ペリドットとアンバー短編集
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その時——
「どうされました?」
初老の男性が昴に近付き声をかけた。
「じ、実は——」
昴はこれまでの経緯を男性に話す。
「なるほど」
男性は昴の話を聞き終わると、さくらの様子を注意深く観察し始めた。
「彼女、何か持病はありますか? 飲んでる薬とか」
「ストレスが多くて……精神安定剤を時々飲んでいます。先程も事件現場を見て気分が悪くなり、服用しました」
「それはいつも飲んでるものを?」
「いいえ。最近効きが悪いと言って違うものに変えて頂いたばかりです」
そう言って昴はさくらの薬を男性に見せた。
男性の顔が確信に変わる。
「やっぱりそうか」
「え? それはいったい……」
やっぱりとはどういう事だろうか? 昴は険しい顔で問いかけた。
「おそらくこの薬のせいでしょう。すぐ処置をした方が良い」
男性は立ち上がった。
「私はこの近くで小さな病院を経営している者です。一刻を争う。すぐ運んでもらえますか?」
「あ…、はい!」
昴はさくらを抱え上げる。
「こっちです」という男性の案内で病院へと急いだ。
約一時間後——
適切な処置により危機を脱したさくらは病院のベッドで横になっていた。
「薬ってね、用法や用量を守っていても体に合わないものってあるんだよ。アナフィラキシーってほど激烈な症状ではなかったけど、それに近いことが起こってしまったんだね。
次に薬を変える時は今回の事をちゃんと主治医の先生に伝えてね」
白衣を着た先程の男性はニコリと微笑んだ。
もうしばらくはここで休むようにとだけ言うと、男性は病室を出て行く。
部屋には昴とりおだけになった。
「まったく……お前といると心臓がいくつあっても足りんな」
「ははは……返す言葉もございません…」
りおは苦笑いをして答えた。
「まあでも。お前の看病をするのは嫌じゃないんだ。お前の寝顔をじっくり見れるんでね」
ニヤリと笑う昴は悪い顔をしていた。
「や、止めてよ! 一緒に暮らしてるんだし、夜だって一緒に寝ることあるんだから。見慣れてるでしょ!」
ぷぅっとふくれて、りおは文句を言った。
「夜一緒の時はだいたい気分が盛り上がってて、それどころじゃないだろ」
「ッ!!」
昴の言葉にりおは真っ赤になった。慌てて顔を見られないように布団を引き上げる。
「こら。顔を隠すな。ドクターからもう少し様子を見ろと言われているんだ。熱もある。
すぐには強い薬を使えないから、今は原始的な方法しかないんだ」
昴は引き上げられた布団を戻すと、サイドテーブルに置いてあった氷水入りの容器からタオルを引き上げた。
「ふふふ…冷たくて気持ち良い…」
固く絞ったタオルで火照ったりおの顔を優しく拭く。それをりおの額に乗せ、昴はベッドサイドにあるイスに腰かけた。
「他に欲しいものは無いか?」
「う~ん…何か飲みたいな。お昼食べ損ねちゃったし。欲を言えば……秀一さんのカフェオレが飲みたい」
「カフェオレ、か……」
りおのリクエストにさすがの昴もうーんと唸った。
ここは病院なので、いつものようにカフェオレを淹れることは出来ない。
テイクアウトができるカフェは残念ながら近くには無く、買えるとしたらコンビニくらい。しかし市販のカフェオレは大抵砂糖入りの甘いタイプしかないのだ。
赤井が淹れるカフェオレはミルクが多めで砂糖は入っていない。
昴はしばらく考え込んで「よし」と顔を上げた。
「いつも通りとはいかないが、お前好みのカフェオレを用意しよう」
その代わりおとなしく待っててくれ、と言うと昴は病室を後にした。
病院を出た昴は周辺の店をいくつか回ってみた。が、やはりテイクアウトが出来る店はない。
「やはりあの手しかないか」
昴は近くのコンビニへと向かった。
***
昴が出て行った病室では、りおが布団の中で丸まり震えていた。
