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ぐずぐずの内傷が叫んでいる/夢主
「……今月の分、確かに」「よろしくね」
指定の金額通りだと確認した少年は無言で頷き、紙幣を袋へとしまった。なぜか口元に目玉焼きがついたままなのだが、アルマはそれを指摘していいのかいつも悩む。今回も見ないふりをすることにした。日の差さない物陰は昼間といえど肌寒い。さっさとこの場を終わらせたかった。
商売をするなら上の人間に手数料を支払うのが世の常だ。それは店に所属せず客をとっているアルマにも当てはまり、毎月少なくない額を納めている。器用な子はちょろまかしていたり、上手いこと交渉して金額を下げてもらっているそうだが、アルマにはそういった技術はない。争わずに済むよう、回収役の少年に従うだけだった。
ボスとやらがいるらしく、その人がここら一帯を仕切っているのだとか。顔を合わせたこともないので実感は薄いが、時折逆らったやつが再起不能になるぎりぎりまで「話し合い」を受け、ゴミ捨て場に落ちているのを見かけた。性別も年齢も関係ない「話し合い」を見て、アルマを含めた同業者達は笑顔の裏で震え上がったものである。
悪い話のみという訳でもない。一応用心棒的な役割も果たしており、あまりに厄介な相手に捕まった際には「ファミリー」の一員が対処してくれる。それまでは度々暴力沙汰に巻き込まれていたアルマも、金を納めるようになってからは比較的マシな生活となった。「ファミリー」こそが嫌な客となる場面もしばしばあったが、そこには目をつむっていた。
「そっち行ったぞ!」
「捕まえろ!」
ゲラゲラと下品な笑い声がして、アルマと少年は大通りに顔を向けた。小さな影が二つ、よろめきながら走っていく。その後ろを歩幅の大きな大人達が追いかけ回す。追いつくのは簡単だが、弱った子供達の様子が面白いのか、わざと少し遅れて追っているようだった。
追われているのが例の「天竜人」の子供達であったから、二人の表情はそれぞれの変化を見せた。少年は街の状況を把握するための注意深い目つきへと、アルマは目を細めてため息をつく、といったふうに。そして、互いの顔を見て眉をひそめた。
「何か思うところでもあるのか」
「別に、どんくさいやつらだと思っただけ。そっちは仕事熱心だね」
「あいつらのおかげで街は常に変わり続けているからな。行動を把握しておくに越したことはない」
情報があれば高値で買うぞ。そう言って少年は次の仕事へ向かった。アルマの頭の中でその言葉がぐるぐる回り、しばらく壁にもたれていた。情報、情報か。
アルマは天竜人一家の住処を突き止めている。偶然見つけたそこから、まだ彼らは動いていない。ずいぶんとまあ危機感のない生き物だと思う。一度見つかれば、情報なんてあっという間に拡散されるものだ。たまたま見つけたのがアルマで、なぜか彼女が口をつぐんでいるからいいものの、他の人であったなら第二の焼き討ちが決定するところである。
アルマはまだ誰にも彼らの居場所を話していなかった。それどころか以前より精力的に稼ぎ、食料まで融通していた。交渉決裂によってそれが終わった後も、彼女は言いつける気がなかった。
たいしたことのないやつらだから。放っておいても勝手に死ぬから。みんなの手を汚させるようなことは避けたいから。いろいろと理由をつけて、アルマはだんまりを決め込んだ。それが民衆への裏切りになるのだと心の奥底で気づいていたが、それでも人々が一家を探し回るのを見ているだけだった。
今さら、関わらなきゃよかったな、と思う。「天竜人」は神で、自分達を虐げる存在で、いくらだってやり返しても構わない。だって人間じゃないもの。そう思ったままならば、今の街の状況だってつらくはなかったはずなのに。それなのに、下手に関わってしまったせいで、私は。
