次の日熱出した
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やばすぎて笑うしかないときがある。今日の雨の降り方はまさにそれで、昼休みまでやばいやばいとゲラゲラ笑っていた人たちの半分は、放課後になっても止まない雨によってお通夜みたいな顔へ変わっていた。朝の時点では確かにお天気お姉さんが今日一日快晴だと言っていた。にもかかわらず、気分の変わったらしい空は黒っぽい雲におおわれて太陽なんか見えやしない。
時間がたてば弱まるんじゃないかと考えた私は、友達のお母さんからの車に乗せていこうかというありがたい提案を断ってまで学校に残っていた。私の家と友達の家は正反対の方向だし申し訳ない、と思っての行動でもあったが、今さらながら家とは言わなくてもバス停まで送ってもらえばよかったかもしれない。
もちろん雨が弱まるなんてことはなく。嫌な予感がして天気予報を見たら、明日の朝までこの勢いでしょう、と淡々とした文章が記されていた。下校時刻だと校内放送が告げる。先生はなんでこんな時間まで残ってるんだと言いたげな顔で私を追いやる。クーラーの名残がある教室から出た瞬間、むわっとした暑さが体を包み込む。外の方がまだ風も吹いているし涼しそうだ。しぶしぶ下駄箱に向かうと、外からの雨粒の音がえげつないことになっていた。どういう仕組みでバチバチ音たててんの? 銃声か?
バケツをひっくり返したみたいな勢いで校庭を水浸しにしていく雨が、私をうんざりさせる。これからこの中を通って帰らなくてはいけないというのに、施錠される時間は迫ってきているというのに、私はうだうだとして外に出られずにいた。やだなあ。絶対濡れるよなあ。屋根のある場所から出ることに対する拒否感が私のあらゆる動きをのろくしていた。そんな状態だったものだから、傘置き場に向かうまで私以外の人影に気がつかなかった。
傘置き場の前に立ちすくんでいる男、不二美アキラは私とばっちり目があったくせに何事もなかったように目をそらした。私もいつも通り、まるで他人かのように知らんぷりをする。実際他人なんだけど。
友達ですらない関係。一度も同じクラスになったことのないただの同級生。でも、私達の間には髪の毛一本程度の繋がりがあった。困ったとき最後に頼るという、優先順位最下位の関係が。
傘置き場には、私の傘と貸し出し用の傘の計二本しか残っていなかった。この場合、私達の関係は適応されるんだろうか。一応、不二美に救いの糸を垂らしてやる。
「私の傘に入れたげようか?」
「お前と相合い傘なんざしたかねーよ。まだ傘残ってんだからこれ使うわ」
私の善意は即座に切り捨てられ、不二美は貸し出し用の傘を手にした。この時間まで残された最後の傘。朝の天気予報が外れた今日、貸し出し用の傘はすぐさまなくなったはずだ。なのに残っているということは。
錆び付いた中棒をなんとか乗りこえてバサッ、と開かれた傘地には、ちらほらと穴が開いていた。骨も何本か折れているのを確認した不二美は、おそるおそる私の方を振り向いた。私はにっこりと笑って別れの挨拶を口にした。
いやあ~、自分の親切を無下にしたやつが後悔してるのを見るのは楽しいなあ! この気分なら行ける、と自分の傘を開いて歩き出す。不二美の視線を背中に受けながらうきうきとした足取りで下駄箱を出る。しっかりと持ち手を握ればこの風でも問題なく雨をしのげるってわけ。なんせ私の傘はそこらの傘と違って新しくてかわいくて頑丈で————
バキッ
何か、手遅れになった音がした。おかしい。雨が直に私の顔に当たってきている。それはない。マジでない。現実逃避しつつ見上げてみると、傘は見るも無惨な形にへし折れていた。顔面がすさまじい勢いの水流にさらされている。もうこれ雨じゃないよシャワーだよ。
私たちがのうのうとお喋りしている間に——お喋りというほど長くなかったはずなんだけど——雨粒のスピードだけでなく風の勢いまでもが強くなっていた。風が強くなったから雨も強くなるのか? 細かいことは置いといて。さよならを言って十秒もしないうちに戻ってきた私を、不二美は半笑いで迎え入れた。一瞬のうちにシャツが絞れるほどになったのを感じて、私も笑いがこみ上げてくる。
「んっふふふふ」
「やっべえな」
謎のテンションになった私は笑いが止まらない。不二美の言うヤバいはこの天気に向けられたものなのか私へのものなのか。使い物にならなくなった傘を隅に寄せておく。明日取りにくる前に先生に見つかったら処分されてしまうだろう。それもいいかもしれない。こうなったらもうよくない? 何でもいいんじゃない?
