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『なめらかな偶像』
 会いに行けるグループアイドルの一員である私は、握手会にも張り切って参加していた。今握手しているホーキンスさんはライブも握手会も毎回来てくれる大事なファンの一人だ。無表情で最前列にいる姿は印象に残る。今日はプレゼントも用意してくれたらしい。肌見離さず身につけておけ、と言われたそれは、小さな藁人形だった。
 マネージャーもメンバーも若干引いていたが、藁人形の顔は結構かわいく作られていて、すぐ私のお気に入りになった。眺めているとホーキンスさんを思い出す。ファンの人に貰ったというのもこの嬉しさの理由なのだろう。もっと好きになってもらいたいし、今日のレッスンも頑張らなくちゃ。
 深夜の帰宅中、知らない男に刺された私はなぜか無傷で、刺した側の男が血を流して苦しみ始める。混乱する私の視界に、暗闇にも負けないくらい輝く金髪が映る。ホーキンスさんは私の鞄の中から傷ついた藁人形を取り出して、「ちゃんと機能したようだな」と呟いた。


『喜んでほしかったから、』
 親に連れられてホーキンス教団に入信した。占いで全てを導いてくれるとかなんとかいう教祖様がいるのだが、ある日、私はそのお方に呼び出される。
 対面した教祖様は艷やかな金髪の美しい男で、人の形をしているのかと思いながら挨拶をする。名前を確認され、その名で間違いありません、と答えると、しゅるしゅると伸びてきた藁に巻き取られ、彼との距離が一気に縮まった。
「お前のためにここを作ったんだ」
 私達は前世からの恋人らしく、今世で巡り会うためにこうして教祖になったのだという。恍惚とした笑みで熱に浮かされたように話し続ける様は私の親とよく似ている。ここじゃ誰も彼もがこんな感じなんだなァと思いながら、「会いたかった」なんて言葉を紡ぐ。教祖様が嬉しそうで私も嬉しい。
 幸せになるためなら何をしたって許される。そうだよね、神様?


『藁は命と共にある』
 イベント当日、使うはずだった着ぐるみがトラブルで使えなくなってしまった。藁にも縋る思いでレンタル会社に連絡したところ「すぐに代わりを手配します」とのこと。そして大きな藁人形が中の人入りでやってきた。藁にも縋るとは言ったが本当に藁を送ってくるやつがあるか?
 子供たちには案外好評で、藁人形側も順調に子供の相手をこなしている。着ぐるみの交代を申し出ても「必要ない」と返されてしまったため、付き添って記念写真の撮影係を請け負う。ちょっと列ができるくらいには人気だった。世間の好みは分からない。
 終了後声をかけると、藁人形が藁色の髪をした男に変わった。そりゃ交代できないわけだ。労いの言葉をかけて解散する。
 藁人形はよくイベントに呼ばれるようになり、その度顔を合わせていた私たちの細々とした交流も続く。食事の時も街を歩く時も、家に招待した時だって彼の仏頂面は変わらなかった。プロポーズの瞬間ですら汗一つかかない。彼は結婚届を記入しながら「結果が分かっているのに、なぜ動じる必要がある」なんて言うけれど、なんだか嬉しそうにも見えたのでよかったなァと思う。
 数年後、私たちにも子どもができる。藁人形が我が子を高い高いしているのは世にも奇妙な光景だが謎の安定感があった。やはりこの男、見かけによらず子守りが上手い。


『ハッピーエンド希望』
 ゲームで仲間の名前を変換できる時はいつもホーキンスの名を入れる。役職に魔法使いなんかがあれば最高だ。無ければ無いで剣士とかをやってもらう。とにかく私の仲間にホーキンスがいることが重要なのだ。
 勝手に名前を使われる彼は不服そうだが、たかがゲーム、されどゲームである。作中世界で心強い味方として活躍するホーキンスはとてもかっこいい。負けそうな場面で彼の技がきまり、とうとうボスをやっつけた瞬間には生身の彼に抱きついてしまった。絶対勝てないと思っていた強大なボスも、皆と力を合わせれば倒せるのだ。このゲームはそうなるように作られている。諦めなくてもいい。抗っても現実の私たちは死なない。
 スタッフロールが流れる横で、今度はホーキンスと仲間でいたかったんだ、と言うと、彼は気まずそうに目を伏せた。


