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短文集

 それはいつもの就寝時間をとうにすぎた深夜のこと。
 窓ガラスを静かな雨が細く叩いている。いつからか降り出したらしい。読書の邪魔にはならない月光だからと開けていたカーテンはいつの間にか忠実な腹心の手によって閉められ、部屋には明かりがついていた。
 狭い寝室。デスクライトの間接照明のみだが申し分なく明るい室内。積み上げられた本の山に、冷えた紅茶の匂いが空間を満たしている。

 雪花はソファに腰をおろし、頁をめくっていた手を止める。指先で一文をなぞり、思案するように顎に指を当てた。
 ただでさえ静かな室内には途端に雨音以外のすべてが消える。雪花はしばらく何事かを考えるとようやく整理がついたのか満足するように小さく息を吐いた。
「シロ」
 低く蠱惑的な声が室内にいるもう一人を呼んだ。
「……なんだ」
 返ってきた響くような艶のある低音に、雪花が伏せていた瞳をあげる。足元──毛足の長い絨毯の上、雪花の足のすぐそばだ──で気だるそうにしていた眞白に向いた視線はすう、と細められる。そうしてすぐにからかうような声が続いた。
「遊べないのは退屈だろう」
 まるでそうだと信じて疑わないようなトーンだった。眞白は目線だけを動かし雪花を見遣る。金の鉱石みたいな瞳が雪花を映した。すぐに背けられ、肩をすくめてそれ以上彼は何も言わなくなる。ああ、そんないじらしい姿。雪花が喉を鳴らしてくつりと笑った。
「やっぱり君は可愛らしいね。いい子だ」
 そう言うとすぐにまた雪花の視線は本に戻る。静かな部屋に紙をめくる音が響きだす。眞白は息を吐いて足元でもぞりと巨躯を動かした。その様子を見ることもなく色気の滲んだからかい声が部屋を揺らす。
「……あとでご褒美をあげるから、もうちょっとその可愛い姿のままでいて」
 眞白が眉をひそめたことさえもう雪花にはどうでもいいのだろう。本の世界に没入してしまった主の足元で獣は息をひそめる。
 それきり二人とも、声も身じろぎの音もたてなくなった。
 外の雨はまだ、降り続いている。
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