「これは、うん! 走って帰るか!」
明らかに正気でない私の言葉に、不二美はぎょっとした顔で叫ぶ。
「ぜってーやだ!!」
「学校に泊まる訳にもいかないでしょ! 行くよ!」
逃げ出そうとした不二美の手首をひっつかんで、横殴りに降る雨の中に飛びこんだ。スニーカーがぐじゅりと校庭の土に沈む。水捌けが最悪な校庭を駆け抜ける私たちへの代償は、泥水の滴となって返ってきた。膝下丈の靴下を通り越してスカートにまで付いていたらどうしよう、だなんて考えて、やめた。走り出してしまったんだから走りきるしかない。校門を出る頃には不二美から手を離したけど、不二美も諦めて一緒に走ることを選んだようだった。
アスファルトの道路になると、足場の悪さよりも水溜まりが気になった。土に染み込まない分の水が全部たまっている。ばしゃり、と踏み込んだ感覚から足首ほどの深さがあることに気がついた。足をとられないようにして前に進む。水を吸い込んだ制服がやけに重たく感じた。
並走する不二美が何か言った。口の動きと顔の向き的からして、たぶん私にだと思う。耳にもじゃばじゃば水が入ってきているので何も聞き取れないが。
「☆◆★□◯▼▽!!」
「なに!? 聞こえない!!」
「●△■!!」
暑さの残る夏終わり、暗くなるのが遅い時期でよかった。曇り空でも、雨で数メートル先すら見えないとしても、十分明るい道を走ることができた。不二美側にある家の雨どいからは滝が流れ出していた。不二美はそれを避けようとして、ひときわ深そうな水溜まりに足を突っ込んだ。私はスカートだから靴下が濡れるだけで済むけど、こいつのズボンは手遅れなほどに濡れている。かわいそうだね。知らんけど。
どしゃ降りって言葉を考えた人は天才だと思う。もうこの字面からして外に出たくなさがすごい。外にすら出たくないってのに、私達は今その中を走ってるのなんでだろうね。私が言い出したんだっけ?
横を通り抜けていく車から距離をとって、たまった水が全身にかかるのをどうにか回避。水ばかり、灰色ばかりの視界に真っ赤なものが飛び込んできた。風に飛ばされていく壊れた傘だった。本降り程度の雨なら役立っただろうそれも、壊れてしまえば邪魔なだけのゴミだった。
どれだけ走ったか分からない。体感として三十分は走った気がする。実際はもっと短いはずの道のりをどうにかこうにか走り続け、バス停の待合所の姿が見えたときはほっとした。お互い一歩も譲らずに屋根の下に駆け込み、どちらからともなく大きなため息がでた。
息も前髪もざっと整え、ハンカチで気休め程度に肌を拭いてからスマホを見る。時刻表と見比べた結果、次のバスは十五分で来てくれることが分かった。教えてやろうと隣を見たが、まだ息の荒い不二美はそれどころじゃなさそうだった。
「次、十五分後だってさ」
「……そうか、はぁ」
「体力無さすぎ」
「るっせえ」
普段はぼろくていやだと思ってた待合所だけど、雨をしのげるって大事なんだな、と当たり前のことを気づく。ばちばちと屋根に当たる水の音が響き渡っても、私達がこれ以上濡れることはない。
「あー、制服おっっっもい」
「これ帰っても乾くか怪しいぞ」
「明日休みだしクリーニング出せばなんとかなんじゃね。見て、教科書ぶよぶよになってる、っふふ……。やば」
「笑ってる場合か……?」
不二美がシャツを絞っている間、私は鞄の中を覗いていた。どれもこれも被害を受けていて、テキトーに入れておいたプリントなんかはふやけた上に破れてしまっていた。
乾いている部位が無いとなると、人はこんなにも愉快になるらしい。下駄箱のときのように静かに笑いだした私から、不二美は少し距離をとりやがった。そして、ふと気づいたように声をあげた。
「明時……めっちゃ透けてんぞ」
あ、そうじゃん。シャツって本当に防御力低いから、今の私の姿もものすごいことになっているんだろう。さすがの不二美も気まずくなって目をそら——さない! デリカシーのかけらもない!
