ペリドットとアンバー短編集
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りおは大学の昼休み、スマホでネットニュースを見ていた。
特段大きな事件も事故も無く、ザっと見出しを見ながら読み流す。
「ん?」
そろそろ仕事に戻ろうかと思った時、一つの記事が目に留まる。わずかに興味を惹かれ画面をタップした。
「ッ!」
画面いっぱいに表示された画像に思わず息を飲んだ。
夜——
いつも通り昴と夕食を食べ入浴を済ませると、りおはリビングで本を1冊広げた。
読み進めるうちに引き込まれて、赤井が入浴を終え、リビングへと入ってきた事にも気付かなかった。
「りお、不用心だぞ」
耳元で声をかけられ、「わ!」と驚いた声を上げる。
「今狙われていたら、間違いなく命は無かったな」
赤井は体を起こし、悪戯っ子ように笑う。
「あ~~。集中しすぎちゃった。つい工藤邸だと秀一さんがいると思うから、気が抜けちゃう」
苦笑いをしながら、りおは栞を挟んで本を閉じた。それを横目で見ながら、赤井はミネラルウォーターの栓をパキッと開け、ごくごくとのどを鳴らして飲む。
「ふふふ。豪快ね」
赤井の飲みっぷりにりおは笑った。
「一人の時はシャワーで済ませることが多かったんだが、お前と暮らすようになってからは湯船に浸かる習慣が付いたからな。体が温まってのどが渇く」
「シャワーより疲れが取れるでしょ」
「ああ」
温まってほのかに赤い肌。ライの時に比べれば、ずいぶん健康的に見えた。
「ところでさっきは何の本を読んでいたんだ?」
周りの警戒を忘れるほど、りおが集中して読んでいた本。赤井の興味はそちらに向けられたようだ。
「ああ、『ネパールの山々に魅せられて』っていう本でね。今日の昼休みにたまたまネットニュースに載ってたの。著者は登山家で写真家でもあるなんだけど、写真がとってもきれいだったから思わず帰りに買っちゃった」
「ほ~」
「良かったら一緒に見ない?」
「ああ。俺も見たいな」
りおとは何度か美しい景色を見に行ったことがある。
今まさに沈もうとしている太陽
東の空から昇ったばかりの満月
紅葉前ではあったが、海を臨む絶景
りおは空を眺めるのが好きだ。それはたぶん、昔好きだった男(スコッチ)から貰った歌がキッカケなのだが——。
りおの影響で赤井も空を、景色を、眺めるのが好きになった。
リビングのソファーに二人で並んで座る。りおは先ほどの本を手に取ると、最初のページを開いた。
撮影ポイントはネパールのベースキャンプ。見開きいっぱいに高い山々がそびえ立つ。真っ青な空と真っ白な雪の対比が印象的だ。
「これはキレイだな……だが実際はかなり過酷な環境だろう。ふもとのベースキャンプとはいえ、そこも標高3000mを越えているはずだ。寒さに加え空気も地上より薄い」
「うん。それにココから山頂までの標高差は約5000m。まさに命がけだよね」
りおはため息交じりに呟く。さらにページをめくると、先ほどよりさらに山頂に近づいた写真が掲載されていた。
空の青
雪の白
険しい山肌がむき出しになった黒
自然界の色と相反するように存在する、登山家たちの赤や黄色の防寒着。
色のコントラストが美しかった。
「どれも素晴らしな……ところで、りおはどの写真がお気に入りなんだ?」
写真家の書籍だけあって、たくさんの美しい写真が掲載されている。赤井は興味深そうに問いかけた。
「私はね、これ。この写真」
今見ていた写真から数ページめくると、りおは指さした。
「こ、これは……」
今までとは全く雰囲気の違う写真に、赤井は息を飲む。
「空が……黒い!?」
黒い空が広がる写真上部とは正反対に山の雪も切り立った山肌も日が当たって明るい。
間違いなく昼間なのに、空だけが夜のように黒い。違和感だらけの写真を見て、赤井は目を剥いた。
「私たちがよく知る青い空は、標高が高くなるにしたがって濃紺や藍色に変わっていってね、標高7000mを越えると空の色は宇宙の色になるんだって」
「宇宙……か」
確かに大気圏を越えればその先は宇宙空間。7000mオーバーなら見えても不思議ではない。
「この写真を見た時ね、私……闇に吸い込まれるかと思ったの。少し恐怖を感じたわ。空に向かって落ちていくんじゃないかって。重力があるんだから、空に向かって落ちることは無いのに……でも、初めて空が怖いって思ったの」
