ペリドットとアンバー短編集
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いよいよ捜索が打ち切られる日になった。
いつも通りの朝を迎え、赤井はりおとの日常をなぞるように朝食の準備を始める。
「おっと……野菜が無いな。また、りおに怒られてしまう」
調理台に並べた食材を見回し、再び冷蔵庫の元へと急ぐと作り置きのタッパーをとり出した。
出来立てのハムエッグの隣にレタスと小松菜の副菜を添える。コーヒーの入ったカップを皿の隣に置けば朝食は完成。
赤井は席について手を合わせた。一口パンをかじる。続いてハムエッグ。副菜。
しかし、どれを食べても味がしない。喉を通らない。
トマトの赤、小松菜やレタスの緑、ハムのピンク、卵の黄色。
見た目も完璧な朝食なのに全てがぼやけ、まるで目の前の世界がセピア色になったように感じる。
ふと視線を上げれば、あの日使ったりおのカップや箸が、水切りカゴに置かれたままになっていた。
「くそっ‼」
心の奥底に隠し、気付かぬふりをしていた感情が堰を切ったように溢れ出す。思わず拳でテーブルを叩いた。
この一週間、堪えていた涙が頬を伝う。
「りお……りお……ッ!」
赤井はただ、りおの名を呼ぶことしかできなかった。会いたいと口に出してしまったら、その思いを抑えることは不可能だと分かっていたから。
付き合い始めた当初から、こんな結末があることも覚悟していた。だがそれが現実となった今、これまでの覚悟など何の意味も無かったことを思い知る。
今まで味わったことのない痛みと苦しみ、喪失感。自分の感情も体も、制御できない。
(ああ……心が壊れるとはこういうことか……きっと…りおは何度もこんな思いを……)
そう思った時、これまでのりおの言葉、笑顔、表情。喜びも悲しみも——全てが脳裏に浮かんでは消えた。
(つい最近交わした約束も、この先の未来も、全て幻になってしまうのか——)
喉奥に、胸に、耐え難い痛みが走る。思わずぎゅっと目をつぶった。
「ッ!?」
突然、目の前に閃光が走った。赤井は目を開け、勢いよく顔を上げる。
(いや、幻なんかじゃない! あの時りおは……!?)
『必ず生きて帰る』
海に落ちる直前、りおが紡いだ音のない言葉。そこには明確なメッセージが込められていた。
なぜ今まで気付かなかったのか。
目の前で起きたことが衝撃的過ぎて、すっかり記憶から抜け落ちていた。
赤井は居ても立ってもいられなくなり、思わず立ち上がる。
キッ!
時を同じくして、工藤邸の前に一台の車がタイヤを鳴らして停車した。
***
簡単な変装をして、赤井は安室の愛車であるRX-7に乗り込んだ。この車に乗せてもらうのは初めてだ。
心地よいエンジンの響き。そして、この車の持ち味でもあるロータリーターボの加速は素晴らしい。しかも、この加速を担うには不釣り合いなほど軽いエンジン。それを生かしたハンドリングのシャープさ。さすが日本の車だ、と赤井は一人で感心していた。
しかし車に乗ったものの、どこに行くのか、何をしに行くのか全く説明がない。
だからこうして車の脳内評論会を一人で行っているわけだが。
車に乗ってすでに15分以上。そろそろどこに行くかくらいは教えてほしいものだ。
赤井はちらりと安室の顔を見ると、気付かれぬよう小さなため息をついた。
「着きましたよ」
車は大きな建物の前にある、広い駐車場に滑り込んだ。
「病院?」
車を降りた赤井は建物を見上げ、眉根を寄せる。
「ええ。先日ジョディさんからあなたがだいぶ無理をしていると聞いてね。少し栄養を補った方が良いと思いまして」
「は?」
そんな事の為に連れ出したのか? 赤井は半ばあきれ顔で安室を見た。
「それなら心配ない。さっき見てもらった通り、食事もちゃんと取れている。こんなところで点滴などされなくても俺は……」
「まあまあ。僕もここに用があるので。付き合ってください」
反論は聞きませんとでもいうように、安室はスタスタと病院の玄関へと向かう。赤井は自分の車で来なかったことを心底後悔した。
病院のエントランスを素通りしてエレベーターに乗り込む。ほどなくして10階の特別病棟に到着した。
大した説明もないまま、とある部屋に入るよう促される。ここまで来たなら仕方がない。点滴でも何でもして、今日は絶対に帰ると決意を新たに、赤井は部屋のドアを開けた。
ガララ……
朝日で白く霞む病室。
特別病棟だというだけあって部屋の中は広い。トイレやシャワールームが完備され、立派な応接セットまである。
目元に当たるまばゆい光を手で遮り、赤井は周囲を見回す。ドクターやナースらしき人物は居ない。
「?」
不思議に思った赤井は、病室に本来あるはずのベッドを探した。広い部屋のため、入口からは見えず、数歩部屋の中ほどへと歩みを進める。
(誰か……いる!?)
