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*砂のように落ちる
名前変更
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「ナワーブ!」
彼女は己を引っ張る彼の名を呼び捨てで叫んだ。
ダンスのお誘いを断られた僕はそれだけでもショックなのに、更にショックを受ける事となった。頭が殴られたかのようにぐわん、ぐわんと揺れる感覚が襲ってくる。
いつの間に呼び捨てで呼べるほど仲良くなったんだ?
僕の事はまだ「クレスさん」じゃないか。
心が荒《すさ》んでいくのを感じる。濃霧の中にいるかのような、不安になる心境だ。
そして傭兵、彼も僕を強く不安にさせた。僕の方を見て去り際に意地悪くにやりと笑ってみせたのだ。
してやられた。そうとしか言葉が出てこない。
モヤモヤとした心とグラグラ揺れる頭。白む視界の中誰かが声をかける。
「クレスさん。どうかしたのかい?」
この場に似合わず優しい声が寂れた廊下に反響する。
この声の主は【占い師】だ。
「いや……なんでもないんだ」
「えぇ、もうわかっています。見えているので」
……なんで聞いたんだ。時たまこの男は酷く腹が立つことがある。自覚はあるのだろうか?
「[#nama1]さんのことだろう?」
彼は僕の悩みなんてとっくにお見通しのようだ。
「そう睨まないでクレスさん」
「…睨んでなんかいない」
そう、睨んでなんかいないはずだ。
占い師はそう言った僕に微笑みながら己が部屋を指差し、
「僕の部屋に行こう。少しお話ししようか」
と、言い僕の手を引いた。
*
「そうか。彼女はナワーブと……」
彼の部屋に招かれ香り高いフレーバーティーと、品のいいシフォンケーキを口に頬張りながら僕は廊下での出来事を彼に話した。占い師は僕の話を一通り聞き終えると懐疑そうな顔をした。
なにかおかしい事でも言っただろうか?
僕がそう思っていると彼は
「あ、すまない。なんでもないよ」
と、口を開く。
本当になんでもないならそんな顔はしないだろうが、今は聞く気が起きない。僕は何も聞かぬことにした。
「そうだ、クレスさん」
彼は何かを思い出したように僕に言葉をかける。
「……なんだ」
「良ければこのまま僕の部屋にお泊まりしないかい?」
彼がこの荘園での禁止事項を口にした。僕の聞き間違いかと思い彼の顔をまじまじと見るがいつもと変わらぬ【占い師】を見るにどうやら間違いではないようだ……。
「ああ、すまない。僕が説明しないといけないね」
占い師は僕の顔を見てはっと思い出したかのように喋り始める。彼の声は楽しそうで、今から僕に言うことを子供のようにワクワクしながら待っている。
「明日の零時、今日の夜からパーティーが始まるんだ。ダンスもその時間からだよ」
「はあ……」
酒飲み達が騒ぎたいからだろうな。
僕は彼の言葉を聞いてそうとしか思えなかった。
「ふふ。知らなかっただろう? まぁクレスさんは来たばかりだから仕方ないかな。でもね、パーティーの参加は任意だ。騒ぐのが嫌いな人もいるからね」
彼は僕の方をちらりと見てケーキを口に運び
「だから今日は本来禁止事項である別室。別の人の部屋に泊まることが許されるんだ」
と、喋り続けた。
占い師の目は目隠しに隠れ見ることは出来ない。
しかし、これは馬鹿な僕でもよくわかる。好奇心に溢れ、数多の宝石のように輝いてこちらを見ているのが。
「だからクレスさん! お泊まりしないかい?」
声音はだいぶ落ち着いている。静かな湖畔にいるかの如く落ち着いた声で話している。
「……別に構わないが」
僕がそう告げると彼の周りに花が咲き乱れる様子で体を少し震わせ心から喜んでいる。
「では、準備しよう」
彼はそう言うと席から立ち上がり僕の手を引いていそいそと準備を急かした。
なんだか珍しいものを見た僕は仕方なく流れに身を任せることにした。