『盲信の芽生え』
 仕事でへろへろになった私は道端の占い師に助けを求めた。上司とうまくいかないんです。同期と馴染めてない気がするんです。後輩にもっと頼られたいんです。どうすればいいですか。占い師は鋭い目つきで私を眼差した後、カードを数枚並べてめくり、望んだ分だけ答えをくれた。突拍子もないようなことも言われたけれど、全部飲み込んで行動した。
 すると毎日が劇的に変化した。上司は大怪我をして別の人に変わったし、同期のトラブルを私が解決(と言っても占い師の言う通りにしただけだ)したのがきっかけで距離が縮まった上、後輩からも尊敬の眼差しを向けられるようになったのだ。すべてがうまくいく日々。お求めやすい価格で売ってもらった藁人形の効果も出ている気がする。占い師様々である。
 最近の悩みは窓の外から大きな藁人形が覗き込んでくる幻覚を見るようになったことなのだが、これも占い師に相談すればすぐ解決策を教えてくれるだろう。


『逢瀬は人それぞれ』
 かのバジル・ホーキンスが最悪の世代と呼ばれる前から追い続けて数年。交戦したのも数知れず、お互いの船どころか顔も能力も把握しきっている。それでも捕まえられないのだから海軍の面目丸つぶれである。何度船に乗り込み剣を交えたとて、彼は平然とした様子を崩さない。その瞳だけが熱を持っている。きっと私も。
 とある島で別の敵を追っていた私は、占いで出たとかなんかでそこらをぶらついていた彼と共に、真っ白な部屋に閉じ込められる。中央にはベッドがぽつんと置かれており、壁に書かれた文字によれば性行為をしないと外に出られないとのこと。協力して部屋の破壊を試みたが失敗し、救助も呼べない。仕方がないから指示に従う。一通り終わると確かに扉が開いた。
 「私たち、相性いいみたい」「そうだな」とだけ言い交わし、部屋を出る。
 この事件の真犯人を罰した後も私たちは変わらない日々を過ごす。お互い同じ気持ちを抱いているし、彼との相性は抜群によかった。だからどうしたというのか。今日もまたあの船に砲撃し、隙をついて乗り込む。尊大な態度の彼がにやりと笑って迎え撃つ。やはりこの瞬間の快楽は、何にも代え難い。


『血の海の寿ぎ』
 戦場となった町で産気づいてしまった! あちこちで争う音が聞こえる中私は物陰に隠れ、大きなお腹を抱えて痛みに悶える。医者も産婆もいない、皆それどころではない場で一人パニックに陥っていたところ、とうとう誰かに見つかってしまう。
 通りかかった男は武装していて、見るからに戦闘中だった。だが一目で状況を理解したのか、どこからともなく藁の布団を持ってきて私の側に屈みこみ、「これを使え」と言う。「父親は」「死にました。頼れるあても……」と答えたあたりで一際強い陣痛がやってくる。男は無の顔で待ち構えている。
 終わりの見えない痛みと戦い続け、気づくと赤ちゃんの泣き声がした。男の腕の中に小さな生き物がいる。彼は淡々と後処理をこなし、同時に銃弾や爆撃を捌きながら「女だ」と教えてくれた。
 立ち去ろうとする彼に、どうかこの子に名前をつけてやってくれませんか、とお願いすると、無表情の奥に戸惑いが見えた。生まれたばかりの赤子をそろそろと抱き直し、豊かに実った稲穂のような髪が揺れた。
 彼の口から発された音は、この世のどんなものより希望に満ちている。


