短編
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「ついに私は生きる意味を見つけたのです」
「生きる理由ーー否、生きてきた理由と言うべきか。
そう、私は貴女と心中する為に…「ドンッ」」
いつものように職場階下にある喫茶うずまきで馴染みの女給さんを口説いてると、突如として静かな店内には不釣合いな音が響いた。
音の原因は私と女給さんを引き裂くようにして間に立っている女だった。
力任せに叩いた机から手を退かさぬまま、女が口を開く。
「太宰」
「…名前ちゃん?」
久しぶりだね、なんてこの場には似つかわしくない、だが挨拶としては間違ってない言葉を口にしてみるがやはり無視されてしまった。
「太宰、その女給さんの手を離して」
見るからに機嫌の悪い彼女にこれ以上油を塗るような真似をするべきではない、そう判断した私は素直に手を離すことにした。
手が開放されると否や、女給さんは私達を一瞥することなく逃げるように去っていく。
名前ちゃんは彼女が厨へ戻ったのを見届けるとようやく私に向き直った。
長椅子に座る私の顔の横に手をつき、私の膝に跨ってくる彼女に
「わあ、随分積極的だね。ここは外だよ。」
なんて軽口を叩きながら、スリットの入ったスカートから覗く白磁のような太ももを触ろうとするが手を叩き落とされてしまう。
「関係ない」
「うふふ。嫉妬で我を忘れちゃってるのかな」
いつになく不機嫌を露にしてくる彼女は心なしかいつもより語気が強い気がする。自分が原因でそうなっているのだと考えるとそんな処さえ愛しく思えた。
「嫉妬じゃない。」
「…ふうん」
じゃあ何でそんな顔してるんだい。そう問いかける代わりに彼女の頬に片手を添えて撫でる。
今度は叩き落とされることは無かった。
「……ただ、あれだけ私に好きだの何だの言い寄ってきたくせに私を差し置いて他の女を口説いてるだなんて、殺しちゃおうかと思っただけ。ちょうど心中のお誘いしてたみたいだし?」
そんなに死にたいなら、お望みどおりにしてあげる。
決して比喩ではなく、そう瞳が言っていた。
私の返答次第では本当に殺すつもりなんだろう。
ああ、怒った顔も可愛いなあ。なんて場違いな事を考えながら彼女の腰に回していたもう片方の手も頬に添えた。
このままキスをしたら名前ちゃんはもっと怒ってくれるのだろうか。
そう考えると益々楽しくなってしまって幾分か明るくなった声色で返答してしまった。これだと私はただ、この子に怒られたいだけみたいだ。
「名前ちゃんが殺してくれるの?」
「そう言ってる。
他に本命が居るならその数だけ切り刻んでから海に投げ捨ててやる。それで二度と上がって来れないように私も飛び込む。海底だって離してやらないから」
「わあ現役ポートマフィアならではの素敵なお誘いに心が躍るようだよ!」
思っても無いような返答だったのだろう。怪訝な顔をした彼女は、私のループタイを掴むとそのまま自分の方へと引っ張った。存外強い力に首が絞まるのを感じる。
先程より俄然近くなった距離に笑みを深める私とは反対に、彼女の眉間には益々皺が寄った。
「茶化さないで」
どうやら本気で怒らせてしまったらしい。
「茶化してないよ。」
「嬉しいんだ。君が殺したいと思うほど私を想っていてくれてたことが」
好きなのは君だけだよ、と耳元で囁いて私のせいで寄ってしまった眉間にキスを落とす。
私の言葉を聞いた彼女はまだ納得いかない、といった様子だったが、少しだけ表情を和らげるとそのまま私にうなだれかかってきた
。
私の心臓を聞くかのように胸に顔を沈めて、黙って抱きしめられている。
すっかりしおらしくなった彼女に思わず笑みが零れた。
そんな彼女の髪を梳くように撫でてやると、聞こえるか聞こえないかギリギリの音量で名前ちゃんは「私を心中に誘えばいいのに」、と零した。
今度は私が怪訝な顔をする番になった
「えっ、でも君は死にたくないんでしょう?」
「そうだけど………」
少しだけ躊躇うように口をつぐんだ後、意を決したかのようにこちらを見て、
「太宰は私と生きようとはしてくれないから」
彼女の真剣なまなざしにくらくらと眩暈がする。
そして同時に先ほどの言動が脳に反芻してふと気がついた。
「……真逆、私が共に生きようとしないから私と共に死のうと…?」
私の言葉に肯定するかのように服が握られる。
「ああ、なんて事だ…杏奴ちゃんが私と共に生きることを望んでくれていたなんて…!」
今なら幸せに死ねそうだ
歓喜に浸っている私を悲しいものでも見るかのような表情で彼女は続けた。
「ほら、」
「すぐ死ぬことを考える。幸せだと云うのなら幸せに浸ればいいのに……太宰は馬鹿だ」
何も言えずにいる私に名前ちゃんは溜め息をついて、
拗ねる様にまた私の胸に顔を沈めた。
ごめんね、でもこれだけは変えられないのだよ。求める価値のあるものは皆手に入れた瞬間失うことが約束される。これは森羅万象全てがそうであり、例外はない。
だから私は自分の手にある内に、とそう願ってしまうんだ。
もし君が本当に私と生きることを望んでくれるならば、どうか私を信じさせて。
貴女は私のもので、私だけを見てくれると、どうか貴女のその口で。この幸せは永遠なのだと。
臆病な私は声に出して問うことは出来ず、
その代わりとばかりに自分の胸に埋まる小さな頭をただ撫でることしか出来なかった。
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