(さ、寒い……)
先程までの火照りがウソのように 今度は寒気がする。点滴の薬液すらも体を冷やす。
額に乗せたタオルはすでにぬるくなり、ズルリと額から滑り落ちた。
毛布も布団もかけている。これ以上はやりようがない。りおはただただ体を小さくして耐えることしか出来なかった。
どれくらいか時間が経って、ようやくウトウトした頃に、控えめなノックの音と病室の扉が開く音がした。
「りお……寝てるか?」
優しい昴の声を聞いて、りおは布団から顔を出す。
「昴さん…」
「りお、カフェオレ……起きて飲めるか?」
「うん……温かいの飲みたい」
昴はベッドのリモコンを操作してりおの体を起こした。
ベッドサイドには見慣れない耐熱カップが一つ。湯気の立つカフェオレがカップの縁ギリギリまで入っていた。
「熱いから気をつけて」
「うん…ありがと」
りおはカップを受け取った。
ふーふーと数回息をかけ一口飲む。
いつもと味は違うがミルクたっぷりで砂糖が入っていないカフェオレ。
「美味しい……」
温かくて、ミルクの甘みもあって。それでいてコーヒーの香りもちゃんと感じる。
いつも飲むカフェオレに引けを取らない美味しさだった。
ふーふー…ゴクリ…
ふーふーふー……ゴク……
一口飲むたびにお腹の中がふわっと温かくなって、なにより心が落ち着いた。
最後の一口を飲み終えて、りおはふぅ…と大きく息を吐く。
「ありがとう。すごく美味しかった」
「そうか。それは良かった」
昴は嬉しそうに微笑む。
「でも……どうやって用意したの?」
カップを見る限りテイクアウトではない。
熱でボーッとしていて思わずカフェオレと答えてしまったが、ここでそれを用意するのは難しいというのは分かる。
「コンビニで買ったんだ」
「コンビニ?」
「ああ。牛乳とブラックコーヒー。それから耐熱カップを、な」
日本のコンビニは何でも揃うな、と昴は笑う。
「それを持って病院の調理室に行ったんだ」
「調理室!? って…入院患者さんの食事を作ってる?」
りおの問いかけに昴は「ああ」と答えた。
「調理担当のご婦人に、コンロと鍋、最悪電子レンジだけでも良いから貸してくれと頼み込んだんだ」
「ええっ!」
調理器具まで借りに行ったと聞いて、りおは目を丸くした。
「部外者には貸せないと怒られて、そこを何とかと事情を話し使わせてもらったんだ。
OKが出たら出たで、やり方のレクチャーをされて、挙句にカップには全部入りきらず『あなたが買ったものなんだから、余ったのは飲んでいきなさい』と言われ、その場で飲んできた」
「ひえぇぇ……!」
(そんな大変な思いをして用意してくれたカフェオレだったのね……)
りおは空になったカップを見る。
「ごめんなさい。ついいつもの調子でカフェオレなんて言っちゃって……」
「良いんだ。俺に出来ることだったら何でもする。これくらいお安い御用だよ」
昴は嬉しそうに微笑んだ。
「顔色が少し良くなったな。どれ……ん、熱も引いてきたか。点滴も終わりそうだしドクターに声をかけて来るよ」
昴はりおの額に手を当てて、ニッコリ微笑むと再び病室を出て行った。
翌日——
朝日が差し込む工藤邸のダイニングキッチンでは、フライパンからジュージューと美味しそうな音がしている。
朝食の準備をするりおは、お皿を出そうと食器棚に近づいた。
いつも使うお皿の横にはプラスチックの耐熱カップがちょこんと置かれている。
それを見て、りおは思わず微笑んだ。
ミルクたっぷり砂糖なし、愛情満タンのカフェオレを思い出す。
調理スタッフのおばちゃんに文句を言われながら、カフェオレを淹れる昴の姿を想像するとなんだかおかしくなって。
思わず「ふふっ」と声を出して笑った。
(あの時のカフェオレの味、一生忘れないわ)
りおはそっと耐熱カップに触れる。
「おーい、りおー。コーヒー入ったぞ~」
赤井が食卓から呼ぶ声が聞こえた。