「りお……」
青空はいつも、りおの心を慰めてくれていた。
悲しい時、寂しい時、辛い時。
空を見上げることで自分を奮い起こしてきたりおが、青空の先の闇色に恐怖を感じていた。赤井は心配そうにりおの顔を覗き込む。
「切り立った山の頂きで重力に沿って地上へと落ちるのか、闇色の宇宙(そら)へ落ちるのか。どっちなんだろうって。私、真剣に考えちゃったの。バカみたいでしょ」
肩をすくめてりおは笑う。
確かにその言葉だけを聞けば、《空に向かって落ちる》などあり得ないと思うだろう。
だが、りおの言葉の先にはもっと深いものがある。
地上か、宇宙(そら)か。
それは別の事を意味している。
生か死か。
正気か狂気か。
明日、自分がどっちに落ちるのか。それが分からないほど、彼女の立場は危うい。潜入捜査とは、そういうものだ。
「りお…お前…」
赤井はなんと声をかけて良いか分からず、ただ、りおの名を呼ぶことしか出来なかった。
「でもね」
なぜかりおは明るい声で、そう切り出した。
「どっちに落ちるのかって思った直後に、『きっとこの白い雪の上で、秀一さんと一緒に寝転がって、この空を眺めてるかも』って思っちゃったのよね」
「え!?」
突拍子もない事を言われ、赤井は目を丸くする。
「でね、秀一さんとスキーかソリで一気に滑り降りるのも良いなって。そんな事考えたら、なんか楽しくなっちゃって」
満面の笑みを浮かべて嬉々として話すりおを見て、赤井も自然と笑顔になった。
「こんなふうに考えられるようになったのはあなたのおかげ。いつも『お前のそばに居る』って言ってくれるから。だから……もう何も怖くないの。怖いのは……あなたを失うことくらい」
「それは俺も同じだよ」
赤井はりおを抱きしめる。りおもそっと赤井の胸に頬を寄せた。
『地上7000mの場所から空を眺めることは、きっと無いけれど。暗い闇を目の当たりにして怖くなったら、いつも隣にいてくれるあなたの顔を見上げるわ。それだけでどんな困難だって乗り越えられる。
再び青空の見える、いつもの場所に戻ったら、あなたの淹れてくれたカフェオレを飲むの。そしたら——また私はあなたと笑っていられる』
赤井の体温を頬で感じながら、りおはふと、そんなことを考えた。
特段大きな事件も事故も無く、ザっと見出しを見ながら読み流す。
「ん?」
そろそろ仕事に戻ろうかと思った時、一つの記事が目に留まる。わずかに興味を惹かれ画面をタップした。
「ッ!」
画面いっぱいに表示された画像に思わず息を飲んだ。
夜——
いつも通り昴と夕食を食べ入浴を済ませると、りおはリビングで本を1冊広げた。
読み進めるうちに引き込まれて、赤井が入浴を終え、リビングへと入ってきた事にも気付かなかった。
「りお、不用心だぞ」
耳元で声をかけられ、「わ!」と驚いた声を上げる。
「今狙われていたら、間違いなく命は無かったな」
赤井は体を起こし、悪戯っ子ように笑う。
「あ~~。集中しすぎちゃった。つい工藤邸だと秀一さんがいると思うから、気が抜けちゃう」
苦笑いをしながら、りおは栞を挟んで本を閉じた。それを横目で見ながら、赤井はミネラルウォーターの栓をパキッと開け、ごくごくとのどを鳴らして飲む。
「ふふふ。豪快ね」
赤井の飲みっぷりにりおは笑った。
「一人の時はシャワーで済ませることが多かったんだが、お前と暮らすようになってからは湯船に浸かる習慣が付いたからな。体が温まってのどが渇く」
「シャワーより疲れが取れるでしょ」
「ああ」
温まってほのかに赤い肌。ライの時に比べれば、ずいぶん健康的に見えた。
「ところでさっきは何の本を読んでいたんだ?」
周りの警戒を忘れるほど、りおが集中して読んでいた本。赤井の興味はそちらに向けられたようだ。
「ああ、『ネパールの山々に魅せられて』っていう本でね。今日の昼休みにたまたまネットニュースに載ってたの。著者は登山家で写真家でもあるなんだけど、写真がとってもきれいだったから思わず帰りに買っちゃった」
「ほ~」
「良かったら一緒に見ない?」
「ああ。俺も見たいな」
りおとは何度か美しい景色を見に行ったことがある。
今まさに沈もうとしている太陽
東の空から昇ったばかりの満月
紅葉前ではあったが、海を臨む絶景
りおは空を眺めるのが好きだ。それはたぶん、昔好きだった男(スコッチ)から貰った歌がキッカケなのだが——。
りおの影響で赤井も空を、景色を、眺めるのが好きになった。
