ペリドットとアンバー短編集
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不運が重なる日というのは本当にある。それはさくらも例外ではない。
せっかくの週末が雷雨だった。雨が苦手なさくらにとって、それは不運の一つだ。そしてその雷の音に驚いて、歩美の家の近所に住む子猫5匹が迷子になってしまった。
休日だったこともあって、少年探偵団が朝から総出で探しているが、何しろ子猫の数が多い。昴とさくら、そして博士も捜索に駆り出された。
「雨の中、子猫の捜索とは災難ですね……あなたは大丈夫ですか?」
昴はさくらを心配して声をかけた。
「え、ええ。昴さんも一緒だし。ただ雷は……私もあまり得意ではなくて…」
雨も苦手だが、暗い空に光る雷光と雷鳴は、フラッシュバックを起こす時の衝撃に似ている。正直あまり見たくはない。
——雨だけならいざ知らず、雷までセットとは……。
さくらは深いため息をついた。
「とにかくこの雨では子猫たちも心配です。子猫のためにもあなたのためにも、早く見つけてあげないと」
昴は心配そうにさくらの顔を覗き込んだ。
子猫が潜り込みそうなところを探しながら、昴とさくらは雨の住宅街を歩く。やがて神社までたどり着いた。
「意外に神社の境内 は隠れるところが多い。ちょっと覗いてみましょうか」
昴は長い階段を見上げた後、さくらの顔を見て微笑んだ。
数十段の階段を上り、灯篭の前を通り過ぎると、そこには哀と博士の姿がある。どうやら考えることは同じだったらしい。
「博士! 哀さんも!」
昴が声をかけた。
「し~~~~っ!」
哀が慌てて口元に人差し指を立てた。
「いたわよ。子猫たち5匹とも。しかも、ちゃんと母猫が迎えに来てる」
「え?」
昴とさくらは神社の軒下 を覗き込む。
バラバラに逃げたはずの子猫たちが5匹、母乳を飲んでいる。濡れた体を母猫が一生懸命舐めていた。
「良かった…。どの子も迷子にならずに母親に見つけて貰えたのね」
さくらはホッと胸を撫で下ろす。
しかし母猫は警戒心が強く、6匹をまとめてここから連れ帰るのは難しい。飼い主に連絡をして雨が上がったら迎えに来てもらう事にした。
「別の所を探していたコナン君たちとも連絡が取れたし、みんなワシの家に集合するそうじゃ」
コナンと電話をしていた博士はニコニコしながら通話を切り、スマホをポケットにしまった。
「じゃあ、我々も退散するとしますか」
子猫の事は母猫に任せ、4人は引きあげる事にした。
**
不運が重なる日というのは本当にある。それはさくらも例外ではない。
境内を後にして、4人は階段を下っていく。雨脚は強くなり、先ほどよりも近くで雷が鳴っていた。
そして哀を先頭にさくら、博士、昴の順に神社の階段を下りたのも不運の一つだった。
ゴロゴロゴロ……
ピカッ!
ドゥオオオン‼
神社の近くに雷が落ちた。
その瞬間。
ズルッ!
「おわぁッ!」
雷に驚いた博士が足を滑らせた。
「あッ! 危な…ッ」
「「えっ!?」」
昴が叫んだ時には遅かった。
ズドドドドォォン‼
博士の前にいたさくらと哀を巻き込んで、3人は階段を転げ落ちていった。
「は、博士ッ! 哀さんッ!! さくらッ!」
昴が慌てて階段を駆け下りる。
「いたたたた……」
博士は腰を強打したものの意識はある。
「博士ッ! 大丈夫ですか?」
「あ、ああ。腰は痛いが何とか……あ、哀くん! さくらくん!」
「ッ!」
体を起こした博士の下敷きになるように、哀とさくらが倒れていた。とっさにさくらは哀を守ろうとしたらしく、二人は抱き合った状態で気を失っている。
すぐに昴が二人を抱き起した。
「二人とも! しっかり!」
何度か体をゆすり声をかけた。雨が顔に当たり、二人の顔がみるみるずぶ濡れになる。
「う……、ぅん…」
雨の刺激もあって、表情を歪ませた哀が目を覚ます。
