閑話 プレゼントは気持ちが大事
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「今日誕生日だってなんでもっと早く言ってくれなかったの!!」
「言ったぞ」
「さっきじゃん!! プレゼント用意する時間なかったじゃん!!」
わあわあ騒ぐ私に揺さぶられながらも、ホーキンスは眉一つ動かさなかった。眉ないけど。
九月九日。今日はホーキンスの誕生日らしい。道端で出会って早々、挨拶と共に教えられた。彼としてはお祝いの言葉が欲しいだけだったようで、私が反射的に述べた「おめでとう」を聞いて目元をゆるめていた。いやもっと欲張ってくれよ。
九月になっても秋にはまだ早いかなという時期で、太陽は元気に輝いている。ちょっと落ち着いてきた私はホーキンスを連れてその辺の木陰に入る。このまま私の家に行こうか、と誘うと、彼はすんなり頷いた。
道中私からの追求を受けてもホーキンスは平然とした顔を崩さず、こう言ってのけた。
「こうすることでお前がプレゼントを渡すと申し出る確率、100%」
「そんなことしなくてもあげるから! 普通に教えてよ!」
私ってそこまで信頼ないのかよ〜!と嘆いてみせると、彼はぱちぱちと目を瞬いた。
「期待しすぎるのも悪いと思ったんだが」
「そのくらいは期待していいよ。すごいものあげたりとかはできないけど、誕生日教えてくれてたらちゃんと覚えてお祝いするよ」
「……じゃあ、来年は期待している」
「うん! あ、でも今年の分だってきちんと渡すからね」
何が欲しいか聞いても彼ははっきり答えてくれなかった。「お前といっしょに過ごす時間」とか、いつもやってることじゃんね。
▲▲▲
とはいえ、私の家に来たところで人にあげられるようなものは無く。宝箱の中にある触り心地のいい石とかなら渡せるけれど、ホーキンスがそれで喜ぶかというと微妙な感じがする。プレゼントならもっと相手のことを考えて用意したい。ホーキンスの好きそうなもの、好きそうなもの……。
お母さんは買い物に、お父さんは仕事に。両親が不在なのをいいことに、私は部屋中をひっくり返して唸る。ホーキンスは椅子にちょこんと座って水を飲みながらそれを眺めている。どことなく面白がっている気もする。表情は全く変わっていないので、私が勝手にそう思っただけなのだけど。
苦し紛れに棚の本を手に取ると、それはレシピ本たった。お母さんが新しいお菓子を作ってみたいからと買った一冊だ。開いたページには不思議な形をしたお菓子の絵が描いてある。レシピを流し読みすると、途中で「占い」の字が出てきた。
これだ!
「ということで、ホーキンスの誕生日を祝してフォーチュンクッキーとやらを作ります。中に占いの紙入れるんだって! すごくない?」
レシピ本を開いて見せた私に彼は怪訝な顔をした。よりにもよって?と言いたげだ。私ってそんなに料理が下手そうに見えるんだろうか。事実だから言い返せない。少なくとも得意ではない。
「そもそもお前は菓子を作れるのか」
「作れるよ! クッキーならいける! 形は変になるけど味は問題ない……ときもある!」
「だそうだ」
「エヴィ、あんたはレシピを読み込みなさい。私が準備するから」
ホーキンスが背後に声をかけると、突如お母さんが現れた。有無を言わせない雰囲気で介入すると断言され、私は思わず素っ頓狂な声をあげる。
「お母さん!? なんで!? 買い物は!?」
「財布忘れたから一旦帰ってきたの。帰ってきておいてよかったわほんと……ホーキンス様に何を食べさせるつもり……?」
「変なものじゃないよ! ほらこれ! これ作りたいだけ!」
フォーチュンクッキーのページを指し示すと、お母さんは「いや無理だろ」って顔をして、でも一応否定はせずに詳細を訊ねてきた。私が顔に出やすい質なのはお母さん譲りだと思う。
「それは聞いてたけど……最初に何をするかわかってる?」
「なんか生地作ってこねる……とか?」
「レシピ読みあげて」
「まず中に入れる紙を用意します」
「ほらご覧! あんたレシピちゃんと読んでないでしょ! 一行目に書いてあるってのに!」
「今から読もうと思ってたのー!」
「そう言っていつも読まないじゃないの! さっさと中身用意してきな!」
お母さんに手伝ってもらったら私が作ったってことにならなくない?と思いつつ、でも失敗せずに済むのならその方がいいよなと素直に聞き入れた。レシピに従って中に入れる紙、つまりはおみくじの準備に入る。そんなにたくさん作れそうにないから、おみくじも数枚でいいだろう。
