ペリドットとアンバー短編集
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8月15日——
「約2か月…か」
きれいに片づけられた客室を見回して、りおはつぶやいた。
カフェで倒れて阿笠邸に運び込まれ、赤井秀一が生きていると知ってから、なし崩し的にここに居候させてもらった。
赤井の優しさや愛情。
博士、哀、コナン達の優しさのおかげで心の傷とも向き合えた。感謝してもしきれないくらいだ。
特に赤井には散々心配をかけたし、辛い思いもさせた。
過ぎてしまえばたった2か月だったが、人生の中で1,2位を争う濃い日々だったと思う。
「準備できたのですか?」
ドアは開けっ放しだったが、部屋の外から昴が話しかけた。
「はい」
「本当にアパートに戻るのですか?」
「ええ。体調も良くなりましたし、お盆明けから大学に復帰します。夏休みが明ければ学生達も戻ってきますしね。組織のほうへも戻ります」
「そうですか…」
昴の声がほんの少しだけ沈んだ。
「りお、このまま一緒に暮らさないか? 優作氏には俺から…」
「秀一さん」
本音を言いかけたところで制止された。
「私もそうしたいって何度も思ったわ。このまま一緒に…って。でも、私にもあなたにも、まだやらなきゃならない事がある。ラスティーと沖矢昴の接点を組織に知られるわけにはいかない」
りおが振り返り、昴の顔を見つめた。
「それにこの家を出ることがサヨナラってわけじゃないでしょ。
毎週、週末にはここにコッソリ来るつもりでいるわ。お屋敷の掃除も、花壇の手入れも手伝うし、組手の相手もしてほしいしね!」
ほんの少し涙目になりながらも、りおは笑顔を向けた。それを見て、昴はため息をついた。
「分かりましたよ。あなたは言い出したらきかない人だ。そして、あなたの言っていることが正論です」
昴は参ったと両手を挙げた。
「ですが…」
ピッ!
「今だけ…女々しい男の、バカげた行動だと思って目を瞑ってくれ」
赤井の声でつぶやくと、そっとりおを抱きしめた。
このまま離したくないと、言葉以上に態度で示す。何度も、何度も…その体を抱きしめた。
赤井の態度に『私も同じよ』
りおはそう思いを込めて赤井の体にしがみつく。
堪えていた涙がひとつこぼれた。
やがてふたりは体を離す。
りおは足元に置いていた荷物を手にすると、玄関へと向かった。昴も後ろからついていく。
靴を履いて昴のほうへ向き直った。
「じゃあ…」
と言われて、昴はグッと奥歯を噛みしめる。
「行ってきます」
「えっ?」
意外な言葉が出てきて昴は驚いた。
てっきりサヨナラと言われると思っていた。
「私の居場所は昴さんの…ううん、秀一さんのところだから。だから、今は『行ってきます』あなたのところに帰ってきたら『ただいま』」
照れくさそうにりおは言った。
「覚えておいてね。じゃあ! 行ってきます!」
満面の笑みでそう挨拶をすると、りおは工藤邸を後にした。
『行ってきます』…か。
『行ってきます』には『行って(また再び帰って)きます』の意味があるという。
「りおらしいな…」
そうつぶやいて、自然と笑顔になる。
昴はりおが出て行ったばかりのドアをしばらく見つめた。
かわいい恋人が週末帰ってくるまでに、山積みになった捜査資料を片付けておこうと、心の誓ったのだった。