壁に体重を預けたまま、アルマは静かに目を閉じていた。きっとどこかであの兄弟が捕まって、また傷を増やしているのだろう。その傷口からは、アルマ達と同じ色の液体が溢れ出る。その様がまぶたに浮かぶ。
天竜人も赤い血を流すなんてこと、知りたくはなかった。
***
たまたま住処を知ってしまった日から。一家がどんな行動をとるか分からない、彼らがいつ逃げ出しても人々に伝えられるようにと、アルマは例の小屋へ毎日足を運んだ。ここで私が見ているからな、下手なことするんじゃないぞ。そう訴えかけるため、意識して目元に力を入れたりもした。思い通りの反応をしたのはサングラスをかけた少年だけで、他の三人はへらへらと少女に笑いかけた。
アルマはかつて見かけた人懐こい猫を思い出す。あの猫も、どれだけそっけなくされても喉を鳴らし、人々の足元に絡みついていた。機嫌のいい人間に当たれば餌にありつける。猫なりの生存戦略だったのだろう。そのうち甘える相手を間違えて、容赦のない蹴りを一発入れられた。たいして重みのない体は空高く飛んでいき、どさ、と落ちた。後のことは言うまでもない。目の前の親子は人の形をしていたが、警戒心の無さはあの猫よりもひどいんじゃないかと彼女は思った。
サングラスの子供はドフィ――ドフラミンゴという名前なのだと、訊ねてもいないのに男が教えにきた。小さい方の子供はロシナンテ、ドフラミンゴの弟だと。ロシーと呼んであげて、と女が言った。二人とも朗らかな雰囲気で、アルマを親しい友人のように扱うのである。こわばった顔の子供――ロシナンテを前に出して挨拶させようとしてきたのにはさすがのアルマもたじろいだ。その時は見ていられなかったのか、ドフラミンゴが乱入して彼を連れ出した。憎いはずのドフラミンゴに共感するくらいには、アルマにとって夫婦の態度は意味不明であった。
話しかけられたとて一切返事をしなかったのにもかかわらず、彼らの笑みは曇らなかった。あの手この手でアルマの口を開かせようとしているらしかった。
「家族でやってきたんだ」
そんなこと、とっくに知っている。お前のガキが喚いたおかげで自分達は、みんなは変わり果てたのだから。お前達さえ来なければ直視しなくて済んだ感情を、お前達一家が引きずり出した。
――でも。こいつらを憎んだところで私の罪は消えない。アルマはそれを分かっていた。「天竜人」は両親を酷い目に合わせたが、最終的に殺したのはアルマだ。「天竜人」のせいで決断する羽目になった。しかし自分がやった。両親を連れて行った「天竜人」でもない彼らを殴って、私はどうするんだろう。殴りたいのか? 拳が痛むだけなのに、両親は戻ってこないのに。アルマの罪がなかったことになる訳でもないのだ、目の前のぽやぽやとした生き物を虐げてどうなるというのか。いっそ一家全員でクソったれなもてなしをしてくれていたのなら、拳を振り上げる理由を考えずに済んだものを。
横柄な子供を煽ろうにも無視され、親子は隙を見て話しかけてくる。敵に悪意以外を向けられるのがあまりに苦痛だったアルマは、もうみんなに教えにいこうかな、と思った。真っ先にするべき発想がここに至るまで出てこなったのはなぜなのか。珍しく一人でふらふらしているロシナンテを遠目に見つつ、少女は自分に問いかけていた。自らの真意に気づいてしまうのは恐ろしく、答えが出る前に考えを打ち切る。そんなことをしていたら、視線の先のロシナンテはゴミに引っかかった。豆粒みたいな少年は、あっさりと地面に吸い込まれる。金属片だらけの地面へと。
両手をつくことも忘れ、ロシナンテはキョトンとしたまま倒れていく。アルマはなぜか走り出していた。相手は天竜人だ、と考える間もなく彼女の体はひとりでに動き、あまりにも軽いその体を抱きとめていた。
一家の悲鳴が止む。腕の中のロシナンテは口を大きく開けてアルマを見上げている。なんとも言えない雰囲気が漂い、アルマは慌ててロシナンテを下ろした。どう力を入れても潰してしまいそうなくらいにふにゃふにゃだったので、細心の注意を払いつつ、そっと手を離す。ほのかな体温がまだ残っているような気がした。