「哀くん! 大丈夫か?」
オロオロした博士が声をかけた。哀は反応を示すが、まだぼんやりとしている。一方、さくらは昴の呼びかけに全く反応しない。
「と、とにかく救急車を!」
まだ朦朧としている哀と、未だ意識を失ったままのさくら。昴の声に、博士は慌ててポケットからスマホを取り出した。
***
パチリ
「ぅ…ん……あれ? 私……?」
さくらは重いまぶたをどうにか開いた。
「そうだ。博士が雷に驚いて階段を……?」
転げ落ちたはずなのに、どこも痛くない。不思議に思って体を起こす。神社の階段下に居るのは間違いなかった。
ただ、町の様子が随分変わっている。米花町の閑静な住宅街にいたはず。しかし目の前に広がるのは、のどかな田園風景だった。
「これは……夢?」
状況が飲み込めず、さくらは周りをキョロキョロと見回した。しかし、そこには人っ子一人いない。
しかも雨が降っていたはずなのに道は乾いていて、空は雨雲どころか雲一つなく晴れ渡っている。
さて、どうしたものかと途方に暮れた。
「ん? あれは……駅、かしら?」
ふと視界の中に古びた駅っぽい建物が見えた。まるで昭和の遺物のような古い建物。
他に家や建物らしきものは見当たらない。とりあえずそこへ行けば誰かいるだろうと思い、さくらは歩き出した。
5~6分も歩くと目的地に着いた。予想通りそこは駅。待合に入ってみるが、やはり人はいない。
仕方なくベンチに座り、記憶を整理することにした。
「たしか雨の中、昴さんたちと子猫を探していたはず。それで神社に行って……5匹とも見つかって……」
さくらはアゴに手を当てて、記憶の糸を手繰り寄せた。
ジャリ……
考え事をしていると 突然、砂を踏みしめる音がした。
「ッ!」
さくらは驚いて駅の入り口へ視線を向ける。そこにいたのは——
(しゅ、秀一さん!?)
駅に入ってきたのは、ジーンズにTシャツというラフな服を着て、大きな手荷物をもった赤井秀一だった。
赤井はキョロキョロと待合を見回すと、「まだ来てないか」と小さくつぶやいた。
視線の先でベンチに座るさくらの姿に気付き、笑顔で「こんにちは」と挨拶をした。
「こ、こんにちは……」
返事をしたものの、赤井の他人行儀な様子にさくらは眉をひそめる。
「隣に座っても?」
「え、ええ。どうぞ」
一つしかない狭いベンチに並んで座る。それ以降、赤井はこちらに目もくれず、バッグから取り出した本を開き、読み始めた。
それはまるで、『たまたま街で隣になっただけ』という態度。恋人として接してくる赤井とは全くの別人のようだった。
(この態度……もしかして私の事を覚えてない、というか知らない? この景色といい、秀一さんの態度といい、一体どうなっているの?)
あまりにもいつもと違う様子に、さくらは混乱していた。
——自分は異次元の世界にトリップしてしまったのだろうか? いや、そんな非現実的なことが起こるなんてあり得る?
しかし場所が神社だっただけに、神がかり的な事が起きてもおかしくは……?
ありとあらゆる可能性を考えてみるが、ここにきてしまった原因も解決策も分からない。そして状況は相変わらず、目の前には他人行儀の赤井が居て、見知らぬ土地に居る。
さくらは途方に暮れた。
「君、誰かと待ち合わせしてるのか?」
混乱して頭がパニック状態のさくらに、『赤井』は話しかけてきた。
「え? い、いいえ。え~っと…すごくキレイな景色だから…ココに座って眺めていたの」
何と返事をしていいか分からない。ただ待合から見える景色は、まだ青々とした稲の葉が風にそよぎ、さながら大草原のよう。唯一心安らぐ風景だった。
「そうなのか……。俺はここで恋人を待っているんだ」
「恋人?」
自分ではない《恋人》を待っていると言われて、さくらはドキリとする。
(もしかして……明美さんを待っているの?)
