ペリドットとアンバー短編集
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「今日の夕食どこで食べます?」
ランチを食べてまだ1時間も経っていないというのに、昴がさくらに訊ねてきた。
「そうねぇ……」
さくらは小さくため息をついてから、ぼんやり考えをめぐらす。しかし、お腹がいっぱいで何も思い浮かばない。
買い物に出掛けて外でランチして。いつもなら夕食は家で食べるのが定番。今日もそのつもりでいたし、夕食の食材を買って帰る予定でいた。しかし、今。
二人がいる場所はかなり緊迫した状況になっていた。
「おいっ! そこ! 勝手にしゃべるな!」
「「…はい…」」
フルフェイスのヘルメットをかぶり、全身黒のライダースーツを着た男が、拳銃を向けて昴とさくらをけん制した。
人質となった他の人たちはその一言で震えあがる。
そう、つまり。只今事件発生中。
場所は東都銀行米花支店。目の前で銀行強盗が起きていた。
犯人の人数は3名。先ほどの黒のライダースーツを着た男が、昴達を含めて15人程の客の見張りをしている。さらに白地に黒のライダースーツの男が一か所に集められた行員の動向を見張り、黒に鮮やかなグリーンのラインが入ったライダースーツの男が、現金を準備している行員に後ろから指示を出す。
店内は行員、客、犯人合わせて30人前後といったところか。
『昴さん……銀行内は監視カメラが多いから、銃は使っちゃダメよ』
『了解』
今度は犯人に気付かれないように小さな声で会話をした。
銃を使わずに昴とさくらで3人の相手。その上人質もいる。犯人たちの距離がそれぞれ微妙に離れていて、今はまだ手が出せない。
『もう少し近づいてくれれば良いんだが……』
昴はしばらく様子を見ることにした。
昴の考えを察して、さくらは長期戦を覚悟する。
すでに外には警察が包囲網を敷いているから、彼らが逃走する際には車を要求するだろう。警察もノラリクラリと時間稼ぎをして犯人を焦らすはず。その際、犯人たちは相談するために近づく可能性が高い。そこを狙うしかない。
『夕飯を作る時間までには戻れそうも無いから、夜も外食って事ね……』
先ほどの質問の意図を察してさくらは再びため息をついた。
その時、さくらは近くにいた人質の異変に気付く。
「ぐっ…ぅぅ」
「ッ!?」
中年の男性が額に脂汗を浮かせて苦しそうに体を丸めている。犯人に気付かれないようにさくらは男性に声をかけた。
『どうしたんですか?』
『む、胸が……ッ きゅう、に……』
『もしかして狭心症の発作ですか?』
さくらの問いかけに男性は小さく何度も頷いた。
『発作止めの薬は?』
『わ、私のズボンの…後ろ…ポケット…ッ』
犯人によって人質は全員後ろ手に縛られている。昴もさくらも、そしてこの男性も例外ではない。
当然後ろポケットに入った薬を出すことも、飲むことも不可能だった。
犯人に声をかけて拘束を解いてもらうか?
いや、声をかけたところで解いてもらえる可能性は低い。さくらは自分の腕を縛っているロープを器用に外すと、男性の後ろポケットに手を入れる。
『さくらっ…!?』
さくらの突然の行動に昴が驚く。
さくらは男性の陰に隠れるようにして、薬の入ったケースをポケットから取り出した。
ケースを開け、中から舌下錠を1錠つまむ。黒の犯人がこちらに背を向けている間に、それを男性の口の中に入れた。
「おい! そこの女! 何をしている!!」
行員の動向を見張っていた白地の犯人がさくらの行動に気付いた。その声で黒の犯人が振り向く。さくらのロープが外れている事にようやく気付いた。
「お前! 何やってる!!」
黒の犯人はツカツカとさくらに近づくと胸ぐらを掴んだ。発作を起こした男性の事を話したところで信じてはくれないだろうし、むしろ男性に危害を加えるとも限らない。
さくらは何も言わず黙っていた。それでも犯人はさくらの胸ぐらを掴んだまま体を揺する。
あまりにしつこいので、さくらは思わずキッと犯人を睨んだ。
「ッ!」
アンバーの瞳で睨まれた犯人は思わずゾクリと身を震わせる。
(何だ…? この女の落ち着きようは…しかもこれは…殺気…なのか?)
