ペリドットとアンバー短編集
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捜査資料を調べていた昴は、メガネを外し疲れた目元に手をやった。何度読み返しても、どう考えても、犯人逮捕の糸口が見えてこない。
「はぁ……。連日で煮詰まってきているな……」
そう独り言ちてデスクに手を伸ばした。
「しまった。さっきの一本で最後だったか」
考え事をしていると、つい喫煙量も増えてしまう。山になった灰皿を見て「またりおに怒られそうだ」と、今そばに居ない恋人の、怒った顔を想像した。
「散歩がてら気晴らしに買いに出るか」
ジャケットを羽織り、財布をポケットにねじ込むと、昴は少しばかり白く煙った書斎を後にした。
コンビニでいつもタバコを購入し、すぐさま外にある喫煙スペースで一服した。
平日の昼下がり。店の前を行きかう人の姿はまばらだ。若干雲が多いが日差しもあり、昨日に比べれば暖かい。
「少し遠回りして帰るか」
灰皿に吸い殻を押し付けると、昴は工藤邸とは反対方向へと歩き出した。
駅近くまで来た時、「アンアン!」と聞き覚えのある鳴き声を耳にする。
視線をそちらに向けると、風見刑事が汗だくになってハロの散歩をしていた。昴の姿を見つけたハロが、ハッハッと呼吸を荒げながら嬉しそうにこちらに駆けてくる。
「こ、こんにちは。こんな所でお会いするとは……」
息を切らした風見が、昴に声をかけた。
「ええ。天気が良かったので、散歩に出たんです。風見さんもハロ君のお散歩ですか?」
「はい。安室さんに仕事が入ったので……。
ところで沖矢さん。ハロ君と面識があるのですか?」
ハロが目を輝かせて昴に抱っこをおねだりしているので、風見は不思議そうだ。
確かにハロとは面識がある。りおがハロの世話をしに行っているのを《浮気》と勘違いし、カメラを設置して場所を探し当て、安室のアパートまで押し掛けた。その時に仲良くなっている。【短編『Love is blind.』より】
「あ~………。さくらが時々お世話に行っていた時に、散歩に付き合ったことがあって……」
イヤな汗をかきつつ、昴は当たり障りのない返事をした。
「なるほど~」と、風見は納得したようだ。
その様子にホッと胸をなでおろす。
「じゃあ、沖矢さんは安室さんのアパートもご存じなんですか?」
「ええ。一度……さくらと……」
ちょっと後ろめたさもあって、昴は言葉を濁す。
「ほ~…。さくらさんは、あなたに安室さんのアパートを教えたんですか。それは後でキツく言っておかなければいけませんね」
「ッ!」
(しまった……安室くんのアパートは公安所有の部屋だ。部外者に教えるのはタブーだったか!)
さすが公安の精鋭。昴は心の中で(りお…すまん)と謝った。
「そうだ…沖矢さん。この後、お時間ありますか? 一つ頼みたい事がありまして……」
風見は足元でじゃれつくハロの頭を撫でながら、遠慮がちに訊ねた。
「風見さんが私に頼み事ですか? それは構いませんが」
「良かった。では、これを……。出来るだけ早くさくらさんに渡して頂きたいのです。
実は彼女は今、ちょっと危険な潜入をしています。
先ほど『届けてほしい』と連絡が来たのですが、ちょうどハロ君の散歩に出てしまって。
さすがにこの子を連れて行くわけにはいきませんし、アパートまで戻るとなると時間がかかってしまいます。
どうしようかと思っていたところに、あなたにお会いできた。こんなラッキーなことはありません」
そういって茶色い封筒を手渡してきた。
「場所は米花ホテルの3階広間です。今日は、とあるお偉いさんのパーティーに出席しています」
「パーティー? でしたらこんな格好で行くわけにはいきませんよね?」
昴はベージュのボトムに黒のタートル、ジャケット姿だ。パーティーに行くような格好ではない。
「それなら大丈夫です。パーティーと言っても今回は、ビジネスマンの顔合わせ的なパーティーですので、平服での参加となっています。
さくらさんも、今日はいつもの格好で行きましたから」
それならば大丈夫か。昴は小さくため息をついた。
「パーティーは和やかに進んでいるとは思いますが、彼女はそこの参加者を狙う者たちを警戒しています。
かなり危険な者たちが彼らを狙っている、との情報が入っています。出来るだけ早くこれを彼女に」
「わ、わかりました」
風見の真剣な表情を見て、ただならぬ事が起きているのではと心配になった。
(また危険な潜入を…!)
