ペリドットとアンバー短編集
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工藤邸。いつもの朝——
朝食を用意しているりおの隣で、まずコーヒーミルを棚から出すのが赤井の最初の仕事。
寝ぼけた頭でコーヒー用のケトルに水を入れる。コンロのつまみを回し、ケトルを火にかけた。
スケールを取り出す頃には少し目が覚める。
ここからが真剣勝負。
正しく豆の重さを量ってミルへと放り込んだ。
ゴリゴリゴリゴリ……
時々「ふわぁ……」とあくびをしながら赤井は豆を挽く。
「ふふふ。もう2回目よ」
「うん…?」
「あくびの回数。昨日遅くまでPC仕事してたんでしょう」
ハムエッグを焼きながらりおが笑う。
「ん~。どうも堅苦しい書類は苦手でね。
もっとどうにかならんものかと余計な事を考えてしまってな」
ゴリゴリと豆を挽く手は休めず、赤井は半分だけウソをついた。
「ふ~ん。基本的にフリーダムな秀一さんが報告書について考えるなんて珍しい……」
一瞬ウソがバレたかとも思ったが、ただ単純に赤井が(マジメに)書類仕事をしていたことに驚いているだけのようだ。
(りおの中で、俺は完全に《ホウレンソウ》の出来ない男だな……)
そう思われている事は社会人として多少複雑ではあるが、赤井はそんなことを気にする男ではない。
もちろん、りおとしてはもっと気にして欲しいところであろうが。
それよりも今! 赤井にとって最大の関心事は、りおへのサプライズ——それ一点である。
事の発端は1週間前———
二人で買い物に出かけた時だった。
人の出入りが多いデパートの一階では催し物が開催されていた。
「さくら、ずいぶん人が集まっていますけど……何でしょうね」
いつもより混雑するフロアを見回し、昴がさくらに訊ねた。
「ホントだ。何だろうね。ちょっと覗いてみる?」
催し物会場には老若男女問わず、たくさんの人が集まっている。興味を惹かれた二人は会場へと足を向けた。
『有名窯元 直売』
と書かれたのぼりが幾つか置かれ、たくさんの陶器が並んでいる。
「ああ、有名な窯元で作られたお皿やカップ、花瓶とかが買えるみたい。見ていっても良い?」
さくらは目を輝かせた。
「ええ、もちろん」
二人は列に並び順番を待つ。会場に入ると棚に美しく陳列された皿やカップを見て回った。
「う~ん……どれも素敵だけど、ちょっと違うんだよね」
さくらが首をひねる。
「確かに。作品としてはとても洗練されていると思いますが、工藤邸で使うには……どうでしょうね」
洋館の雰囲気が漂う工藤邸では、和を前面に押し出したカップはイマイチ合わない。
ここに陳列された作品はどれも金箔が貼られていたり、牡丹の花が描かれていたり。
どちらかというと『純和風』な物が多い気がする。
「そうなんだよね。和は和でも『和モダン』な感じか、完全に洋風じゃないとね……。
もちろん真逆を楽しむ、というのもアリだとは思うけど」
さくらはう~ん、と唸ったまま考え込む。
「工藤邸にはステキなカップがたくさんあるんだけど、全部『セット』なんだよね~。
それを使わせてもらっているけど、なんか割っちゃったりしたらイヤだな~っていつも思うの。
居候なわけだし、毎日使うものはセットじゃないのが良いなって」
「あ~分かります、それ。私も同じことを感じていました」
6客のカップとソーサー、そしてティーポット。すべてそろってワンセット。
来客用のオシャレなセットなので一つでも欠けてしまったら……と思うと気が気でない。
セットのカップを使わせてもらう緊張感。昴も激しく同意した。
「ちなみにどんなカップがお好みですか?」