その名が赤井の口から出てくるのでは、と思い、思わず下を向いた。
「今日ここで待ち合わせをして、一緒に旅に出るんだ。もう来てもいい頃なんだが……」
幸せそうな笑顔を見せ、赤井はそう教えてくれた。
「……そうですか。良いですね。恋人と旅なんて」
ズキリと心に痛みを感じつつ、なんとか作り笑いをして、さくらはその場をしのいだ。
「恋人さん、どんな人なんですか?」
沈黙が嫌で何となく声をかけた。
「俺の恋人? そうだな…髪が長くて、優しくて、ちょっと泣き虫で。あとは——」
嬉々として赤井が話してくれる《恋人》の特徴は、聞けば聞くほど明美と一緒だった。チクリと痛む胸。そして、それに嫉妬する自分に嫌気がさす。
(訊くんじゃなかった……)
笑顔で恋人の話をする『赤井』を見て、さくらは涙が零れそうになった。
せっかくの週末が雷雨だった。雨が苦手なさくらにとって、それは不運の一つだ。そしてその雷の音に驚いて、歩美の家の近所に住む子猫5匹が迷子になってしまった。
休日だったこともあって、少年探偵団が朝から総出で探しているが、何しろ子猫の数が多い。昴とさくら、そして博士も捜索に駆り出された。
「雨の中、子猫の捜索とは災難ですね……あなたは大丈夫ですか?」
昴はさくらを心配して声をかけた。
「え、ええ。昴さんも一緒だし。ただ雷は……私もあまり得意ではなくて…」
雨も苦手だが、暗い空に光る雷光と雷鳴は、フラッシュバックを起こす時の衝撃に似ている。正直あまり見たくはない。
——雨だけならいざ知らず、雷までセットとは……。
さくらは深いため息をついた。
「とにかくこの雨では子猫たちも心配です。子猫のためにもあなたのためにも、早く見つけてあげないと」
昴は心配そうにさくらの顔を覗き込んだ。
子猫が潜り込みそうなところを探しながら、昴とさくらは雨の住宅街を歩く。やがて神社までたどり着いた。
「意外に神社の
昴は長い階段を見上げた後、さくらの顔を見て微笑んだ。
数十段の階段を上り、灯篭の前を通り過ぎると、そこには哀と博士の姿がある。どうやら考えることは同じだったらしい。
「博士! 哀さんも!」
昴が声をかけた。
「し~~~~っ!」
哀が慌てて口元に人差し指を立てた。
「いたわよ。子猫たち5匹とも。しかも、ちゃんと母猫が迎えに来てる」
「え?」
昴とさくらは神社の
バラバラに逃げたはずの子猫たちが5匹、母乳を飲んでいる。濡れた体を母猫が一生懸命舐めていた。
「良かった…。どの子も迷子にならずに母親に見つけて貰えたのね」
さくらはホッと胸を撫で下ろす。
しかし母猫は警戒心が強く、6匹をまとめてここから連れ帰るのは難しい。飼い主に連絡をして雨が上がったら迎えに来てもらう事にした。
「別の所を探していたコナン君たちとも連絡が取れたし、みんなワシの家に集合するそうじゃ」
コナンと電話をしていた博士はニコニコしながら通話を切り、スマホをポケットにしまった。
「じゃあ、我々も退散するとしますか」
子猫の事は母猫に任せ、4人は引きあげる事にした。
**
不運が重なる日というのは本当にある。それはさくらも例外ではない。
境内を後にして、4人は階段を下っていく。雨脚は強くなり、先ほどよりも近くで雷が鳴っていた。
そして哀を先頭にさくら、博士、昴の順に神社の階段を下りたのも不運の一つだった。
ゴロゴロゴロ……
ピカッ!
ドゥオオオン‼
神社の近くに雷が落ちた。
その瞬間。
ズルッ!
「おわぁッ!」
雷に驚いた博士が足を滑らせた。
「あッ! 危な…ッ」
「「えっ!?」」
昴が叫んだ時には遅かった。
ズドドドドォォン‼
博士の前にいたさくらと哀を巻き込んで、3人は階段を転げ落ちていった。
「は、博士ッ! 哀さんッ!! さくらッ!」
昴が慌てて階段を駆け下りる。
「いたたたた……」
博士は腰を強打したものの意識はある。
「博士ッ! 大丈夫ですか?」
「あ、ああ。腰は痛いが何とか……あ、哀くん! さくらくん!」
「ッ!」
体を起こした博士の下敷きになるように、哀とさくらが倒れていた。とっさにさくらは哀を守ろうとしたらしく、二人は抱き合った状態で気を失っている。
すぐに昴が二人を抱き起した。
「二人とも! しっかり!」
何度か体をゆすり声をかけた。雨が顔に当たり、二人の顔がみるみるずぶ濡れになる。
「う……、ぅん…」
雨の刺激もあって、表情を歪ませた哀が目を覚ます。
「哀くん! 大丈夫か?」
オロオロした博士が声をかけた。哀は反応を示すが、まだぼんやりとしている。一方、さくらは昴の呼びかけに全く反応しない。
