ペリドットとアンバー短編集
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カタカタカタ……
工藤邸のリビングにPCのキーボードを叩く音が響く。それをジョディは固唾を飲んで見守っていた。
「……はい、出来た。他に英訳するものは無い?」
さくらは印刷をクリックしてジョディを見上げる。
「ええ。あとは大丈夫。これならウチの捜査官全員理解できるわ。会話なら不自由はないけど、お堅いビジネス文書は漢字も多くて難しいから……」
ジョディは印刷されたばかりの書類を手にして微笑んだ。
ミシェルによる日本での事件はFBIも捜査に加わり合同捜査となっていた。
事件は《被疑者死亡》で解決したが、事後処理は続いている。
ノエルの偽装死の際、記憶の混乱を起こしたりおだったが、今ではほとんどその影響は無く工藤邸で赤井との生活を再開していた。
体調もだいぶ回復していたので、リハビリと称して時々捜査資料の英訳などを手伝っている。
「ほら、こっちも出来たぞ」
同じくPCに向かっていた赤井が、印刷を終えた資料をジョディに手渡した。
「二人は英語も日本語も堪能だから助かるわ。こっちに来ているFBI捜査官の中には日本語は片言しか分からない者もいるから……」
受け取った資料を満足げに見つめ、ジョディが二人に礼を言う。
「これくらいお安い御用よ」
テーブルに広げていた書類をまとめ、さくらはニッコリ微笑んだ。
「これで全部か。じゃあコーヒーでも淹れてくるよ」
赤井は二人に声をかけ、ジョディの横をすり抜ける。
その時———
ふわり…
「ッ!」
ジョディはわずかに石鹸の香りを感じる。思わず振り返り、赤井の背中を目で追った。
パタンとドアが閉まり、その姿はすぐに見えなくなった。
さくらは肩に手をやると首を回し、「ふぅ~」と大きく息を吐く。
ジョディはさくらの方へ向き直ると、「大丈夫?」と声をかけた。
「あ、うん。平気よ。同じ姿勢でいたから肩が凝っちゃって…」
「体調はどう? だいぶ体重を落としたって聞いたわ。ちゃんと食べてる?」
ジョディは何度かさくらを見舞に行っていたが、意識が戻る前だった為、かなり衰弱している時だった。
「うん。以前と変わらないくらい食べてるよ。
体重もほぼ元通り。秀一さん『食べろ食べろ』ってうるさくて」
「へぇ…あのシュウがねぇ…」
甲斐甲斐しく世話を焼いている姿を想像して、ジョディはプッと噴き出した。
「そういえば今日は彼、変装してないのね。しかも家の中なのにニット帽って……。どれだけ好きなのよ、あの帽子」
ジョディは腰に手を当てて呆れたようにつぶやいた。
「あ、ああ。そろそろ秀一さんの髪が伸びたから切ってあげるって話してたの。
今朝起きたらね、すっごい寝ぐせだったのよ。朝食後に切ろうと思ってたら、あなたから連絡あって……それで慌ててニット帽出してきてたわ」
「あらら、それは悪いことをしたわね」
なるほど。それで家の中でもかぶっていたのか。
仮住まいとはいえ工藤邸(自宅)のリビングにいるのに、Tシャツにジーンズ、そしてニット帽――。
その姿を最初に見た時、ツッコミを入れようかどうしようか迷ったほどだ。
「アイツにも人並みに『恥ずかしい』とか有ったのね」
「う~ん……。今日の寝ぐせは酷かったからね。あそこまで行くともはや《芸術品》って感じ」
「へ~。なおさら見たかったわ」
ジョディ残念そうに言いながらも、顔は笑っていた。
ガチャ
「コーヒー入ったぞ」
3人分のコーヒーを淹れた赤井がリビングに戻ってきた。
「ずいぶん楽しそうだな。どうせ俺の悪口でも話していたんだろう」
「悪口じゃないよ。今朝の寝ぐせの話をしていたの。芸術品のようだったって」
さくらは笑いながら説明をした。
「ちょっとシュウ、今からでも良いからその帽子取って見せてよ」
「断る。どうせお前達笑うんだろう?」
テーブルにコーヒーを置いた赤井はソファーに座ると、さっそくカップを手に取った。
