ペリドットとアンバー短編集
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5年前に遡る。
ケンバリが壊滅し、さくらがジン達に連れられて日本に帰ってきてから2ヶ月が過ぎた、ある日のことだった。
昼過ぎ——
さくらはとある店にベルモットに連れられてやって来た。
「中でジン達が待っているわ。さ、入って」
ベルモットに促され店に入る。完全個室制の品の良い店は、いたるところに花や絵画が飾られていた。
教育の行き届いたウエイターに案内されて、部屋に入る。そこにはすでにジン、ウォッカ、ライが席に着いていた。
「そこへ座れ」
ジンに目で合図されライの左隣に座る。
後ろから来たベルモットはさくらの左に座った。
全員が揃ったことを確かめると、
「お前のコードネームが決まった。今日から組織内ではラスティーと名乗れ」
ジンはさくらに向かって言った。
「ラスティー…ラスティー・ネイルね。錆びた釘という意味の、ウイスキーをベースにした甘いお酒。でもその甘さに油断して飲み過ぎると大変なことになるわ…。アルコール度数は40度前後。優しい見た目に反してめっぽう強い貴女にぴったりね」
ベルモットがからかうように言う。
「ラスティー…」
さくらは小さくつぶやいた。
そこへウエイターが姿を現す。
「コーヒーを5つだ」
ウォッカがウエイターに向かってオーダーした。
「あら、アルコールじゃないなんて珍しい」
ベルモットがジンに声をかける。
「まだ真っ昼間だ。この後任務もあるんでな」
「かしこまりました」
ウエイターが返事をして居なくなったことを確認し、「本題に入るぞ」とジンが低い声で言った。
「ライ、ベルモット、ラスティー。お前たち3人である男を葬ってもらう」
それまで目を閉じていたライが鋭い眼差しをジンに向けた。
ウォッカがジャケットの内ポケットから1枚の写真を取り出す。初老の男が写っていた。
「コイツは以前組織と取引があった男だ。海外から銃器や弾丸などを仕入れては売りさばく、いわゆる武器商人。ヤツの扱う武器は自動小銃やマシンガンなど、軍関係のモノが多い」
ジンは腕を組むと話を続けた。
「だが、最近ヘマをして日本警察からマークされている。組織への出入りも多かった為、捕まる前にやれと、あの方からの命令だ。
狙撃はライが。やつへの連絡はベルモット。そして狙撃ポイントへおびき出すのはラスティー…お前がやれ。
ヤツも警察からマークされていることに気付いている。ベルモットとは何度か会っているが、今回はさすがに警戒しているだろう。
新入りのやつに会わせたいと連絡するんだ。ヤツは無類の女好き。しかも黒や栗色の髪の女が好物だ。ラスティーの写真を見せればすぐに食いつく」
コンコン
そこまで話したところでドアをノックする音が聞こえた。
「失礼します」といって入ってきたウエイターがコーヒーを一つずつ目の前に置いていく。
最後にさくらの目の前に置くと、
「失礼致しました」と言って出て行った。
ジンはブラックのまま、一口コーヒーを飲んだ。ウォッカは砂糖とミルクをいれ、スプーンでゆっくり円を描く。
ライ、ベルモットもブラックのまま口を付けた。
ジンがゆっくりコーヒーカップを置く。
「狙撃の日時、場所はお前たちに任せる。期限は1週間。それまでに全てが終わっていればそれでいい」
「分かった」
ライがカップを持ったまま返事をした。
「飲まないの?」
ベルモットが小さな声でさくらに声をかける。
「え、ええ」
小さく返事をして、さくらはコーヒーカップを手に取り、一口すすった。その途端——
「ブッ!! ゴッ、ゴホッゴホッ!」
「ラ、ラスティー! どうしたの?」
ベルモットが驚き、声をかける。
「にがッ!」
さくらが顔をしかめてつぶやいた。
「お前…コーヒー飲めねえのか?」
呆れたようにジンが訊ねた。
「み、ミルクがたくさん入っていれば飲めるけど……」
さくらは顔を赤くし、バツが悪そうに答えた。
「カフェオレなら飲めるかしら?」
あらあら…と言いながら、ベルモットが注文し直してくれた。
「ガキかよ…」
ジンはコーヒーをすすりながらつぶやいた。
コーヒーを飲み終わると、「後は任せた」とだけ言って、ジンとウォッカは店を出て行った。
残った3人でターゲットを狙う日と詳細を決める。
ミルクたっぷりのカフェオレを美味しそうに飲むさくらを、やれやれ…という顔で見るふたりだった。
3日後——
ライはとあるビルの屋上でライフルにスコープを取り付けていた。
ワイヤレスイヤホンからベルモットの声が聞こえる。
