ペリドットとアンバー短編集
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「ちょっと待って!」
それを制止したのは哀だった。
「これはただの体調不良なんかじゃないわ!
彼女、倒れる前に何度か指先を気にしてた。
もしかして【しびれ】があったんじゃないかしら?」
「そういえば……さっき【あくび】もしていましたよ! さくらさんが外であくびをするなんて珍しいなって思ったんです!」
光彦が思い出したように叫ぶ。
「めまい、しびれ、眠気…そしてこの急激な体調変化。ちゃんと調べなければ分からないけど、これは明らかに薬による急性症状。例えば、そうね……《筋弛緩剤》を摂取した症状と酷似しているわ」
「!!」
ぎくりと体を揺らす仲野。安室と昴はそれを見逃さなかった。
しかしこうしている間にも、さくらの容態は悪くなっていった。
「とにかく、ここでこで口にしたものが原因なのは間違いないわ! 水を飲ませて出来るだけ吐かせて!」
「分かりました」
昴はさくらを抱き上げ、会場の隅へと移動する。
駆けつけた従業員たちがペットボトルの水と、ビニールをかけた容器を準備してくれた。
「さくら! 水、飲めますか?」
昴はさくらを抱き起し、軽く頬を叩いて声をかけた。
「う…ぅぅ…」
さくらはわずかに声を発したものの、とても自力で水を飲める状態ではない。
「昴さん、誤飲しないように飲ませられる?」
哀が険しい顔で昴を見る。
「やってみます」
昴はペットボトルを受け取ると、自らの口に流し込んだ。
左手でさくらのアゴを支え、口移しで水を飲ませる。
むせないように少しずつ…様子を見ながら数回繰り返した。
タップリ飲ませた後、昴はさくらの体の向きを変えた。
そのままさくらの喉奥へと指を突っ込む。
「ぐぅッ!! かはっ! ゴホッゴホッ!!」
背中をさすり、何度か食べた物を吐き出させた。
ゼーゼーと荒い呼吸を繰り返すさくらだったが、やがてフッと全身の力が抜けた。
「ッ! さくら?!」
昴の顔色が変わる。
「マズいわ…意識を失った。救急車はまだ?!」
哀も血相を変えて叫んだ。
「さくら! しっかりしろ! おいッ!」
昴はさくらの体を揺すり、何度も声をかける。
「昴さん! 落ち着いて! 少し吐き出せたし、後は救急車が着けば――」
哀は昴のジャケットを掴み、必死でそう訴えた。
「は…はぁ…は……」
昴は緊張からか、さくらを強く抱きしめたまま荒い呼吸を繰り返す。
不安と怒りと――色んな感情が混ざり合い、昴は自分の指先が冷たくなっていくのを感じた。
さくらを抱きしめたまま左手を広げ、震える自身の手を見る。
人差し指にはわずかに噛み跡が残っていた。
「なんで筋弛緩剤なんか……」
昴とさくらの様子を見守っていたコナンが唇を噛む。
(ケーキは限定品とはいえ歩美がバイキングから持って来たものだ。飲み物だって、昴さんと同じコーヒーサーバーから。ミルクは梓さんと同じミルクポットのもの……)
「どうしてさくらさんだけ……」
コナンが視線を上げると、安室も同じようにアゴに手を当てて考え込んでいる。
安室はふと、さくらの使っていた皿を見た。
「ん? よく見るとムースはバイキングで普通に並んでいたものですね。
違うのはベリーソースがかかっているかどうか、だけ」
安室は皿を手に取った。
「あ、それ歩美がかけてもらったの。
そこの大学生のお兄さんが『さくらお姉さんが好きなソースだから』って。
アルコールが入っているから、歩美はかけちゃダメって」
それを聞いて仲野がビクリと肩を揺らす。
安室がケーキの匂いを嗅いだ。
「洋酒の香りはしませんね。さくらさんが口にしたもので、他の方たちと違うのはこのソースのみ――。仲野さん、でしたか。どういうことか詳しく聞かせてもらえませんかね?」
険しい顔をした安室が仲野に近付いた。
「ひ、ひぃぃっ!!」
安室に睨まれ、血相を変えた仲野が慌てて逃げ出す。
それを見て、コナンは近くにあったステンレス製の紙ナフキン入れに手を伸ばした。
素早くシューズのダイヤルを回し、ナフキン入れを足元に放る。
「逃がすかよっ!」
虹色に光ったコナンの足からシュートが放たれる。
ガコーン!!