封筒を受け取り、昴は奥歯を噛みしめた。
***
米花ホテルまでタクシーを使い、大急ぎでパーティー会場へ向かった。
3階の広間まで行くと、風見の言う通り、会は和やかに執り行われていた。
顔合わせとはいえ、参加人数は100人を越えている。
今日は平日最終日。夕方前とはいえ花金とあってか、あちらこちらでスーツを着たサラリーマン達が、にこやかにグラスを傾けていた。
名刺の交換をしている人々を横目に、昴はさくらの姿を探す。
(いた……!)
会場の左端。あまり目立たない席で、さくらの姿を見つけた。グラスを手にしているが、何かを食べている様子はない。姿勢を正し、時折あたりを警戒しているようにも見える。
昴はスッと他の客の邪魔にならぬよう、人垣をすり抜け、さくらの元へと向かった。
「ッ! す、昴さん!」
ふと視線の先に昴を見つけ、さくらは驚いた顔をした。
昴はさくらの前まで来ると立ち止まり、険しい顔で見つめる。
「また……私に内緒で、危険な潜入をしているのですね?」
さくらにしか聞こえない声で、昴は問いかけた。
「え? 危険…?…潜…入?」
なぜか、さくらは意外そうな顔をする。
目の前で険しい顔をする昴を、訝し気に見上げた。
「風見さんからこれを預かってきました。あなたから連絡があったと」
「私…から⁉」
さくらは先ほどから「?」を浮かべた顔で、昴の言葉を反復している。
その態度に、さすがの昴も違和感を感じた。
さくらは受け取った封筒を開け、中の書類らしきものに視線を落とす。
「ッ! か、風見さん……」
そう言ったまま、さくらは下を向いて固まった。
「一体何が書かれていたんですか? この書類、今回の潜入にどんな関係が……」
昴がそこまで言いかけた時——
「ふふふふふふ! あははははは!」
突然、さくらが笑い出した。
「?」
お腹を抱えて笑っているさくらを見て、今度は昴が、ポカーンと口を開けたまま固まった。
「ご、ごめんなさい。こ、これ…風見さんから渡されたって言ってたけど……。彼は何て言って、これをあなたに渡したの?」
さくらは笑いを堪えながら、昴に問いかける。
「えっ……。あ、あなたが危険な潜入をしていて……これが必要だと連絡があったから、届けてくれと。
連絡があった時、ちょうどハロの散歩に出たところだったので、あなたが行った方が早いと言われて……」
「なるほどね」
笑い過ぎて涙を流していたさくらは、状況を把握してようやく落ち着いたようだった。
「昴さん。あなた、まんまと風見さんに騙されたのよ」
「えぇッ⁉」
騙されたとはどういうことだ? 驚く昴は思わず目を見開いた。
「今日のパーティーはね、ある会社の商品が、開発から10年経ったお祝いの会よ。開発当時、森教授が監修を担当した関係でパーティーに呼ばれただけ。
『男ばかりで華が無いから、助手の君も参加してくれ』って教授に頼み込まれて、私も参加することになったの」
さくらが「ほら、あそこに教授が」と指さした方を見ると、お偉い方々に囲まれて、にこやかに話をしている森教授の姿が見えた。
「だから全然危険は無いし、そもそも潜入でもないわ」
「じゃ、じゃあ何故、あなたは周りを警戒していたのですか?」
パーティー会場の片隅で、鋭い視線を送っていたさくらの姿は、どう見ても《潜入》だと思ったのだが。
「あれっ、私そんな事してた? 一種の職業病かしら……。人が多い所にいると、つい周りを険しい目で見ちゃうのかも」
さくらはぺろっと舌を出した。今更そんなカワイイ態度を取ってもダメだぞ、と昴は牽制をする。