分厚い前髪の隙間からちらりと目を覗かせ、ロシナンテは感謝の言葉を口にした。天竜人にも礼を言う文化があるらしい。まるで人間みたいだ。そう考えてしまってすぐ背筋が凍った。そんな訳ないだろ。天竜人は神なんだから。
夫婦の熱い視線に気づき、アルマは嫌な予感がした。男が喋りだした瞬間に身を翻す。馴れ合うつもりはない。彼らは敵なのだ。仲良くなんてしようものなら、この国で生きていけなくなってしまう。
まだ間に合う、ちゃんと天竜人に仕返しをしなくては。親しげだからなんだ、それごときで絆されるのか? 人間との共通点があったところで彼らが天竜人であることに変わりはない。両親をあんな姿にしたやつらの同族なぞ、さっさと、死んでしまえば。「死」の文字が脳裏によぎった瞬間、アルマは唐突に疑問を持った。
「……死ぬのかな」
天竜人は神なのだという。それが真実かどうかは別として、彼らがそういう扱いを受ける立場なのは事実だ。神とされるだけの何かがあるんじゃないか。殺そうとしても、死なない可能性があるのでは? アルマ達はあっけなく死ぬけれど、彼らは違う存在だから、おそらく生き残る。死んだって生き返るのかもしれない。人々はそれを見てどう思うだろうか。永遠に苦しめろ、と喜びそうだ。みんなが嬉しいなら、アルマはそれで構わない、はず。
じゃあもし、あいつらが死んだら?
死ぬということは、生き物で、神ではなくて。あの男が自ら名乗っていた通り、人間で。アルマ達は人間に手をあげていたことになる。大勢で寄ってたかって殺人を犯した事実だけが残る。
人が人を殴ることなどそう珍しくもない世の中だ、どっちにしたって問題ない。悪魔がそうささやいた。もしかしたら天使だったかもしれない。アルマの望む言葉をくれるのだから。これまでの恨みを晴らすにはこれしかない。その過程で死んでも死ななくても、アルマには関係ない。――ほんとうに?――うるさい!!
ともかく、みんなの論点はそこではないのだ。やつらが本当に神かどうかは問題ではなくて、長年の所業が憎悪を生んだ故にこんなことになっている。たとえ同じ人間だとしても和解なんてできない。みんなの思いは痛いほど分かる。でも。アルマがやり返したいのはあの一家じゃない。殴ったって意味がない。そう思ってしまっているものだから、常に迷いが生じている。自分の本心とはなんなのか、ずっと考え続けていて、アルマは答えを出せない。一番恐ろしいのはそれが露見することだ。お前の恨みはそんなものだったのかと言われてしまったら、きっとアルマは否定できない。周囲に比べたら自分の感情なんてちっぽけなもので、怒り狂えない今のアルマは親不孝者なのだろう。
早く憎ませてほしかった。両親をあんな目に合わせた張本人でなくてもいい、せめてあの一家が他のやつらのように傍若無人であったなら、どんなささいなことだって復讐の言い訳にしてみせる。もうアルマの頭はパンク寸前で、そんな支離滅裂な発想にまで至っていた。
そんな思考でいたものだから、ドフラミンゴがいかにも「天竜人」らしい振る舞いをする度に、アルマは安堵と嫌悪に苛まれた。憎たらしい言動を見れば、ああ嫌っていいのだと正当化できる。周囲の人々の反応こそが正しいのだと思える。同時に、そんなことを考える自分を消し去りたくなった。他者を憎み続けるには一定の強さが必要であり、アルマにはそんな強さはなかったのである。もっとも、今となってはドフラミンゴはアルマをシカトすると決めたようなので、のほほんとした親子と同じくらい無害な存在となってしまった。それでは困る。どうにかしてムカつくやつでいてもらわなくては。
何と声をかければ怒るのかと悩みながら、街に向かうドフラミンゴを追った。あんな腹を空かせた弱々しい足取りでは、袋叩きにあうに違いない。このままでは住民に見つかるぞ、ろくなことにならないぞ、ああほら、顔を見られた……。