「いいじゃない。減るもんじゃないし。さくらを笑わせればそれだけで彼女が元気になるわよ。《笑う門には福来る》って言うんでしょ?」
ジョディが赤井の帽子に手を伸ばした。
「お前、難しい言葉知ってるな…。だがさくらには今朝十分笑われたんだ。もう良いだろ」
「私はまだ笑ってない」
「ジョディ、お前が元気になってどうするんだよ」
「え~~。み~た~い~」
帽子を脱がそうとするジョディと、それを阻止しようとする赤井。
まるで幼稚園児の《物の取り合い》のようだ。
「まあまあ、二人共それくらいにしないと…帽子が伸びちゃうわ…」
さくらが止めに入るが二人の攻防は尚も続いている。
「まったく…シュウも強情ね!!」
「ジョディ! その言葉そっくり返してやるよ!」
物理的な引っ張り合いと、言葉の応戦。
元恋人同士の二人に遠慮という物はない。
ギューギューと引っ張り合ううちに再び石鹸の匂いがふわりと香った。
「あ!」
ジョディが突然手を離した。
「おぁッ!」
勢いあまって赤井が後ろにひっくり返る。
「わ! 秀一さん! 大丈夫?」
転倒こそ免れたものの、赤井はソファーの上で変な体勢のまま目を丸くしていた。
「急にどうした?」
ニット帽を押さえたまま赤井がジョディに問いかける。
「シュウから石鹸の匂いがしたから…」
「石鹸?」
それがどうした? と言わんばかりに赤井は怪訝そうな顔をした。
「あぁ…。シュウと付き合ってた頃は、あなたからはタバコと硝煙の匂いしかしなかった。それが今じゃ石鹸の匂いがするのよ…? なんか新鮮というか……意外というか…」
そう言って微笑むジョディの顔は、心なしか少し寂しそうだった。
「石鹸? そんなはずはないんだが……。服を洗う洗剤はすべて無香料だし…」
赤井は口元に手を当てて考え込んだ。
「え? そうなの?」
「ええ。今流行りの香りのキツイ洗剤は、潜入捜査をしている者には危険なの。意外と残り香があるものなのよ。
潜入場所でコッソリ部屋の物色をした時、残り香でバレちゃうこともあるから。
だから私は洋服も体や髪を洗う物も、出来るだけ香りの残らないものか、無香料を使っているわ」
さくらはジョディに分かるよう説明した。
それを聞いてジョディは目を丸くする。
(そんなところまで気を使っているのね…)
ジョディはなるほどと納得しつつ、潜入がどれだけ神経を使う捜査なのか改めて思い知る。
「じゃあ…さっきの香りは何だったのかしら…」
「……あ、もしかして…ニット帽…」
「「ニット帽?」」
ジョディと赤井の声が重なる。
「あ、うん。毛糸洗い用の洗剤使ったの。縮んじゃったらいけないと思って。毛糸洗い用って無香料が無くて、仕方なく少しだけ香りがあるものを使ったんだけど…。一昨日洗って…しまっておいたからまだ香りが残っているのかも」
「「それだ」」
またしても二人の声が重なる。
「シュウ、あんた自分のニット帽もさくらに洗わせてるの?」
「え……ま、まあ…。前に自分で洗って縮ませてしまったから…」
「ふふふ。まるで子ども用みたいになっちゃったのよね」
私だって被れないくらい小さかった、とさくらは笑う。
(へ~ぇ…。FBIのエースが、さくらの前ではこうもポンコツだとは…)
恥ずかしそうに下を向く赤井を見て、ジョディはやれやれとため息をついた。
「じゃあ、さっきの香り…その毛糸洗い用の洗剤のものだったのかしらね。ちょっとシュウ帽子見せてよ」
「あ、ああ」
赤井は帽子を取るとジョディに手渡した。
帽子を手にしたジョディはクンと匂いを嗅ぐ。
「確かに…この帽子の匂いだわ。丁寧に洗われているのね。 柔らかくてかぶりやすそう」
手触りを確かめながら、ジョディは帽子を観察した。
「あ…」
その時、さくらが小さく声を上げた。
そのまま赤井を見て固まっている。
「あ!」
今度は赤井が声を上げた。
「ん?」
ジョディが何事かと顔を上げる。
ぴょこぴょこと髪が跳ねた赤井と目が合った。
「プッ!! シュウ! 何その頭!!」
くせ毛のせいだろう。クルンと跳ねた髪があっち向きこっち向き…それぞれ自己主張をして揺れている。
それはもう…芸術品のように!
