ペリドットとアンバー短編集
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「ねえ、コナンくん。さくらお姉さんの声が出なくなっちゃったって本当?」
朝学校へ着くなり、コナンは歩美に訊ねられた。
どこからの情報だよ…と思いながら、コナンはため息を一つついた。
確かに先日、認知行動療法中に安室が乱入したことで、さくらは一種のパニック状態に陥った。
心に大きな負荷がかかった結果、失声症という声が出せない病を発症してしまったのだ。
「ああ、ちょっと精神的にキツイことがあって、声が出なくなっちまったんだ。でも大丈夫。一時的なモンだからすぐ治るよ」
「本当? それなら良かった」
泣きそうな顔をしていた歩美は、コナンの言葉で笑顔になる。
(つっても…いつ治るか、正直分かんねーんだけどな)
歩美が自分の席に戻るのを見送りながら、コナンは心の中でつぶやいた。
下校時間になると、再び歩美がコナンに声をかけた。
「今日、さくらお姉さんに会いに行っても良いかなぁ…」
今にも消えそうな声でそう呟いた歩美の顔は、とても寂しそうだった。
(歩美はさくらさんが好きなんだな…)
最近は全然会えていなかったのも知っていた。
「分かったよ。今昴さんに聞いてやっから。でもさくらさんの具合が悪かったら、今日はダメだぞ」
コナンはスマホを取り出し、連絡を取った。
***
「こんにちは~!」
歩美が工藤邸の玄関で声をかけると「いらっしゃい」と、昴が出迎えた。
「さくらならリビングにいますよ」
どうぞと玄関に招き入れられた歩美は、急いでリビングへ向かった。
「さくらお姉さん!」
さくらの姿をみるなり歩美は駆け寄る。
さくらは何かを言っているが、パクパクと口が動くだけで声が出ない。そんな姿を見て、歩美は泣きそうな顔でさくらを見上げる。
さくらはすぐにテーブルの上のノートを手に取ると、《あゆみちゃん、いらっしゃい》と書いて見せた。
歩美はどうして? どうして声が出なくなったの? と繰り返し訊ねてくる。
さくらは何も答えられず、寂しそうに少しだけ困った顔をして、歩美を抱きしめることしか出来なかった。
昴がふたりの姿を見て、
「歩美ちゃん、さくらはね、昔事故で大事な友達を亡くしたんだよ。その時の事を思い出した時、悲しくて心が痛くなっちゃうんだ。
そうすると体がね、これ以上悲しんじゃダメって…。泣かないように…声が出ないようにしちゃったんだよ」
歩美に分かる言葉で、ゆっくりと説明してくれた。
「だから、悲しいって気持ちがなくなってくれば、また声も出るようになるから、心配しないで」
昴の話を聞いた歩美は、悲しげにさくらを見上げる。
「お姉さん、今悲しいの?」
さくらは小さく頷いた。
さくらが今『とても悲しい』んだと知って、歩美は少し考え込む。悲しむさくらを少しでも元気に出来ないだろうか…。
思いつくのは一つしかなかった。
「歩美、そばにいてあげるから」
「?!」
「お姉さんのそばにいるから。だから悲しまないで」
小さな手がさくらの手を握る。さくらは歩美の言葉に目を見開いた。
こんな小さな子が、自分の為にそばに居ると言ってくれる。その優しさに涙が出そうだった。
零れそうな涙を我慢して、さくらは嬉しそうに微笑む。
『ありがとう』
どうにかして感謝を伝えたい。思わず手が動いた。歩美は不思議そうにそれを見ていた。
「今のは手話と言って、耳や口が不自由な人が使う言葉なんですよ」
昴がニコニコしながら歩美に教えた。
「さくらは歩美ちゃんに『ありがとう』と伝えたんですよ」
「エッ! スゴイ!! お兄さんはその手話が分かるの?」
歩みは思わず声を上げた。
手話というものの存在は知っている。しかしテレビでちょこっと見たことがあるくらいで、身近で手話を使っているところを見たことは無い。それをさくらも昴も出来ると知って、歩美は驚いたのだ。
「ええ。少しだけ。さくらとのコミュニケーションは手話と口話ですから」
「歩美にも教えて!」
「良いですよ」
こうして、昴の手話講座が始まった。
「右手で1とやってみてください。」
「うん!1ッ!」
「そうそう。人差し指が立っているでしょう?この指でほっぺをちょこっと触って、今度は親指を立ててその他の指を握って下さい。GOODの手です。これで『お父さん』っていう手話です」
「立てる指を親指から小指に変えれば、『お母さん』ですよ」
「へ~!すごい!簡単!」
昴は歩美が使えそうな手話を中心に、一つずつ丁寧に説明をした。
10個ほど教えただろうか。そのほとんどを歩美は完璧に覚えた。
すると歩美はさくらの前に立ち、
『私、あなた、好き』と手話でやってみせた。
さくらは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに満面の笑顔を見せ、『私も』と手話で伝えた。
「あ、今お姉さん『私も』ってやってくれたでしょ! 歩美分かったよ!」
歩美は目を輝かせて喜んだ。
「歩美、お姉さんの笑った顔が好き。お姉さんの笑顔を見るとなんか元気になるの。だからいつでも笑っていて欲しいの」
ほんの少し頬を染め、歩美はさくらの手を握った。
『ありがとう。じゃあ出来るだけ笑顔でいるね。そしたらまた一緒におしゃべりが出来るようになるかもね』
ノートに書いて伝えると、歩美はうんっ! と嬉しそうに返事をした。
やがてコナンが玄関を開け、「歩美~そろそろ家まで送っていくぞ~」と声をかけてきた。
「お姉さん、また来るね!」
ギュッと握ったさくらの手を名残惜しそうに離すと、歩美はコナンと一緒に帰っていった。