「それなら何故、風見さんは私を騙すようなことを……」
「これ、読んでみて」
さくらから手渡された1枚の紙きれ。そこにはこう書かれていた。
『広瀬。先日はハロ君のお世話を代わってくれてありがとう。おかげで上司に渡す報告書が全部間に合った。本当に助かった。
そこで、俺からのお礼を受け取って欲しい。今日は教授と一緒にパーティーだったな。
どうせ端の席で、あまり食事にはありつけないだろう。そのホテルの1階にある、レストランに予約を入れておいた。もちろん支払いも済ませてある。
沖矢さんに予約票を持たせるから、二人でパーティーの後食ってこい。俺はその間にハロ君のお世話を終わらせておくよ。
良い夜を。 風見』
「こ、これは……」
手紙を読んで、昴はさくらの顔を見た。
「せっかく風見さんが私たちの為にセッティングしてくれたんだから、この後行きましょうか。そのレストラン」
さくらは嬉しそうに昴を見る。
「え、ええ。彼に感謝しないといけませんね。こんなサプライズに呼んでもらえるなんて」
風見の心遣いに、昴はフッと口角を上げた。
「彼、なかなか粋でしょ? 降谷さんには『それで良く公安が務まるな!』って厳しいこと言われてるけど……。
何だかんだ言って、皆に頼りにされてるのよ。さすが私の上司!」
そう言ってさくらは、とびっきりの笑顔を昴に向けたのだった。
~おまけ~
「ところで昴さん。先日から読んでる捜査資料……そっちの事件の方は進んでる?」
「それが全然。すっかり煮詰まってしまって」
それで気分転換に散歩に出たんですよ、と昴はため息をついた。
「フフフ。良い事教えてあげましょうか? あなた達FBIが追ってるその人物、さっきウチ(警視庁)の捜査一課が逮捕したわ」
得意げな顔をして、さくらは昴を見る。
「ど、どういうことですか⁉」
昴が驚くのも無理はない。ここ数日、来日しているFBIメンバーが血眼になって探していたにも関わらず、全く手がかりが掴めなかったのだから。
「どうやらその人物、日本でもアメリカと同じ手口で事件を起こしたらしいの。
でも運悪く、現場に佐藤刑事と高木刑事が居合わせたらしくて……」
「もしかして、現行犯逮捕?」
「そうなの。だから……そろそろジェームズさんのところに、情報共有の連絡が行く頃じゃないかしら」
さくらは昴を見上げてパチンと片目を閉じ、ウインクして見せた。
「はぁぁ…。日本の警察は優秀ですね」
「ま、アメリカほど国土は広くないしね。あと、犯人が東都の渋滞や狭い路地に慣れていなかったってことと、佐藤刑事のドライビングテクニックを甘く見てたのもあるかな。
車幅的に絶対入れない路地を、赤のRX-7で走り抜けて、アッという間に捕まえちゃったらしいから」
鬼の形相で愛車を運転する、佐藤刑事を想像して、さくらは苦笑いをした。
「じゃ、これで思う存分、食事が楽しめるという事ですね」
「ええ、そういうこと。ただし! 家に帰ったら書斎の灰皿、片付けてくださいね。きっと吸い殻が山盛りになっているでしょ」
「バレてましたか」
りおは何でもお見通しだな……、と昴は肩をすくめた。
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実は裏設定で、風見さんは昴さんを必死に探していました(笑)
偶然を装って工藤邸に行き、封筒を渡す予定だったのに、昴さんが散歩に出ちゃっていましたからね。
だから昴さんと会った時、汗だくだったというわけ。