じろじろ見んなよ、と釘をさして鏡で確認する。限界まで吸水したシャツは透明マントもびっくりなすけすけ具合で、中に着ているものが全部見えていた。そう、陸前の訳分からんロゴマークも、明時という私の名前も。つまるところ、体操服が丸見えだった。
釘をさしたってのに不二美はビミョーな視線を向け続ける。私の方もきゃっ! とかにはならない。私なので。
「今日体育あったからね」
「着替えをサボるな」
「時短だよ時短。あんたもやるでしょ? 短い休み時間にいちいち着替えてらんないよ」
「や、俺はだいたい見学か保健室行ってっから」
「あー……」
確かにサボってそう。高校進学してるのも不思議なタイプだとは常々思っていた。体育で隣の人と準備体操してるとことかイメージできない。私がそう口にしたら、さすがにそれくらいはやる、とのこと。意外。
「てか暑くねえの」
「すげー暑い」
「だろうな」
たわいもない、頭をろくに使わない話をぽつぽつと続ける。ほんの数十センチ先には変わらず雨が降りしきっている。雨音しか聞こえない空間だったが、遠くの方からかすかにエンジン音がした。
「バスじゃね?」
「バスだ! やっと帰れるー……あ」
「どした」
「なんでもない」
ぐしょぐしょのスニーカーからしみでた水が、比較的乾いた地面の一部分を変色させていた。自分が歩いたところが目に見えて分かるのが面白くてふらふらしていたら、不二美からの目はさらに厳しいものになった。
「……馬鹿は風邪ひかないってデマだったんだな」
「熱あるとかじゃないでーす。平常運転でーす」
「そっちのがダメだろ」
ブロロ、とちょうど目の前に停まったバスの側面で、名前の知らないマスコットキャラクターがどしゃ降りにさらされていた。急いで乗り込んだ車内はガラガラで、くたびれたサラリーマンが後ろのほうに座っているだけだった。私たちが座ったらシートが使い物にならなくなりそうなので二人仲よく並んで立つ。これは言葉のあやであり、別に仲よくはない。
バスが少しずつスピードをあげていく。と思ったら急ブレーキでひときわ激しい揺れがきた。つり革をゆるめに掴んでいたのか、不二美がこちらに倒れこむ。避けようもなかった私は、男子にしては軽い体を支えることになる。
「ちゃんと掴みなよ」
「わりい」
不二美がつり革を握り直したのを確認して、代わり映えのない車内広告を眺める。私も不二美も降りるバス停はまだ先で、時間は有り余っていた。話そうと思えば話題はある。でも、不二美相手にわざわざ場を持たせるのはなんだか癪なので黙ることにした。不二美も特に口を開かない。静まりかえった車内で、私たちは荒い運転のバスにただただ揺られ続けていた。
時間がたてば弱まるんじゃないかと考えた私は、友達のお母さんからの車に乗せていこうかというありがたい提案を断ってまで学校に残っていた。私の家と友達の家は正反対の方向だし申し訳ない、と思っての行動でもあったが、今さらながら家とは言わなくてもバス停まで送ってもらえばよかったかもしれない。
もちろん雨が弱まるなんてことはなく。嫌な予感がして天気予報を見たら、明日の朝までこの勢いでしょう、と淡々とした文章が記されていた。下校時刻だと校内放送が告げる。先生はなんでこんな時間まで残ってるんだと言いたげな顔で私を追いやる。クーラーの名残がある教室から出た瞬間、むわっとした暑さが体を包み込む。外の方がまだ風も吹いているし涼しそうだ。しぶしぶ下駄箱に向かうと、外からの雨粒の音がえげつないことになっていた。どういう仕組みでバチバチ音たててんの? 銃声か?
