ペリドットとアンバー短編集
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狭い路地に挟まれた、小さな戸建ての家(セーフハウス)に呼び出されたバーボン・スコッチ・ライの3人は、伝達係が来るのを待っていた。
コンコン
程なくしてドアのノックが聞こえた。
「ラスティーか?」
ライがドア越しに声をかける。
「ええ。そうよ」
ラスティーの声を聞いて、一瞬スコッチが体を強ばらせたが、気付くものは誰もいない。
ラスティーはドアを開け、3人を見る。
スコッチがいることに驚いたが、そんな素振りは全く見せない。
前に一度だけ、作戦の変更を告げる為に駅で3人に会ったことがある。時間にしてほんの数分。その時は中学生くらいの女の子にスコッチがベースを教えていた。
後になってライの妹だったと聞いた。
ラスティーはノートPCとUSBメモリ、拳銃3丁と弾丸、双眼鏡、3人分の食料が入ったケースを机の上に置いた。
ひと呼吸おくと、任務の詳細を3人に伝える。
「じゃあ、今回は張り込みですか?」
バーボンが静かに訊ねた。
「ええ。ターゲットの行動確認と、ターゲット周辺の人物、家族のことを詳細に調べるようにと。一人では無理だから、今回は3人でやれとジンが言っていたわ」
ケースの中から銃を取り出す。
「もし、あちらのアジトへ侵入する必要性が出てくれば使って。まあ、ジンも今回そこまでは考えていないようだけど。
他に武器や食料、その他必要なものがあれば私が運びます。
毎日、もしくは2日に1回のペースで来るわ。夕方5時にここに来るから、4時前までに欲しい物があれば連絡ください。それじゃあ、今日はこれで」
必要最低限の事を伝えると、ラスティーはさっさと帰ってしまった。彼女が出て行ったドアをスコッチは見つめていた。
次の日も、その次の日も、ラスティーは食料や飲み物、タバコなど頼まれたものを持って家(セーフハウス)へやって来た。だが、荷物を置くと直ぐに帰ってしまう。
「ラスティーもう帰るのですか?ちょうどコーヒーを入れようと思ったのですが…」
この時もバーボンが誘ったが、
「あ、ありがとうございます。でもすぐに出ないと。次の任務があるので」
ほとんど目を合わせること無く、足早に出て行ってしまった。
「何か、僕たち避けられているんですかね?」
バーボンがスコッチに問いかけた。
「さあ? 組織も人員不足で忙しいんじゃね?」
興味ないという風にスコッチはつっけんどんに答える。
「そうなんですかねぇ…」
そんな二人のやり取りを、タバコをふかしながらライは聞いていた。
そんな日々が2週間ほど続いた。
今日も食料を持ってラスティーがやって来たのだが、外は雨だったため全身ずぶ濡れだった。
「スミマセン!途中で降られてしまって…」
荷物だけは濡らさないようにと抱き抱えてきたものの、残念ながら半分くらいは濡れてしまっていた。
「仕方ないさ。この雨だ。それより早く拭かないと風邪引くぞ」
スコッチはタオルを持ってくるとラスティーの頭に乗せ、ガシガシと拭いた。
「わぁ?! ス、スミマセン! じ、自分で拭きますよ?」
ラスティーはスコッチの手を止めようとするが、良いから良いからと言ってスコッチはそのまま拭き続ける。
それを見たバーボンが笑い出す。
「スコッチはお節介だから、仕方ないですよ。大人しく拭かれてやって下さい」
いつもの事だと言って、そのままほっとかれた。
「ほい! 拭けたぜ」
最後にポンと頭を優しく叩かれた。
「あ、ありがとうございます…」
すっかりボサボサになった髪を手ぐしで整えて、少し頬を赤くしたラスティーが礼を言う。
タオルを肩に掛け、窓から外を見た。雨足は強く、止む気配は無い。
ザーザーと降り続く雨の音を聴くうちに泣きそうな顔になる。その様子をタバコを吸いながら、ライが横目で見ていた。
「へっくしょん!」
濡れた体は容易に体温を奪い、ラスティーが身震いした。
「ほら、これ飲んで温まって下さい」
バーボンがカフェオレを持ってラスティーに近づいた。
「ありがとうございます」
そっとカップを受け取った。
「コーヒー飲めないんですって?」
突然バーボンに問われて「え?」と聞き返した。
「ライが、『ラスティーはブラックコーヒーが飲めないから、ミルクを多めに入れてやれ』って」
ライの方に視線を移しながらバーボンが説明した。
「ああ、前にジン達と打ち合わせをした時にコーヒーを出されて。何年も飲んでいなかったし、飲めるかと思ったんですけど…苦くて吹いちゃって……」
「なるほど。彼もその場にいて知っていたんですね」
「はい」
バーボンはちらりとラスティーの表情を伺う。寒さのせいか顔色が悪く、疲れているようだった。
「雨、まだ止みそうもないですし、ゆっくり休んでください」
優しく微笑むと再び食材の整理に戻っていった。
ラスティーはカップを手に、スコッチとライが話しているところをちらりと盗み見た。
公安配属後、景光も公安に配属され、潜入捜査を行っているとは聞いていた。
ほどなくして自分もケンバリへの潜入を命じられた。