いっしょに書こうと言うと、ホーキンスは「おれへのプレゼントなのにおれが書くのか」と言いながらもペンを握った。遠くから見ていたのか、キッチンからお母さんの声が届く。キッチン周辺はすでに準備万端って感じで、さすがの手際の良さだ。
「ホーキンス様のお手を煩わせて申し訳ありません……!」
「気にするな。おれが好きでやっていることだ」
「ありがたい限りで……エヴィ! 失敗するんじゃないよ!」
「わかってるってば!」
お母さんはお菓子作りの補助をしようとしていたのだが、買い物にも行かなくちゃいけないからと泣く泣く家を出た。あと直前まで「レシピ通りにやりなさい」、「あんたの「いける」は「いけない」やつだからちゃんと量って入れなさい」を百回くらい繰り返していた。私だって今日はレシピに忠実に作るつもりだったのに。不満たらたらなのがバレて、「読まないでレシピ通り作れるわけないでしょ」とも言われた。ごもっともです。
ホーキンスはその間ずっと紙とにらめっこしていた。周囲の喧騒に流されないその姿勢、見習いたいものである。
お母さんを見送って鍵を閉める。また家に二人きり。一瞬、部屋の中が静かになる。でも嫌じゃなくて、むしろわくわくしている。
もうやることは決まっているので、ホーキンスの向かいの椅子に座って私も紙を広げた。
「占いって言ってもな〜どういうの書けばいいの?」
「こういった類のものは占いとしての正確さは求められていないだろう。おれへのメッセージでも書いておけ」
「なるほど? じゃあホーキンスの幸せを祈っておこ!」
おみくじ用の紙はとても小さい。お祝いの言葉とか「いいことたくさんありますように」だとか一言書いただけで埋まってしまって、すぐに最後の一枚になった。何を書くか迷う。ペンをくるくる回しながら、なんとなく思いついた言葉を口にする。
「一枚だけ「ホーキンス大好き」って書いとこうかな。嬉しい?」
「………………」
めんどくさそうにあしらわれるかと思っていた。もしくは、ちょっとは照れるかも、なんて。
視線を上げると、ホーキンスは目を見開いていた。次の瞬間彼は苦しそうにくしゃっと顔を歪ませて、吐き捨てるように言った。
「おれは、冗談は嫌いだ」
「冗談じゃなければいいのね? 書きまーす。当たるといいね」
「全部おれが食べるから当たる」
「私も作ったんだし少しくらいちょうだいよ」
「おれへのプレゼントなんだろう。おれが食べる」
食い気味な返事だ。喜んでくれてると思っていいのかなこれは。というか、普段私からの好意ってあんまり伝わってないのかな。もっと分かりやすく表現すべき?
ノリで言ったものの、本心であることに違いはない。私は彼を大好きだと胸を張って言える。長年の友達ってわけじゃないけど、私はすでにホーキンスのことを好きになっていた。冗談なんかじゃない。
彼は自分が書いた一枚を私に差し出すと、そこからは私の手元だけを凝視していた。私が綴る「ホーキンス」という名を、そして「大好き」という言葉を決して見逃さないように。せっかくの誕生日なのに、ホーキンスの顔は曇ってしまっていた。
材料を混ぜて、生地をセットして。予熱を終えたオーブンに入れる段階となっても、ホーキンスは椅子から動かない。じっとなにか考え込んでいる。
「何枚かずつ焼いて、熱いうちに形を作っていくんだって。まずはこのくらいかな」
彼からの返事はない。
クッキーの焼き上がりを待つ間、私はどうしても伝えておきたいことがあって、ホーキンスの側に立つ。彼は机の木目に視線を落としていて、こちらに気づきつつも向き直ってはくれない。ひょいと覗き込む。弱った表情が見える。
「私ホーキンスのこと好きだよ? ほんとだよ?」
「……おれが欲しいのは、そういうのじゃないんだ」
「もしかして、好きって言われるの嫌?」
「ちがう! ただ……お前は、他のやつにもそう言うだろう」
「うん? そうだね。誰にでもってわけじゃないけど、まあ、みんな好きだし」
「……おれは、皆と同じでは嫌なんだ」
ホーキンスは一度顔を上げたものの、またうつむいて、絞り出すような声で呟いた。特別扱いされたいってことなのだろうか。それにしてはずいぶん思い詰めている。彼が苦しんでいるのは分かっても、その理由までは分からない。私としては、もうホーキンスを特別な友達だと思っているんだけど。
話が通じていないと察して、彼は大きなため息をついた。ぬっ、とこちらを見る。まっすぐ見つめられて少しどぎまぎする。