バケツをひっくり返したみたいな勢いで校庭を水浸しにしていく雨が、私をうんざりさせる。これからこの中を通って帰らなくてはいけないというのに、施錠される時間は迫ってきているというのに、私はうだうだとして外に出られずにいた。やだなあ。絶対濡れるよなあ。屋根のある場所から出ることに対する拒否感が私のあらゆる動きをのろくしていた。そんな状態だったものだから、傘置き場に向かうまで私以外の人影に気がつかなかった。
傘置き場の前に立ちすくんでいる男、不二美アキラは私とばっちり目があったくせに何事もなかったように目をそらした。私もいつも通り、まるで他人かのように知らんぷりをする。実際他人なんだけど。
友達ですらない関係。一度も同じクラスになったことのないただの同級生。でも、私達の間には髪の毛一本程度の繋がりがあった。困ったとき最後に頼るという、優先順位最下位の関係が。
傘置き場には、私の傘と貸し出し用の傘の計二本しか残っていなかった。この場合、私達の関係は適応されるんだろうか。一応、不二美に救いの糸を垂らしてやる。
「私の傘に入れたげようか?」
「お前と相合い傘なんざしたかねーよ。まだ傘残ってんだからこれ使うわ」
私の善意は即座に切り捨てられ、不二美は貸し出し用の傘を手にした。この時間まで残された最後の傘。朝の天気予報が外れた今日、貸し出し用の傘はすぐさまなくなったはずだ。なのに残っているということは。
錆び付いた中棒をなんとか乗りこえてバサッ、と開かれた傘地には、ちらほらと穴が開いていた。骨も何本か折れているのを確認した不二美は、おそるおそる私の方を振り向いた。私はにっこりと笑って別れの挨拶を口にした。
いやあ~、自分の親切を無下にしたやつが後悔してるのを見るのは楽しいなあ! この気分なら行ける、と自分の傘を開いて歩き出す。不二美の視線を背中に受けながらうきうきとした足取りで下駄箱を出る。しっかりと持ち手を握ればこの風でも問題なく雨をしのげるってわけ。なんせ私の傘はそこらの傘と違って新しくてかわいくて頑丈で————
バキッ
何か、手遅れになった音がした。おかしい。雨が直に私の顔に当たってきている。それはない。マジでない。現実逃避しつつ見上げてみると、傘は見るも無惨な形にへし折れていた。顔面がすさまじい勢いの水流にさらされている。もうこれ雨じゃないよシャワーだよ。
私たちがのうのうとお喋りしている間に——お喋りというほど長くなかったはずなんだけど——雨粒のスピードだけでなく風の勢いまでもが強くなっていた。風が強くなったから雨も強くなるのか? 細かいことは置いといて。さよならを言って十秒もしないうちに戻ってきた私を、不二美は半笑いで迎え入れた。一瞬のうちにシャツが絞れるほどになったのを感じて、私も笑いがこみ上げてくる。
「んっふふふふ」
「やっべえな」
謎のテンションになった私は笑いが止まらない。不二美の言うヤバいはこの天気に向けられたものなのか私へのものなのか。使い物にならなくなった傘を隅に寄せておく。明日取りにくる前に先生に見つかったら処分されてしまうだろう。それもいいかもしれない。こうなったらもうよくない? 何でもいいんじゃない?
「これは、うん! 走って帰るか!」
明らかに正気でない私の言葉に、不二美はぎょっとした顔で叫ぶ。
「ぜってーやだ!!」
「学校に泊まる訳にもいかないでしょ! 行くよ!」
逃げ出そうとした不二美の手首をひっつかんで、横殴りに降る雨の中に飛びこんだ。スニーカーがぐじゅりと校庭の土に沈む。水捌けが最悪な校庭を駆け抜ける私たちへの代償は、泥水の滴となって返ってきた。膝下丈の靴下を通り越してスカートにまで付いていたらどうしよう、だなんて考えて、やめた。走り出してしまったんだから走りきるしかない。校門を出る頃には不二美から手を離したけど、不二美も諦めて一緒に走ることを選んだようだった。
アスファルトの道路になると、足場の悪さよりも水溜まりが気になった。土に染み込まない分の水が全部たまっている。ばしゃり、と踏み込んだ感覚から足首ほどの深さがあることに気がついた。足をとられないようにして前に進む。水を吸い込んだ制服がやけに重たく感じた。
並走する不二美が何か言った。口の動きと顔の向き的からして、たぶん私にだと思う。耳にもじゃばじゃば水が入ってきているので何も聞き取れないが。
「☆◆★□◯▼▽!!」
「なに!? 聞こえない!!」
「●△■!!」
暑さの残る夏終わり、暗くなるのが遅い時期でよかった。曇り空でも、雨で数メートル先すら見えないとしても、十分明るい道を走ることができた。不二美側にある家の雨どいからは滝が流れ出していた。不二美はそれを避けようとして、ひときわ深そうな水溜まりに足を突っ込んだ。私はスカートだから靴下が濡れるだけで済むけど、こいつのズボンは手遅れなほどに濡れている。かわいそうだね。知らんけど。
どしゃ降りって言葉を考えた人は天才だと思う。もうこの字面からして外に出たくなさがすごい。外にすら出たくないってのに、私達は今その中を走ってるのなんでだろうね。私が言い出したんだっけ?
