ペリドットとアンバー短編集
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サカモトビルの隣に建つビルの屋上には、赤井とりおの姿があった。
鳴り響くサイレンの音。赤色灯と付けた緊急車両が何台もサカモトビルに集まっている。
二人は火災の様子をしばらく見ていた。
「後は安室くんに任せて大丈夫だろう。現場の混乱に乗じて今のうちに退散するか」
赤井がりおに声をかけた。
「ええ。そうね。行きましょう」
りおは返事をすると、赤井に肩を貸す。
「ッ! ぐっ!」
赤井の肩の痛みはひどいようだった。
**
地下2階にあった《エンジェルダスト生産工場》。そこでは人体実験が行われていた。
二人が潜入した時、工場内には実験後も生きていた少年の被験者がいた。しかも彼は『侵入者を殺せ』と命じられていた。
エンジェルダストの過剰な摂取により、少年にはすでにまともな思考は無く、人間兵器と化した彼は命じられたままに二人に襲い掛かったのだった。
人知を越えた身体能力により、かなりの苦戦を強いられたが、二人の連係プレーで何とか少年を倒すことに成功する。しかし赤井は鉄パイプで右肩を殴られていた。
**
「秀一さん、それ青アザくらいじゃすまなそうよ…。このまま病院へ行きましょう」
「大丈夫だよ。今やられたばかりだからな。痛いのは当然だ」
頑として首を縦に振らない赤井の上着から、りおは素早く車のキーを抜き取った。
「せめて運転は私がするから」
そう言うと赤井の体を支えるようにして歩きだした。
ほどなくして昴の車が工藤邸に到着した。
さくらは運転席から出るとすぐに助手席側に回る。赤井は車から降りるのも一苦労だった。
帰ってきたことに気づいた博士たちがすぐに駆ける。もっとも、哀は赤井と顔を合わせるわけにはいかないので、麻酔針で眠らされていたが。
博士の手を借りてリビングへと赤井をゆっくり連れていく。
「博士、お湯を沸かしてください。コナンくんはフェイスタオルを2枚、バスタオルを1枚お願いして良い?」
ソファーに赤井を座らせると、どんどん指示を出した。
さくらは救急箱を用意し赤井の上着を脱がす。
防弾チョッキと黒いシャツを脱がせると、赤井の背中が晒された。
「これは…」
右肩から肩甲骨のあたりまでくっきりと鉄パイプの跡が残り、青と赤紫の大きなアザになっていた。
「秀一さん、レントゲンを撮ってもらったほうが良いわ。肩甲骨に骨折や腱の損傷があればまずいもの。汗を拭いて応急処置をするから、すぐ病院へ行こう」
さくらはそう言うと博士が持ってきた湯を洗面器に入れ、タオルを絞り赤井の上半身を慣れた手つきで拭いた。
赤井の顔は痛みで歪み、脂汗を浮かべている。そんな赤井の表情をさくらは注意深く観察しながら、乾いたタオルで水気を拭きテーピングで肩を固定する。赤井の部屋から清潔なシャツを持ってくると、彼の肩に掛けた。
「左手だけ通して」
さくらが手伝って左手だけ袖を通した。その後は氷のうを用意して傷を冷やした。
「わしが運転をするから、さくらくんは赤井くんをたのんだぞい」
博士の運転で家を出た。
幸い骨にも腱にも異常はなくさくらは胸をなでおろす。だがひどい打撲のため、しばらく安静にするように言われた。
「応急処置が完璧ですね。こちらで出来ることはもうほとんど無いですよ」
ドクターに言われ、思っていたより早く帰る事が出来た。
「ほら、アザだけだっただろう?」
痛み止めが効いてきたのか、赤井は笑顔でさくらに声をかけた。
「さっきまで脂汗を浮かべて唸っていた人が何を言いますか」
さくらは憎まれ口をききながらも安堵の表情を見せた。
工藤邸に着くと哀の付き添いをしていたコナンも加わり、安室からの連絡をみんなで待つ。
夜中の2時を回った頃——
『エンジェルダストの完全焼失を確認。身元不明の焼死体1名発見』というメールが安室から届く。
さくらは大きなため息をつくと静かに目を閉じた。
「終わったな」
赤井の声は優しかった。
翌朝——
「38℃…。ケガのせいかもしれないわね。
秀一さん、おかゆ作ってくるけど…他に何か食べられそう?」
りおは赤井の額に手をのせる。
「ん…すまない…。お粥だけで良いよ」
「わかったわ。ゆっくり休んでいて」
赤井の返事を聞いて、りおは部屋から出て行った。
(はあ…まさか熱を出すとは…。いつ以来だ?)
肩や背中の痛みもさることながら体中が痛い。
昨日の死闘のせいか熱のせいなのか。はぁはぁと吐く息も熱を帯びている。
痛みとだるさで深い眠りには就けず、うとうとと浅い眠りを繰り返すばかりだった。
ガチャ
ドアの開く音でハッとする。どうやら少し眠っていたらしい。
「ごめんなさい。起こしちゃったね」
「いや、大丈夫だ。お粥出来たんだろう?」
「ええ。少しでも食べられれば良いんだけど…」
トレーからカチャカチャと陶器の音がした。
「ああ。頂くよ」
りおの助けを借りて起き上がる。
りおはトレーをそっと赤井の膝の上に置いた。
「右肩、テーピングで固定しちゃってるからお茶碗持てなそうよね…。食べさせてあげましょうか?」
真面目な顔で言われたが、それだけは恥ずかしいので勘弁してほしい。俺だってりおが熱を出した時『あ~ん』とかやってない。
「大丈夫だと思う。持てはしないが押さえるくらいは出来そうだ」
お粥の入った茶碗をそっと右手で押さえ、左手に持ったレンゲですくって一口食べた。
「ん! うまい…」
食欲が無いと思っていたがりおが作ったお粥が美味しくて、結局全部食べた。
「土鍋で炊いたお粥って甘くて美味しいわよね。お口に合って良かったわ」
りおがニッコリ微笑んだ。
「さ、薬を飲んでもうひと眠りしたら」
「ああ、そうさせてもらうよ」
痛み止めを飲んだおかげで今度はぐっすり眠れた。
夜になると熱も下がり痛みもだいぶマシになった。シャワーを浴びた赤井は、りおにテーピングを貼り直してもらい、髪も乾かしてもらう。
「お前にお世話をしてもらうのも悪くないな」
シャワーを浴びてすっきりしたのか、ご機嫌な猫のような笑顔で赤井が言う。
「今日は一日中秀一さんと一緒で嬉しかったわ」
りおは赤井の耳元でささやくと照れたように顔を赤くして脱衣所を出て行ってしまった。
「? 毎日一緒にいるじゃないか…?」
一瞬言っている意味が分からなかった赤井だが、昨日から変装せずに『秀一』のままだったことに気づく。
「ッ!」
赤井も赤面した。
『ったく! 俺を喜ばせることしかしないな、アイツは!』
鏡に映った赤井の顔が、本人すら見たことがないくらいニヤけていた。