「いずれ時が来たらお前にも分かる。分からせてみせる」
「……お手柔らかにね?」
ホーキンスがきっぱりと言うものだから、私は思わずそう返していた。なにされるんだろう。痛くないといいな。
話が一段落したあたりで、甘い匂いがふんわりと漂い出してハッとする。慌ててオーブンを見に行くとちょうど焼き上がる頃だった。
ミトンをつけていそいそと取り出せば、きれいな……まあ概ねきれいな焼き目のついた生地が現れた。今度はホーキンスも近くまでやってきて一言述べた。
「焦げたな」
「きつね色だよ。こういう色のきつねもいるよ」
「開き直りやがって……」
「焦げじゃないもん。黒くないから大丈夫だよ」
自分で言いながらかなり無理があるな……と思った。ホーキンスの言う通りクッキーはちょっと焦げて、一部が茶色寄りになってしまったのだ。前に一人で普通のクッキーを作ったときは炭に近い仕上がりだったので、それと比べたら成功の部類に入るんだけど。あの時はなんで焦げたんだっけ。なんとなくでやったから詳細を覚えていない。やっぱり時間をちゃんと計らなかったのがダメだったのかな。
「早く形にした方がいいぞ」
「おみくじ入れるからあっち向いててね。……熱っ! あっ、あー、まあ、うん」
「なにか失敗したのか」
「気持ちは込めたから……」
「仕上がりが楽しみだ」
「その言い方なんかやだ!」
全部のクッキーを焼き終え、一つ一つ確認する。紙は中に入ったし、ちゃんとフォーチュンクッキーとしての体を成している。ホーキンスにあげるのだからもっときれいに作りたかった、ともやもやしつつ、クッキーに手をかざして気持ちの重ね掛けを試みる。愛情が隠し味とか聞いたことあるし。入れ方あってるか分からないけど。
まだこっち向いていいよと言ってないのに、ホーキンスはすでにクッキーの列を眺めていた。私の様子の見て不思議そうな声で問う。
「急にしかめっ面をしてどうしたんだ」
「愛情を込めています」
「……さっきも入れてなかったか?」
「仕上げが肝心なんだって! むむむ……」
「冷ますぞ」
「あ、ちょっと!」
呆れた様子でさっさとクッキーを皿に移動させていくホーキンス。手早い。愛情は生地を混ぜたりしてるときにも入っただろうし、そこそこで切り上げてもいいか。
「思いの外まともな形をしているな」
「どんだけひどいのを想像してたの?」
「そろそろ冷めたか」
「答えから逃げる気だな……」
私のぼやきもなんのその。ホーキンスは素知らぬ顔でクッキーを皿に並べ、席に着く。私もその真向かいに座る。彼はクッキーに手を伸ばしたが、その手はぴたりと止まってしまう。
さっきの様子から一変、彼は緊張した面持ちでクッキーを選び出した。選ぶといってもそう選択肢は多くない。十個にも満たないその中から、最初に何を食べるか悩んでいるらしい。
冷ますには十分すぎるくらいの時間が経ってようやく、ホーキンスは端の一つを指さした。
「……これにする」
「全部ホーキンスにあげるんだからそんな悩まなくてもいいのに」
「初めに何を引くかがその後の運勢を左右するんだ」
そういうものなのだろうか。そういうものなんだろうな。ホーキンスの祈るような表情を見ると茶化す気も起きない。彼が一番求める内容を引き当てられるといいな、と私も願ってしまうくらい。
ホーキンスの手に収まったクッキーがパキ、と二つに割れる。細指で中の紙をスルリと抜いて広げると、彼の視線が素早く動いた。読み始めた瞬間、彼の雰囲気は明らかにほっとしたものに変わった。
たいして長くもない文章を、なぜだか噛みしめるように読んでいる。占いをする人っておみくじの結果もこんな真剣に受け止めるのか。もっと良いこと書いとけばよかった。
「中身なんだった?」
私の質問に、ホーキンスは勝ち誇った笑みで紙を掲げてみせた。
そこには最後に書いたあの一枚、「大好き」の文字が。
「一発目でそれ引いたの!?」
「おれの勝ちだ」
「何と戦ってるのホーキンス……」
たかがクッキーだというのになんなんだその反応は。突然勝ち負けの話になってるし。謎多き少年である。
やっぱりホーキンスにとって占いって大事なんだなと思いつつ、おみくじを出した後のクッキーを一欠片もらう。味はまあまあってとこだ。私が作ってまあまあの味になるというのはかなり貴重なので、成功したと言っても過言ではない。
わりとおいしいよね?と視線だけで訴えてみると、ホーキンスは首を縦に振った。よし!