横を通り抜けていく車から距離をとって、たまった水が全身にかかるのをどうにか回避。水ばかり、灰色ばかりの視界に真っ赤なものが飛び込んできた。風に飛ばされていく壊れた傘だった。本降り程度の雨なら役立っただろうそれも、壊れてしまえば邪魔なだけのゴミだった。
どれだけ走ったか分からない。体感として三十分は走った気がする。実際はもっと短いはずの道のりをどうにかこうにか走り続け、バス停の待合所の姿が見えたときはほっとした。お互い一歩も譲らずに屋根の下に駆け込み、どちらからともなく大きなため息がでた。
息も前髪もざっと整え、ハンカチで気休め程度に肌を拭いてからスマホを見る。時刻表と見比べた結果、次のバスは十五分で来てくれることが分かった。教えてやろうと隣を見たが、まだ息の荒い不二美はそれどころじゃなさそうだった。
「次、十五分後だってさ」
「……そうか、はぁ」
「体力無さすぎ」
「るっせえ」
普段はぼろくていやだと思ってた待合所だけど、雨をしのげるって大事なんだな、と当たり前のことを気づく。ばちばちと屋根に当たる水の音が響き渡っても、私達がこれ以上濡れることはない。
「あー、制服おっっっもい」
「これ帰っても乾くか怪しいぞ」
「明日休みだしクリーニング出せばなんとかなんじゃね。見て、教科書ぶよぶよになってる、っふふ……。やば」
「笑ってる場合か……?」
不二美がシャツを絞っている間、私は鞄の中を覗いていた。どれもこれも被害を受けていて、テキトーに入れておいたプリントなんかはふやけた上に破れてしまっていた。
乾いている部位が無いとなると、人はこんなにも愉快になるらしい。下駄箱のときのように静かに笑いだした私から、不二美は少し距離をとりやがった。そして、ふと気づいたように声をあげた。
「明時……めっちゃ透けてんぞ」
あ、そうじゃん。シャツって本当に防御力低いから、今の私の姿もものすごいことになっているんだろう。さすがの不二美も気まずくなって目をそら——さない! デリカシーのかけらもない!
じろじろ見んなよ、と釘をさして鏡で確認する。限界まで吸水したシャツは透明マントもびっくりなすけすけ具合で、中に着ているものが全部見えていた。そう、陸前の訳分からんロゴマークも、明時という私の名前も。つまるところ、体操服が丸見えだった。
釘をさしたってのに不二美はビミョーな視線を向け続ける。私の方もきゃっ! とかにはならない。私なので。
「今日体育あったからね」
「着替えをサボるな」
「時短だよ時短。あんたもやるでしょ? 短い休み時間にいちいち着替えてらんないよ」
「や、俺はだいたい見学か保健室行ってっから」
「あー……」
確かにサボってそう。高校進学してるのも不思議なタイプだとは常々思っていた。体育で隣の人と準備体操してるとことかイメージできない。私がそう口にしたら、さすがにそれくらいはやる、とのこと。意外。
「てか暑くねえの」
「すげー暑い」
「だろうな」
たわいもない、頭をろくに使わない話をぽつぽつと続ける。ほんの数十センチ先には変わらず雨が降りしきっている。雨音しか聞こえない空間だったが、遠くの方からかすかにエンジン音がした。
「バスじゃね?」
「バスだ! やっと帰れるー……あ」
「どした」
「なんでもない」
ぐしょぐしょのスニーカーからしみでた水が、比較的乾いた地面の一部分を変色させていた。自分が歩いたところが目に見えて分かるのが面白くてふらふらしていたら、不二美からの目はさらに厳しいものになった。
「……馬鹿は風邪ひかないってデマだったんだな」
「熱あるとかじゃないでーす。平常運転でーす」
「そっちのがダメだろ」
ブロロ、とちょうど目の前に停まったバスの側面で、名前の知らないマスコットキャラクターがどしゃ降りにさらされていた。急いで乗り込んだ車内はガラガラで、くたびれたサラリーマンが後ろのほうに座っているだけだった。私たちが座ったらシートが使い物にならなくなりそうなので二人仲よく並んで立つ。これは言葉のあやであり、別に仲よくはない。
バスが少しずつスピードをあげていく。と思ったら急ブレーキでひときわ激しい揺れがきた。つり革をゆるめに掴んでいたのか、不二美がこちらに倒れこむ。避けようもなかった私は、男子にしては軽い体を支えることになる。
「ちゃんと掴みなよ」
「わりい」
不二美がつり革を握り直したのを確認して、代わり映えのない車内広告を眺める。私も不二美も降りるバス停はまだ先で、時間は有り余っていた。話そうと思えば話題はある。でも、不二美相手にわざわざ場を持たせるのはなんだか癪なので黙ることにした。不二美も特に口を開かない。静まりかえった車内で、私たちは荒い運転のバスにただただ揺られ続けていた。