「は、早く帽子返せ!」
「いや、それ写真撮りましょ。みんなに見せたい! ジェームズがきっと大喜びするわよ」
「絶対イヤだ」
再び始まった《幼稚園児のケンカ》を見て、さくらは大きなため息をついた。
**
「は~~。今日は良い物を見せてもらったわ。これで一日元気に働ける」
嬉しそうな顔をして、ジョディが玄関で靴を履いた。
「ふふふ。それは良かった。まさしく《笑う門には福来る》ね。捜査会議頑張ってね」
見送りに出たさくらは微笑む。
「ヘソを曲げたシュウのご機嫌取り、さくらに任せたわ」
じゃあね、といってジョディは元気に工藤邸を出て行った。
「はぁ…やれやれ。すっかりジョディのペースに流されていたわね…」
りおがリビングに戻ると、赤井は帽子を目深にかぶってソファーに座り手足を組んでいる。
明らかに機嫌が悪そうだ。
「さて、秀一さん。髪切りましょうか?」
「……頼む」
かなり不機嫌なのか、低い声で返事をした。りおはそのまま赤井に近づく。
目の前に立つと、少し身を屈めて赤井の顔を覗き込んだ。
「秀一さん…まだ怒ってる?」
「…怒ってないよ」
「本当に?」
「ああ」
赤井はようやく顔をあげ、りおと視線を合わせた。
口をへの字に尖らせている。怒ってはいないが確実にご機嫌斜めのようだ。
「寝ぐせ見られたの、嫌だった?」
「いや、それは…まあ、嫌だったが…そうじゃなくて…」
珍しく赤井が言いよどむ。
「どうしたの?」
りおは優しく問いかけた。
「体調悪かったのに…帽子…お前に洗わせてしまったな…と思って…髪だって…」
不貞腐れているような、ちょっとバツが悪い顔をして赤井は下を向く。
「ふふふ。さっきジョディに言われた事気にしてるの? 私は好きでやってるんだから…。リハビリにもなるしね。
それに…秀一さんは私が出来ないことをフォローしてくれているでしょう?それでお互い補っているんだから良いのよ。気にしないで」
りおは手を伸ばし、赤井のニット帽を少しだけ引き上げた。
目元まであったニット帽がわずかにズレて、ペリドットの瞳がりおを見上げる。
優しく細められたアンバーの瞳を見て「敵わないな」と赤井は思った。
こんなことで拗ねている自分がバカらしくなってくる。
こくんとうなずいて、赤井はニット帽を外した。
「じゃあ…カットを頼む」
「分かったわ。カワイイ頭にしてあげるね」
芸術品級の寝ぐせを前にりおが微笑む。
頼むからいつも通りで! と強く願った赤井だった。
工藤邸のリビングにPCのキーボードを叩く音が響く。それをジョディは固唾を飲んで見守っていた。
「……はい、出来た。他に英訳するものは無い?」
さくらは印刷をクリックしてジョディを見上げる。
「ええ。あとは大丈夫。これならウチの捜査官全員理解できるわ。会話なら不自由はないけど、お堅いビジネス文書は漢字も多くて難しいから……」
ジョディは印刷されたばかりの書類を手にして微笑んだ。
ミシェルによる日本での事件はFBIも捜査に加わり合同捜査となっていた。
事件は《被疑者死亡》で解決したが、事後処理は続いている。
ノエルの偽装死の際、記憶の混乱を起こしたりおだったが、今ではほとんどその影響は無く工藤邸で赤井との生活を再開していた。
体調もだいぶ回復していたので、リハビリと称して時々捜査資料の英訳などを手伝っている。
「ほら、こっちも出来たぞ」
同じくPCに向かっていた赤井が、印刷を終えた資料をジョディに手渡した。
「二人は英語も日本語も堪能だから助かるわ。こっちに来ているFBI捜査官の中には日本語は片言しか分からない者もいるから……」
受け取った資料を満足げに見つめ、ジョディが二人に礼を言う。
「これくらいお安い御用よ」
テーブルに広げていた書類をまとめ、さくらはニッコリ微笑んだ。
「これで全部か。じゃあコーヒーでも淹れてくるよ」
赤井は二人に声をかけ、ジョディの横をすり抜ける。
その時———
ふわり…
「ッ!」
ジョディはわずかに石鹸の香りを感じる。思わず振り返り、赤井の背中を目で追った。
パタンとドアが閉まり、その姿はすぐに見えなくなった。
さくらは肩に手をやると首を回し、「ふぅ~」と大きく息を吐く。
ジョディはさくらの方へ向き直ると、「大丈夫?」と声をかけた。
「あ、うん。平気よ。同じ姿勢でいたから肩が凝っちゃって…」