「これからもレシピをちゃんと読め」
「読んではいるんだけどね〜」
「分量を計れ。時間もレシピに従え。勘に頼るのは基礎ができてからにしろ」
「すごい……お母さんと同じこと言ってる……」
いっしょにクッキーをかじりながら、私たちは他愛もない話を繰り広げた。昨日と今日と明日の話、そしてずっと先の話もした。私が喋るとき、ホーキンスはなんだかんだきちんと聞いてくれる。そんなの普通じゃん、と思う人もいるかもしれないけど、私はそれだけで心が弾むのでたくさん話してしまう。
一つ、また一つとフォーチューンクッキーを割っては中を見る。結果を確認して、顔を見合わせて笑う。おみくじの紙はホーキンスがきれいにまとめて保管するつもりらしい。
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。目の前のホーキンスの表情が読み取りにくくなったな、と思ってようやく外の暗さに気がついた。同時に玄関からノックが聞こえた。
慌てて扉を開けにいくと、知らない大人が立っている。きちっとした服装、整えられた髪。村で見かける大人たちとは全く違う身なりをしていて、私は呆然と見上げるほかなかった。
性別も分からないその人は無表情なまま一礼し、平坦な声で「突然お伺いして申し訳ありません」と言った。
「こちら、エヴィ様のお宅で間違いないでしょうか」
「はい……えっと、どちら様で……」
「おれの家の者だ。母が迎えを寄こしたんだろう。ご苦労だったな」
「恐れ入ります」
知らない人――おそらくホーキンスの家の使用人さんは再度頭を下げた。その角度はさっき私にしたお辞儀よりも深い。仕えている相手だからだろうか。
夕方くらいなら私が送りにいけたけど、さすがにこの時間からでは子どもだけで出歩くのは危ない。両親が帰ってくるのを待とうか悩んでいたので、大人が迎えに来てくれたのは私としても助かった。
「あ、あの、ホーキンスをこんな時間まで引き止めちゃってごめんなさい」
「いえ、お気になさらず。ホーキンス様のお望みのままに過ごされるのが一番ですので」
「それならよかったです……あ! 帰るのちょっと待って!」
二人を玄関先に留めつつ、まだ手をつけていなかったクッキーの残りを包む。袋を縛る紐にメッセージカードもつけた。
「お待たせしました! はい、お土産」
「……ありがとう。これで全部か?」
「もちろん! ホーキンスにあげるために作ったんだからね」
「何枚かお前も食べていたがな」
「ちょっとだしいいでしょ」
夕日が沈む。逆光の中、彼は薄く微笑んだ。……ように見えた。口角の上がり具合的に笑ったとみなしていいはずだ。
今日の彼は途中つらそうな顔をしていたから、こうして笑顔でさよならできてよかった。いい誕生日になったかな。直接聞くのは照れくさくて、結局何も言わずに家の外まで見送りに出た。
使用人さんと共に礼を述べたホーキンスは、別れの挨拶をして去っていく。
日が落ちた後のひんやりした空気が私たちを撫でた。ホーキンスの金色の髪をなびかせる。背中が遠のいていく。
あ、そういえば、と思い出す。言い忘れたこと。改めてちゃんと言っておきたいと思っていたこと。
「ホーキンス!」
なんだ、と言いたげに少年が振り返る。
呼びかけたら振り向いてくれるって、なんでこんなに嬉しいんだろう。思いを込めて叫ぶ。
「誕生日おめでとう! 私、ホーキンスに出会えてよかった!」
じゃあまたね、と手を振った。
あたりが暗すぎて彼の表情は見えなかったけれど、白い手がすっ、と上がって、答えるように左右に揺れた。
手が下ろされ、二人が闇に消えていった後も、私は彼らがいた場所を見つめていた。
「言ったぞ」
「さっきじゃん!! プレゼント用意する時間なかったじゃん!!」
わあわあ騒ぐ私に揺さぶられながらも、ホーキンスは眉一つ動かさなかった。眉ないけど。
九月九日。今日はホーキンスの誕生日らしい。道端で出会って早々、挨拶と共に教えられた。彼としてはお祝いの言葉が欲しいだけだったようで、私が反射的に述べた「おめでとう」を聞いて目元をゆるめていた。いやもっと欲張ってくれよ。
