ペリドットとアンバー短編集
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「あ~…雨降ってる…」
りおが買い物を終えて店を出ると、外は雨が降っていた。
今朝の天気予報では雨の予報は出ていない。
りおは傘を持っていなかったので、仕方なく店の出入り口でしばらく待つことにした。
想定外の雨で行きかう人も傘を持っておらず、慌てて店に入る人影がチラホラ見える。
「はぁ…」
思わずため息がこぼれた。雨の日は未だに苦手だ。
ザーザーという雨音が、寂しさと悲しみを思い出させる。
りおは水たまりにいくつも描かれる丸い波紋を眺めながら、雨が止むのを待っていた。
15分程待ってみたが、雨は止むどころか激しさを増すばかり。
スマホで天気を確認するが、どうやらしばらくこの雨は続くらしい。
「仕方がない…濡れて帰るしかなさそうね…」
りおは覚悟を決めて店を出た。
激しい雨は、りおの髪をあっという間に濡らした。
顔も服もずぶ濡れになる。
アスファルトの歩道も、側溝に流れきれなかった雨水が川のように流れている。
そんな中をりおは一人歩き続けていた。
雨のせいでりお以外歩く人影はなく、まるでたった一人置いてけぼりにされたように感じる。
「はぁ…」
再び重いため息をついて、家路を急いだ。
「…」
公園の前に差し掛かったところで、ふとベンチに目が向いた。
雨に濡れ寂しく佇むそれを見て、思わず足を止める。
今日のように寂しく、泣きたい気持ちを堪えて一人ベンチに座っていた……昔の事を思い出した。
*****
「広瀬…どうしたんだよ。こんな所に一人で」
グラウンド隅のベンチに座っていたりおに、声をかけてきたのは諸伏景光だった。
「ヒロ先輩…」
つい2週間ほど前から話をするようになった先輩に名を呼ばれ、りおは顔を上げる。
彼の落とし物を拾って声をかけ、そのお礼にとジュースをおごってもらったのがきっかけだった。
「今日の訓練、珍しく失敗続きだったって聞いたぞ」
「えっ? 誰から聞いたんですか?」
驚いてりおは訊ねた。
「え…そ、それは…」
景光は焦った。ホントは聞いたわけじゃない。
授業中教場の窓から、グラウンドでの訓練をずっと見ていたのだ。
いつもは難なくこなすりおが、今日は精細さを欠いていた。
「も、黙秘だ。黙秘権を行使する」
「え~。先輩ひどい」
りおは口を尖らせた。
そんなりおの顔を見て、景光は微笑んだ。
「で、ホントにどうしちゃったんだ?
こんな所に一人でいるし。何かあったのか?」
口には出さなかったが、実はりおが先日3日間ほど警察学校を離れていたことを知っていた。
ココに入れば、休日を除いて外泊をすることはほとんどない。
せいぜい身内に良からぬことが起きた時くらいだ。
(おそらく…身内に何かあって、ふさぎ込んでいるのでは?)
景光はそう思っていた。
「なんでもないですよ」
景光の問いにりおは笑顔で答える。
「そう…か。ならいいんだ…」
自分の前では強がらないで欲しい…。
そう思っても、景光はそれを伝えることは出来ずにいた。
次の日もりおは元気が無かった。
職質の訓練中、りおは犯人役として立ち回っていた。
警官役を振り切って逃走を図る場面で、上手く立ち回れず誤って転倒してしまう。
ガターンッ!!
派手な音がしてそこにいた全員が息を飲んだ。
「おい! 広瀬大丈夫か?!」
教官が慌てて駆け寄った。
「は、はい。大丈夫です。申し訳ありません。私のミスです」
すぐに体を起こし、自分の位置に戻ろうと立ち上がる。
「ちょっと待て」
教官がりおの肘を掴む。
「い、痛ッ!」
思わず声が出て表情が歪んだ。
「ケガをしているな。医務室行ってこい。
そのあと俺のところに来るんだ。いいな」
「…はい」
りおは痛む腕を押さえ、唇を噛んだ。
「で。ケガの方は?」
教官の元へ駆けつけると、開口一番訊ねられた。
「軽い捻挫と打撲でした」
りおの左腕には白い包帯が巻かれている。
右手でそっと腕をさすった。
「そうか。大したことが無くて良かったな」
「はい。本当に申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げるりおの姿を、教官はジッと見つめる。
そんなやり取りをしている時に、景光は次の授業の準備のため、パーテーションで仕切られた別の教官のデスクに来ていた。
「ところで…家の方は落ち着いたのか?」
隣で教官の声が聞こえた。
「あ、はい。家の片付けもほぼ済みました。
春になったら納骨する予定です」
りおの声が聞こえて景光はドキッとする。
(納骨? やはり身内に不幸が…)
そう思った時だった。
「広瀬…、唯一の肉親だったおばあさんを亡くし、悲しいのは分かるが…。
今のままではいかんぞ」
「はい」
教官の厳しい指摘にりおが返事をしていた。
(唯一の肉親?)
景光は驚いた。
自分も早くに両親を亡くし、親戚の家で育てられた。
だが離れて暮してはいるものの、頼れる兄がいる。それだけで心強い。
(広瀬には…もう家族がいないのか?)
彼女の悲しさや寂しさを思うと、ズキリと心が痛んだ。
「ご心配をおかけして申し訳ありません。
祖母の事はずいぶん前から覚悟はできていました。
さすがに目の当たりにして…堪えましたが、明日からは大丈夫です」
「そうか。お前は成績もいいし、訓練も申し分ない。
みんな期待している。頑張れよ」
「はい。ありがとうございます」
そういうと、りおは自分の教場へ戻っていった。
「諸伏。そこにいるんだろう」
ついさっきまでりおと話していた教官が、パーテーション越しに声をかけた。
「えっ!! あ、はいッ!」
慌てて教官の元へと駆けつける。
「教官室で盗み聞きとはいい度胸だ」
「も、申し訳ありませんっ!」
ガバッと頭を下げる。それは見事な下げっぷりだった。
「お前…広瀬に惚れてるだろ」
「えぇッッ?!」
突然の指摘に、体をくの字にしたままへんな声が出た。
返す言葉も見つからない。
「お前達…境遇が似ている。
お前も早くに両親を亡くしていたな。広瀬もそうだ。
先日唯一の肉親だったおばあさんが、病気で亡くなったんだよ。
涙一つ見せないが、ここ数日の様子からするに相当堪えているはずだ。
まあ、相談相手になってやってくれ。
アイツは優秀だが…どこか儚げでな…。
そんなところは絶対ほかのヤツらには見せないんだが…。
俺の長年のカンってヤツが、広瀬の将来を心配しているんだ」
いつもは厳しい教官の目が、その時だけ優しさをたたえていた。
「はいッ!」
景光は力強く返事をした。