昴はさくらに問いかけた。
「う~ん、そうね。口が当たるところは厚過ぎない方が好きかな。
かといって薄すぎると割れちゃいそうだから、程よい厚みがあって、持ち手も大きすぎず小さすぎず持ちやすいもの。
私はミルクたっぷりが好きだから、少し大きめが良いの。
だからフォルムは寸胴か、丸みのある『コロン』とした感じが良いかな~」
さくらはしばし考えてから、好みの形を昴に伝えた。
「なるほど。じゃあ、あなた好みのカップを探してみましょう」
結局、二人で催し物会場を隅々まで見たが、さくら好みのカップは見つけられなかった。
「残念。まぁ急ぎじゃないしね。これも縁(えん)だから」
さくらは早々に諦めてしまったようだ。
「さぁ、昴さん。日用品と食材買いに行こ!」
「え、ええ」
心底残念そうな顔をしている昴の腕に、さくらは自身の腕を絡めて会場を後にした。
デパートに行った日から数日後——
赤井は東都を離れ、名古屋にいた。
15年前、FBIが追っていた事件と同様の事件が日本で起きた為だ。
その事件もコナンや哀との連係プレーでひとまず収束した。
夕べ作成した報告書はその時のもの。
本国(アメリカ)以外で狙撃をすると、色々面倒なのだ。
まあ……本当に面倒なところは、りお(公安)に上手く誤魔化してもらったのだが。
ふと、わずかに違和感の残る右頬に触れる。家族の顔が脳裏をかすめ、思わずフッと笑った。
「どうしたの?」
皿にレタスを乗せながら、りおが赤井に声をかけた。
「ん? ああ、いや。何でもない」
小鍋にミルクを入れ、ゆっくりかき混ぜながら赤井は応える。
火を最弱にして、コーヒーをドリップする準備を進めた。
実はりおには言っていないが、名古屋から帰ってくる時、手土産を購入してきた。
夕べりおに気付かれないよう、そっと工藤邸に運び入れ、書斎で仕事をしていたのだ。
りおが完全に眠ったことを確認してから包装を解き、キレイに洗ってキッチンに隠してある。
それをどのタイミングで出すか、赤井は考えていた。
りおが盛り付けに集中している間に、ミルやコーヒーサーバーの影にそれを置いた。
ケトルの湯を入れ、温めておく。
次に沸騰してしばらく置いたケトルの湯を、挽いたばかりのコーヒーにゆっくり注いでいく。
コーヒーが湯を吸ってムクムクッと膨れ、独特の良い香りが広がった。
このドリップ次第でコーヒーの味が決まる。
赤井はいつも以上に真剣に、慎重に、湯を注いだ。
りおがパンの焼き加減を見るため、トースターの方へ行ったタイミングで、温めるために入れておいた湯をシンクに捨てた。
素早く元居た位置に戻る。
温めたそれに、今ドリップしたばかりのコーヒーを注ぎ入れ、りおの方にはホットミルクをタップリ入れた。
「秀一さん、ご飯できたよ」
「ああ、こっちも準備OKだ」
テーブルにセッティングされた食事の横に、赤井は今淹れたばかりのコーヒーとカフェオレをそっと置く。
「えッ! しゅいちさ…これっ!?」
アンバーの目をまん丸にして驚きの声を上げるりおを、赤井は満面の笑みで見ていた。
レタスやハムエッグ、焼きたての食パンが並ぶお皿の横。
赤井によって置かれたカップは、コロンと丸みを帯びた可愛らしいフォルム。
口が触れるところは厚過ぎず薄すぎず。持ち手もしっかりしている。
丸みを帯びているせいか見た目よりタップリ入る、まさにりおが求めていたカップだった。
「し、しかもこの色…っ」
「フフッ。お前を俺の色に染めてやろうと思ってね」
並んだ二つの真新しいカップは、優しい緑と深い赤。
赤井の色だ。
「白もあったんだが、この色の組み合わせでペアになっていたんだ。
カップも縁(えん)だと言っていただろう?
