1.眩い光が咲くところ
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眉毛って自分で抜いたの?と聞いた私に、ホーキンスは死ぬほどめんどくさそうな顔で首を横に振った。彼の手元は日課のカード占いで塞がっているので私のことを叩けない。手があいていても叩かないとは思う。暇だからとダル絡みするやつにも優しい少年なのだ。
戦争だらけの北の海とは思えないくらい平和な日。うららかな日差しを浴びながら、私たちはピクニックをしていた。近所の大きな木の側で机とか広げてるだけだけど、お弁当を持ってきたからピクニックに入るはず。
天気がいいからなにかしたいなと思っていた矢先、ランチボックス(ホーキンスが持つと弁当箱って感じがしない)を引っ提げたホーキンスと出くわしたので、バタバタと支度を整えた。なんでも今日は外で食べると運気が上がるとのことで、それなら一緒に食べようと誘ったのである。示し合わせたわけでもないのにこういう流れになることはよくあって、その度「私たち気が合うね」と茶化したりもする。ホーキンスには馬鹿な子を見る目で見られた。あんまりだ。
日陰で快適におしゃべりできるってのに、ホーキンスは占いに夢中だ。私の話に相づちを打っているだけマシかもしれない。通りすがりの友達なんかが来てもいいように、多めに椅子を置いておいた。今はホーキンスの荷物置き場にされてる。友達どころか他の人すら全然通りかからないし、別にいいか。
ホーキンスの棒きれみたいな指が、大量のカードの中から一枚選んでめくっている。遊びの場に持参してきた簡易テーブルの上、盛大に広げられたそれはどれも使いこまれていて、家でもずっと占っているんだろうなと想像がつく。ひっくり返して現れた絵柄には、なんか、人が描いてある。あと色もついてる。雑すぎる感想を抱いたのがバレたのか、彼は私をちらと見て鼻で笑った。前言撤回である。彼に優しさはない。
モチーフの意味をさっぱり理解していない私にとって鑑賞用にしかならないカードから、ホーキンスはなにかを読み取り、未来を予測する。厳密には違うかもだけど、前に受けた説明を私はそう解釈した。
雲一つない青空だっていうのに、ホーキンスは深刻な顔でカードを眺めている。大木の葉が風で揺れ、木漏れ日が彼の表情を陰らせる。
「……昼食にするか」
「さっきのカードの意味ってなんだったの?」
「お前が気にするようなことじゃない」
「ふーん」
ホーキンスがそう言うならそうなんだろう。私もタロットカード勉強しようかな、と軽い気持ちで口にしつつ、バッグからお弁当を取り出した。返された「学びたくなったら教えてやる」の言葉の前にちょっと間があった気がした。が、私はお腹がすいているのでそっちを優先させてもらう。
自分で作って自分で詰めた、地味な色味のお弁当。味見もした。自分としてはアリだった。
「ホーキンスのやつおいしそー! あれ? これ中身ハム入ってる」
「ああ」
「ホーキンス肉ダメだよね」
「お前に食べさせるために持ってきた。主食を忘れたんだろう。これを食べろ」
「は~、お見通しかぁ」
ありがたや~と大げさに感謝しつつ、ホーキンスが差し出してきたサンドイッチを受け取った。彼の言う通り、好物を作ることばかり考えていたせいで米もパンも用意し忘れていた。近いとはいえわざわざ家に帰るのも面倒だし、まあいいやと思っていたところにこれだ。ホーキンスの占いはどこまで見通しているんだろう。
ホーキンスは何かと占いをするが、それは自分のためだけではない。顔を合わせる度、というか顔を合わせたときにはすでに私の運勢を占い済みなこともしばしばあった。
「今日は傘を持ち歩け。なに、持ってきていないだと? そう言うと思って持ってきてやった。これを使え」
準備万端なホーキンスによって、晴れているのに傘を持ち歩くことになったのは記憶に新しい。結局その日は傘があったおかげで狭いところに入りこんだものを取れたし、通りかかった建物の二階から捨てられた排水を被らずに済んだ。私の一日の全てを把握しているのかしていないのか分からないが、後になってから「あれはああいう意味だったんだな」と思うような占いをしてくれる。
あまりに突拍子もないことを言われて頑なに断った日、嫌な事態に見舞われて、後日ホーキンスに「そらみろ」と言いたげな顔をされたこともあった。私は、高確率で当たると分かっていても従いたくないときは従わないと決めている。ホーキンスはそんな私を不可解だと言った。彼なりにやんわりと伝えたつもりなんだろうなと思った。表情的には「馬鹿じゃないのか」が正しいっぽかったし。
サンドイッチを口いっぱいに頬張っていると、ホーキンスからの視線が気になってくる。目線だけで「なにかついてる?」と訊ねてみるも、彼はそっと目をそらす。なんだったんだ?