「と、とにかく救急車を!」
まだ朦朧としている哀と、未だ意識を失ったままのさくら。昴の声に、博士は慌ててポケットからスマホを取り出した。
***
パチリ
「ぅ…ん……あれ? 私……?」
さくらは重いまぶたをどうにか開いた。
「そうだ。博士が雷に驚いて階段を……?」
転げ落ちたはずなのに、どこも痛くない。不思議に思って体を起こす。神社の階段下に居るのは間違いなかった。
ただ、町の様子が随分変わっている。米花町の閑静な住宅街にいたはず。しかし目の前に広がるのは、のどかな田園風景だった。
「これは……夢?」
状況が飲み込めず、さくらは周りをキョロキョロと見回した。しかし、そこには人っ子一人いない。
しかも雨が降っていたはずなのに道は乾いていて、空は雨雲どころか雲一つなく晴れ渡っている。
さて、どうしたものかと途方に暮れた。
「ん? あれは……駅、かしら?」
ふと視界の中に古びた駅っぽい建物が見えた。まるで昭和の遺物のような古い建物。
他に家や建物らしきものは見当たらない。とりあえずそこへ行けば誰かいるだろうと思い、さくらは歩き出した。
5~6分も歩くと目的地に着いた。予想通りそこは駅。待合に入ってみるが、やはり人はいない。
仕方なくベンチに座り、記憶を整理することにした。
「たしか雨の中、昴さんたちと子猫を探していたはず。それで神社に行って……5匹とも見つかって……」
さくらはアゴに手を当てて、記憶の糸を手繰り寄せた。
ジャリ……
考え事をしていると 突然、砂を踏みしめる音がした。
「ッ!」
さくらは驚いて駅の入り口へ視線を向ける。そこにいたのは——
(しゅ、秀一さん!?)
駅に入ってきたのは、ジーンズにTシャツというラフな服を着て、大きな手荷物をもった赤井秀一だった。
赤井はキョロキョロと待合を見回すと、「まだ来てないか」と小さくつぶやいた。
視線の先でベンチに座るさくらの姿に気付き、笑顔で「こんにちは」と挨拶をした。
「こ、こんにちは……」
返事をしたものの、赤井の他人行儀な様子にさくらは眉をひそめる。
「隣に座っても?」
「え、ええ。どうぞ」
一つしかない狭いベンチに並んで座る。それ以降、赤井はこちらに目もくれず、バッグから取り出した本を開き、読み始めた。
それはまるで、『たまたま街で隣になっただけ』という態度。恋人として接してくる赤井とは全くの別人のようだった。
(この態度……もしかして私の事を覚えてない、というか知らない? この景色といい、秀一さんの態度といい、一体どうなっているの?)
あまりにもいつもと違う様子に、さくらは混乱していた。
——自分は異次元の世界にトリップしてしまったのだろうか? いや、そんな非現実的なことが起こるなんてあり得る?
しかし場所が神社だっただけに、神がかり的な事が起きてもおかしくは……?
ありとあらゆる可能性を考えてみるが、ここにきてしまった原因も解決策も分からない。そして状況は相変わらず、目の前には他人行儀の赤井が居て、見知らぬ土地に居る。
さくらは途方に暮れた。
「君、誰かと待ち合わせしてるのか?」
混乱して頭がパニック状態のさくらに、『赤井』は話しかけてきた。
「え? い、いいえ。え~っと…すごくキレイな景色だから…ココに座って眺めていたの」
何と返事をしていいか分からない。ただ待合から見える景色は、まだ青々とした稲の葉が風にそよぎ、さながら大草原のよう。唯一心安らぐ風景だった。
「そうなのか……。俺はここで恋人を待っているんだ」
「恋人?」
自分ではない《恋人》を待っていると言われて、さくらはドキリとする。
(もしかして……明美さんを待っているの?)
その名が赤井の口から出てくるのでは、と思い、思わず下を向いた。
「今日ここで待ち合わせをして、一緒に旅に出るんだ。もう来てもいい頃なんだが……」
幸せそうな笑顔を見せ、赤井はそう教えてくれた。
「……そうですか。良いですね。恋人と旅なんて」
ズキリと心に痛みを感じつつ、なんとか作り笑いをして、さくらはその場をしのいだ。
「恋人さん、どんな人なんですか?」
沈黙が嫌で何となく声をかけた。
「俺の恋人? そうだな…髪が長くて、優しくて、ちょっと泣き虫で。あとは——」
嬉々として赤井が話してくれる《恋人》の特徴は、聞けば聞くほど明美と一緒だった。チクリと痛む胸。そして、それに嫉妬する自分に嫌気がさす。
(訊くんじゃなかった……)
笑顔で恋人の話をする『赤井』を見て、さくらは涙が零れそうになった。