お前があの場に居たら、きっとこっちを選ぶと思ってね」
赤井はカップに視線を落とし微笑む。
「気に入ってもらえたかな? 今日はこのカップで最高の一杯を淹れてやろうと思ってね。いつも以上に気合を入れて淹れたんだ」
再び視線を上げてりおを見れば、真っ赤な顔で赤井を見ていた。
「も、もうっ! こんなサプライズ……最高過ぎて涙出そう…」
口元に手を当てたりおの目には、涙が光っている。
「最高の一杯の前に……あなたとキスしたい」
「それは光栄だ。ぜひ頼む」
湯気をあげる食卓の横で、二人の距離がゼロになる。
さあ、キスはここまで
冷める前にどうぞ
俺の最高の一杯を君に……
朝食を用意しているりおの隣で、まずコーヒーミルを棚から出すのが赤井の最初の仕事。
寝ぼけた頭でコーヒー用のケトルに水を入れる。コンロのつまみを回し、ケトルを火にかけた。
スケールを取り出す頃には少し目が覚める。
ここからが真剣勝負。
正しく豆の重さを量ってミルへと放り込んだ。
ゴリゴリゴリゴリ……
時々「ふわぁ……」とあくびをしながら赤井は豆を挽く。
「ふふふ。もう2回目よ」
「うん…?」
「あくびの回数。昨日遅くまでPC仕事してたんでしょう」
ハムエッグを焼きながらりおが笑う。
「ん~。どうも堅苦しい書類は苦手でね。
もっとどうにかならんものかと余計な事を考えてしまってな」
ゴリゴリと豆を挽く手は休めず、赤井は半分だけウソをついた。
「ふ~ん。基本的にフリーダムな秀一さんが報告書について考えるなんて珍しい……」
一瞬ウソがバレたかとも思ったが、ただ単純に赤井が(マジメに)書類仕事をしていたことに驚いているだけのようだ。
(りおの中で、俺は完全に《ホウレンソウ》の出来ない男だな……)
そう思われている事は社会人として多少複雑ではあるが、赤井はそんなことを気にする男ではない。
もちろん、りおとしてはもっと気にして欲しいところであろうが。
それよりも今! 赤井にとって最大の関心事は、りおへのサプライズ——それ一点である。
事の発端は1週間前———
二人で買い物に出かけた時だった。
人の出入りが多いデパートの一階では催し物が開催されていた。
「さくら、ずいぶん人が集まっていますけど……何でしょうね」
いつもより混雑するフロアを見回し、昴がさくらに訊ねた。
「ホントだ。何だろうね。ちょっと覗いてみる?」
催し物会場には老若男女問わず、たくさんの人が集まっている。興味を惹かれた二人は会場へと足を向けた。
『有名窯元 直売』
と書かれたのぼりが幾つか置かれ、たくさんの陶器が並んでいる。
「ああ、有名な窯元で作られたお皿やカップ、花瓶とかが買えるみたい。見ていっても良い?」
さくらは目を輝かせた。
「ええ、もちろん」
二人は列に並び順番を待つ。会場に入ると棚に美しく陳列された皿やカップを見て回った。
「う~ん……どれも素敵だけど、ちょっと違うんだよね」
さくらが首をひねる。
「確かに。作品としてはとても洗練されていると思いますが、工藤邸で使うには……どうでしょうね」
洋館の雰囲気が漂う工藤邸では、和を前面に押し出したカップはイマイチ合わない。
ここに陳列された作品はどれも金箔が貼られていたり、牡丹の花が描かれていたり。
どちらかというと『純和風』な物が多い気がする。
「そうなんだよね。和は和でも『和モダン』な感じか、完全に洋風じゃないとね……。
もちろん真逆を楽しむ、というのもアリだとは思うけど」
さくらはう~ん、と唸ったまま考え込む。
「工藤邸にはステキなカップがたくさんあるんだけど、全部『セット』なんだよね~。
それを使わせてもらっているけど、なんか割っちゃったりしたらイヤだな~っていつも思うの。
居候なわけだし、毎日使うものはセットじゃないのが良いなって」
「あ~分かります、それ。私も同じことを感じていました」
6客のカップとソーサー、そしてティーポット。すべてそろってワンセット。
来客用のオシャレなセットなので一つでも欠けてしまったら……と思うと気が気でない。
セットのカップを使わせてもらう緊張感。昴も激しく同意した。
「ちなみにどんなカップがお好みですか?」
昴はさくらに問いかけた。
「う~ん、そうね。口が当たるところは厚過ぎない方が好きかな。