足元だけ見えたベッドには、わずかな盛り上がりがある。居ると言われていたドクターたちも姿が見えない。明らかに様子がおかしい。
まさか、さっきの安室は偽物で自分ははめられたのか?
赤井の目がサッと険しくなり、さらに一歩、二歩とベッドに近づきながら、相手の様子を伺った。
「ッ‼」
顔が見える位置まで来た時——
赤井は思わず息を飲む。持っていたサングラスと帽子が床にポトリと落ちた。
柔らかな栗色の髪と白い肌。そして見間違えるはずもない、愛する女性の寝顔。
この10日間、待って待って待ち続けた、愛しい恋人がそこにいた。
「りおッ‼」
赤井がりおの手を取るのと、床に跪くのはほぼ同時だった。まるで信じられないものでも見るかのように赤井の目は見開かれ、息が上がる。
そして、いつもより熱いりおの手を自分の額に押し当てた。
あまりに突然の再会に、赤井は涙がこぼれるばかりで言葉が出ない。
「……秀一……さ、ん」
かすれた声で名を呼ばれ、赤井はハッとりおの顔を見る。
美しいアンバーの瞳には、情けない顔をした自分の姿が映っていた。
「ただいま、秀一さん」
少し腫れぼったい目でほほ笑むりおに、赤井は涙声で「おかえり」と返すことしかできない。
遅れて部屋に入ってきた安室は、二人の様子を見て満足そうにほほ笑んだ。
***
事件の詳細を話し終える頃、病室にスマホのバイブ音が響く。安室は「ベルモットからです」と告げ、スマホを手に病室を出る。
ガラガラとドアが閉まると、スマホの振動音はどんどん遠ざかっていった。
「話は大方分かった。お前も疲れただろう。熱のせいで顔も赤い。少し横になれ」
ベッドを起こし、安室と共に今までの経緯を話していたりおに、赤井が声をかける。
「うん……でも、やっと秀一さんに会えたのに……このまま寝るの、もったいないな……」
「フッ。退院すれば、またずっと一緒だ。早く帰れるように今は休んだ方が良い」
電動ベッドのスイッチを入れ、赤井はベッドを倒す。
「ん。そうだね。じゃあ私が寝ている間に売店であなたの昼食を買ってきて? お昼は久しぶりに秀一さんと一緒に食べたい」
「分かった。お前が眠ったら買いに出てくる。それまでそばに居ていいか?」
「うん、もちろん」
完全にフラットになったベッドで、りおは微笑んだ。赤井は近くにあったイスに座り、りおの手を握る。
「まだ手が熱いな。こうしているから、ゆっくりおやすみ」
「ん……おやすみ…なさい」
やはり無理をしていたのだろう。ベッドを倒して間もなく、りおは眠ってしまう。
「無事で本当に良かった……約束を守ってくれて……ありがとう、りお」
りおの顔を見つめ、小さな声で赤井はつぶやく。熱のある手をそっと握りしめた。
血の通った温かい手。呼吸のたびに上下する胸元。
そんな当たり前なことが、赤井はたまらなく嬉しかった。
だが同時に、もっと早く彼女のメッセージに気付いていれば、この地獄のような10日間はもっと違ったものになっていただろうか——
赤井は考える。が、やはり答えはNOだ。
りおに会えない時間は何より辛い。仮に生きてるという確信が持てても、ケガをしている可能性は否定できない。心配で夜も眠れないのは、きっと同じだったはずだ。
穏やかに眠るりおを見つめ、赤井は嬉しそうに目を細める。
「やっと……お前に触れることができた」
そっとりおの前髪をかき上げ、形のいいおでこにキスを落とす。安心したせいか、急に眠気に襲われた。
そういえばこの10日間、赤井はまともに寝ていない。生あくびがいくつもこぼれた。
(昼食は後で買いに出るよ。今はお前の顔を見ながら寝たい……)
赤井はイスに座ったままベッドに頬を付け、りおの顔を見つめる。その目は今にも閉じてしまいそうだった。
(あとで一緒に……ランチ……しよう…な)
温かな日差しが降り注ぐ病室で、赤井もまた意識を手放す。二人は手をつなぎ、つかの間の休息を得たのだった。
こうして、10日ぶりに再会を果たした二人。これをきっかけに、赤井の心の中には『結婚』の文字がチラつくようになる。
愛する女性と家族になること。
困難だと思われていたその夢は、大きな事件が解決した後、現実のものに――。
いつも通りの朝を迎え、赤井はりおとの日常をなぞるように朝食の準備を始める。
「おっと……野菜が無いな。また、りおに怒られてしまう」
調理台に並べた食材を見回し、再び冷蔵庫の元へと急ぐと作り置きのタッパーをとり出した。