九月になっても秋にはまだ早いかなという時期で、太陽は元気に輝いている。ちょっと落ち着いてきた私はホーキンスを連れてその辺の木陰に入る。このまま私の家に行こうか、と誘うと、彼はすんなり頷いた。
道中私からの追求を受けてもホーキンスは平然とした顔を崩さず、こう言ってのけた。
「こうすることでお前がプレゼントを渡すと申し出る確率、100%」
「そんなことしなくてもあげるから! 普通に教えてよ!」
私ってそこまで信頼ないのかよ〜!と嘆いてみせると、彼はぱちぱちと目を瞬いた。
「期待しすぎるのも悪いと思ったんだが」
「そのくらいは期待していいよ。すごいものあげたりとかはできないけど、誕生日教えてくれてたらちゃんと覚えてお祝いするよ」
「……じゃあ、来年は期待している」
「うん! あ、でも今年の分だってきちんと渡すからね」
何が欲しいか聞いても彼ははっきり答えてくれなかった。「お前といっしょに過ごす時間」とか、いつもやってることじゃんね。
▲▲▲
とはいえ、私の家に来たところで人にあげられるようなものは無く。宝箱の中にある触り心地のいい石とかなら渡せるけれど、ホーキンスがそれで喜ぶかというと微妙な感じがする。プレゼントならもっと相手のことを考えて用意したい。ホーキンスの好きそうなもの、好きそうなもの……。
お母さんは買い物に、お父さんは仕事に。両親が不在なのをいいことに、私は部屋中をひっくり返して唸る。ホーキンスは椅子にちょこんと座って水を飲みながらそれを眺めている。どことなく面白がっている気もする。表情は全く変わっていないので、私が勝手にそう思っただけなのだけど。
苦し紛れに棚の本を手に取ると、それはレシピ本たった。お母さんが新しいお菓子を作ってみたいからと買った一冊だ。開いたページには不思議な形をしたお菓子の絵が描いてある。レシピを流し読みすると、途中で「占い」の字が出てきた。
これだ!
「ということで、ホーキンスの誕生日を祝してフォーチュンクッキーとやらを作ります。中に占いの紙入れるんだって! すごくない?」
レシピ本を開いて見せた私に彼は怪訝な顔をした。よりにもよって?と言いたげだ。私ってそんなに料理が下手そうに見えるんだろうか。事実だから言い返せない。少なくとも得意ではない。
「そもそもお前は菓子を作れるのか」
「作れるよ! クッキーならいける! 形は変になるけど味は問題ない……ときもある!」
「だそうだ」
「エヴィ、あんたはレシピを読み込みなさい。私が準備するから」
ホーキンスが背後に声をかけると、突如お母さんが現れた。有無を言わせない雰囲気で介入すると断言され、私は思わず素っ頓狂な声をあげる。
「お母さん!? なんで!? 買い物は!?」
「財布忘れたから一旦帰ってきたの。帰ってきておいてよかったわほんと……ホーキンス様に何を食べさせるつもり……?」
「変なものじゃないよ! ほらこれ! これ作りたいだけ!」
フォーチュンクッキーのページを指し示すと、お母さんは「いや無理だろ」って顔をして、でも一応否定はせずに詳細を訊ねてきた。私が顔に出やすい質なのはお母さん譲りだと思う。
「それは聞いてたけど……最初に何をするかわかってる?」
「なんか生地作ってこねる……とか?」
「レシピ読みあげて」
「まず中に入れる紙を用意します」
「ほらご覧! あんたレシピちゃんと読んでないでしょ! 一行目に書いてあるってのに!」
「今から読もうと思ってたのー!」
「そう言っていつも読まないじゃないの! さっさと中身用意してきな!」
お母さんに手伝ってもらったら私が作ったってことにならなくない?と思いつつ、でも失敗せずに済むのならその方がいいよなと素直に聞き入れた。レシピに従って中に入れる紙、つまりはおみくじの準備に入る。そんなにたくさん作れそうにないから、おみくじも数枚でいいだろう。
いっしょに書こうと言うと、ホーキンスは「おれへのプレゼントなのにおれが書くのか」と言いながらもペンを握った。遠くから見ていたのか、キッチンからお母さんの声が届く。キッチン周辺はすでに準備万端って感じで、さすがの手際の良さだ。
「ホーキンス様のお手を煩わせて申し訳ありません……!」
「気にするな。おれが好きでやっていることだ」
「ありがたい限りで……エヴィ! 失敗するんじゃないよ!」
