ペリドットとアンバー短編集
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赤井が入浴を終えてリビングに戻ると、着替えを終えた赤ん坊は、りおに抱かれて白湯を飲んでいた。
「秀一さん、ありがとう」
そう言って顔を上げたりおは、赤井の顔をみてプッと吹き出した。
「ん? どうした?」
「秀一さん顔真っ赤だよ。この子と入ったから、いつもより長湯だったもんね」
くせのある前髪を下ろし、頬が真っ赤になった赤井が首にタオルをかけて立っている。
「ああ、すっかり温まったよ。今日はウイスキーではなく、ビールの気分だな」
タオルで髪を拭きながら、赤井はりおの方へ近づいた。
「みゃん」
「お! お前もミルクを貰ったか?」
満足そうに右前足で口元や顔を毛づくろいしている子猫に、赤井は声をかける。
「うん、二人がお風呂に入っている間にね。
良い飲みっぷりだったよ。さっきペットシーツでちゃんと用足したし、この子おりこうさんだね」
「そうか、お前賢いな」
ソファーに座った赤井は子猫を抱き上げ、膝の上に乗せると首元や頭を撫でた。
すぐに子猫はグルグルと気持ち良さそうに喉を鳴らす。もっととおねだりするように、赤井の手にすり寄った。
「ふふふ。カワイイな」
ペリドットの瞳は優しく子猫を見つめる。
子猫も安心したようにお腹を見せた。
明け方——
お腹を空かせた赤ん坊がミルクを欲しがり、りおがそっとベッドを抜け出す。
泣き声で目を覚ました赤井も、その間に赤ん坊のお腹をトントンと優しくタップした。
同じベッドで川の字に寝て、赤ん坊がベッドから落下しないようにという作戦。
赤井はりおと同じベッドに居ながら、手を出せないというやや生き地獄を味わったが、赤ん坊の可愛さに免じて許すことにした。
「母親というのは大変だな…」
昼夜を問わず赤ん坊の世話をして、家事をして――それはつまり365日24時間勤務状態。
寝ている時間ですら、いつでも出動できるようにスタンバイ。
会社だったら間違いなくブラック企業だ。
自分の母親もそうだったのかなと思えば、申し訳ない気持ちになる。
いつまでたってもあの母親には頭が上がらないな……と赤井はため息をついた。
「おまたせ…」
急いできたのか、やや息を切らしてりおが部屋に戻ってきた。
ふにゃふにゃとぐずる赤ん坊を抱き上げ、ミルクを飲ませる。
一気に飲み干した赤ん坊はげっぷをすると、再びまどろみだした。
それを見てりおは立ち上がり、赤ん坊を抱き体をゆする。
自然とその口から歌が零れ落ちた。
「hush, little baby don’t you
hush, little baby don’t say a word
papa’s gonna buy you a mockingbird……」
それを聴いて赤井がハッとりおを見た。
(その歌…アメリカでメジャーな子守歌『Hush little baby』だ。日本ではあまり馴染みがないし、りおの祖母が歌っていたとは考えにくい……とすれば母親が歌っていたのか?
りおは無意識に歌っているようだが…)
記憶の奥底に仕舞われてしまった両親との記憶。りおには母親に子守歌を歌ってもらった記憶は無い。
赤ん坊の面倒を見ているうちに記憶が呼び起こされたのだろうか。本人も半分まどろみながら歌っているため、まったく気付いていないようだ。
赤井は何も言わずその歌を聴いていた。
「ふふふ…寝ちゃったわ」
りおは眠そうな声で言うと赤ん坊をベッドに寝かせた。
「ああ、りおも早くおいで。今のうちに寝ておくといい。朝になればまた、この子たちと格闘だ」
赤井の枕元には子猫がスピスピと鼻を鳴らして眠っている。
「うん。秀一さんもね」
りおは微笑んでベッドに潜り込んだ。
朝——
「イタタタッ! こら、爪を立てるな!」
りおが朝食を作っている間に、赤井は子猫にミルクをやろうと抱き上げた。が、空腹の子猫はミルクが待ちきれなくて、赤井の腕にしがみつき、爪を立てている。
お陰で赤井の腕はひっかき傷だらけだ。
「そんなに強くしがみついたらかえって飲めないだろう! 良い子だから…な?」
なおも赤井の腕にしがみ付いて、子猫はミルクを狙っている。
眉をハの字にして困っている赤井を見て、りおはクスクス笑った。
「りお! 笑ってないで手伝ってくれ!