とても普通の女じゃない。そう感じた犯人は、さくらを叩きつけるようにその身を投げ飛ばす。
銀行のカウンターに背中から叩きつけられ、さくらはその場に倒れた。
倒れたまま動かないさくらに、犯人は銃口を向ける。
「この女ただモンじゃねぇ。ここで殺してやる!」
「まてっ!」
白地の犯人が叫んだ。
「下手に銃を使えば警察が突入してくる可能性がある。今はやめておけ」
「チッ! ……わかった…」
黒の犯人は起こしていた撃鉄を元に戻した。
「女をもう一度縛り上げろ」
白地の犯人はロープを投げ渡す。黒の犯人はそれを受け取ると、さくらを先ほどよりもきつく縛り上げた。
「……」
その様子を昴は黙ったまま見つめていた。
「こ、これで……ぜ、全部です…」
バッグに現金を詰めていた行員が震える声でグリーンの犯人に伝える。
「そうか。ご苦労。そのまま手を上げて仲間の方へ行け」
行員は手を上げてゆっくり立ち上がると、後ろ手に縛られている行員たちの方へ歩き出す。その後ろから銃を構えたグリーンの犯人がついて行く。
(さくら……!)
昴は黒の犯人の足元で縛り上げられているさくらを見た。さくらがゆっくり顔を上げるとアンバーの瞳と目が合う。口元には薄っすらと笑みを浮かべていた。
両手を上げた行員が仲間たちのところにたどり着き、白地とグリーンの犯人が言葉を交わせる距離まで近づく。
パラリ
昴の腕を縛っていたロープが静かに床に落ちた。
昴は素早く立ち上がると銀行のカウンターに片手をついてひらりと飛び越えた。
「ッ!」
黒の犯人が昴の動きに気付いた瞬間、その足元に座っていたさくらが足払いをした。
「おわぁッ!?」
バランスを崩した黒の犯人と入れ替わるようにさくらは立ち上がり、犯人が床に倒れる前に脇腹に蹴りを入れる。
「ぐふぉっ!!」
さくらは脇を押さえて仰向けに倒れた犯人に近づくと、さらに右手を踏みつける。
手から落ちた拳銃を遠くへ蹴り飛ばした。
「なッ、なにぃ!?」
突然の事に、白とグリーンの犯人が目を剥いた。
さくらの方へ気が逸れていた二人は、昴がカウンターを越え、近づいてきたことに気付かなかった。
ドカッ!!
ドスッ!!
グリーンの犯人の首元に昴の蹴りが決まる。間髪入れずに白地の犯人の首元には手刀が入った。
「ぐあぁっ!」
「ぐぉぉ!!」
同時に二人の犯人がその場に倒れた。
「ふう、さすがね。昴さん」
さくらはカウンターの向こうに立つ昴の方を見る。昴もさくらの方を見て微笑んだ。
「く、くそがぁ…」
仰向けに倒れたままの黒の犯人がヘルメットの奥からさくらを睨む。
左手で後ろポケットからナイフを取り出し起き上がった。犯人の動きを見ていた客の一人が悲鳴を上げる。
「きゃぁぁッ!!」
ドカッ!!