「は~い、今行くわ~」
二人の穏やかな一日が、また始まった。
「どうされました?」
初老の男性が昴に近付き声をかけた。
「じ、実は——」
昴はこれまでの経緯を男性に話す。
「なるほど」
男性は昴の話を聞き終わると、さくらの様子を注意深く観察し始めた。
「彼女、何か持病はありますか? 飲んでる薬とか」
「ストレスが多くて……精神安定剤を時々飲んでいます。先程も事件現場を見て気分が悪くなり、服用しました」
「それはいつも飲んでるものを?」
「いいえ。最近効きが悪いと言って違うものに変えて頂いたばかりです」
そう言って昴はさくらの薬を男性に見せた。
男性の顔が確信に変わる。
「やっぱりそうか」
「え? それはいったい……」
やっぱりとはどういう事だろうか? 昴は険しい顔で問いかけた。
「おそらくこの薬のせいでしょう。すぐ処置をした方が良い」
男性は立ち上がった。
「私はこの近くで小さな病院を経営している者です。一刻を争う。すぐ運んでもらえますか?」
「あ…、はい!」
昴はさくらを抱え上げる。
「こっちです」という男性の案内で病院へと急いだ。
約一時間後——
適切な処置により危機を脱したさくらは病院のベッドで横になっていた。
「薬ってね、用法や用量を守っていても体に合わないものってあるんだよ。アナフィラキシーってほど激烈な症状ではなかったけど、それに近いことが起こってしまったんだね。
次に薬を変える時は今回の事をちゃんと主治医の先生に伝えてね」
白衣を着た先程の男性はニコリと微笑んだ。
もうしばらくはここで休むようにとだけ言うと、男性は病室を出て行く。
部屋には昴とりおだけになった。
「まったく……お前といると心臓がいくつあっても足りんな」
「ははは……返す言葉もございません…」
りおは苦笑いをして答えた。
「まあでも。お前の看病をするのは嫌じゃないんだ。お前の寝顔をじっくり見れるんでね」
ニヤリと笑う昴は悪い顔をしていた。
「や、止めてよ! 一緒に暮らしてるんだし、夜だって一緒に寝ることあるんだから。見慣れてるでしょ!」
ぷぅっとふくれて、りおは文句を言った。
「夜一緒の時はだいたい気分が盛り上がってて、それどころじゃないだろ」
「ッ!!」
昴の言葉にりおは真っ赤になった。慌てて顔を見られないように布団を引き上げる。
「こら。顔を隠すな。ドクターからもう少し様子を見ろと言われているんだ。熱もある。
すぐには強い薬を使えないから、今は原始的な方法しかないんだ」
昴は引き上げられた布団を戻すと、サイドテーブルに置いてあった氷水入りの容器からタオルを引き上げた。
「ふふふ…冷たくて気持ち良い…」
固く絞ったタオルで火照ったりおの顔を優しく拭く。それをりおの額に乗せ、昴はベッドサイドにあるイスに腰かけた。
「他に欲しいものは無いか?」
「う~ん…何か飲みたいな。お昼食べ損ねちゃったし。欲を言えば……秀一さんのカフェオレが飲みたい」
「カフェオレ、か……」
りおのリクエストにさすがの昴もうーんと唸った。
ここは病院なので、いつものようにカフェオレを淹れることは出来ない。
テイクアウトができるカフェは残念ながら近くには無く、買えるとしたらコンビニくらい。しかし市販のカフェオレは大抵砂糖入りの甘いタイプしかないのだ。
赤井が淹れるカフェオレはミルクが多めで砂糖は入っていない。
昴はしばらく考え込んで「よし」と顔を上げた。
「いつも通りとはいかないが、お前好みのカフェオレを用意しよう」
その代わりおとなしく待っててくれ、と言うと昴は病室を後にした。
病院を出た昴は周辺の店をいくつか回ってみた。が、やはりテイクアウトが出来る店はない。
「やはりあの手しかないか」
昴は近くのコンビニへと向かった。
***
昴が出て行った病室では、りおが布団の中で丸まり震えていた。
(さ、寒い……)
