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*砂のように落ちる
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僕は気が付くと荘園内で割り当てられた二階の自室にいた。
どうやってあの後部屋に帰ってきたのかは覚えていない。ただただ僕の髪色のように真っ白に、時間と思考に空白を作る。
彼があの発した言葉が頭の中でグルグルと繰り返される。まるで壊れた蓄音機が頭の中でレコードを奏でているかのようだ。
【好き】だなんて。
彼に勝てるはずないじゃないか。そう告げられた時すぐにそう思った。
彼は僕と違って、あらゆる面で良い人だ。仲間思いで、勇敢な男で僕だって惚れぼれするぐらいだ。
……背は僕の方が高いけれど勝る面なんて正直に言ってそのぐらいだ。
彼女だって陰気でまともに喋れもしない【墓守】の僕よりも、胆力があり話しやすい【傭兵】の彼の方がいいのだろう。
そうこう事を考えていると僕の目はじんわりと冷たいはずなのに熱くなってゆく。冷静なはずなのに、激情に呑まれてゆく。
ポタリ、ポツリと音をたてそれは床に落ちカーペットに濃く、小さくシミを作る。
悔しいようなやるせない気持ちが込み上げてくる。こんな気持ちは試合で酷い負け方をした時以来だろうか。
「クソッ……」
そう呟くと本格的に涙が零れてきた。留まることなく溢れては、床に小さく音をたて落ちてゆく。
僕は扉の前で座り込んで膝を抱えた。声は出さずに泣いた。
……声を出せば彼女は飛んで来るだろうか?
心配してくれるだろうか? 心配して、泣いている僕を慰めてくれるだろうか?
そんな馬鹿馬鹿しい淡い期待が頭を過ぎるがすぐに杞憂へと変わる。
来るはずがないじゃないか。
僕のもとへなんて。
今も彼のもとで楽しく話しているのだろう。きっとそうさ。
日は傾き部屋の中に、徐々に影を落としてゆく。
西日が照らす扉の前で、蹲《うずくま》った僕は今だけはこの感情に振り回される事にした。
……少し時間が経ち、泣き疲れようやく僕の涙は止まった。泣き疲れ、熱砂の如く酷く喉が渇いたので食堂に行く事にし立ち上がった。
ふと、自室に備え付けられたドレッサーの鏡を見る。
目元が泣き腫れ赤くなり、日が落ちて薄暗い部屋の中でも僕の白い肌からは浮いて見えた。白目も充血して真っ赤になってしまっている。
ああ、やってしまった。こんな顔じゃあ誰にも会えない。鬱陶しく絡まれる恐れがあるからだ。
この時間だし酒の入った奴らが何人かいるはずだ。面倒極まりない……。
そんなことを思いながら部屋の中で億劫になっていると扉から小さくノックの音がした。
「クレスさん居ますか?」
心臓がどきりと音を鳴らし跳ね上げた。
これが嬉しさからくるものなのか、今の顔を見られたくない焦燥からくるものなのかはわからない。ただ頭の中は単純に彼女《[#nama1]》なのだと告げている。
気がつくと僕は何も考えずに彼女に返事をしていた。
「ああ。居るが……」
返事をしてからだが、我ながらもっと気の利いた事が言えないのかと思った。こんな時間にどうしたんだとか、こうもっと言葉はあったはずなのに。
それでも彼女は扉の向こう側にいてもわかる様な嬉しそうな声で、
「良かった。あのですね……」
と言葉を続けている。
僕はその嬉しそうな声で浮かれてしまいそうだった。まだ、冷静でいなければならないのに。
「良かったらお庭でお茶をしませんか?」
彼女は僕に扉越しにそう告げた。