ペリドットとアンバー短編集
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金曜日の夕方近く。米花町の駅はいつものように混雑していた。
昴はジョディと待ち合わせをしていた。FBIで掴んでいる情報の詳細をもらうためだ。
工藤邸に頻繁に彼女が出入りするのは得策では無いので、時々こうして外で会っている。
「ハァイ! 昴サン!」
どうやら待ち人が来たようだ。
「ジョディ、遅…い…」
そう言いかけて、昴は動きが止まった。
目の前にいたのは、変装したジョディ…というよりは、ちょっとだけ老けた高校生的なモノがいる。
「お前…何やってんだ」
「私と外で会うのだって、リスクがあるんでしょ。だから変装したほうがいいかと思って」
確かに正論を言ってるとは思う。
「まあそうだが…。俺が言ってるのはお前の格好…」
「しぃ! 昴さん! 動揺しすぎて地が出てるわ」
人差し指を立てて口元に当てると、ジョディはウインクしながら言った。
「あ…ゴホン」
一つ咳払いをして、気を取り直す。
「あなたの格好を言ってるんです。どう見たって高校生には苦しいですよ」
ウィッグをかぶり、カラコンをして日本の高校生に似せてはいるが、肌ツヤはティーンでは無いし、そもそも制服がおかしい…。どう見てもコスプレだ。
「日本の高校生♪私もやってみたかったのよね~♪」
全くこちらの意見は聞いていない。昴は頭を抱えた。
元々ジョディは私服も派手だし、スカート丈も短めだ。しかしこれは犯罪だ。いや、どちらかというと、今周りから見れば俺が犯罪者か。
派手な高校生と援交しているように見えなくもない…。
「ここで立ち話もなんだし。行きましょう」
ジョディが昴の腕に自身の腕を絡ませてくる。
勘弁してくれ。周りの視線がイタイ。
ふたりはカフェへと移動した。
必要な書類を受け取る。ラオスの生産工場をギムレットが頻繁に訪れていたという情報を入手し、現地に捜査員を送る準備をしているという。
話している内容はいたって真面目だが、ビジュアルがおかしい。昴は早く要件だけ済ませて帰りたかった。
「アラ! 昴サン…照れてるの? 超カワイイ♪」
ジョディはすっかりなりきっている。
昴はため息しか出なかった。
「ねえ、蘭! あそこにいるの、昴さん?」
園子がカフェにいる昴を見つけた。
「え? どこどこ?」
蘭は園子が指差す方を見た。
「ちょっと…若い女の人と一緒じゃない?」
「ほ、ホントだ…制服? 高校生?」
「まさか、昴さん援交しているんじゃ…」
園子がとんでもないことを言い出した。
高校生とカフェにいるだけで『援交』とは…。話が飛躍しすぎじゃないの?
蘭は苦笑いを浮かべる。
「そんなことあるわけないじゃない。昴さんにはさくらさんがいるんだから…」
蘭は園子をたしなめるように言ったが、「でもあれ見て!」と園子に言われ自信がなくなる。
高校生らしい女の子が、昴の腕に抱きついたからだ。
「あれ、どう見ても昴さんの腕に胸を押し付けちゃってるよ…。ちょっとこれは! さくらさんに伝えなきゃ!」
「え、ちょっと園子!」
園子は気後れする蘭の手を引き、急いで工藤邸に向かった。
リンゴ~ン
工藤邸の来客のチャイムが鳴る。
さくらがインターホンのモニターを見ると、蘭と園子が立っていた。
「はーい! 二人ともどうぞ~!」
さくらが玄関のドアを開けると、ふたりは興奮した面持ちで家に入った。
「ふ、二人ともどうしたの?」
勢いよく来たわりには用件を言わない。
蘭が言いなよ、園子が言ってよ…と、つつき合っている。
「?」
「ホントどうしたの?」
「じ、実は…私たち見ちゃったんです」
意を決したように、蘭が口を開いた。
「ん? 何を?」
要領の得ない会話が続く。
「す、昴さんが…え、援助交際しているところを……」
「え? どういうこと?」
ふたりは駅前での事を話した。
今日はジョディと会うといって出て行ったはず。どういうことだろう。さくらは考えた。
それを見た蘭が不思議そうに訊ねた。
「怒らないんですか?」
「怒るにはまだ証拠が足りないわ。偶然会った人かもしれないし」