さくらの左足が犯人のみぞおちに決まった。客の悲鳴が消える前に、男は再び床に倒れ込む。
「ぐおぉぉ…!!」
男はナイフを持ったまま白目をむいた。
「さっきの蹴りで落ちてた方が痛い思いをしないで済んだのにね」
あ~あ、ごめんね……、とさくらは伸びている犯人を見下ろした。
***
それから間もなくして、警察が現場に入った。突入の準備をしていた機動隊は拍子抜けした顔をしている。
「大丈夫でしたか?」
いち早く昴がさくらに近づいた。
「うん。カウンターへぶつかった時は受け身を取ったから大丈夫。それよりこのロープ。かなりきつく縛ってくれたみたいで……。腕がしびれてる」
どれ、といって昴が袖口をめくる。
「ああ…アザになってしまいましたね。あなた本当に内出血しやすいんですね」
ロープの幅で青くアザになり、皮膚にはロープの縄目がしっかりついていた。痛々しい跡に思わず昴が手を当てる。そっと労わるように撫でた。
「昴さん…」
温かな昴の手が優しくさくらの腕を撫でる。何度も何度も。ただ撫でているだけ……のはずなのに。
「!?」
二の腕を撫でていたはずの昴の手は服の中へと伸び、片口から肩甲骨のあたりまでスルリと撫でられる。
思わずゾクリと身を揺らした。
「ッ…ちょ…すば…」
名を呼んで顔を見れば、昴の顔はニヤリと悪い笑顔を浮かべている。完全に確信犯だ。
その手は尚もさくらの肌を撫で続けた。
(くそっ! よくもこんな…)
好きな相手の温かな肌。痛々しい内出血の痕。この肌に痕を付けて良いのは自分だけのはずなのに…。
労わりの行為だったはずが肌に触れているうちに、自分の大切なものが傷つけられたという憤りに変わっていく。
早くその腕を、打ち付けた背中を、撫でてキスしたい……。
「ッ!」
さくらの肌に触れながら昴はハッと我に返る。まさか恋人を傷つけた犯人にすら嫉妬するとは。
(嫉妬? 俺以外の男がりおの肌を傷つけたということに、俺は嫉妬しているのか?)
自身の嫉妬深さを自覚して、昴は自嘲するようにフッと鼻で笑った。
「ご、ゴホン」
うしろから聞き覚えのある咳払いが聞こえる。ふたりが振り向いた。
「お、お取込み中スミマセン…。事情聴取にご協力お願いします…」
困ったような顔をした高木刑事が立っていた。その後ろには目暮警部もいる。慌てて昴はその手を服から引っ込めた。
「また君達かね…」
呆れた顔をして、目暮警部が事情聴取中の昴とさくらに声をかけた。
「あはは…はい…」
さくらはポリポリと人差し指で頬を掻く。
実は、事件の15分前。黒いワンボックスカーが銀行の路地裏に停まったのをさくらが偶然見つけた。ワンボックスカーはすぐにどこかへ行ってしまったが、人影を確認した昴とさくらはお互いの顔を見て頷き、そのまま客のフリをして銀行へと足を踏み入れたのだった。
「しかし…コナンくん並みに事件に遭遇しますね…」
高木刑事も呆れたようにメモを取りながら声をかける。さすがに今回は分かってて店に入ったとも言えず、二人は困った顔をするしかない。
『コナンくん並みって……彼はどれだけ首突っ込んでるのかしらね』
『ボウヤの好奇心は底なしだからな…』
上には上がいるもんだと、二人は目暮警部たちに分からないよう耳打ちした。
最後に狭心症の発作を起こした男性は救急車で運ばれたものの、命には別条ないらしい。さくらに感謝していたという話を聞かされて、ようやく二人は帰路につく。
「やっぱり夜になりましたね」
「そうね…。さすがにお腹すいたなぁ…」
「で、何食べます?」
とっぷり日も暮れて、辺りはネオンが輝いている。ランチを食べたのが、もうずいぶん前のようだ。
「う~~ん。結局何にも考えてなかったんだよね。あの時お腹いっぱいだったから」
「じゃあ、私が食べたいものでも良いですか?」
「うん、良いよ。昴さん何食べたいの?」
さくらの質問に昴はそっと耳打ちをする。
『……』
「△*※▼〇ッ!?」
「じゃ、そういうことで。行きましょうか」
ニコニコ顔の昴は、真っ赤になって言葉も発せなくなったさくらの手を引く。
二人は夜の街へと消えて行った。
==おまけ==
「たまには家以外も良いですね」
「……は、初めて入りました……」
「え、そうなんですか。あなたの初めて…ごちそうさまです」
「アラサー女子に言うセリフじゃないわね…」
「そんな……あなたはいつでも美味しいですよ」
「……ホントやめて…恥ずか死ぬ……」
「おや…。アラサーの割に初ですねぇ」
ポカッ!
「イテッ! こらりお、蹴るな」
(また行くか…)
ポカ!
ポカ!
ポカ!
