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*砂のように落ちる
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「もう、すっかりと夜になってしまったな……」
夜の山道。動揺している僕は当たり前のような事を口にしている。
[#nama1]があの体で散歩に行きたいと言い始めたのだ。ダイアー先生に怒られるだろうに。僕はというと彼女の言葉に動揺し惑わされ、何を思ったのか連れ出して来てしまった。
さすがに歩かせるわけにはいかないので僕が彼女を抱き抱えている形になる。
「クレスさん、どこに向かっているの?」
抱き抱えたボロボロの彼女が僕に子供のようにワクワクを隠しきれない声で話しかける。
彼女の顔に巻かれていた包帯は揺れる山道により剥がれ、ずれてしまっている。剥がれた箇所から見える皮膚は月夜の山道でも青く、黒く腫れあがり痛々しく見るに耐えない姿を曝《さら》けだす。
本当に連れ出して良かったのだろうか。彼女を見るたびに、頭の中でそんな事を考え続けてしまう。
「…まだ秘密だ」
しかし、そんな彼女を見て少し浮き足立ってる僕がいる。
彼女は「えぇ〜」と言いながらも変わらず目を輝かせ山道と僕を交互に見ていた。
そして僕らは山奥のとある場所に辿り着いた。
「わぁ……」
着いたところで腕の中にいる彼女はなんとも言えぬ声をあげる。それもそうだ。ここはなんて言ったって『墓場』だ。
でも、彼女を連れてくるのには勿論理由がある。
いつもは木々の緑もない場所だが、今日は違う。墓へと続く道には紫の、よく見知った花が咲き誇っている。それも一つではない。
この墓場を埋め尽くすほどだ。
「……連れてこられても迷惑だっただろうが、どうしても見せたかったんだ」
僕は抱き抱えたままの彼女に視線を合わせぬまま「誰でもない、お前に……」と続けた。
彼女は何も言わぬまま、僕の胸に顔を寄せ腕の中で縮こまってしまった。
「……クレスさん、下ろしていただいても?」
縮こまったままの彼女はそう言う。
「すまない。気分を害しただろうか?」
僕は紫の中、彼女を柔らかい湿った土の上にゆっくりと下ろした。
下ろした後僕はすぐに彼女の顔を覗き込んだ。
「み、見ないで!」
彼女は何かを隠すように僕に向かって叫ぶ。
しかし、もう遅い。僕が目に見たのは熟れたトマトの様に真っ赤な顔をした彼女だ。
「……っ!」
彼女につられて、僕も顔に熱が昇ってくる。まるで見てはいけないものを見てしまったような、そんな気分だ。
「だから、見ないでって言ったのに……」
恥ずかしいのか彼女はそう言うと包帯に包まれた腕で顔を覆い隠した。
『可愛い。』
頭の中がそれだけのことでいっぱいになる。彼女の行動に頭の回転が歪んでいくのがよくわかる。
そして僕は何を思ったのか。ふとコートの右ポケットに入ってるものを彼女へ差し出した。
「な、なに……」
急に差し出された物体に彼女は驚いて隠すための腕を顔から胸元へ下げた。
そして一歩。後退りした。
……僕が右ポケットから出したのは片手にすっぽりと収まる大きさの箱だ。外装は特になく、白一色の箱だ。
「……これをお前に。ほ、本当はダンスの後にでも渡す予定だったんだ」
あの時、【傭兵】に連れて行かなければと、密かに心の中で思う。決して言葉には出さない。
「そうだったのね」
彼女は僕の言葉に察したのか、俯《うつむ》いて手の中にある箱を眺めた。
もう彼女も、僕も。顔の火照りは消えていた。
「……ねえ。開けてみてもいい?」
そう問いかける彼女の瞳はしっかりと僕を見据えている。
いまだ彼女の視線に慣れない僕はつい目を逸らしてしまう。あの輝きに、愛おしい黒目に慣れることなんてないだろうが……。
「あ、嗚呼構わないが……」
彼女は僕の言葉を聞いて嬉しそうに箱を手に取った。箱は彼女には少し大きく手の中に収まりきらず落としそうになっている。
「わあ……!」
箱を開けた彼女は嬉しそうに箱の中と僕を交互に見る。
小さな手で箱の中身を手に取る。シルバーのネックレスチェーンに通されたプレートがキラリと、月光の下で光る。
「これ砂時計……?」
彼女の手の中で光る砂時計型のプレートにドキリとする。
「ああ、そうだ。僕の腰についてるものと同じだ」
彼女にそう告げると顔が綻《ほころ》ぶ。急いで金具を外し首に巻く。
「ど、どうかしら……」
おそるおそる僕に意見を求めてくる。ああ!愛らしい‼︎
どうしてこんなにも。こんなにも僕を狂わせるのか。
「……とても似合っている」
つい言葉にすると詰まってしまう。それが照れからくるものなのか、彼女を手に入れたかのような感覚になったからくるものなのかはわからなかった。
「クレスさん」
彼女が僕を振り返って呼んだ。ネックレスを渡した後、僕らは紫の花畑となった墓場を散歩と称し歩き続けた。
「……僕のことをいいかげん“クレスさん”ではなく“アンドルー”と、呼んでくれないか?」
あの時からずっと思っていたことを彼女にぶつける。彼女は目を見開いて僕を見た後、クスリと笑った。
「ふふ。私がそうお呼びしてもいいんですか?」
「僕が呼んで欲しいのに、呼んでくれないのか?」
拗ねたように彼女に物を言う。するとするりと細い手が僕の頬に伸びて撫でる。
「拗ねてる?」
彼女がへの字口の僕に尋ねる。頬にあたる手が温かく僕の顔を溶かしてゆく。硬く結んだはずの口はどんどんと溶かされてゆく。
「す、拗ねてなんかいない!」
「本当に〜?」
僕の頬を触れながら彼女はニヤニヤとしてそう囁く。
「もう! 頬を撫でるのをやめろ‼︎」
彼女の細い手を頬から退ける。
少し残念そうな顔をしてあの子は背を向け道を進んでゆく。
「ねえ、アンドルー」
背を向けたまま彼女が話しかける。声はやや小さく、きっと二人きりでなければ聞こえないだろう。
「ここ綺麗だね」
少し振り返り僕を真っ直ぐ捉えては呟く。
なんだか泣きそうな顔をしていて、もうすぐ訪れる彼女との終わりの時間を思わせる。
「ああ……」
僕が答えたのはたったそれだけだ。
彼女に言えるのは今しかない。
真夜中の墓場で。紫の花が咲き乱れるこの場所で。
僕が言うことは一つだ。
「僕とワルツを踊らないか?」