「でも、親しげに話していましたよ。女の子は昴さんの腕に胸なんか押し付けちゃって!」
「?! そ、それはちょっとやり過ぎな気もするわね」
さくらも二人の話を聞くうちに、モヤモヤしたものが込み上げてきた。
下を向き、口元に手を当てている。明らかに動揺していた。
「そうだ! 私良いこと考えた!」
園子は手をポン! と叩いて耳打ちする。
ごにょごにょごにょ…
二人に作戦を伝えた。
「え?それはやり過ぎじゃあ…」
作戦を聞いて、蘭は少し心配になった。
「良いのよそれくらい。ね! さくらさん!」
急に振られたさくらもどう返していいか分からない。
「私もちょっと可哀想な気がするけど…」
「良いから良いから!」
園子に押し切られる形で、さくらは工藤邸を追い出された。
工藤邸を出たさくらは、トボトボと園子に言われた通りポアロに向かって歩いていた。
「はぁ…援交…昴さん…いや秀一さんに限ってそんなことは…」
有り得ないと否定しつつも、園子には『男なんて所詮オオカミ! 若い子に言い寄られれば嬉しい! ってなるんです』と言われ、そういうもんなのかな…とため息をついた。
昴の、いや赤井のあの優しい瞳が、ほかの誰かを見ているとしたら…。先ほどのモヤモヤが再びこみ上げてきて、さらに大きなため息をついた。
ポアロで安室さんとイチャイチャしてこいと園子には言われた。しかし昴が援交しているという確固たる証拠も無いのに、それはマズイだろう。
適当に時間を潰して、帰ろうと思っていた。
バッタリ安室と会うまでは…。
***
工藤邸では園子と蘭が、今か今かと昴の帰りを待っていた。
「ねえ、園子~。ちゃんと証拠を掴んでからにしない? これで間違っていたら、昴さんにもさくらさんにも悪いよ…」
蘭はだんだん自信がなくなってきていた。
「それを問いただすんじゃない!」
園子はノリノリだ。そこへ昴が帰宅した。
ガチャ
玄関を開けると仁王立ちの、こちらは本物の女子高生がいた。
「おや、お二人共どうしたんですか? なぜ玄関にいるんです?」
状況をつかめず質問をする昴の顔を見て、二人の眉がカッ! と上がった。
「やっぱり援交…」蘭がつぶやく。
「?」
二人の殺気に昴はしどろもどろだ。
「どうしたんです? なぜそんなに殺気立っているのですか?」
「「…」」
二人の無言の圧力にどうしていいか分からず、昴はポリポリと頭を掻く。
しらを切る(ように見えた)昴に対し、蘭が低い声でつぶやいた。
「昴さん…左の頬に…口紅が…」
「え?」
慌てて右手の甲で左の頬に触れる。うっすらと口紅が付いていた。
(ジョディのやつ! わざとか!!)
そういえば別れ際に『たまには生活にスパイスを』なんて意味深なことを言っていた…。
「こ、これにはワケが…」
そう言い訳をしようとしたが、
「ワケがあればキスマークを付けて帰ってきて良いと思っているんですか?」
火に油を注ぐ結果となってしまった。
とにかく、この二人と話していたのではらちがあかない。さくらと話そうと思い、家の中に入った。
「さくらさんなら出て行きましたよ」
「え?」
「私たち見ちゃったんです。昴さん、女子高生と援交…しているでしょ。それを話したら、さくらさんショックを受けて出て行っちゃいましたよ」
「ッ!」
昴は慌ててさくらを追いかけようとした。だが高校生二人に両脇を抑えられる。
「は、放してください!誤解を解かないと!!」
「キスマーク付けてきて、まだ誤解とか言いますか!!」
蘭は涙ぐんで怒っていた。
(これはまず、こちらのお嬢さん達の誤解を解くのが先だな…)
昴は羽交い絞めにされたまま、事の全てを二人に話した。
「え? じゃあさっき会っていたのって…」
「そうです。遠目だったので高校生に見えたかもしれませんが、私の知り合いのコスプレーヤーです。大学の資料を頼んでおいたのですが、待ち合わせに来たら、あの格好をしていて…」
「じゃあ、中身は…」
園子が驚いたように訊ねた。
「アラサーのれっきとした大人ですよ」
多少嘘は付いたが、真相はブレていない。
「でも、それなら何故キスマークなんか…」