「わかってるってば!」
お母さんはお菓子作りの補助をしようとしていたのだが、買い物にも行かなくちゃいけないからと泣く泣く家を出た。あと直前まで「レシピ通りにやりなさい」、「あんたの「いける」は「いけない」やつだからちゃんと量って入れなさい」を百回くらい繰り返していた。私だって今日はレシピに忠実に作るつもりだったのに。不満たらたらなのがバレて、「読まないでレシピ通り作れるわけないでしょ」とも言われた。ごもっともです。
ホーキンスはその間ずっと紙とにらめっこしていた。周囲の喧騒に流されないその姿勢、見習いたいものである。
お母さんを見送って鍵を閉める。また家に二人きり。一瞬、部屋の中が静かになる。でも嫌じゃなくて、むしろわくわくしている。
もうやることは決まっているので、ホーキンスの向かいの椅子に座って私も紙を広げた。
「占いって言ってもな〜どういうの書けばいいの?」
「こういった類のものは占いとしての正確さは求められていないだろう。おれへのメッセージでも書いておけ」
「なるほど? じゃあホーキンスの幸せを祈っておこ!」
おみくじ用の紙はとても小さい。お祝いの言葉とか「いいことたくさんありますように」だとか一言書いただけで埋まってしまって、すぐに最後の一枚になった。何を書くか迷う。ペンをくるくる回しながら、なんとなく思いついた言葉を口にする。
「一枚だけ「ホーキンス大好き」って書いとこうかな。嬉しい?」
「………………」
めんどくさそうにあしらわれるかと思っていた。もしくは、ちょっとは照れるかも、なんて。
視線を上げると、ホーキンスは目を見開いていた。次の瞬間彼は苦しそうにくしゃっと顔を歪ませて、吐き捨てるように言った。
「おれは、冗談は嫌いだ」
「冗談じゃなければいいのね? 書きまーす。当たるといいね」
「全部おれが食べるから当たる」
「私も作ったんだし少しくらいちょうだいよ」
「おれへのプレゼントなんだろう。おれが食べる」
食い気味な返事だ。喜んでくれてると思っていいのかなこれは。というか、普段私からの好意ってあんまり伝わってないのかな。もっと分かりやすく表現すべき?
ノリで言ったものの、本心であることに違いはない。私は彼を大好きだと胸を張って言える。長年の友達ってわけじゃないけど、私はすでにホーキンスのことを好きになっていた。冗談なんかじゃない。
彼は自分が書いた一枚を私に差し出すと、そこからは私の手元だけを凝視していた。私が綴る「ホーキンス」という名を、そして「大好き」という言葉を決して見逃さないように。せっかくの誕生日なのに、ホーキンスの顔は曇ってしまっていた。
材料を混ぜて、生地をセットして。予熱を終えたオーブンに入れる段階となっても、ホーキンスは椅子から動かない。じっとなにか考え込んでいる。
「何枚かずつ焼いて、熱いうちに形を作っていくんだって。まずはこのくらいかな」
彼からの返事はない。
クッキーの焼き上がりを待つ間、私はどうしても伝えておきたいことがあって、ホーキンスの側に立つ。彼は机の木目に視線を落としていて、こちらに気づきつつも向き直ってはくれない。ひょいと覗き込む。弱った表情が見える。
「私ホーキンスのこと好きだよ? ほんとだよ?」
「……おれが欲しいのは、そういうのじゃないんだ」
「もしかして、好きって言われるの嫌?」
「ちがう! ただ……お前は、他のやつにもそう言うだろう」
「うん? そうだね。誰にでもってわけじゃないけど、まあ、みんな好きだし」
「……おれは、皆と同じでは嫌なんだ」
ホーキンスは一度顔を上げたものの、またうつむいて、絞り出すような声で呟いた。特別扱いされたいってことなのだろうか。それにしてはずいぶん思い詰めている。彼が苦しんでいるのは分かっても、その理由までは分からない。私としては、もうホーキンスを特別な友達だと思っているんだけど。
話が通じていないと察して、彼は大きなため息をついた。ぬっ、とこちらを見る。まっすぐ見つめられて少しどぎまぎする。
「いずれ時が来たらお前にも分かる。分からせてみせる」
「……お手柔らかにね?」
ホーキンスがきっぱりと言うものだから、私は思わずそう返していた。なにされるんだろう。痛くないといいな。
