。
私たちが遊んでいると、窓際に影がやってきて、少しすると消えてしまう。皆タイミングが悪いのか、「そんなの見たことない」って言われてしまったので、気づいているのは私だけのようだった。
「おばけでも見たんじゃないの?」
「いやいや、ふつうにあの家の人だと思うよ」
「それはそれで、なんか、ねぇ」
含みのある会話。あのお屋敷は、私たちには馴染みのない存在だった。金持ちと貧民とか、それだけではなく。私たちと彼らとでは、明らかに雰囲気が違った。俗世の私たちと違う、人間味のない人々だったのだ。
なんでも、占いを家業としている一家だとかで、村の人もたまに頼りにいくのだという。重要な物事があるときには必ずその一家を訪ねて善し悪しを占ってもらうのだ、と近所のお姉さんは言っていた。友だちと一緒に話を聞いていた当初、私はそういう人がいるんだな、くらいにしか思っていなかった。両親も私が生まれるときに占ってもらったとかなんとか言っていた気がするが、自分で頼んだ訳じゃないのであんまり実感がない。
屋敷はここから離れた場所にある。こちらから影がかろうじて見えるレベルなのだ、向こうからすれば豆粒程度にしか認識していないだろう。
でも、誰かが見ているのなら、もしかして気づくかも、なんて。
夕方になり、遊んでいた友達がみんな帰っていった後。私は一人で広場に残っていた。もう一度くらい、あの影が出てくるかもしれないから。
その日の私は運が良かった。例の窓に、ふっと影がうつった。誰だか知らない。屋敷の主か、使用人か、はたまた友達の言ったようなお化けか。
誰であろうと、向こうから見えていたら面白いな、と。そんな軽い気持ちで手を振った。
影は何の反応も示さなかったが、すぐに消えたりしなかった。
私が手を振っているのが見えているのかもなあ、そうだったらなんて思われてるのかなあ。
満足した私はそう考えながら、ウキウキと帰路についた。
▲▲▲
世界規模で見れば平和なこの島も、指名手配書があちこちに貼られるくらいには治安が悪い。近隣の島で目撃情報が多発、この島の港で姿を消した、実際に被害者が出てまだ捕まっていない、などなど。
建物の外壁に新しいものが貼ってあったので一応目を通しておく。今回は子どもを狙う変質者だった。大人たちがピリピリしていたのはこういうことだったのか、と腑に落ちる。うちの親はわりとゆるい方ではあるものの、今朝家を出ようとした私に「用事が済んだらすぐ帰ってきなさい」と言いつけた。親を心配させる趣味はないので大人しく従っておこう。
しかしこの変質者、道端にいたら違和感がありすぎて怖いだろうな。映りが悪いのか、写真の男にはそこらの海賊とはまた違ったおどろおどろしさがあった。私より数倍大きくでっぷりとした体、丸太ほど太い手足、下品な笑み。
「ウヘヘ、一人で出歩いていいのか? お坊ちゃんよォ」
「今日は一人で外出するといいであいがあると出た。お前がそうなのか?」
そう、人気のない道で少年に声をかけているあの男みたいな――――
「うわーーっ!!」
「グエッ」
死角から助走をつけた私の飛び蹴りは男の顔面にヒットして、汚い声をあげながら後ろに倒れていく。けれども気絶した訳ではないので、すぐさま少年の手を取って人通りの多い道まで走り抜ける。突如暴力と共に乱入してきた私を見て少年はぽかんとしていたが、説明している暇はなかった。半ば少年を引きずるような形で大通りに転がり出ると、私は通行人から出店の店主までありとあらゆる人に呼びかけた。
「助けてください!! あっちに変な人が!!」
変質者慣れした住民達は一目散に私の指した方向へ駆けていく。血の気が多いとも言える。味方であれば心強いのは確かで、そう時間もかからずに逃げ遅れた男がボコボコの顔で連行されていった。誰が賞金を得るのかはじゃんけんで決めるつもりらしい。
心臓がばくばく音を立てている。安心安全ってほどでもないけれど、そこそこ平和な生活を送ってきた私は初めてこういう場面に遭遇した。たぶん、先に逃げて助けを呼ぶべきだった。子どもの蹴りなんてたかが知れているし、あの男が油断していなかったら一捻りにされていただろう。被害者が二人に増えるだけ。今回は運がよかった。もしそうでなかったら――――。
「おい、大丈夫か」
手をくいくいと引っ張られ、はたと気づく。無の顔をした少年が平坦な声で私の心配をしている。……たぶん。顔にはでてないだけで。
彼に手を引かれるままに、大通りの隅へ寄る。もうさっきの騒ぎは収まっていて、いつもの活気が戻ってきていた。
「顔が真っ青だぞ」
「ああ、うん……ありがとう。落ちついたから、もんだいないよ。君はケガとかしてない? どこかさわられたとか……」
「特には」
「そっか、よかった……」
私よりよっぽど落ち着いている少年は、私より少し小さくて、外へ出たことがないみたいに色白だった。あのままだったら、きっと簡単に連れ去られてしまっただろう。身につけているものからしていいとこのお坊ちゃんみたいだし、なおさら危なかった。……お坊ちゃん?
