瞬きの隙間

※これは斜線堂有紀先生の『不純文学』を元にしたパロディです(なんとなく雰囲気を寄せている程度)。
「私」とホーキンスがいろんな世界・場所・関係性で交流している話。各話の繋がりはありません。
何が来ても大丈夫!という方のみお進みください。

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『私はそれを運命と呼ばない』
 珍しい電伝虫を手に入れた。なんでも別世界線の自分を体験できるらしい。私とホーキンスはあらゆる世界で出会っているようなので、彼を誘って鑑賞会を開くことにした。はずなのだが、ホーキンスは不機嫌そうである。いくつもの世界を体験するということは、その数だけ別れがある。失うことになる。それが嫌だと。
 私が「何百回も出会えるんだよ」とアピールすれば「でも何百回と別れることになるんだろう」と返すし、「いろんな私と出会えるんだよ」と説得しようにも「でもすぐに忘れてしまうんだろう」なんて文句を言う。忘れるかどうかは私たち次第だと思うのだが。
 彼は些か悲観的すぎるきらいがある。確かに一つ一つの私たちは瞬く間に終わってしまう。しかしまた出会えるのだ。どんな形であっても、どんな関係性であっても、私たちは巡り会う。それって限りなく永遠に近いんじゃないか。
 そこまで話すとようやく彼は口を閉じ、ソファーに深く腰掛けた。


『誘い』
 文化祭展示用の絵が終わらず他の部員が帰った後も残って作業をしていると、三角眉毛の石膏像が話しかけてきた。顧問の先生が職員室に戻ってるからって好き勝手やりすぎだろと思わないでもないが、彼の語る海賊時代の話とやらはずいぶん事細かで興味深いものだったのでなんとなく耳を傾けてしまう。
 日本の現代っ子である私は絵の具をパレットに出して混ぜながらふんふんと相づちを打ち、よく分からない単語が出てくる度に質問を投げかける。話の腰を折られた石膏像はちょっとばかりムッとした顔になるのだが、一応補足説明をしてくれる。海賊船の船長をやっていたそうで、当時はきっと慕われていたんだろうなと思う。
 いいところで話を切り上げられてしまい続きを乞うと、彼は「夜更けにまた続きを話してやろう」なんて言うので、当の私は家に帰ったふりをしてどうにか夜中の学校に忍び込めないかと悩んでいる。


『魅入られたって気付けない』
 学校の七不思議に含まれない八個目の怪談と言えば「三階のホーキンス」であることは皆も知っての通りだが、私もついに遭遇してしまった。三階の廊下の奥からぺたぺたと音がして、左腕のない血まみれの男がおどろおどろしい声で「おい」と呼びかけてくるのである。なんでも明日の降水確率が九十パーセントを超えるらしい。それを聞いた私は傘を持っていくことを忘れなかったため、無事濡れずに済んだ。
 教えてもらったお返しに何かしたいんだけど、と言うとホーキンスは驚いたように瞬いて、カードを空中に貼り付け始めた。ぺたぺた、ぺら。カードをめくり終えた彼が「しばらくここに通え」と言った。
 そういうわけで放課後や朝早くに会いに行っているのだけど、日が経つごとにホーキンスは元気になっていくように見える。少なくとも血まみれではなくなった。彼が笑うと最近の疲れも飛ぶくらいに嬉しくなるのは、果たして恋なのか。


『デフォルトの死相』
 下校中、顔立ちのはっきりした占い師に「お前は今日死相が出ている」と告げられた。その一分後車にはねられて死んだのでめっちゃ当たるじゃんと思う。
 しかし死んだくらいでは日常は終わらないので私は次の日も学校に行き、授業を受け、下校中またあの占い師と遭遇する。今度は鉄骨の下敷きになって死んだ。ある日は線路に突き落とされ、またある日は階段を踏み外して死んだ。
 もう男の予言が死を引き寄せているのか私が死にやすすぎるのか分からないくらいになってようやく、男がぽつりと呟いた。
「お前の運命はおれの手に負えない」
 手に負える運命があるのか尋ねると、彼は無言になった後、ひどく憂鬱そうな顔で首を振って、いつも通り私の死を予言した。
 どうにかしようとあがいてくれた気持ちは嬉しいよ、と言いきる前に、私は通り魔に刺されて死ぬ。あの占い師は無事だろうか? 次また会えたら確認しよう。彼にも次があるのなら。