「体調はどう? だいぶ体重を落としたって聞いたわ。ちゃんと食べてる?」
ジョディは何度かさくらを見舞に行っていたが、意識が戻る前だった為、かなり衰弱している時だった。
「うん。以前と変わらないくらい食べてるよ。
体重もほぼ元通り。秀一さん『食べろ食べろ』ってうるさくて」
「へぇ…あのシュウがねぇ…」
甲斐甲斐しく世話を焼いている姿を想像して、ジョディはプッと噴き出した。
「そういえば今日は彼、変装してないのね。しかも家の中なのにニット帽って……。どれだけ好きなのよ、あの帽子」
ジョディは腰に手を当てて呆れたようにつぶやいた。
「あ、ああ。そろそろ秀一さんの髪が伸びたから切ってあげるって話してたの。
今朝起きたらね、すっごい寝ぐせだったのよ。朝食後に切ろうと思ってたら、あなたから連絡あって……それで慌ててニット帽出してきてたわ」
「あらら、それは悪いことをしたわね」
なるほど。それで家の中でもかぶっていたのか。
仮住まいとはいえ工藤邸(自宅)のリビングにいるのに、Tシャツにジーンズ、そしてニット帽――。
その姿を最初に見た時、ツッコミを入れようかどうしようか迷ったほどだ。
「アイツにも人並みに『恥ずかしい』とか有ったのね」
「う~ん……。今日の寝ぐせは酷かったからね。あそこまで行くともはや《芸術品》って感じ」
「へ~。なおさら見たかったわ」
ジョディ残念そうに言いながらも、顔は笑っていた。
ガチャ
「コーヒー入ったぞ」
3人分のコーヒーを淹れた赤井がリビングに戻ってきた。
「ずいぶん楽しそうだな。どうせ俺の悪口でも話していたんだろう」
「悪口じゃないよ。今朝の寝ぐせの話をしていたの。芸術品のようだったって」
さくらは笑いながら説明をした。
「ちょっとシュウ、今からでも良いからその帽子取って見せてよ」
「断る。どうせお前達笑うんだろう?」
テーブルにコーヒーを置いた赤井はソファーに座ると、さっそくカップを手に取った。
「いいじゃない。減るもんじゃないし。さくらを笑わせればそれだけで彼女が元気になるわよ。《笑う門には福来る》って言うんでしょ?」
ジョディが赤井の帽子に手を伸ばした。
「お前、難しい言葉知ってるな…。だがさくらには今朝十分笑われたんだ。もう良いだろ」
「私はまだ笑ってない」
「ジョディ、お前が元気になってどうするんだよ」
「え~~。み~た~い~」
帽子を脱がそうとするジョディと、それを阻止しようとする赤井。
まるで幼稚園児の《物の取り合い》のようだ。
「まあまあ、二人共それくらいにしないと…帽子が伸びちゃうわ…」
さくらが止めに入るが二人の攻防は尚も続いている。
「まったく…シュウも強情ね!!」
「ジョディ! その言葉そっくり返してやるよ!」
物理的な引っ張り合いと、言葉の応戦。
元恋人同士の二人に遠慮という物はない。
ギューギューと引っ張り合ううちに再び石鹸の匂いがふわりと香った。
「あ!」
ジョディが突然手を離した。
「おぁッ!」
勢いあまって赤井が後ろにひっくり返る。
「わ! 秀一さん! 大丈夫?」
転倒こそ免れたものの、赤井はソファーの上で変な体勢のまま目を丸くしていた。
「急にどうした?」
ニット帽を押さえたまま赤井がジョディに問いかける。
「シュウから石鹸の匂いがしたから…」
「石鹸?」
それがどうした? と言わんばかりに赤井は怪訝そうな顔をした。
「あぁ…。シュウと付き合ってた頃は、あなたからはタバコと硝煙の匂いしかしなかった。それが今じゃ石鹸の匂いがするのよ…? なんか新鮮というか……意外というか…」
そう言って微笑むジョディの顔は、心なしか少し寂しそうだった。
「石鹸? そんなはずはないんだが……。服を洗う洗剤はすべて無香料だし…」
赤井は口元に手を当てて考え込んだ。
「え? そうなの?」
「ええ。今流行りの香りのキツイ洗剤は、潜入捜査をしている者には危険なの。意外と残り香があるものなのよ。
潜入場所でコッソリ部屋の物色をした時、残り香でバレちゃうこともあるから。
だから私は洋服も体や髪を洗う物も、出来るだけ香りの残らないものか、無香料を使っているわ」
さくらはジョディに分かるよう説明した。
それを聞いてジョディは目を丸くする。
(そんなところまで気を使っているのね…)