話が一段落したあたりで、甘い匂いがふんわりと漂い出してハッとする。慌ててオーブンを見に行くとちょうど焼き上がる頃だった。
ミトンをつけていそいそと取り出せば、きれいな……まあ概ねきれいな焼き目のついた生地が現れた。今度はホーキンスも近くまでやってきて一言述べた。
「焦げたな」
「きつね色だよ。こういう色のきつねもいるよ」
「開き直りやがって……」
「焦げじゃないもん。黒くないから大丈夫だよ」
自分で言いながらかなり無理があるな……と思った。ホーキンスの言う通りクッキーはちょっと焦げて、一部が茶色寄りになってしまったのだ。前に一人で普通のクッキーを作ったときは炭に近い仕上がりだったので、それと比べたら成功の部類に入るんだけど。あの時はなんで焦げたんだっけ。なんとなくでやったから詳細を覚えていない。やっぱり時間をちゃんと計らなかったのがダメだったのかな。
「早く形にした方がいいぞ」
「おみくじ入れるからあっち向いててね。……熱っ! あっ、あー、まあ、うん」
「なにか失敗したのか」
「気持ちは込めたから……」
「仕上がりが楽しみだ」
「その言い方なんかやだ!」
全部のクッキーを焼き終え、一つ一つ確認する。紙は中に入ったし、ちゃんとフォーチュンクッキーとしての体を成している。ホーキンスにあげるのだからもっときれいに作りたかった、ともやもやしつつ、クッキーに手をかざして気持ちの重ね掛けを試みる。愛情が隠し味とか聞いたことあるし。入れ方あってるか分からないけど。
まだこっち向いていいよと言ってないのに、ホーキンスはすでにクッキーの列を眺めていた。私の様子の見て不思議そうな声で問う。
「急にしかめっ面をしてどうしたんだ」
「愛情を込めています」
「……さっきも入れてなかったか?」
「仕上げが肝心なんだって! むむむ……」
「冷ますぞ」
「あ、ちょっと!」
呆れた様子でさっさとクッキーを皿に移動させていくホーキンス。手早い。愛情は生地を混ぜたりしてるときにも入っただろうし、そこそこで切り上げてもいいか。
「思いの外まともな形をしているな」
「どんだけひどいのを想像してたの?」
「そろそろ冷めたか」
「答えから逃げる気だな……」
私のぼやきもなんのその。ホーキンスは素知らぬ顔でクッキーを皿に並べ、席に着く。私もその真向かいに座る。彼はクッキーに手を伸ばしたが、その手はぴたりと止まってしまう。
さっきの様子から一変、彼は緊張した面持ちでクッキーを選び出した。選ぶといってもそう選択肢は多くない。十個にも満たないその中から、最初に何を食べるか悩んでいるらしい。
冷ますには十分すぎるくらいの時間が経ってようやく、ホーキンスは端の一つを指さした。
「……これにする」
「全部ホーキンスにあげるんだからそんな悩まなくてもいいのに」
「初めに何を引くかがその後の運勢を左右するんだ」
そういうものなのだろうか。そういうものなんだろうな。ホーキンスの祈るような表情を見ると茶化す気も起きない。彼が一番求める内容を引き当てられるといいな、と私も願ってしまうくらい。
ホーキンスの手に収まったクッキーがパキ、と二つに割れる。細指で中の紙をスルリと抜いて広げると、彼の視線が素早く動いた。読み始めた瞬間、彼の雰囲気は明らかにほっとしたものに変わった。
たいして長くもない文章を、なぜだか噛みしめるように読んでいる。占いをする人っておみくじの結果もこんな真剣に受け止めるのか。もっと良いこと書いとけばよかった。
「中身なんだった?」
私の質問に、ホーキンスは勝ち誇った笑みで紙を掲げてみせた。
そこには最後に書いたあの一枚、「大好き」の文字が。
「一発目でそれ引いたの!?」
「おれの勝ちだ」
「何と戦ってるのホーキンス……」
たかがクッキーだというのになんなんだその反応は。突然勝ち負けの話になってるし。謎多き少年である。
やっぱりホーキンスにとって占いって大事なんだなと思いつつ、おみくじを出した後のクッキーを一欠片もらう。味はまあまあってとこだ。私が作ってまあまあの味になるというのはかなり貴重なので、成功したと言っても過言ではない。
わりとおいしいよね?と視線だけで訴えてみると、ホーキンスは首を縦に振った。よし!