蘭はそれでも納得いかないという顔をした。
「私に最近恋人が出来た事を知ってますからね。『生活にスパイスを』と意味深なことを言われて別れてきたので、きっと『キスマークを恋人に目撃させて嫉妬して貰え』というイタズラのつもりだったんだと思います」
「なんだ~。それならそうと…」
言うヒマがあったか? と突っ込みたかったが、そこは黙っていた。
「で、さくらはどこへ行ったんです?」
やっと本題に入れた。
「え? ああッ! いけない! ショックを受けていたから、私たち『ポアロに行って安室さんに慰めてもらったら』って言って家から追い出しちゃったんです」
「なんですって?!」
話を聞いた昴は、血相を変えて工藤邸を飛び出していった。
***
「さくらさん、どうしたんです? こんな所で」
RX-7に乗った安室に声をかけられた。
「えっと…まあ、いろいろありまして。ブラブラと…」
何をどう話していいか分からず、さくらは何とも曖昧な返事をする。
工藤邸まで送りますよと安室に言われるが、今まさにその工藤邸を出てきたんです、と答えた。
「冲矢さんとケンカでもしたのですか?」
「いいえ。それがまだ、ケンカにもなっていなくて……」
ますます分からない会話になる。
「なんだか良く分かりませんが、今工藤邸から出てきて、帰るわけには行かず、もし帰ると冲矢さんとケンカになるかもしれない。そんな感じですか?」
「まあ、そんな感じ…なんですかね?」
安室に真偽を問われたのに、なぜか疑問形で返すさくら。本人とて、状況をよく飲み込めないでいた。
「それなら少しドライブでもしませんか? 時間潰したいんでしょ?」
「はあ、そうですけど…」
まあ何にしても、原因を作ったのは昴さんだし良いか…。
そう思ってドライブの誘いに乗った。
「はぁ…はぁ…さくら、どこだ!」
あちこち探し回ったがさくらはどこにもいない。
ポアロにも寄ってみたが、今日は早番ですでに安室は仕事を上がっていた。
店に来ていたお客が、ポアロに来る前に安室が女性を車に乗せているところを見たという。
容姿の特徴からさくらの可能性が高い。
「クソッ!」
なぜこんなことになってしまったんだ!
昴はギリッと奥歯を噛み締めた。
「ふ~ん…なるほど。冲矢さんが援交ねぇ…」
事の次第を安室に話す。
「蘭ちゃん達の見間違いかもしれないし…。でも、話を聞いていたらモヤモヤしてきて。
もし、援交…ホントだったらどうしようって。そんなはずないって、思うんですけど…」
そんなさくらの様子を見た安室は、
「もし援交じゃなかったとしても誤解をされ、こうしてあなたを不安にさせているわけですから。少しお灸を据えてあげましょう。スマホの電源は切っておいてください。きっとかかってきますから」
運転をしながら指示を出す。
安室に言われてスマホを手にしたものの、さくらは電源を切るのをためらった。
すると、ひょいと安室にスマホを取られ、呆気なく電源を落とされる。
「さて、それじゃあ夜景のキレイなところにでも行きますか!」
安室は満面の笑みを見せた。
さくらのスマホに何度も電話するが繋がらないし、メールの返信もない。
こんなことになってしまった責任を感じてか、蘭と園子も一緒にさくらを探してくれていた。
「もう遅いですし、お二人共帰りましょう」
「でも!」
ふたりは諦めきれず、まだ探すという。
「大丈夫。さくらは大人です。帰ってきたらちゃんと話をしますから」
引き下がらない彼女たちを説得し、ようやく3人は家路についた。
昴は玄関の手前で歩みを止める。明かりの無い真っ暗な家。誰も居ない事を無言で告げられた気がした。
ジョディのコスプレは想定の斜め上過ぎて驚いたが、そんな彼女に流されて誤解されるようなことをした自分にも非がある。
まさに『Walls have ears. Doors have eyes.』
(日本語訳:壁に耳あり障子に目あり)
どこに自分を知る人が居るか分からない。
身分を隠し、《沖矢昴》として潜伏している事を忘れてはいけないのだ。
それでも——
昴には一つだけ納得できないことがあった。
(俺が…浮気をするような男だと思ったのか?)