威力を増したナフキン入れは、仲野の背中にジャストミートした。
「ぐわぁッ!!」
仲野は前につんのめる様に倒れた。その間に安室が追いつき仲野を取り押さえる。
「彼女に薬を飲ませてどうする気だったんだ?!」
抵抗できないよう相手の肩と腕を取った安室が訊ねた。
「ほ、星川さんが……院生と付き合ってるって聞いてッ! オレはずっと彼女の事が好きだったんだ! だ、だから…ここへ呼んで…薬を飲ませて男と引き離し、部屋に連れ込んでオレのモノにしようと…っ!」
「そんな身勝手な理由で彼女に薬を!? 貴様ッ! 薬の事をちゃんと分かっているのか? 下手したら死んでしまうんだぞ!!」
「ひぃ!!」
安室は怒りのあまり、ギリリと音がするほど奥歯を噛みしめる。
そこへようやく救急隊員が駆けつけた。
「さくらッ! さくらッ!」
「代わります! 離れてください!」
隊員が到着したことに気付かぬ昴は、尚もさくらを抱きしめたままだった。
「昴さん! 救急車来たよ!」
コナンが昴の肩をゆすった。
「あ、ああ…す、すまない…」
ようやく事態を把握した昴がさくらから離れる。その手は小刻みに震えていた。
「昴さん…それ…さくらさんが?」
人差し指に残るわずかな血と噛み跡に気付き、コナンは昴に訊ねた。
「ああ…相当苦しかったんだろう。でもあんな状態なのに、俺の利き手だって気付いて…慌てて握って来たんだ。意識を失う直前に『ごめん』って謝って…」
俺の事なんてどうでも良いのに——
そうつぶやきながら昴は項垂れる。
コナンはグッと拳を握った。
やがてストレッチャーに乗せられたさくらは、救急車へと運ばれる。
「昴さん、さくらさんと一緒に行って。後で博士と迎えに行くから」
「ああ、すまない。後は頼んだ」
隊員にも促され、さくらと共に昴も車に乗り込む。
二人を乗せた救急車はサイレンを鳴らし、ホテルを後にした。
2日後——
「たいしたこと無くて良かったね」
子どもっぽい口調でコナンがさくらに話しかけた。
「うん。でもごめんね。みんな楽しみにしてたのに…」
ベッドから体を起こし、さくらが申し訳なさそうに謝った。
「ううん。さくらさんが悪いわけじゃないし。でもさ、よくあのムース全部食べなかったね。お口に合わなかった?」
コナンは半分以上残っていたムースを思い出し、さくらに訊ねた。
「ううん美味しかったよ。けど……私のラズベリー好きをどうして歩美ちゃんが知ってたのかなって思ってね。
洋酒の香りもしなかったし…最初から疑ってはいたの。でも歩美ちゃんが持って来てくれたから、さすがに手を付けない訳にはいかなくてね……」
警察の調査の結果、ソースには相当量の筋弛緩剤が含まれていたらしい。
もしムースを全て食べていたら命は無かっただろう、と高木刑事が教えてくれた。
どうやら学生も薬の知識は無く、致死量に相当するとは思っていなかったようだ。
「犯人の大学生、相当さくらさんに惚れ込んでいたみたいだね。色々さくらさんの好みとか探ってたみたい。ラズベリー好きは森教授のゼミ生から聞き出してたんだって」
「まったく…おかしな人たちばかりに好かれますね」
昴は盛大にため息をついた。
「もう少し私のように大人しく潜伏出来ないんですか?」
「ええっ?! あのド派手はマスタングに乗っている人に言われたくないわ」
「あ~…それは言えてる…かも」
昴の発言にさくらとコナンが半目になった。
「あ、アレは良いんです! 良い車ですから!」
ゴホンと咳払いをして昴が言い返す。
(いいのかよ!)
内心ツッコミを入れつつもコナンは「ふーん…」とつぶやいた。
ふと、その視線は昴の指先に向く。
「昴さん、指…絆創膏貼ってるんだね」
「ええ。そんなに酷くはないんですけどね」
昴は左手の人差し指に視線を移す。
「痛そうだったから……貼っておいてってお願いしたの」
名誉の負傷ですよとご機嫌な昴に対して、さくらは切なそうな顔をした。
「スナイパーの利き手——しかも人差し指にケガを…」
「そんなに強く噛んでないですし、あなたすぐ気づいて握り込んだでしょう?」
「でも……」
「スナイパーとしての生命より、あなたの命の方が大切です」
一瞬だけ目を開けて真面目な顔で言うと、昴は再び目を細めて微笑んだ。
「そういえば…昴さん、あの時かなり取り乱してたね」
話題を変えようとコナンが話をふった。
「あんなに動揺して震えてる昴さん、初めて見たよ」
あの昴(赤井)さんが呼吸を乱して震えるほど動揺する姿など、今まで見たことがない。
「最近……立て続けだったものですから」
「え? あ、ああ…そういえば、低体温症になったのも最近だったっけ」
コナンは苦笑いをした。
「こんな事ばかりが続いて、俺の心臓が持ちそうにない」
昴は赤井の口調でギャッチアップされたベッドの縁に手を掛け、さくらの顔を覗き込む。
「あ~~……ご、ごめんなさい…」
「少し…お前の元気を分けてもらわないと…」
視線を泳がせるさくらの顔に、昴の顔が近付いた。
「あ、あの~…。ボクがいること忘れてない?」
メガネの上から手で顔を覆い、真っ赤になったコナンが声をかける。
「わあぁぁ! ご、ごめん! コナンくん!」
慌てるさくらをよそに、昴はどこ吹く風だ。
「良いじゃないか。社会見学だ」
そういって昴はさくらの頬に手を伸ばすと、顔を赤くしたさくらに口づけた。
(も、もう~ッ!! 俺がいないところでやってくれよッ!!)
慌てて後ろを向いたコナンは『あれ、絶対フレンチ・キスじゃないだろ…』と思春期男子よろしく妄想が膨らむ。
なんとも平和な昼下がりだった。
~おまけ~
「あ、そういえばね、さっきここに来る前に風見さんから聞いたんだけど……。今回特別に犯人の取り調べは安室さんがやったんだって」
「ほ~ぉ、良く知ってるなボウヤ。しかし……気の毒だな、その犯人」
「同感……」