「これからもレシピをちゃんと読め」
「読んではいるんだけどね〜」
「分量を計れ。時間もレシピに従え。勘に頼るのは基礎ができてからにしろ」
「すごい……お母さんと同じこと言ってる……」
いっしょにクッキーをかじりながら、私たちは他愛もない話を繰り広げた。昨日と今日と明日の話、そしてずっと先の話もした。私が喋るとき、ホーキンスはなんだかんだきちんと聞いてくれる。そんなの普通じゃん、と思う人もいるかもしれないけど、私はそれだけで心が弾むのでたくさん話してしまう。
一つ、また一つとフォーチューンクッキーを割っては中を見る。結果を確認して、顔を見合わせて笑う。おみくじの紙はホーキンスがきれいにまとめて保管するつもりらしい。
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。目の前のホーキンスの表情が読み取りにくくなったな、と思ってようやく外の暗さに気がついた。同時に玄関からノックが聞こえた。
慌てて扉を開けにいくと、知らない大人が立っている。きちっとした服装、整えられた髪。村で見かける大人たちとは全く違う身なりをしていて、私は呆然と見上げるほかなかった。
性別も分からないその人は無表情なまま一礼し、平坦な声で「突然お伺いして申し訳ありません」と言った。
「こちら、エヴィ様のお宅で間違いないでしょうか」
「はい……えっと、どちら様で……」
「おれの家の者だ。母が迎えを寄こしたんだろう。ご苦労だったな」
「恐れ入ります」
知らない人――おそらくホーキンスの家の使用人さんは再度頭を下げた。その角度はさっき私にしたお辞儀よりも深い。仕えている相手だからだろうか。
夕方くらいなら私が送りにいけたけど、さすがにこの時間からでは子どもだけで出歩くのは危ない。両親が帰ってくるのを待とうか悩んでいたので、大人が迎えに来てくれたのは私としても助かった。
「あ、あの、ホーキンスをこんな時間まで引き止めちゃってごめんなさい」
「いえ、お気になさらず。ホーキンス様のお望みのままに過ごされるのが一番ですので」
「それならよかったです……あ! 帰るのちょっと待って!」
二人を玄関先に留めつつ、まだ手をつけていなかったクッキーの残りを包む。袋を縛る紐にメッセージカードもつけた。
「お待たせしました! はい、お土産」
「……ありがとう。これで全部か?」
「もちろん! ホーキンスにあげるために作ったんだからね」
「何枚かお前も食べていたがな」
「ちょっとだしいいでしょ」
夕日が沈む。逆光の中、彼は薄く微笑んだ。……ように見えた。口角の上がり具合的に笑ったとみなしていいはずだ。
今日の彼は途中つらそうな顔をしていたから、こうして笑顔でさよならできてよかった。いい誕生日になったかな。直接聞くのは照れくさくて、結局何も言わずに家の外まで見送りに出た。
使用人さんと共に礼を述べたホーキンスは、別れの挨拶をして去っていく。
日が落ちた後のひんやりした空気が私たちを撫でた。ホーキンスの金色の髪をなびかせる。背中が遠のいていく。
あ、そういえば、と思い出す。言い忘れたこと。改めてちゃんと言っておきたいと思っていたこと。
「ホーキンス!」
なんだ、と言いたげに少年が振り返る。
呼びかけたら振り向いてくれるって、なんでこんなに嬉しいんだろう。思いを込めて叫ぶ。
「誕生日おめでとう! 私、ホーキンスに出会えてよかった!」
じゃあまたね、と手を振った。
あたりが暗すぎて彼の表情は見えなかったけれど、白い手がすっ、と上がって、答えるように左右に揺れた。
手が下ろされ、二人が闇に消えていった後も、私は彼らがいた場所を見つめていた。