「いたたたた! 真っ赤になって蹴るなって!」
ランチを食べてまだ1時間も経っていないというのに、昴がさくらに訊ねてきた。
「そうねぇ……」
さくらは小さくため息をついてから、ぼんやり考えをめぐらす。しかし、お腹がいっぱいで何も思い浮かばない。
買い物に出掛けて外でランチして。いつもなら夕食は家で食べるのが定番。今日もそのつもりでいたし、夕食の食材を買って帰る予定でいた。しかし、今。
二人がいる場所はかなり緊迫した状況になっていた。
「おいっ! そこ! 勝手にしゃべるな!」
「「…はい…」」
フルフェイスのヘルメットをかぶり、全身黒のライダースーツを着た男が、拳銃を向けて昴とさくらをけん制した。
人質となった他の人たちはその一言で震えあがる。
そう、つまり。只今事件発生中。
場所は東都銀行米花支店。目の前で銀行強盗が起きていた。
犯人の人数は3名。先ほどの黒のライダースーツを着た男が、昴達を含めて15人程の客の見張りをしている。さらに白地に黒のライダースーツの男が一か所に集められた行員の動向を見張り、黒に鮮やかなグリーンのラインが入ったライダースーツの男が、現金を準備している行員に後ろから指示を出す。
店内は行員、客、犯人合わせて30人前後といったところか。
『昴さん……銀行内は監視カメラが多いから、銃は使っちゃダメよ』
『了解』
今度は犯人に気付かれないように小さな声で会話をした。
銃を使わずに昴とさくらで3人の相手。その上人質もいる。犯人たちの距離がそれぞれ微妙に離れていて、今はまだ手が出せない。
『もう少し近づいてくれれば良いんだが……』
昴はしばらく様子を見ることにした。
昴の考えを察して、さくらは長期戦を覚悟する。
すでに外には警察が包囲網を敷いているから、彼らが逃走する際には車を要求するだろう。警察もノラリクラリと時間稼ぎをして犯人を焦らすはず。その際、犯人たちは相談するために近づく可能性が高い。そこを狙うしかない。
『夕飯を作る時間までには戻れそうも無いから、夜も外食って事ね……』
先ほどの質問の意図を察してさくらは再びため息をついた。
その時、さくらは近くにいた人質の異変に気付く。
「ぐっ…ぅぅ」
「ッ!?」
中年の男性が額に脂汗を浮かせて苦しそうに体を丸めている。犯人に気付かれないようにさくらは男性に声をかけた。
『どうしたんですか?』
『む、胸が……ッ きゅう、に……』
『もしかして狭心症の発作ですか?』
さくらの問いかけに男性は小さく何度も頷いた。
『発作止めの薬は?』
『わ、私のズボンの…後ろ…ポケット…ッ』
犯人によって人質は全員後ろ手に縛られている。昴もさくらも、そしてこの男性も例外ではない。
当然後ろポケットに入った薬を出すことも、飲むことも不可能だった。
犯人に声をかけて拘束を解いてもらうか?
いや、声をかけたところで解いてもらえる可能性は低い。さくらは自分の腕を縛っているロープを器用に外すと、男性の後ろポケットに手を入れる。
『さくらっ…!?』
さくらの突然の行動に昴が驚く。
さくらは男性の陰に隠れるようにして、薬の入ったケースをポケットから取り出した。
ケースを開け、中から舌下錠を1錠つまむ。黒の犯人がこちらに背を向けている間に、それを男性の口の中に入れた。
「おい! そこの女! 何をしている!!」
行員の動向を見張っていた白地の犯人がさくらの行動に気付いた。その声で黒の犯人が振り向く。さくらのロープが外れている事にようやく気付いた。
「お前! 何やってる!!」
黒の犯人はツカツカとさくらに近づくと胸ぐらを掴んだ。発作を起こした男性の事を話したところで信じてはくれないだろうし、むしろ男性に危害を加えるとも限らない。
さくらは何も言わず黙っていた。それでも犯人はさくらの胸ぐらを掴んだまま体を揺する。
あまりにしつこいので、さくらは思わずキッと犯人を睨んだ。
「ッ!」
アンバーの瞳で睨まれた犯人は思わずゾクリと身を震わせる。
(何だ…? この女の落ち着きようは…しかもこれは…殺気…なのか?)