かといって薄すぎると割れちゃいそうだから、程よい厚みがあって、持ち手も大きすぎず小さすぎず持ちやすいもの。
私はミルクたっぷりが好きだから、少し大きめが良いの。
だからフォルムは寸胴か、丸みのある『コロン』とした感じが良いかな~」
さくらはしばし考えてから、好みの形を昴に伝えた。
「なるほど。じゃあ、あなた好みのカップを探してみましょう」
結局、二人で催し物会場を隅々まで見たが、さくら好みのカップは見つけられなかった。
「残念。まぁ急ぎじゃないしね。これも縁(えん)だから」
さくらは早々に諦めてしまったようだ。
「さぁ、昴さん。日用品と食材買いに行こ!」
「え、ええ」
心底残念そうな顔をしている昴の腕に、さくらは自身の腕を絡めて会場を後にした。
デパートに行った日から数日後——
赤井は東都を離れ、名古屋にいた。
15年前、FBIが追っていた事件と同様の事件が日本で起きた為だ。
その事件もコナンや哀との連係プレーでひとまず収束した。
夕べ作成した報告書はその時のもの。
本国(アメリカ)以外で狙撃をすると、色々面倒なのだ。
まあ……本当に面倒なところは、りお(公安)に上手く誤魔化してもらったのだが。
ふと、わずかに違和感の残る右頬に触れる。家族の顔が脳裏をかすめ、思わずフッと笑った。
「どうしたの?」
皿にレタスを乗せながら、りおが赤井に声をかけた。
「ん? ああ、いや。何でもない」
小鍋にミルクを入れ、ゆっくりかき混ぜながら赤井は応える。
火を最弱にして、コーヒーをドリップする準備を進めた。
実はりおには言っていないが、名古屋から帰ってくる時、手土産を購入してきた。
夕べりおに気付かれないよう、そっと工藤邸に運び入れ、書斎で仕事をしていたのだ。
りおが完全に眠ったことを確認してから包装を解き、キレイに洗ってキッチンに隠してある。
それをどのタイミングで出すか、赤井は考えていた。
りおが盛り付けに集中している間に、ミルやコーヒーサーバーの影にそれを置いた。
ケトルの湯を入れ、温めておく。
次に沸騰してしばらく置いたケトルの湯を、挽いたばかりのコーヒーにゆっくり注いでいく。
コーヒーが湯を吸ってムクムクッと膨れ、独特の良い香りが広がった。
このドリップ次第でコーヒーの味が決まる。
赤井はいつも以上に真剣に、慎重に、湯を注いだ。
りおがパンの焼き加減を見るため、トースターの方へ行ったタイミングで、温めるために入れておいた湯をシンクに捨てた。
素早く元居た位置に戻る。
温めたそれに、今ドリップしたばかりのコーヒーを注ぎ入れ、りおの方にはホットミルクをタップリ入れた。
「秀一さん、ご飯できたよ」
「ああ、こっちも準備OKだ」
テーブルにセッティングされた食事の横に、赤井は今淹れたばかりのコーヒーとカフェオレをそっと置く。
「えッ! しゅいちさ…これっ!?」
アンバーの目をまん丸にして驚きの声を上げるりおを、赤井は満面の笑みで見ていた。
レタスやハムエッグ、焼きたての食パンが並ぶお皿の横。
赤井によって置かれたカップは、コロンと丸みを帯びた可愛らしいフォルム。
口が触れるところは厚過ぎず薄すぎず。持ち手もしっかりしている。
丸みを帯びているせいか見た目よりタップリ入る、まさにりおが求めていたカップだった。
「し、しかもこの色…っ」
「フフッ。お前を俺の色に染めてやろうと思ってね」
並んだ二つの真新しいカップは、優しい緑と深い赤。
赤井の色だ。
「白もあったんだが、この色の組み合わせでペアになっていたんだ。
カップも縁(えん)だと言っていただろう?
お前があの場に居たら、きっとこっちを選ぶと思ってね」
赤井はカップに視線を落とし微笑む。
「気に入ってもらえたかな? 今日はこのカップで最高の一杯を淹れてやろうと思ってね。いつも以上に気合を入れて淹れたんだ」
再び視線を上げてりおを見れば、真っ赤な顔で赤井を見ていた。
「も、もうっ! こんなサプライズ……最高過ぎて涙出そう…」
口元に手を当てたりおの目には、涙が光っている。
「最高の一杯の前に……あなたとキスしたい」
「それは光栄だ。ぜひ頼む」
湯気をあげる食卓の横で、二人の距離がゼロになる。
さあ、キスはここまで
冷める前にどうぞ
俺の最高の一杯を君に……