『透明な箱であなたを守りたい』
 この前金髪ロングの男の子の人形を買った。男の子と呼ぶにはだいぶ厳しい顔つきをしているのだが、目の上に三角形が並んでいるのが面白くて購入を決めた。
 彼を小さなガラスケースに入れて飾っている、はずだったのにさっき確認したらリビングの椅子に座っていた。ある時は枕元に立っていた。危ないから出てきちゃだめだよ、と言い聞かせてガラスケースに戻す。ついでにケースを磨いておく。なんだか視線を感じる。
 そんな感じで私なりに大事にしていたのに、ある日部屋に強盗が入り、人形を盗まれてしまう。と思ったら次の日強盗が自首した。なぜか瀕死だったそうだがどうでもいい。無事に帰ってきてくれた人形を抱きしめる。
 その日の夜、硬いものが頭にぶつかった。寝ぼけ眼で確認すると、人形がケースを持ってきて、私に被せようとしている。私は人間だから大丈夫だよ、となだめても、彼はガラスケースを私に当て続けた。


『魂なんてありません』
 大海賊時代において人形遊びができる子どもは限られているし、観賞用となれば一部の階層の人間しか持つことができない。私はそんなビスクドールの一つだった。貴族のお屋敷に飾られていた私は、ある日屋敷を襲った海賊に攫われた。
 私を攫ったのは海賊にしては品のある男で、人形の扱いも心得ていた。フリルたっぷりのお揃いの服を着せられて以降は、彼の側が定位置となった。男は彫刻のような顔立ちをしているから、人形と並んでも見劣りしない。手袋をはめた無骨な手が私の髪を弄ぶ。人形は笑みを浮かべて座るだけ。それが私の役割。
 近頃の彼は、私を魔法陣の中心に置いて何らかの儀式をしてばかりいる。思ったような成果が出ないらしく、「また失敗か」などと呟いて。一方私はというと、瞬きどころか出歩いてお喋りまでできるようになってしまったのだが、それをこの海賊に知られたらどうなるか分からないので、もうしばらく普通の人形でいるつもりだ。


『お菓子は有限、夜は無限』
 ハロウィンの夜、家の戸が叩かれた。開けると知らない男が立っていた。月明かりに輝く金髪がフリルブラウスに流れている。極めつけは目の上の三角形で、これはなんらかの仮装だと察する。予想通り「トリックオアトリート」と囁かれたので、思っていたよりいい声してるな、なんて考えつつポケットをまさぐれば、運良く溶けかけのキャンディーが残っていた。いつのものか分からないがこれもお菓子だ。手渡すと男はその場で包み紙を剥がし、一口で食べてしまう。
「トリックオアトリート」
「今あげたじゃないですか」
「だがもうなくなった。ハロウィンは終わらない。さァ、菓子を差し出せ」
 さもなくば、と脅しをかける男の声はやけに艷やかだ。この男のいたずらはさぞ恐ろしいものだろうが、どんなことをされるのか少し気になった。
 家中をひっくり返し、お菓子を見つけては彼に渡すのを繰り返すこと数時間。まだ夜は更けたばかり。果たして私は朝を迎えることができるのだろうか。


『肩入れ』
 低級悪魔はそれなりに需要がある。今回私を召喚したのは海賊をやっているホーキンスという男で、彫刻のような顔立ちは悪魔基準でもなかなか美しい。ホーキンスは悪魔使いが荒い人間だった。雑魚を倒せ、皿を洗え、船の隅々まできれいにしろ、肩を揉め、などなど。悪魔らしいことをさせろ、と苦情を言っても契約者はしれっとした顔で、今度は自分の側に侍るよう命じた。
 あくる日、敵との戦闘が激化して船内にまで入りこまれてしまう。非戦闘員のところに行かないよう誘導していたら、いつの間にか魔法陣のある部屋にまで追い詰められていて、敵にあっけなく踏み荒らされる。線が少し消え、私は契約の強制終了を悟る。薄れゆく私の耳に、聞いたこともないような怒号が届いた。
 気がつくと、私はまた同じ場所に喚び出されていた。さっきまで戦っていた敵の首が床に転がり、途切れた魔法陣は赤い線で描き直されている。ホーキンスは自分の傷から滴る血をインク代わりにしたらしい。いまだ慌ただしい船の中、ぼろぼろの彼が「お前はここに隠れていろ」と言った。無視して戦場に戻る。契約違反のツケなんざ後で払ってやる。
 ホーキンスがなにか怒鳴っているが知ったこっちゃない。悪魔は人間の都合なんて考えてやらない。それでも、人間味のないこの男にも情があるというのは、少し面白い。