「そういや今日は誰もここ通らないね」
「……そういう日もあるだろう」
「いつもなら友達とか近所の人結構通るんだけどな」
「おれと二人きりは不満か」
「え? なんでそうなるの? 楽しいに決まってんじゃん」
話が飛躍したことに首を傾げながら、おかずに手をつける。ホーキンスはまだ不貞腐れた顔をしていたので、よく分からないなりのお詫びとしておすそ分けをする。
「まあまあまあまあ、これあげるから」
「機嫌の取り方が雑すぎないか」
「怒りのポイントわかんないんだもん」
正直にそう言うと、彼は正直に言えばいいってもんじゃないとぼやきつつ、あげたおかずを食べてくれた。眉毛のない眉間にしわが寄る。
「どう?」
「人に食べさせるものじゃないな」
「伸びしろがあるってことね」
「お前……」
今回は味付け失敗しちゃったんだよねーとけらけら笑ってみる。白けた目を向けられる。それでもホーキンスはきちんと完食してくれた。単に親からの教育によるものだったのかもしれないが、私は嬉しかったので優しさとして受け取った。今度はもっと頑張ろう。次があるか分からないけど。
ほぼ私が喋り倒していたというのに、食べ終わるのは同時だった。合わせてくれたの?と聞くと、ホーキンスは怪訝な顔をしていた。食べるスピードが遅かっただけらしい。
占い結果もやり遂げたことだし、もうホーキンスは帰ってしまうだろう。少しさみしくなりながら弁当箱を片づけ、机の上を拭く。友達と遊んだ後の片づけが一番きらいだ。
そんな私の気持ちに気づいたのか、拭いたそばからホーキンスがカードを広げだした。いや、彼のことだからそこまで考えてないかも。友達補正のかかった私の視界では、彼のマイペースさが愛嬌として写る。
手慣れた動きで配置し、めくる。その動きは、ホーキンスがおこなっているときだけ、とても神聖で美しいもののように見える。
一通り結果を確認して、ホーキンスはこちらを向いた。真っ赤な瞳が私をうつす。
「手をつなぐと、より運気が上がると出た。手を貸せ」
「もっとロマンチックに言ってくれない?」
タロットカードのどこをどう読むとそうなるのか、私は知らない。
でも差し出された手をぎゅっと握り、指までしっかり絡めれば、ホーキンスがちょっぴり笑う。
だから、なんでもいいやと思ってしまうのだ。
戦争だらけの北の海とは思えないくらい平和な日。うららかな日差しを浴びながら、私たちはピクニックをしていた。近所の大きな木の側で机とか広げてるだけだけど、お弁当を持ってきたからピクニックに入るはず。
天気がいいからなにかしたいなと思っていた矢先、ランチボックス(ホーキンスが持つと弁当箱って感じがしない)を引っ提げたホーキンスと出くわしたので、バタバタと支度を整えた。なんでも今日は外で食べると運気が上がるとのことで、それなら一緒に食べようと誘ったのである。示し合わせたわけでもないのにこういう流れになることはよくあって、その度「私たち気が合うね」と茶化したりもする。ホーキンスには馬鹿な子を見る目で見られた。あんまりだ。
日陰で快適におしゃべりできるってのに、ホーキンスは占いに夢中だ。私の話に相づちを打っているだけマシかもしれない。通りすがりの友達なんかが来てもいいように、多めに椅子を置いておいた。今はホーキンスの荷物置き場にされてる。友達どころか他の人すら全然通りかからないし、別にいいか。
ホーキンスの棒きれみたいな指が、大量のカードの中から一枚選んでめくっている。遊びの場に持参してきた簡易テーブルの上、盛大に広げられたそれはどれも使いこまれていて、家でもずっと占っているんだろうなと想像がつく。ひっくり返して現れた絵柄には、なんか、人が描いてある。あと色もついてる。雑すぎる感想を抱いたのがバレたのか、彼は私をちらと見て鼻で笑った。前言撤回である。彼に優しさはない。
モチーフの意味をさっぱり理解していない私にとって鑑賞用にしかならないカードから、ホーキンスはなにかを読み取り、未来を予測する。厳密には違うかもだけど、前に受けた説明を私はそう解釈した。
雲一つない青空だっていうのに、ホーキンスは深刻な顔でカードを眺めている。大木の葉が風で揺れ、木漏れ日が彼の表情を陰らせる。
「……昼食にするか」
「さっきのカードの意味ってなんだったの?」
「お前が気にするようなことじゃない」
「ふーん」
ホーキンスがそう言うならそうなんだろう。私もタロットカード勉強しようかな、と軽い気持ちで口にしつつ、バッグからお弁当を取り出した。返された「学びたくなったら教えてやる」の言葉の前にちょっと間があった気がした。が、私はお腹がすいているのでそっちを優先させてもらう。