ジョディはなるほどと納得しつつ、潜入がどれだけ神経を使う捜査なのか改めて思い知る。
「じゃあ…さっきの香りは何だったのかしら…」
「……あ、もしかして…ニット帽…」
「「ニット帽?」」
ジョディと赤井の声が重なる。
「あ、うん。毛糸洗い用の洗剤使ったの。縮んじゃったらいけないと思って。毛糸洗い用って無香料が無くて、仕方なく少しだけ香りがあるものを使ったんだけど…。一昨日洗って…しまっておいたからまだ香りが残っているのかも」
「「それだ」」
またしても二人の声が重なる。
「シュウ、あんた自分のニット帽もさくらに洗わせてるの?」
「え……ま、まあ…。前に自分で洗って縮ませてしまったから…」
「ふふふ。まるで子ども用みたいになっちゃったのよね」
私だって被れないくらい小さかった、とさくらは笑う。
(へ~ぇ…。FBIのエースが、さくらの前ではこうもポンコツだとは…)
恥ずかしそうに下を向く赤井を見て、ジョディはやれやれとため息をついた。
「じゃあ、さっきの香り…その毛糸洗い用の洗剤のものだったのかしらね。ちょっとシュウ帽子見せてよ」
「あ、ああ」
赤井は帽子を取るとジョディに手渡した。
帽子を手にしたジョディはクンと匂いを嗅ぐ。
「確かに…この帽子の匂いだわ。丁寧に洗われているのね。 柔らかくてかぶりやすそう」
手触りを確かめながら、ジョディは帽子を観察した。
「あ…」
その時、さくらが小さく声を上げた。
そのまま赤井を見て固まっている。
「あ!」
今度は赤井が声を上げた。
「ん?」
ジョディが何事かと顔を上げる。
ぴょこぴょこと髪が跳ねた赤井と目が合った。
「プッ!! シュウ! 何その頭!!」
くせ毛のせいだろう。クルンと跳ねた髪があっち向きこっち向き…それぞれ自己主張をして揺れている。
それはもう…芸術品のように!
「は、早く帽子返せ!」
「いや、それ写真撮りましょ。みんなに見せたい! ジェームズがきっと大喜びするわよ」
「絶対イヤだ」
再び始まった《幼稚園児のケンカ》を見て、さくらは大きなため息をついた。
**
「は~~。今日は良い物を見せてもらったわ。これで一日元気に働ける」
嬉しそうな顔をして、ジョディが玄関で靴を履いた。
「ふふふ。それは良かった。まさしく《笑う門には福来る》ね。捜査会議頑張ってね」
見送りに出たさくらは微笑む。
「ヘソを曲げたシュウのご機嫌取り、さくらに任せたわ」
じゃあね、といってジョディは元気に工藤邸を出て行った。
「はぁ…やれやれ。すっかりジョディのペースに流されていたわね…」
りおがリビングに戻ると、赤井は帽子を目深にかぶってソファーに座り手足を組んでいる。
明らかに機嫌が悪そうだ。
「さて、秀一さん。髪切りましょうか?」
「……頼む」
かなり不機嫌なのか、低い声で返事をした。りおはそのまま赤井に近づく。
目の前に立つと、少し身を屈めて赤井の顔を覗き込んだ。
「秀一さん…まだ怒ってる?」
「…怒ってないよ」
「本当に?」
「ああ」
赤井はようやく顔をあげ、りおと視線を合わせた。
口をへの字に尖らせている。怒ってはいないが確実にご機嫌斜めのようだ。
「寝ぐせ見られたの、嫌だった?」
「いや、それは…まあ、嫌だったが…そうじゃなくて…」
珍しく赤井が言いよどむ。
「どうしたの?」
りおは優しく問いかけた。
「体調悪かったのに…帽子…お前に洗わせてしまったな…と思って…髪だって…」
不貞腐れているような、ちょっとバツが悪い顔をして赤井は下を向く。
「ふふふ。さっきジョディに言われた事気にしてるの? 私は好きでやってるんだから…。リハビリにもなるしね。
それに…秀一さんは私が出来ないことをフォローしてくれているでしょう?それでお互い補っているんだから良いのよ。気にしないで」
りおは手を伸ばし、赤井のニット帽を少しだけ引き上げた。
目元まであったニット帽がわずかにズレて、ペリドットの瞳がりおを見上げる。
優しく細められたアンバーの瞳を見て「敵わないな」と赤井は思った。
こんなことで拗ねている自分がバカらしくなってくる。
こくんとうなずいて、赤井はニット帽を外した。
「じゃあ…カットを頼む」
「分かったわ。カワイイ頭にしてあげるね」
芸術品級の寝ぐせを前にりおが微笑む。
頼むからいつも通りで! と強く願った赤井だった。