とても普通の女じゃない。そう感じた犯人は、さくらを叩きつけるようにその身を投げ飛ばす。
銀行のカウンターに背中から叩きつけられ、さくらはその場に倒れた。
倒れたまま動かないさくらに、犯人は銃口を向ける。
「この女ただモンじゃねぇ。ここで殺してやる!」
「まてっ!」
白地の犯人が叫んだ。
「下手に銃を使えば警察が突入してくる可能性がある。今はやめておけ」
「チッ! ……わかった…」
黒の犯人は起こしていた撃鉄を元に戻した。
「女をもう一度縛り上げろ」
白地の犯人はロープを投げ渡す。黒の犯人はそれを受け取ると、さくらを先ほどよりもきつく縛り上げた。
「……」
その様子を昴は黙ったまま見つめていた。
「こ、これで……ぜ、全部です…」
バッグに現金を詰めていた行員が震える声でグリーンの犯人に伝える。
「そうか。ご苦労。そのまま手を上げて仲間の方へ行け」
行員は手を上げてゆっくり立ち上がると、後ろ手に縛られている行員たちの方へ歩き出す。その後ろから銃を構えたグリーンの犯人がついて行く。
(さくら……!)
昴は黒の犯人の足元で縛り上げられているさくらを見た。さくらがゆっくり顔を上げるとアンバーの瞳と目が合う。口元には薄っすらと笑みを浮かべていた。
両手を上げた行員が仲間たちのところにたどり着き、白地とグリーンの犯人が言葉を交わせる距離まで近づく。
パラリ
昴の腕を縛っていたロープが静かに床に落ちた。
昴は素早く立ち上がると銀行のカウンターに片手をついてひらりと飛び越えた。
「ッ!」
黒の犯人が昴の動きに気付いた瞬間、その足元に座っていたさくらが足払いをした。
「おわぁッ!?」
バランスを崩した黒の犯人と入れ替わるようにさくらは立ち上がり、犯人が床に倒れる前に脇腹に蹴りを入れる。
「ぐふぉっ!!」
さくらは脇を押さえて仰向けに倒れた犯人に近づくと、さらに右手を踏みつける。
手から落ちた拳銃を遠くへ蹴り飛ばした。
「なッ、なにぃ!?」
突然の事に、白とグリーンの犯人が目を剥いた。
さくらの方へ気が逸れていた二人は、昴がカウンターを越え、近づいてきたことに気付かなかった。
ドカッ!!
ドスッ!!
グリーンの犯人の首元に昴の蹴りが決まる。間髪入れずに白地の犯人の首元には手刀が入った。
「ぐあぁっ!」
「ぐぉぉ!!」
同時に二人の犯人がその場に倒れた。
「ふう、さすがね。昴さん」
さくらはカウンターの向こうに立つ昴の方を見る。昴もさくらの方を見て微笑んだ。
「く、くそがぁ…」
仰向けに倒れたままの黒の犯人がヘルメットの奥からさくらを睨む。
左手で後ろポケットからナイフを取り出し起き上がった。犯人の動きを見ていた客の一人が悲鳴を上げる。
「きゃぁぁッ!!」
ドカッ!!