予想通り、住民はドフラミンゴに気づくと間髪入れずに手を出した。アルマより少しだけ小さい体格の子供が、大人の力でねじ伏せられる。アルマが買い物をする時におまけをつけてくれるおじさんは、敵意に満ちた目をドフラミンゴに向けた。四方八方からの視線があの子供を突き刺した。誰一人快い感情など持っていない。それを感じ取ったドフラミンゴが息を呑む様を、少女は呆然と見ていた。
血が流れる直前の、ざわつく感覚。物音を立てたら場の悪意全てがこちらに向きそうで、アルマは動けない。動かない。人混みの奥から眺めているだけ。
囁きあう声がアルマの元まで届いていた。やめて、やめてください、まだ子供なんです、あの細い体ではとうてい耐えきれない。アルマの脳内で数々の懇願が飛び交う。彼女自身、こんな願いに意味などないと理解していた。罪に年齢は関係ない。子供だからといって、拳を下ろしてくれる世界ではない。
人々を抑え込んでいた何かがはじけ飛ぶ。「待て」をされ続けた人間達は、天竜人を――――。
衝動的に動いたゴミ山の時とは打って変わって、アルマの体は泥のように重たくなっていた。呼吸が乱れていく。指先に力が入らなくて、手をぷらぷらとさせる様は傍から見ればただの野次馬だ。おかげでアルマの異変を察知する人はいなかった。自分達の仲間とみなしてくれている。集団の一部となっている。あの子供を見捨てれば、私は仲間に入れるの? 口角が上がる。ばかみたい。
最低だ。人目がないところでしか助けない、助けるといったって根本的解決はできないし、本気で救うつもりもない。同年代の子供がこうして足蹴りにされたって見ているだけ。これまでもそうだったし、これからもそうしていくのだろう。悲鳴を聞いても聞こえないふり、目が合っても知らんぷり。自己満足、偽善者、卑怯者!
いいや、相手はとんでもなくひどいやつらの一員で、ずっとアルマ達はその被害にあっていた。だからこれは罰を与えているのだ。止めたいなんて思っているアルマがおかしくて、あざ笑うのが正しい。さっきいびつに上がった口角は元に戻ってしまった。頬が引きつる。笑わなくては。わらえない。なんで。
蹴りによるにぶい音が繰り返される。その度ドフラミンゴの口からうめき声がもれる。急所に入るといっそう大きな反応を見せるので観衆はどっと沸いた。ねばついた笑い声。金属がこすり合わせられたような不快感。
助けて。アルマは叫びたかった。殴られているのは自分じゃないのに、誰かに助けてほしかった。ドフラミンゴは弱音一つ吐かず、ひたすら歯を食いしばっている。敵しかいないと分かっているからか、誰にも手を伸ばさなかった。
この絶望はいつ終わるの? みんなの気が済むまで? 生きたまま苦しめろ、と声が上がるのを聞いて、背中に汗がつたった。死なせてもらえない。終わらない。どうする、どうすれば。
真っ青な顔をしたアルマは、もつれる足を必死に動かして輪の中から抜け出した。街中がドフラミンゴに気を取られ、少女一人姿を消したところで誰も意識していなかった。
とにかく人々の関心を引きつける必要があった。復讐よりも重要なこととはなんだ。自分の命? 危ない状況なら、ドフラミンゴを置いていくかもしれない。アルマは街の一点で足を止め、ちっぽけな造りの塔を見上げた。塔と呼ぶことすらおこがましい簡易的なものだけれど、そこには非常用の鐘が吊り下げられている。街全体に関わることでなくては鳴らしちゃいけない、大事な鐘。
深呼吸を数回。誰もアルマを見ていない。街を支配する「ファミリー」でさえも、今は別の場所を見張っているらしい。賭ける価値はある。本来であれば塔に登って鐘をつくのが正式なやり方だが、登り降りを見られてしまったら一巻の終わりだ。アルマは視線だけであたりを見回した。
その辺に落ちていた手のひらサイズの石を持つ。手の震えが止まらない。周囲の建物より高くに取りつけられたあの鐘目がけて、アルマは大きく振りかぶった。