先程までの火照りがウソのように 今度は寒気がする。点滴の薬液すらも体を冷やす。
額に乗せたタオルはすでにぬるくなり、ズルリと額から滑り落ちた。
毛布も布団もかけている。これ以上はやりようがない。りおはただただ体を小さくして耐えることしか出来なかった。
どれくらいか時間が経って、ようやくウトウトした頃に、控えめなノックの音と病室の扉が開く音がした。
「りお……寝てるか?」
優しい昴の声を聞いて、りおは布団から顔を出す。
「昴さん…」
「りお、カフェオレ……起きて飲めるか?」
「うん……温かいの飲みたい」
昴はベッドのリモコンを操作してりおの体を起こした。
ベッドサイドには見慣れない耐熱カップが一つ。湯気の立つカフェオレがカップの縁ギリギリまで入っていた。
「熱いから気をつけて」
「うん…ありがと」
りおはカップを受け取った。
ふーふーと数回息をかけ一口飲む。
いつもと味は違うがミルクたっぷりで砂糖が入っていないカフェオレ。
「美味しい……」
温かくて、ミルクの甘みもあって。それでいてコーヒーの香りもちゃんと感じる。
いつも飲むカフェオレに引けを取らない美味しさだった。
ふーふー…ゴクリ…
ふーふーふー……ゴク……
一口飲むたびにお腹の中がふわっと温かくなって、なにより心が落ち着いた。
最後の一口を飲み終えて、りおはふぅ…と大きく息を吐く。
「ありがとう。すごく美味しかった」
「そうか。それは良かった」
昴は嬉しそうに微笑む。
「でも……どうやって用意したの?」
カップを見る限りテイクアウトではない。
熱でボーッとしていて思わずカフェオレと答えてしまったが、ここでそれを用意するのは難しいというのは分かる。
「コンビニで買ったんだ」
「コンビニ?」
「ああ。牛乳とブラックコーヒー。それから耐熱カップを、な」
日本のコンビニは何でも揃うな、と昴は笑う。
「それを持って病院の調理室に行ったんだ」
「調理室!? って…入院患者さんの食事を作ってる?」
りおの問いかけに昴は「ああ」と答えた。
「調理担当のご婦人に、コンロと鍋、最悪電子レンジだけでも良いから貸してくれと頼み込んだんだ」
「ええっ!」
調理器具まで借りに行ったと聞いて、りおは目を丸くした。
「部外者には貸せないと怒られて、そこを何とかと事情を話し使わせてもらったんだ。
OKが出たら出たで、やり方のレクチャーをされて、挙句にカップには全部入りきらず『あなたが買ったものなんだから、余ったのは飲んでいきなさい』と言われ、その場で飲んできた」
「ひえぇぇ……!」
(そんな大変な思いをして用意してくれたカフェオレだったのね……)
りおは空になったカップを見る。
「ごめんなさい。ついいつもの調子でカフェオレなんて言っちゃって……」
「良いんだ。俺に出来ることだったら何でもする。これくらいお安い御用だよ」
昴は嬉しそうに微笑んだ。
「顔色が少し良くなったな。どれ……ん、熱も引いてきたか。点滴も終わりそうだしドクターに声をかけて来るよ」
昴はりおの額に手を当てて、ニッコリ微笑むと再び病室を出て行った。
翌日——
朝日が差し込む工藤邸のダイニングキッチンでは、フライパンからジュージューと美味しそうな音がしている。
朝食の準備をするりおは、お皿を出そうと食器棚に近づいた。
いつも使うお皿の横にはプラスチックの耐熱カップがちょこんと置かれている。
それを見て、りおは思わず微笑んだ。
ミルクたっぷり砂糖なし、愛情満タンのカフェオレを思い出す。
調理スタッフのおばちゃんに文句を言われながら、カフェオレを淹れる昴の姿を想像するとなんだかおかしくなって。
思わず「ふふっ」と声を出して笑った。
(あの時のカフェオレの味、一生忘れないわ)
りおはそっと耐熱カップに触れる。
「おーい、りおー。コーヒー入ったぞ~」
赤井が食卓から呼ぶ声が聞こえた。
「は~い、今行くわ~」
二人の穏やかな一日が、また始まった。