出来立てのハムエッグの隣にレタスと小松菜の副菜を添える。コーヒーの入ったカップを皿の隣に置けば朝食は完成。
赤井は席について手を合わせた。一口パンをかじる。続いてハムエッグ。副菜。
しかし、どれを食べても味がしない。喉を通らない。
トマトの赤、小松菜やレタスの緑、ハムのピンク、卵の黄色。
見た目も完璧な朝食なのに全てがぼやけ、まるで目の前の世界がセピア色になったように感じる。
ふと視線を上げれば、あの日使ったりおのカップや箸が、水切りカゴに置かれたままになっていた。
「くそっ‼」
心の奥底に隠し、気付かぬふりをしていた感情が堰を切ったように溢れ出す。思わず拳でテーブルを叩いた。
この一週間、堪えていた涙が頬を伝う。
「りお……りお……ッ!」
赤井はただ、りおの名を呼ぶことしかできなかった。会いたいと口に出してしまったら、その思いを抑えることは不可能だと分かっていたから。
付き合い始めた当初から、こんな結末があることも覚悟していた。だがそれが現実となった今、これまでの覚悟など何の意味も無かったことを思い知る。
今まで味わったことのない痛みと苦しみ、喪失感。自分の感情も体も、制御できない。
(ああ……心が壊れるとはこういうことか……きっと…りおは何度もこんな思いを……)
そう思った時、これまでのりおの言葉、笑顔、表情。喜びも悲しみも——全てが脳裏に浮かんでは消えた。
(つい最近交わした約束も、この先の未来も、全て幻になってしまうのか——)
喉奥に、胸に、耐え難い痛みが走る。思わずぎゅっと目をつぶった。
「ッ!?」
突然、目の前に閃光が走った。赤井は目を開け、勢いよく顔を上げる。
(いや、幻なんかじゃない! あの時りおは……!?)
『必ず生きて帰る』
海に落ちる直前、りおが紡いだ音のない言葉。そこには明確なメッセージが込められていた。
なぜ今まで気付かなかったのか。
目の前で起きたことが衝撃的過ぎて、すっかり記憶から抜け落ちていた。
赤井は居ても立ってもいられなくなり、思わず立ち上がる。
キッ!
時を同じくして、工藤邸の前に一台の車がタイヤを鳴らして停車した。
***
簡単な変装をして、赤井は安室の愛車であるRX-7に乗り込んだ。この車に乗せてもらうのは初めてだ。
心地よいエンジンの響き。そして、この車の持ち味でもあるロータリーターボの加速は素晴らしい。しかも、この加速を担うには不釣り合いなほど軽いエンジン。それを生かしたハンドリングのシャープさ。さすが日本の車だ、と赤井は一人で感心していた。
しかし車に乗ったものの、どこに行くのか、何をしに行くのか全く説明がない。
だからこうして車の脳内評論会を一人で行っているわけだが。
車に乗ってすでに15分以上。そろそろどこに行くかくらいは教えてほしいものだ。
赤井はちらりと安室の顔を見ると、気付かれぬよう小さなため息をついた。
「着きましたよ」
車は大きな建物の前にある、広い駐車場に滑り込んだ。
「病院?」
車を降りた赤井は建物を見上げ、眉根を寄せる。
「ええ。先日ジョディさんからあなたがだいぶ無理をしていると聞いてね。少し栄養を補った方が良いと思いまして」
「は?」
そんな事の為に連れ出したのか? 赤井は半ばあきれ顔で安室を見た。
「それなら心配ない。さっき見てもらった通り、食事もちゃんと取れている。こんなところで点滴などされなくても俺は……」
「まあまあ。僕もここに用があるので。付き合ってください」
反論は聞きませんとでもいうように、安室はスタスタと病院の玄関へと向かう。赤井は自分の車で来なかったことを心底後悔した。
病院のエントランスを素通りしてエレベーターに乗り込む。ほどなくして10階の特別病棟に到着した。
大した説明もないまま、とある部屋に入るよう促される。ここまで来たなら仕方がない。点滴でも何でもして、今日は絶対に帰ると決意を新たに、赤井は部屋のドアを開けた。
ガララ……
朝日で白く霞む病室。
特別病棟だというだけあって部屋の中は広い。トイレやシャワールームが完備され、立派な応接セットまである。
目元に当たるまばゆい光を手で遮り、赤井は周囲を見回す。ドクターやナースらしき人物は居ない。
「?」
不思議に思った赤井は、病室に本来あるはずのベッドを探した。広い部屋のため、入口からは見えず、数歩部屋の中ほどへと歩みを進める。
(誰か……いる!?)