自分で作って自分で詰めた、地味な色味のお弁当。味見もした。自分としてはアリだった。
「ホーキンスのやつおいしそー! あれ? これ中身ハム入ってる」
「ああ」
「ホーキンス肉ダメだよね」
「お前に食べさせるために持ってきた。主食を忘れたんだろう。これを食べろ」
「は~、お見通しかぁ」
ありがたや~と大げさに感謝しつつ、ホーキンスが差し出してきたサンドイッチを受け取った。彼の言う通り、好物を作ることばかり考えていたせいで米もパンも用意し忘れていた。近いとはいえわざわざ家に帰るのも面倒だし、まあいいやと思っていたところにこれだ。ホーキンスの占いはどこまで見通しているんだろう。
ホーキンスは何かと占いをするが、それは自分のためだけではない。顔を合わせる度、というか顔を合わせたときにはすでに私の運勢を占い済みなこともしばしばあった。
「今日は傘を持ち歩け。なに、持ってきていないだと? そう言うと思って持ってきてやった。これを使え」
準備万端なホーキンスによって、晴れているのに傘を持ち歩くことになったのは記憶に新しい。結局その日は傘があったおかげで狭いところに入りこんだものを取れたし、通りかかった建物の二階から捨てられた排水を被らずに済んだ。私の一日の全てを把握しているのかしていないのか分からないが、後になってから「あれはああいう意味だったんだな」と思うような占いをしてくれる。
あまりに突拍子もないことを言われて頑なに断った日、嫌な事態に見舞われて、後日ホーキンスに「そらみろ」と言いたげな顔をされたこともあった。私は、高確率で当たると分かっていても従いたくないときは従わないと決めている。ホーキンスはそんな私を不可解だと言った。彼なりにやんわりと伝えたつもりなんだろうなと思った。表情的には「馬鹿じゃないのか」が正しいっぽかったし。
サンドイッチを口いっぱいに頬張っていると、ホーキンスからの視線が気になってくる。目線だけで「なにかついてる?」と訊ねてみるも、彼はそっと目をそらす。なんだったんだ?
「そういや今日は誰もここ通らないね」
「……そういう日もあるだろう」
「いつもなら友達とか近所の人結構通るんだけどな」
「おれと二人きりは不満か」
「え? なんでそうなるの? 楽しいに決まってんじゃん」
話が飛躍したことに首を傾げながら、おかずに手をつける。ホーキンスはまだ不貞腐れた顔をしていたので、よく分からないなりのお詫びとしておすそ分けをする。
「まあまあまあまあ、これあげるから」
「機嫌の取り方が雑すぎないか」
「怒りのポイントわかんないんだもん」
正直にそう言うと、彼は正直に言えばいいってもんじゃないとぼやきつつ、あげたおかずを食べてくれた。眉毛のない眉間にしわが寄る。
「どう?」
「人に食べさせるものじゃないな」
「伸びしろがあるってことね」
「お前……」
今回は味付け失敗しちゃったんだよねーとけらけら笑ってみる。白けた目を向けられる。それでもホーキンスはきちんと完食してくれた。単に親からの教育によるものだったのかもしれないが、私は嬉しかったので優しさとして受け取った。今度はもっと頑張ろう。次があるか分からないけど。
ほぼ私が喋り倒していたというのに、食べ終わるのは同時だった。合わせてくれたの?と聞くと、ホーキンスは怪訝な顔をしていた。食べるスピードが遅かっただけらしい。
占い結果もやり遂げたことだし、もうホーキンスは帰ってしまうだろう。少しさみしくなりながら弁当箱を片づけ、机の上を拭く。友達と遊んだ後の片づけが一番きらいだ。
そんな私の気持ちに気づいたのか、拭いたそばからホーキンスがカードを広げだした。いや、彼のことだからそこまで考えてないかも。友達補正のかかった私の視界では、彼のマイペースさが愛嬌として写る。
手慣れた動きで配置し、めくる。その動きは、ホーキンスがおこなっているときだけ、とても神聖で美しいもののように見える。
一通り結果を確認して、ホーキンスはこちらを向いた。真っ赤な瞳が私をうつす。
「手をつなぐと、より運気が上がると出た。手を貸せ」
「もっとロマンチックに言ってくれない?」
タロットカードのどこをどう読むとそうなるのか、私は知らない。
でも差し出された手をぎゅっと握り、指までしっかり絡めれば、ホーキンスがちょっぴり笑う。
だから、なんでもいいやと思ってしまうのだ。