リビングのソファーに二人で並んで座る。りおは先ほどの本を手に取ると、最初のページを開いた。
撮影ポイントはネパールのベースキャンプ。見開きいっぱいに高い山々がそびえ立つ。真っ青な空と真っ白な雪の対比が印象的だ。
「これはキレイだな……だが実際はかなり過酷な環境だろう。ふもとのベースキャンプとはいえ、そこも標高3000mを越えているはずだ。寒さに加え空気も地上より薄い」
「うん。それにココから山頂までの標高差は約5000m。まさに命がけだよね」
りおはため息交じりに呟く。さらにページをめくると、先ほどよりさらに山頂に近づいた写真が掲載されていた。
空の青
雪の白
険しい山肌がむき出しになった黒
自然界の色と相反するように存在する、登山家たちの赤や黄色の防寒着。
色のコントラストが美しかった。
「どれも素晴らしな……ところで、りおはどの写真がお気に入りなんだ?」
写真家の書籍だけあって、たくさんの美しい写真が掲載されている。赤井は興味深そうに問いかけた。
「私はね、これ。この写真」
今見ていた写真から数ページめくると、りおは指さした。
「こ、これは……」
今までとは全く雰囲気の違う写真に、赤井は息を飲む。
「空が……黒い!?」
黒い空が広がる写真上部とは正反対に山の雪も切り立った山肌も日が当たって明るい。
間違いなく昼間なのに、空だけが夜のように黒い。違和感だらけの写真を見て、赤井は目を剥いた。
「私たちがよく知る青い空は、標高が高くなるにしたがって濃紺や藍色に変わっていってね、標高7000mを越えると空の色は宇宙の色になるんだって」
「宇宙……か」
確かに大気圏を越えればその先は宇宙空間。7000mオーバーなら見えても不思議ではない。
「この写真を見た時ね、私……闇に吸い込まれるかと思ったの。少し恐怖を感じたわ。空に向かって落ちていくんじゃないかって。重力があるんだから、空に向かって落ちることは無いのに……でも、初めて空が怖いって思ったの」
「りお……」
青空はいつも、りおの心を慰めてくれていた。
悲しい時、寂しい時、辛い時。
空を見上げることで自分を奮い起こしてきたりおが、青空の先の闇色に恐怖を感じていた。赤井は心配そうにりおの顔を覗き込む。
「切り立った山の頂きで重力に沿って地上へと落ちるのか、闇色の宇宙(そら)へ落ちるのか。どっちなんだろうって。私、真剣に考えちゃったの。バカみたいでしょ」
肩をすくめてりおは笑う。
確かにその言葉だけを聞けば、《空に向かって落ちる》などあり得ないと思うだろう。
だが、りおの言葉の先にはもっと深いものがある。
地上か、宇宙(そら)か。
それは別の事を意味している。
生か死か。
正気か狂気か。
明日、自分がどっちに落ちるのか。それが分からないほど、彼女の立場は危うい。潜入捜査とは、そういうものだ。
「りお…お前…」
赤井はなんと声をかけて良いか分からず、ただ、りおの名を呼ぶことしか出来なかった。
「でもね」
なぜかりおは明るい声で、そう切り出した。
「どっちに落ちるのかって思った直後に、『きっとこの白い雪の上で、秀一さんと一緒に寝転がって、この空を眺めてるかも』って思っちゃったのよね」
「え!?」
突拍子もない事を言われ、赤井は目を丸くする。
「でね、秀一さんとスキーかソリで一気に滑り降りるのも良いなって。そんな事考えたら、なんか楽しくなっちゃって」
満面の笑みを浮かべて嬉々として話すりおを見て、赤井も自然と笑顔になった。
「こんなふうに考えられるようになったのはあなたのおかげ。いつも『お前のそばに居る』って言ってくれるから。だから……もう何も怖くないの。怖いのは……あなたを失うことくらい」
「それは俺も同じだよ」
赤井はりおを抱きしめる。りおもそっと赤井の胸に頬を寄せた。
『地上7000mの場所から空を眺めることは、きっと無いけれど。暗い闇を目の当たりにして怖くなったら、いつも隣にいてくれるあなたの顔を見上げるわ。それだけでどんな困難だって乗り越えられる。
再び青空の見える、いつもの場所に戻ったら、あなたの淹れてくれたカフェオレを飲むの。そしたら——また私はあなたと笑っていられる』
赤井の体温を頬で感じながら、りおはふと、そんなことを考えた。
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