the girl has cursed
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「…ねえ、何してるの」
せっかく人が悦に浸って鼻歌まで歌っているというのに、無粋な真似をしてくれる。声を掛けるならもっとタイミングというものを考えて欲しいものだ。
無意識に舌打ちしそうになるのを抑えて何も聞こえなかったフリをするも声の主は構うことなく僕のいる方向へと足を進めてくるので、この空気を読む能力に欠けた人間に一言文句を言ってやろうと、伏せていた目を開いた。
…と言っても、掛けられた声は森さんとは違う高いものだったので予想はついていたのだが。
それもそうだ。
此処に来る人間なんて限られている。
声の主はやはり、こないだ出会ったばかりの少女だった。
「何って、見て分からないかい?首を吊って自殺を謀っているのだよ」
「何で自殺しているかを聞いてるんだけど」
「…というか、よく喋れるね。その状態で」
少女は鶴のように首を伸ばして僕を見上げている。
そう、僕は今まさに首を宙に吊っている状態で、首に食い込んだ縄はギシギシと音を立てて僕の首を絞めている。支えにしていた椅子は倒れているのでもちろん足は地に着いていない。
この少女の指摘は実に正しい。
正しいのだけど、
「喋らせたのは君じゃないか………ってアッ」
呼吸器官を縄で締め付けているのも無視して喋り続けたせいか気付かない内に体は酸欠状態になっていたらしい。苦しい。…苦しいのは嫌だ!
「ギブ!ギブギブギブ」
「ギブ?ギブ…何?何か欲しいの?」
「ギブミーヘルプ!」
「なるほど」
100人が100人、絶対意味を捉え違えないであろうこの状況でこんなふざけた応酬をさせるなんてこの少女は悪魔なのだろうか。
どうせなら魂を狩ってくれる死神だったら歓迎したものを。つくづく空気が読めないなぁ。
…なんて酸素の足りなくなった脳内で考えているとようやく縄の締め付けと首に掛かった重力から開放される。…開放されたと認識する前に落ちた。
咄嗟のことに受身も取ることが出来なかった無防備な体はダイレクトに床に当たる。「いたたた…」思いの外強く打ち付けてしまった尻を擦って痛みを堪えていると、知らぬ内にすぐ傍まで来ていた彼女が僕に向かって「大丈夫?」と手を差し出してくる。差し出された手とは反対の手には小ぶりのナイフが握られていたので恐らくそれで切ったのだろう。それにしても切るなら一声ぐらい掛けてくれてもいいだろうに。
「いやあ助かったよ、と言っても過失は其方にあるような気もするけど」
「あんな処で自殺しようとするのが悪いんでしょう」
彼女は然して悪びれる様子も無く、未だ床に座ったままの僕の腕を取って引き上げると「それ取ってあげるから座って」と後ろの寝台を指した。
そういえばと自分の首元を見ると歪に切られた中途半端な長さの縄が巻かれたままだったことを思い出す。
自力で取り払うにも難しいだろう。潔く諦めて寝台に腰掛ける僕に続いて彼女も腰を掛けた。
隣に座って早速縄を切ろうと取り掛かるも「固ッ…」となかなかに苦戦している彼女の顔を眺めた。
「君、森さんの子供な割りにあまり似てないね」
「うん。本当は森先生の子供じゃないから」
「だろうね。髪も目の色も全然違う」
「…仮にも何で森さんの娘がマフィアになったんだい?」
「私は森先生に会う前からマフィアだったの」
「入りたくて入った訳じゃないけど」
「ああ、うん。よく逃げ出してるもんね」
スカートと捲り上げたシャツから伸びた傷だらけの手足を見ながら言うと彼女は僕の視線から隠すように裾を延ばし、こちらを睨むように…嫌味?、と聞いてくるからそうだよ、と端的に答えた。
これだけ傷だらけになっても未だ逃げようもがく彼女が僕には理解出来なかった。
本当に聞きたかったのはこっちの事だったのかもしれない。
「いい加減、諦めようとは思わないのかい?」
「…貴方なら諦める?」
「当たり前だよ。痛いのは嫌だもの」
それが法律か憲法かのように至極当然であるのだと主張すると、今度は彼女が私の首やら腕を見て、怪訝そうな顔をした。
「でも、傷だらけじゃない」
「此れは自殺に失敗したから増えただけで、成功さえすれば…」
「それだけ失敗してるって事でしょう?」
「私なら、死ぬの諦める」
「貴方が自殺をやめられないのと同じことだよ」
僕と”同じ”だと言う割りにその瞳は真っ直ぐ前を見据えていて、とてもではないが賛同出来なかった。
…同じじゃないよ、
隣に座る彼女に聞こえないように呟いた。
「何か言った?」
「いいや何も」
「それより答えて貰ってないのだけど。何でマフィアなんかに?」
「…弟の身代わりに」
そう答えた彼女の表情は先ほどとは別人のように暗かった
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