カーン、と金属音が鳴り響く。一度揺れ始めた鐘は数往復し、その間にも甲高い警告音が続いている。もう一度だけ石を当てると、アルマは急いで移動を始めた。人目がない道を瞬時に選び、まるで賞金首かの如くこそこそと動く。あちこちからざわめきが聞こえ出し、息が切れそうになる。もはやなにがなんだか分からなくなりながら、転がるように街の外へ出た。
息を整えるため物陰に潜んでいると、少し離れた場所に何かが放り投げられた。人間だ。いや、あれは。
地に伏せたドフラミンゴはしばらく身じろぎ一つしなかった。嗚咽が聞こえる。泣いている? あいつが? アルマは耳をすませ様子をうかがった。かすかな泣き声が止み、少年は体をばたつかせ始める。わずかながら前へ進んでいるように見えなくもないが、これでは街から離れることすら困難だろう。芋虫よりも遅い進みにしびれを切らし、アルマは静かに近づいた。
こんな嫌味っぽい声が自分の喉から出るのか。アルマは内心驚きながら少年を見下ろした。少年――ドフラミンゴは決してこちらを見なかった。アルマの存在をなかったことにして、無言の抵抗を貫くつもりのようだ。初めてこいつの思考に共感できたなァ、なんて思いつつ、アルマはドフラミンゴを持ち上げ、背中にまわした。体格はほとんど同じだがぎりぎり背負うことができる。手足に力が入らないのか、ドフラミンゴの悪あがきは簡単に押さえつけられた。耳元でぎゃあぎゃあわめく元気があるなら運んでやらなくてもよかったか。
少年の質問攻めを適当にあしらいながら、あの隠れ家までの道のりを脳裏に描く。整備された道を行くと誰かとすれ違ってしまう可能性があるため、アルマは仕方なく道を逸れていった。
なぜ私は人目を忍んでまでこいつを背負っているのだろう。問いが浮かぶ。一瞬で答えが出る。「罪悪感だ」、と。肝心なときに見捨てたのだから、これくらいはいいはずだ。罪悪感に押しつぶされるくらいなら、自己満足のために少しくらいの危険は冒す。自分を正当化するための言い訳がするりと出てきたのが滑稽で、音もなくアルマは笑った。背中のドフラミンゴは気づいていない。わめくのを止め、何か考え込んでいるらしかった。
足場が悪いどころか足場と呼べる場所を探すのが難しい。彼らの隠れ家があるのはそんな場所だ。夕日に照らされた小屋が見えてきた時点で降りろと命じたが、ドフラミンゴはふてぶてしく居座っている。少年の苛立たしい言動がアルマの心を凪いだものにしたので、それに免じて従ってやろうと再び歩き出す。ドフラミンゴは言う。問いかけの体ではあるものの、断定的な響きがあった。
「見てたのか」
どっと心臓がはねた。気づかれた。別にこいつにどう思われたっていいじゃないか。頭の冷静な部分はそう判断しているが、苦しみの根幹を見抜かれた衝撃がアルマを襲う。顔を見られていなくてよかったと切実に思った。誤魔化しの言葉に悩んでいる間にも終わりは近づいていた。早く消えてしまいたい。ドフラミンゴを降ろす。見るに堪えない自分の顔がサングラスにうつる。彼はアルマの答えを待っていた。
問いに問いを返すのは逃げなのか。少なくとも、アルマは回答から逃げるために訊ねた。ドフラミンゴは自覚なしにそれに乗った。助けなんていらないと。相手が自分でなければ救いを求められたのかもしれないが、ここにいるのはアルマだけだ。そして、アルマ以外に同情する者はいない。彼らは誰に救われるのだろう。海軍でも海賊でも極悪人でも構わない、いつか誰かが来て一家をさらっていってくれ。自分はそれを見て、みんなと一緒に歯噛みするから。
ドフラミンゴを呼ぶ声がする。こいつには、探し回ってくれる家族がいる。頼りにはならないとしても、泣きつける相手がいる。かつてアルマにもそんな人達がいた。この手で殺した。
いいなあ、うらやましいなあ。
かたく引き結んだ唇がそうこぼしてしまいそうで、アルマは帰り道も沈黙を保っていた。
暗い夜道をとぼとぼ歩く。月が彼女を見ている。冷たい光はひとりぼっちの少女の影を濃くしていった。