この村でお高そうな服を着ている人なんてそうそういない。それこそ、あのお屋敷以外は村長くらいなものだ。村長周りで見たことのない子ども。つまり、消去法でいくと彼はあのお屋敷の子どもということになる。
まあ、それは問題ではない。こんなことがあったんだから今後は護衛なんかもつくだろうし。
「話してるとこにいきなり割りこんでごめんね。あの男、子どもに手を出すってしめいてはいされてたやつだから」
「それは一目見て分かった」
「知ってたの!? あ、こわくて動けなかったよね、そうだよね、ごめん……」
「いや、今日は「家を出て最初に会った人と話す」ことで運気が上がる日だったから話していただけだ」
「なにそれ!?」
上がってないじゃん!! むしろ危ない目にあってたじゃん!!
私のすっとんきょうな叫び声にも動じず、彼は肯定してみせた。そして、「でも助かったのだからいいだろう」と言ってのけた。よくねえって!!
「君、あのおやしきの子だよね?」
「バジル・ホーキンスだ」
「こりゃどうもごていねいに……私はエヴィ。あ〜あの辺、やしきから見て、村の右の方にでかい木あるでしょ? その木の近くの赤い屋根の家に住んでるから。今後占い結果で人手ひつようなときには私呼んで」
自分の家の場所まで明かし始めた私を、少年――ホーキンスはきょとんとした顔で見ている。暗い赤の瞳が一挙一動を観察するみたいに動き、最終的に私の指さした方向に向いた。
「遠いな」
「丘の上から見りゃどこも遠いよ。じゃ、広場は? それか森の近くの空き地とか」
だいたいその辺で遊んでるから、呼び止めてよ。
難しいことじゃないはずだ。ちょっと来てうろちょろすればすぐ私を見つけられる。この町も島もそんなに広くないし、行動範囲なんてたかが知れてるし。
金色の長いまつ毛を瞬かせ、ホーキンスはこてんと首を傾げた。
「……なぜおれに関わろうとする」
「見てて不安なんだもん。この海でそのききかんの無さはやばいよ。私だってすごく強いってわけじゃないけど、一人で出歩くよりは安全だと思うよ」
お付きの人とか連れてくるなら別だけど、と付け加えると、そういうのはいない、と返された。マジかよ。こっそり抜け出してきてるんじゃないだろうな。
いないなら私でもいいんじゃない、とゴリ押しする。自分が護衛代わりになるとはつゆとも思っていない。ただ、世間知らずのお坊ちゃんが占い次第で危ないことをするかもというのは、私の精神衛生上大変よろしくないので。
「……わかった。必要であれば、考えてみる」
「そうして」
話が終わったかと思いきや、ホーキンスがまだなにか言いたそうにしていたため、続きを促してみる。彼は少しの間の後、ぽつりと訊ねてきた。
「……お前、屋敷に向かって手をふったことはあるか」
「あるけど……あ! あの影って君だったの? 見えてたんだ」
「うっすらとな。顔まではわからなかったが、そうか。お前が……」
年がそう変わらないはずのホーキンスは、幼いながらに独特の雰囲気をまとっている。真正面からじっと見つめられると圧倒されてしまうほど。
私がしたことをどう思ったのかはっきり言わなかった彼は、たじろぐ私にこう続けた。
「ところで、いつまで手をつないでるつもりなんだ」
「えっ、ごっ、ごめん!!」