繋がらないスマホをチラリと見て、小さくため息をつく。
ふと空を見上げた。星が一つ瞬いているのが見えた。
***
「わぁ! キレイ!!」
海沿いの、夜景スポットに安室とさくらの姿があった。
夜風がさくらの髪をふわりとすくう。それをさくらは右手で押さえた。その仕草に安室はドキッとする。
「昴さん、怒っているかな…」
思っていたことが口から出てしまった。
「さくらさんはどう思っているのですか? 彼が高校生と援交していたと思いますか?」
安室の質問にさくらは笑みを浮かべる。
「彼、そんな器用な人じゃありませんよ。だから援交なんて有り得ない。きっと事情があったんだと思います。ちゃんと聞いてあげないと…」
やっぱり出てきてしまったのはマズかったなぁ…とつぶやいた。
「ちょっと距離を置くだけで、意外に周りが見えてくるものですね」
さくらの様子を見て安室が言った。
「先ほどお会いしたばかりの時は、援交の可能性を否定出来なかった。有り得ないと思いつつ、もしかして…と。でも、今あなたは有り得ないと断言した」
安室は夜景に視線を移す。
「人には考える時間というものが必要な時があります。きっと彼も、今必死で考えていますよ。
お互い少し冷静になってから話した方が、こじれません。さくらさんは少し落ち着かれたようですし、そろそろ戻りますか」
安室は再びさくらを見ると、にっこり微笑んだ。
RX-7が工藤邸の前に止まる。
さくらは車から降りると、安室に礼を言った。
「じゃ!」
そう言って車は走り去っていった。
門の前から工藤邸を見る。リビングの窓辺にこちらを見つめる昴の姿があった。
ガチャ
「ただいま」
家の中に入り、りおはリビングへと向かう。一歩一歩近づくたびに、体がこわばった。
りおは深呼吸を一つしてリビングのドアを開ける。すると目の前には昴が立っていた。昴はそのまま一歩踏み出すと、りおを抱きしめた。
「す、昴さん?!」
「誤解をさせたことは謝ります。私の話を聞いてくれますか?」
りおはそっと昴を抱きしめ返す。
「はい。もちろん」
「それと…こんな時間まで安室さんと何をしていたか聞いても?」
「ええ。もちろん!」
「ふふふ」
りおはおかしくなって思わず笑ってしまった。
「? …なんですか?」
「昴さんは安室さんに嫉妬したんですか?」
りおは昴の顔を見上げて訊ねた。
「そりゃあ、こんな時間まで二人っきりでいたのでしょう?」
「まあ…そうですね」
「りおは嫉妬…したのですか? …その……私が援交しているかと思って…」
昴はほんの少し視線を泳がせ、りおに訊ねた。
「ん~…少し…ね。もちろん信じてはいましたよ。きっと事情があったんだと。でも、腕に胸を押し付けられてたって聞いて、少しモヤモヤして。園子ちゃんに押し切られる形で家を出たの」
昴はりおの話を聞いて、はぁ~とため息をついた。
「その高校生…ジョディですよ」
「へ??」
昴の話を聞いて、とてもマヌケな声が出た。
「ジョディが、『冲矢昴』と外で会うのもリスクが有るだろうから、今日は変装してきたと言うのですが…。どう見てもコスプレだったんです。私は勘弁してくれと言ったのですが、彼女はノリノリで…。そこを蘭さんたちに目撃されたんですよ」
「プッ…ふふふ。あはははは!!」
りおは大笑いした。
高校生のコスプレをして、ノリノリのジョディ…。
その時の昴の様子が、簡単に想像出来た。
「笑い事じゃないですよ。お陰でこっちは散々です。蘭さんたちに殺気は向けられるし、あなたを探しに行こうとしたら羽交い締めにされるし」
体を離し、拗ねた顔を向けて文句を言った。
「私が浮気をするような男だと思われていたのかと…正直悲しくなりました」
肩を落とす昴を見てりおは笑うのをやめ、「ごめん」と謝った。
「浮気する人だとは思ってないわ。でも、若い女の子にいい寄られれば、男は嬉しいに決まってる! って園子ちゃんに言われて。そういうもんなのかなって…寂しくなっちゃって」
園子の発言そのものが世の男性に失礼だぞと思ったが、そこは黙っていた。
「他の男性はどうか分かりませんが、私はあなたが居ればそれで十分です。信じてください。まあ今回は、ジョディの悪ノリを止められなかった私にも非があります。寂しい思いをさせてスミマセン」
昴は再び抱きしめるとりおの頭に頬を寄せた。
「で、あなたは安室さんと何をしていたのですか?」
今度は昴がりおの顔を覗き込む。りおは苦笑いをしながら順を追って昴に話した。
「ホントに夜景を見ていただけなんですか?」
「もちろん。お互い考える時間が出来て、冷静になれたようだから戻りましょうって言われて。ご飯も食べずに帰ってきたんですから。お腹ペコペコですよ」
りおは自分のお腹をさする。
「そういえば、私も食べていませんよ。仲直りのしるしに、どこか食べに行きませんか?」
昴はりおに笑顔を向けた。
「賛成! って、私たちケンカしていたんでしたっけ?」
りおは仲直り? と首をかしげた。
「とにかく、安心したら急にお腹が減りました! すぐ出かけますよ」
昴はりおの肩を抱きながら、玄関にむかう。
何を食べようかと相談しながら車に乗り込んだ。
夕食後、ジョディにはコスプレ禁止のメールを送った。
『キスマークの件については、後日話がある』
メールの最後に書かれた言葉に、震え上がるジョディだった。