潜入捜査は危険が多く、いつまで続くかわからない。二度と会えないと覚悟していた。
それが、ケンバリからこの組織へと連れてこられ、数週間後に任務だったものの、駅で会った。そのときは必要最小限の会話しか出来なかったが、今回は話をしたり髪まで拭いてもらった。夢を見ている気分だった。
だが、組織の者に知り合いだと知られるわけにはいかない。自分たちがNOCであるとバレないように、接触を出来るだけしないと決めていたのに…。
カフェオレを一口飲む。
同じ空間でコーヒーを飲んでいることが不思議だった。
カフェオレを半分ほど飲んだところで猛烈な眠気が襲う。
「うっ?! な…にこ…れ…」
カラ…ン…
カップが落ち、残っていたカフェオレが床を濡らす。ラスティーはそのままソファーに倒れ込んだ。
「睡眠薬…効いたようですね」
「ああ」
スコッチがソファーに近づき、ラスティーの顔を覗き込んだ。
「何日も寝ていないな…。顔色が良くない。先日会った時よりやつれているし…」
顔にかかった髪をそっと直してやる。
「ベルモットが進言して、狙撃のサポートからも外されたよ」
ライがタバコに火をつけながらつぶやいた。
「そいつは人が死ぬってことに敏感なようだ」
ふぅ~っと煙を吐き、ラスティーの顔を見る。
「この組織にいたら、神経もすり減らすだろうよ」
ふたりは黙って聞いていた。
「いずれにせよ、ソファーでは風邪を引いてしまいます。寝室に運んでゆっくり休ませましょう」
バーボンが提案すると、スコッチはラスティーを抱き抱えて寝室へと運んだ。
2時間後———
目を覚ましたラスティーは見慣れない天井をぼんやり見つめていた。頭にモヤがかかったようだ。体を起こしたいのに、だるくて動けない。
ガチャ
ドアの開く音がした。
誰かが近づき、顔を覗き込んでいる。大きな手がラスティーの額に触れた。
「やはり熱があるな…。待ってろ」
踵を返して部屋を出て行く時、長い髪が見えた。
「ラ…イ…」
思わずつぶやいた。ライは一瞬足を止めたが、「すぐ戻る」とだけ言って部屋を出て行った。
次にドアが開いた時には、3人の男が入ってきた。
「ラスティーが熱出したって?」
スコッチの声が聞こえる。氷枕を持ったライが枕を替え、ラスティーの頭の下にあてがった。
「やっぱりライは兄貴気質だよなぁ。よく気が付いたな」
スコッチが感心する。
「服が濡れているのに、コイツをそのまま寝かせるからだ」
ライが二人に鋭い視線を向けた。
「だからって俺たちが着替えをさせるわけにはいかないだろうッ!」
スコッチは顔を赤くして反論する。バーボンが二人の間に入った。
「まあまあ、とにかくジンには連絡しておきますから…」
リビングに置きっぱなしにしているスマホを取りに部屋を出て行った。
「もう少し眠るといい。組織に入って3ヶ月。気も張っていたんだろう。疲れが出たんだ」
ライはラスティーに背を向けたままそう呟くと、部屋を出て行った。
スコッチがラスティーの額に触れる。
「気付かなくてゴメン…」
外の二人に聞こえないように小さく呟いて、そっとラスティーの額にキスをした。
「よく休んで早く良くなれよ」
彼もまた、部屋を出て行った。
3人の優しさに触れ、ラスティーの目から涙が一筋こぼれた。
翌朝———
熱が下がったラスティーはバーボンが作った朝食を食べながら、迷惑をかけたことをひたすら謝った。
「謝ることはない。お互い様だ。それよりも頑張りすぎないことだ。何日も前から顔色が良くなかったぞ」
ライの言葉にラスティーは下を向いてハイと答えた。
「まあ、元気になったんだから良いじゃないか。次は気を付けろよ」
スコッチは笑顔を向けた。
結局、この日から数日でターゲットの張り込みが終わり、しばらく4人が会うことは無かった。
***
「…さ…ん……さん」
「昴さん!」
「?!」
「こんなところで寝ていたら風邪引きますよ」
りおの声で目が覚めた。
「え?ああ。スミマセン」
メガネを外し、昴は目をこする。
「どうしました? 珍しいですね。昴さんがうたた寝なんて」
「…とても懐かしい夢を見ましたよ」
「懐かしい夢?」
「あなたと出会ったばかりの頃の…」
「?」
りおは不思議そうに昴を見つめる。
「そういえば、ブラックコーヒーは未だに飲めないのですか?」
突然の質問にりおは目を丸くした。
「まあ、全く飲めないわけではないですが…やっぱりカフェオレの方が好きですね」
「ああ、そうだ! 昴さん」
「なんでしょう?」
りおが何か思い出したように昴の名を呼ぶ。
「あなたとの一番最初の仕事。『モンスーン』ってバーの近くでの狙撃の時……」
「ああ」
昴はすぐに思い当たり返事をした。
「屋上でもらったカフェオレの缶コーヒーね、めちゃくちゃ甘かったの。ライって顔に似合わず甘党?! って思っちゃった」
「あれ、あなたに渡す為に買ったんですよ」
「うん。わかってる。すごく嬉しかった。でも次は砂糖なしでお願いしますね」
りおがふふっと笑った。
「缶コーヒーじゃなくて、ちゃんと豆を挽いたものでお出ししますよ」
昴はにっこり微笑んだ。