『君は最後のお楽しみ』
 周囲からの嫌がらせに耐えられなくなった私は、とうとう魔術に手を出した。魔法陣を描いて悪魔を召喚する。現れた悪魔は自らをホーキンスと名乗り、私が何か言う前に「お前の望みはすべて分かっている」と悪辣な笑みを浮かべた。
 次の日から、暴力を受ける度に相手が自滅するようになった。私が何かしたのだろうと口々に責められたが、そんな証拠はどこにもない。奴らは不気味に思ったのか、次第に腫れ物扱いへと変わった。
 こうして私が救われたということは悪魔との契約が成立したはずなのだが、私は自分が何を差し出すことになっているのかいまだ知らない。ホーキンスに尋ねても、彼は「いずれ対価をいただこう」と笑うだけ。なんなら、他にもあれやこれやと契約させようとする。
 私はその提案を全て受け入れる。地獄に落ちるだけでは済まないだろうが構わない。彼の微笑みを見ることができるのなら、全てを差し出す価値があるのだ。


『素敵な略奪者』
 元カレも元カノもそのまた前の恋人も皆ホーキンスという男に惚れてしまう。この人を好きになってしまったの、と連れてこられる度に顔を合わせているので、もうお互い「あ、どうも」みたいな空気になる。あと彼らはその場でホーキンスにフラレている。せめて成立してから連れてきてほしい。
 神秘的な雰囲気を持つホーキンスはいつ見ても美しく、独自のスタイルを貫いている様はかっこいい。そりゃあ好きになるよなと納得したし、歴代恋人たちの男の趣味はイケてると思う。本人にそう言うと、「じゃあおれと付き合えばいい」なんて言葉が返ってきた。なるほど。先に彼と付き合っておけば恋人を奪われることもないのか。そんな感じで私たちは付き合い始めた。
 ホーキンスとの交際はわりと順調である。彼が言うには運気も上がっているらしい。彼もいずれ他に好きな人ができたと言って離れていってしまうんだろうか。相手はきっとホーキンスよりも素敵な人だ。そうじゃなかったら、今度は泣いて暴れてやろう。


『この世界より大きくなりたい』
 私の体がある日突然大きくなった。この世界で大きな体を持つ人は割といるので服や身の回りのものには困らなかったが、ホーキンスとの距離が離れていってしまうのは悲しい。そうこぼすと、彼は能力を使って私と同じくらいの大きさになってくれた。
 これなら抱きしめあえるね、と喜んだのもつかの間、日々成長する私の体はついに巨人族を超え、ホーキンスの能力でも追いつかない大きさになってしまった。人間体はもちろん、藁人形になったホーキンスでさえ視線を合わせられない。手のひらサイズの彼を持ち上げてようやく声が聞こえる。
 これだけ大きくなってしまうといろんな厄介事が舞い込んでくるので、私はホーキンスのもとを去る決意をした。彼は引き止め続けてくれたが、世話をしきれないというのも事実で、最終的には悔しげな顔をして私のことを諦めた。感情をあまり表に出さない彼のそんな姿がちょっと嬉しい。
 私の体がもっともっと大きくなって、どんな島より、海より、空より大きくなれば、いつでも彼に会いに行けるのにな、と思いながら手を振った。また身長が伸びた気がした。


『あなたはそれを運命と呼んだ』
 扉が叩かれる。船員が私たちを呼んでいる。いつの間にか夜が明けていたらしい。夢中になって見ていたものだから気が付かなかった。
 電伝虫が映し出す映像は自然と終わり、部屋に沈黙が落ちる。
 私はホーキンスを見た。ホーキンスもまた、私を見ていた。私たちはここにいる。私たちだけの繋がりを持って生きている。口を開く。数百年ぶりに声を出すような感覚に包まれながら、私は言う。

「ほら、また会えた」
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