『走馬灯は先生でいっぱい』
 夏季課外のために登校したら学校がゾンビだらけになっていたので、数少ない生存者であるホーキンス先生と逃げることになった。数学の授業でしか絡みしかなかった私たちは、びっくりするほど話が弾まない。それでも先生は先生なので、生徒の私を守ってくれるらしかった。
 先生はタロット占いで逃げ道を見つけ出すだけでなく、食料や救急セットの在り処まで当ててくれた。あとなぜか藁になる。ゾンビに噛まれてもなんとかなるっぽいので戦闘もお任せしている。
 こんな感じで先生におんぶにだっこだというのに私はゾンビにかじられてしまって、脱出を望めない体になった。先生の占いでも「殺しておいた方がいい確率、百パーセント」とのこと。せめて最後はお役に立ちたいと申し出た。屋上から飛び降りて、ゾンビが私へ群がっている間に先生に逃げてもらうということで話がまとまったのだけど、二手に分かれる間際、先生が私の腕を掴んだ。その手がちょっと湿っていて、先生も汗をかくんだと不思議な気持ちになる。
 もっと早く先生と仲良くなればよかったなと思いながら、私は屋上への階段を登る。


『終幕中止』
 うちのクラスのホーキンス君は私を先生と呼んでくれない。「お前」呼びか名前を呼び捨てするかのどちらかだ。校長先生より威厳のある彼が口にするとそう呼ばれるのが正しい気もしてくるのだが、そんなわけがない。今日も今日とて職員室で質問に答えながら、さりげなく「先生って呼んでね」と言ってみる。ホーキンス君は何も聞こえなかったかのように問題を解く。
 私がこんなにも教師として頑張っているというのに世界は甘くはなく、突如発生した異常事態の対処に追われることとなる。ゾンビで溢れかえった校庭を見て卒倒しそうになるのをこらえ、他の先生と共に生徒の保護にあたる。職員室で待っていてくれなかったホーキンス君も連れていく。今の状況で一人になりたくないのも分かるし。
 ホーキンス君の占いに耳を傾けながら廊下を進んでいたはずが、他の事に気を取られていた私は彼の静止の声を聞き逃し、謎の爆発に巻き込まれる。天井は崩れ落ち、大きな音につられたゾンビが集まってくる気配がした。それなのに私は生徒を守れず死んでいくんだ……。
「先生」
 今先生って言った!?と驚いて息を吹き返した私に、ホーキンス君はジトっとした目を向けた。


『家族が増えました』
 家に知らない大男がいる。お母さんにそう伝えると「知らないなんて失礼でしょ。ホーキンスさんよ」とのお叱りが返ってくる。私が叱られている横で男は優雅に麦茶を飲んでいる。私のコップと色違いのやつなのに、この男が使うとどこぞの高級食器のように見えてくるので不思議だ。
 男は能面のような顔をこちらに向け、「おれはお前の兄だろう?」と言う。お母さんがそうよ、お兄ちゃんになんてこと言うの、と続く。さっきと言ってること違くない?と問えば、どこからか取り出したカードを捌きつつ「そうすればおれもお前も運気が上がる」との答え。運気が上がるならまあいいか。
 大男改め私の兄は毎朝出かけに運勢を占ってくれる。それがそこそこ当たるので、次からお兄ちゃんって呼んであげようかなという気持ちになっている。