足元だけ見えたベッドには、わずかな盛り上がりがある。居ると言われていたドクターたちも姿が見えない。明らかに様子がおかしい。
まさか、さっきの安室は偽物で自分ははめられたのか?
赤井の目がサッと険しくなり、さらに一歩、二歩とベッドに近づきながら、相手の様子を伺った。
「ッ‼」
顔が見える位置まで来た時——
赤井は思わず息を飲む。持っていたサングラスと帽子が床にポトリと落ちた。
柔らかな栗色の髪と白い肌。そして見間違えるはずもない、愛する女性の寝顔。
この10日間、待って待って待ち続けた、愛しい恋人がそこにいた。
「りおッ‼」
赤井がりおの手を取るのと、床に跪くのはほぼ同時だった。まるで信じられないものでも見るかのように赤井の目は見開かれ、息が上がる。
そして、いつもより熱いりおの手を自分の額に押し当てた。
あまりに突然の再会に、赤井は涙がこぼれるばかりで言葉が出ない。
「……秀一……さ、ん」
かすれた声で名を呼ばれ、赤井はハッとりおの顔を見る。
美しいアンバーの瞳には、情けない顔をした自分の姿が映っていた。
「ただいま、秀一さん」
少し腫れぼったい目でほほ笑むりおに、赤井は涙声で「おかえり」と返すことしかできない。
遅れて部屋に入ってきた安室は、二人の様子を見て満足そうにほほ笑んだ。
***
事件の詳細を話し終える頃、病室にスマホのバイブ音が響く。安室は「ベルモットからです」と告げ、スマホを手に病室を出る。
ガラガラとドアが閉まると、スマホの振動音はどんどん遠ざかっていった。
「話は大方分かった。お前も疲れただろう。熱のせいで顔も赤い。少し横になれ」
ベッドを起こし、安室と共に今までの経緯を話していたりおに、赤井が声をかける。
「うん……でも、やっと秀一さんに会えたのに……このまま寝るの、もったいないな……」
「フッ。退院すれば、またずっと一緒だ。早く帰れるように今は休んだ方が良い」
電動ベッドのスイッチを入れ、赤井はベッドを倒す。
「ん。そうだね。じゃあ私が寝ている間に売店であなたの昼食を買ってきて? お昼は久しぶりに秀一さんと一緒に食べたい」
「分かった。お前が眠ったら買いに出てくる。それまでそばに居ていいか?」
「うん、もちろん」
完全にフラットになったベッドで、りおは微笑んだ。赤井は近くにあったイスに座り、りおの手を握る。
「まだ手が熱いな。こうしているから、ゆっくりおやすみ」
「ん……おやすみ…なさい」
やはり無理をしていたのだろう。ベッドを倒して間もなく、りおは眠ってしまう。
「無事で本当に良かった……約束を守ってくれて……ありがとう、りお」
りおの顔を見つめ、小さな声で赤井はつぶやく。熱のある手をそっと握りしめた。
血の通った温かい手。呼吸のたびに上下する胸元。
そんな当たり前なことが、赤井はたまらなく嬉しかった。
だが同時に、もっと早く彼女のメッセージに気付いていれば、この地獄のような10日間はもっと違ったものになっていただろうか——
赤井は考える。が、やはり答えはNOだ。
りおに会えない時間は何より辛い。仮に生きてるという確信が持てても、ケガをしている可能性は否定できない。心配で夜も眠れないのは、きっと同じだったはずだ。
穏やかに眠るりおを見つめ、赤井は嬉しそうに目を細める。
「やっと……お前に触れることができた」
そっとりおの前髪をかき上げ、形のいいおでこにキスを落とす。安心したせいか、急に眠気に襲われた。
そういえばこの10日間、赤井はまともに寝ていない。生あくびがいくつもこぼれた。
(昼食は後で買いに出るよ。今はお前の顔を見ながら寝たい……)
赤井はイスに座ったままベッドに頬を付け、りおの顔を見つめる。その目は今にも閉じてしまいそうだった。
(あとで一緒に……ランチ……しよう…な)
温かな日差しが降り注ぐ病室で、赤井もまた意識を手放す。二人は手をつなぎ、つかの間の休息を得たのだった。
こうして、10日ぶりに再会を果たした二人。これをきっかけに、赤井の心の中には『結婚』の文字がチラつくようになる。
愛する女性と家族になること。
困難だと思われていたその夢は、大きな事件が解決した後、現実のものに――。
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