さくらの左足が犯人のみぞおちに決まった。客の悲鳴が消える前に、男は再び床に倒れ込む。
「ぐおぉぉ…!!」
男はナイフを持ったまま白目をむいた。
「さっきの蹴りで落ちてた方が痛い思いをしないで済んだのにね」
あ~あ、ごめんね……、とさくらは伸びている犯人を見下ろした。
***
それから間もなくして、警察が現場に入った。突入の準備をしていた機動隊は拍子抜けした顔をしている。
「大丈夫でしたか?」
いち早く昴がさくらに近づいた。
「うん。カウンターへぶつかった時は受け身を取ったから大丈夫。それよりこのロープ。かなりきつく縛ってくれたみたいで……。腕がしびれてる」
どれ、といって昴が袖口をめくる。
「ああ…アザになってしまいましたね。あなた本当に内出血しやすいんですね」
ロープの幅で青くアザになり、皮膚にはロープの縄目がしっかりついていた。痛々しい跡に思わず昴が手を当てる。そっと労わるように撫でた。
「昴さん…」
温かな昴の手が優しくさくらの腕を撫でる。何度も何度も。ただ撫でているだけ……のはずなのに。
「!?」
二の腕を撫でていたはずの昴の手は服の中へと伸び、片口から肩甲骨のあたりまでスルリと撫でられる。
思わずゾクリと身を揺らした。
「ッ…ちょ…すば…」
名を呼んで顔を見れば、昴の顔はニヤリと悪い笑顔を浮かべている。完全に確信犯だ。
その手は尚もさくらの肌を撫で続けた。
(くそっ! よくもこんな…)
好きな相手の温かな肌。痛々しい内出血の痕。この肌に痕を付けて良いのは自分だけのはずなのに…。
労わりの行為だったはずが肌に触れているうちに、自分の大切なものが傷つけられたという憤りに変わっていく。
早くその腕を、打ち付けた背中を、撫でてキスしたい……。
「ッ!」
さくらの肌に触れながら昴はハッと我に返る。まさか恋人を傷つけた犯人にすら嫉妬するとは。
(嫉妬? 俺以外の男がりおの肌を傷つけたということに、俺は嫉妬しているのか?)
自身の嫉妬深さを自覚して、昴は自嘲するようにフッと鼻で笑った。
「ご、ゴホン」
うしろから聞き覚えのある咳払いが聞こえる。ふたりが振り向いた。
「お、お取込み中スミマセン…。事情聴取にご協力お願いします…」
困ったような顔をした高木刑事が立っていた。その後ろには目暮警部もいる。慌てて昴はその手を服から引っ込めた。
「また君達かね…」
呆れた顔をして、目暮警部が事情聴取中の昴とさくらに声をかけた。
「あはは…はい…」
さくらはポリポリと人差し指で頬を掻く。
実は、事件の15分前。黒いワンボックスカーが銀行の路地裏に停まったのをさくらが偶然見つけた。ワンボックスカーはすぐにどこかへ行ってしまったが、人影を確認した昴とさくらはお互いの顔を見て頷き、そのまま客のフリをして銀行へと足を踏み入れたのだった。
「しかし…コナンくん並みに事件に遭遇しますね…」
高木刑事も呆れたようにメモを取りながら声をかける。さすがに今回は分かってて店に入ったとも言えず、二人は困った顔をするしかない。
『コナンくん並みって……彼はどれだけ首突っ込んでるのかしらね』
『ボウヤの好奇心は底なしだからな…』
上には上がいるもんだと、二人は目暮警部たちに分からないよう耳打ちした。
最後に狭心症の発作を起こした男性は救急車で運ばれたものの、命には別条ないらしい。さくらに感謝していたという話を聞かされて、ようやく二人は帰路につく。
「やっぱり夜になりましたね」
「そうね…。さすがにお腹すいたなぁ…」
「で、何食べます?」
とっぷり日も暮れて、辺りはネオンが輝いている。ランチを食べたのが、もうずいぶん前のようだ。
「う~~ん。結局何にも考えてなかったんだよね。あの時お腹いっぱいだったから」
「じゃあ、私が食べたいものでも良いですか?」
「うん、良いよ。昴さん何食べたいの?」
さくらの質問に昴はそっと耳打ちをする。
『……』
「△*※▼〇ッ!?」
「じゃ、そういうことで。行きましょうか」
ニコニコ顔の昴は、真っ赤になって言葉も発せなくなったさくらの手を引く。
二人は夜の街へと消えて行った。
==おまけ==
「たまには家以外も良いですね」
「……は、初めて入りました……」
「え、そうなんですか。あなたの初めて…ごちそうさまです」
「アラサー女子に言うセリフじゃないわね…」
「そんな……あなたはいつでも美味しいですよ」
「……ホントやめて…恥ずか死ぬ……」
「おや…。アラサーの割に初ですねぇ」
ポカッ!
「イテッ! こらりお、蹴るな」
(また行くか…)
ポカ!
ポカ!
ポカ!
「いたたたた! 真っ赤になって蹴るなって!」