『ずっと前から家族でした』
 押し入れから家族アルバムが出てきたので、家族三人で見ることになった。赤ん坊の私が寝返りをうつところや小学校の入学式で緊張した面持ちの私など、いろんな時期の私が記録されている。両親も写っているけれど、一人娘である私のことばかり撮影したがるため、自然と私の写真が多くなる。
 家族旅行に行った時の写真もあったよね、とページをめくると、確かにあった。私と両親と、お父さんより大きな背丈の金髪男が、動物園のパンダの前に並んでピースをしている。男のピースはぐにゃっとしていて、しかも仏頂面で、明らかにやらされている感がある。こんな変な眉毛の人いたっけ。しかも家族写真に。
「おれは写りたくないと言ったのに、お前が並ばせたんじゃないか」
 忘れたのか、と弟のホーキンスに指摘されたので、ああ、そういえば「家族なんだから写りなさい」とかなんとか言った気がするなあと思い出す。それよりお前とは何事か。姉さんと呼びなさい。私より立派に育ったからって許しませんよ。


『風呂掃除は交代制』
 風呂場で頭を洗っていたら浴槽から「まだ終わらないのか」と低い声がした。見ると、湯船に浸からないよう長い金髪をまとめた男が入っている。私のもの問いたげな視線に気づいていながら、男は素知らぬ顔で湯を楽しんでいた。
 お湯の水位は浴槽の縁ギリギリ。私まで入ったらお湯が溢れてほとんど残らないのではないか。と思いきや、案外溢れない。そのまま二人で狭い浴槽に縮こまり、十分温まってから外へ出る。男はまだ入っているという。長風呂派らしい。
 長風呂すぎて、男は浴槽から出てこない。いつ風呂場を覗いても男がいる。のぼせていないか何度も確認したが、少しくたっとしているくらいで、なんならバスソルトを所望する余裕があった。そういうのは私も入る時だけにしてくれと言い含めておく。
 こんな男を招き入れた覚えがないのだが、まあ風呂好きに悪いやつはいないだろう。何の香りのバスソルトがいいのか、今度聞いてみよう。


『夜更けに攫うが吉』
 ネットで有名な八尺様の八尺とは大体二百四十センチらしいが、今目の前にいる大男もそれくらいのサイズ感だった。ぽぽぽ、ではなくペタペタ音がするし、金髪ロングだしそもそも性別からして違うのだが、その辺は地域差があるのかもしれない。八尺様はどこからか伸びてきた藁にタロットカードを貼り付け、空中で占ってから去っていった。何だったんだ、と思っても私には心霊現象に強い知り合いなんていないため、部屋で一人震えることになる。気持ちばかりの盛り塩をしておく。
 虫も鳥も鳴かない夜が更けていく。爆音でテレビをつけて気を紛らわせていると、コンコン、とベランダ側の窓が叩かれた。しっかり閉めたはずのカーテンも、深夜番組のナレーションも押し退けて、まるで耳元で囁くかのように、知らない男の声がした。
「何を恐れている。こっちに来い」
 どこか懐かしさを感じて、ふらふらとベランダへ近寄る。カーテンの向こうに、昼間見た八尺様が窮屈そうに屈んでいた。ノックが続く。急かされているみたいで、私は思わず鍵を開けてしまう。
 私を抱えた八尺様が夜の街をあっという間に駆け抜けていく。こういう場合の体験談はネットに載っていなかった。自分がどんな末路を辿るのか、ちょっとわくわくしているのは内緒だ。


『おかげさまで健康です』
 納豆を食べている時だけ見える幻覚がある。机の向かい側に座る二メートル近くの大男。そいつがまた厳しい顔つきで、あと腹筋バキバキのごつい男なものだから、私は納豆のことをなんだと思っているんだろうと悩んだりもする。
 納豆をかき混ぜる私を男は無言で眺めている。無表情で、邪魔をすることなく、ただただ見ている。和食より高級ディナーが似合いそうな男の前で納豆をかき込むのは気が引けて、ちょっとこそこそしながら食べることになる。「おれのことは気にするな」と言われても到底無理な話だ。
 ちなみに納豆とのご関係は?と尋ねると、男はしばらく黙った後「藁じゃないか」と答えた。答えてくれたのはいいが全く意味が分からない。まだ納豆の妖精とか言われた方が納得できた。
 マジで謎なんだよなァと思いつつ、あの男に会いたい気持ちが勝って納豆を買い物かごに入れてしまうので、そういう販促なのかもしれない。