これじゃあ全然ミルクをやれな……イタタタ!」
「はいはい。そんな困り顔の秀一さん、滅多に見れないから楽しんでました~」
「こら!」と口を尖らせる赤井の元へ、コンロの火を止めてりおが近づく。
赤井から哺乳瓶を受け取り、子猫の口元に近づけた。
コクコクコクコク……
ようやくミルクにありつけた子猫は、赤井にしがみ付いたまま夢中になってミルクを飲んだ。
「ああ…助かった…」
赤井はイスに腰かけたまま脱力した。
「子猫や赤ちゃんは銃を扱うようにはいかないわね」
ミルクを飲む子猫を抱き上げ、りおはクスクスと笑った。
「子育てって大変なんだな…」
毎日これをやっている人たちがいると思うと、たった一晩で音を上げてる自分がなんだか情けない。
赤井は不貞腐れたようにりおと子猫を見つめた。
二人が座るイスの近くには、籐のカゴの中で赤ん坊も寝息を立てている。
時々、赤ん坊の様子を伺うりおの顔。
スヤスヤと眠る赤ん坊。
美味しそうにミルクを飲む子猫。
朝の光が差し込み、それはまるで宗教画のように美しく穏やかだった。
(いつか…本当に自分たちの子が生まれて…
犬か猫を飼って…そしたら…)
こんな穏やかな日々が続くのか…
赤井は思わず遠い未来を想像した。
以前の自分なら『刺激のない穏やかな生活などすぐに飽きてしまう』と思っていた。
人生の半分近くは父の事件を追い、組織を追ってきた。
『生きるか死ぬか』
そういう駆け引きが無ければ、もう自分は生きられないとさえ思っていた。
(子どもや動物がいるというのは、なかなか刺激的だ。昼夜を問わず泣くし、不意に笑顔を向けて来るし、突然ひっかいて来るし…)
こんなにドキドキさせられて、こんなに不意打ちを食らわされて、こんなにゲンナリさせられて。
これを刺激と言わずなんといおうか。
(りおと一緒なら…この先の人生…きっと刺激だらけだな…)
赤井はイスに脱力したまま、フッと口角を上げた。
***
そんなドタバタな土曜日の午後——
少年探偵団が子猫を迎えに来た。
「クラスメイトの家で飼ってもらえることになったの!」
歩美が嬉しそうに報告してくれた。
「そうですか。可愛がってもらえると良いですね」
昴は最後に子猫を抱き、「元気でね」と声をかける。
「お兄さん、お姉さん、ありがとう!」
キャリーに入れられた子猫は最後に「みゃぉん」と挨拶をして、新しい家族の元へと旅立って行った。
そしてその日の夜——
予定より一日早く仕事を終えた田島の夫が赤ん坊を迎えに来てくれた。
「本当にご面倒をおかけしました!
お陰でこの2日間で仕事を詰め込んで、何とか終わらせる事が出来ました!」
おむつなどが入った大きな荷物を背負い、田島の夫は何度も何度も頭を下げ、赤ん坊と共に自宅へと帰っていった。
再び工藤邸は昴とりおの二人だけとなる。
「一気に子猫も赤ん坊も居なくなってしまって……ちょっと寂しいですね」
2日ぶりにドリップしたコーヒーを淹れ、二人はソファーへと腰かけた。
「うん…昴さんと二人っきりってこんなに静かだったんだね」
二人が黙ると部屋の中はしん…と静かになる。これが普通だったのに、今は何となく寂しい。
ピッ!
「…りお」
変声機をOFFにして、昴はスルリとウィッグを外しメガネを取った。
「すば…え…っと…秀一さん?」
突然変装を解き始めた昴を見上げ、りおは驚いたように赤井の名を呼び直す。
変装を解いた赤井はりおに近づいた。
赤井にはずっと言えない言葉があった。
伝えるべきか…ずっと悩んでいた。
自分がりおを幸せにできるのか。出る答えはいつも違った。
でも今日は——
今日なら、言えるかもしれない。
赤井はりおの手を取って立ち上がらせると、そのまま抱きしめた。
「いつか…またお前と…今回みたいな生活がしたい…」
赤井にとって、今言える精一杯の言葉だった。
「うん…そうだね…」
りおも赤井の体に手を回す。
お互いの体温と息づかいを感じた。
自分の決心を、りおは受け止めてくれるのだろうか。
赤井はいつも以上に強くりおを抱きしめた。
「じゃあ次に田島さんに会った時、いつでも子守するよって伝えるね」
「は?」
続くりおの言葉に赤井は頭が真っ白になった。抱きしめていた腕から力が抜ける。
「意外に秀一さん、子守の才能あるかもね~。良いパパになりそう!」
さ、コーヒー冷めちゃうよ? とニコニコ顔のりおを見て、赤井は目がテンになる。
「あ、ああ…そう…だな。うん……?」
どうやら一大決心だった《思い》はりおに伝わらなかったらしい。
気持ちを伝えるって難しいな…と頭をかいた赤井だった。