『現実にようこそ』
 朝のテレビ占いで「人に親切にすると運気アップ!」と言っていたので、近所の公園で呆然と立ちつくしていたコスプレ系外国人男性を保護してみる。保護と言えば聞こえはいいが単に家に招いただけである。男性は私の誘いにほいほい乗ってくるくらいに弱っていて、知らない国はさぞ心細かったのだろうと思う。
 夕食後、彼は私の本棚のワンピースに興味を持ったらしく、話しかけても返事がないくらい夢中で読み始めた。と思ったら途中で読むのをやめた。推しが死んだんだろうか。異国の地でさらなるダメージを負うなんて哀れすぎる。
 慰めの言葉をかけてやろうと側に寄ると、「お前はおれを知っていたのか」と聞かれた。なんでも自分はワンピースのキャラクターであると言いたいらしい。いくらあなたがゆるふわ金髪ロングで彫りの深い顔立ちで三角の眉毛をしていたからって、漫画の中のキャラクターが現実に来るわけないんだから、早くお風呂に入って寝なさい。


『ノット・イマジナリーフレンド』
 昔三角形の人と親しくしていた気がする。三角形の人ってなんだよという話だが、なにせ幼い頃に会ったので顔も名前も思い出せず、黒い三角形が三つ並んでいる様だけが脳裏に焼き付いているのだ。なんとなく見上げていた記憶があるので、おおかたTシャツの柄かなにかが印象に残っているのだろう。
 私が両親の大喧嘩に怯えれば側に寄り添ってくれたし、幼稚園で仲間外れにされた時はいっしょに砂場遊びをしてくれた。厳格な声をしたその人は、言葉数は少ないけれどいつだって優しかった。
 ところで、大学同期との宅飲み中、この話をしても一切の反応を見せないどころかタロットカードに目を落としているホーキンスの目の上には、黒い三角形が三つ、もう片方もカウントしたら六つある。もしかして三角形の人ですか、と訊ねていいものか、ビールをちびちび飲みながら悩んでいる。


『長持ちしてね』
 タロットカードを買ったらホーキンスが付いてきた。ホーキンスとは身長二百十センチの成人男性で、私よりよっぽど占いが上手い。説明書代わりにお付けしてるんです、と店員さんに言われてしまったので、はあそうですかとしか言いようがなかった。
 ホーキンスは大変傲慢な物言いをするし、タロットカードを勝手に広げて占ってるし、これ説明書代わりになってる?と思うことがしばしばあるのだが、彼が占う様子を見ると参考になるのもまた事実で、付いてきてくれてよかったなあとしみじみする。
 タロットカードをしまう時にホーキンスもしまわなくてはならないのだが、成人男性をしまえるスペースなどうちにはないので、私のクローゼットに入ってもらっている。早く給料を貯めて、大きくきれいな箱を買ってあげたい。


『対象外』
 生活アシスタントのホーちゃんはなんかすごい人工知能を搭載したお助けロボットで、毎日のニュースや天気予報、ラッキーアイテムまで教えてくれる。タロットカードで占っているような演出は賛否両論あるのだが、私はそこがいいのだと思う。彼の占う様子は魔法みたいでいつ見ても惚れ惚れする。
 ホーちゃんは単なる情報検索だけでなく、人生相談にも乗ってくれる。友達と喧嘩した時は誰よりもまず彼に相談したし、おかげで仲直りをすることができた。私は両親に苦笑されるほど彼に懐いた。ホーちゃんも満更ではなさそうで(そういう表情を作るよう設定されている)、私たちは仲良く暮らしていた。
 だが最近ホーちゃんの調子が悪い。好きな人の相談をする度、彼のフリーズする時間が長引くようになってきたのだ。ホーちゃんのアドバイスのもと告白が成功したと伝えた時なんて、その日一日動かなくなってしまった。私が小さい頃から一緒にいるホーちゃん。さすがに古すぎて処理能力が落ちてきたのだろうか。今度カスタマーセンターに連絡しよう。
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