「ライ聞こえる? ターゲットから連絡が来たわ。ラスティーの写真を見て大喜びよ。
30分後に駅前でラスティーと合流し、その後徒歩でホテル街に向かう手はずよ」
「了解。ラスティー聞こえるか?」
通信を切り替えライが声をかける。
「俺の位置から『モンスーン』というバーの看板が見える。その手前の路地に入れ。
10m行ったら体を低くしろ。それを合図に撃つ」
「分かったわ」
返事をしてラスティーは通信を切り、ワイヤレスイヤホンを耳から外した。
30分後——
「君が新入りの子かい?」
写真の男がラスティーに声をかけていきた。やや太った背の低い初老の男。ニヤリと嫌な笑みを浮かべている。
「ええ。何も分からなくて。とにかくここであなたに会うように言われてきたんです」
ラスティーが伏し目がちに言うと、男の顔は上気し、明らかに何かを期待する顔になる。
「そうか。なら私が手とり足とり君に教えてあげよう」
そう言うと、出会ったばかりのラスティーの肩に腕を回す。ふたりはホテル街へと足を進めた。
少し歩いたあと「あの、まずはお食事でも…」とラスティーは男に声をかける。すると男はやや不機嫌そうな顔をむけた。
「私はね、今いろいろ面倒を抱えていてね。出来れば出歩きたくないんだよ。だから今日はビジネスの話だけにしたいんだ。君にも私のことを良く知ってもらわねばならんしね」
男はラスティーの耳元で呟く。最後の言葉は色を含んでいた。
(やっぱりベルモットが言った通り、私を抱きたいだけなのね)
ラスティーは男に分からないように、そっとため息をついた。
やがて二人が歩く先に『モンスーン』という看板が見えてきた。
ラスティーは男の腕にしがみつき、胸を密着させる。
「ビジネスの話、早く私に聞かせてください。この先のバーの看板を曲がると、私のナイショの場所があるの」
男の耳元に口をよせ、吐息と共に呟く。
ラスティーの息が耳にかかり、男はぶるりと身震いさせた。直後にニヤリと何かを期待して、二人は看板を左に曲がる。
2m……4m……6m……8m……
ラスティーはフッと視線を上げる。ライは覗いているスコープ越しにラスティーと目が合った。
「ッ!」
10m!
ラスティーは男の腕を放し、体勢を低くする。
ターーン!
ぷしゃ!
ドサッ!
雑居ビルの壁に反射した銃声が聴こえ、ラスティーの顔に返り血が飛ぶ。その直後、男の体が地面に倒れ込んだ。
男は目を見開いたまま絶命していた。
「…ッ!」
ラスティーは思わず目を瞑り顔を逸らす。
数回深呼吸をして立ち上がるとイヤホンを装着し、電源をONにした。その手は小刻みに震えている。
せめて声が震えないように…そう思いながら、ヒリつく喉に力を入れて報告した。
「ターゲット死亡。オールクリア」
**
ライフルをバッグにしまっていると、階段を登ってくる足音が聞こえた。ライはとっさに物陰に隠れる。
「わたしよ」と声がした。
「ラスティーか?」
「ええ」
返事をしながらラスティーはライに近づいた。ライも姿を現し、「うまくいったな」と声をかける。
ファスナーの閉まる音がすると、ライはバッグを背負い、ラスティーの方を向いた。
返り血を浴びた顔が青ざめているように見えた。ライは思わずラスティーの顔に手を伸ばす。
「?! な、なに?」
ライの行動が理解できず、ラスティーは驚いて一歩下がった。
「顔に返り血が飛んでる。そのまま街をふらつけば、間違いなく職質されるぞ」
「えっ!?」
ラスティーは慌てて手の甲で血を拭った。その手がかすかにふるえている事にライは気付く。
「狙撃場所がここだと良く分かったな」
スコープ越しに目が合ったことを思い出し、ライは問いかけた。
「モンスーンという看板が見えて、途中の建物の隙間を縫って狙撃するとしたら、ここしかないと思って」
なるほど読みも正確だ。ケンバリで見た身のこなし、判断力、戦闘力。どれも鈍ってはいない。ライは感心した。
「そうか。で、なぜここに来た?」
任務は終わった。ここに来る意味はないはずだ。
「は、話がしたかっただけよ。隣でさっきまで生きてた人が目の前で死んで、そのまま何事もなく、ひとりで帰るのが嫌だった。それだけ」
「ケンバリではひとりで何人もの相手を倒していたのにか?」
ラスティーの言葉に驚いた様子でライが問いかけた。
「もう人が死ぬのを見るのが嫌になっただけよ。あの戦いは…犠牲が多すぎた……」
彼女の気持ちは理解出来た。
確かにあの戦いで彼女は多くの仲間を失った。
『仲間と共に死ぬ』という願いも叶わなかった。
彼女の心が傷付いている事は分かっていたが、今の自分に出来ることは何もない。
「ま、これでも飲んで、とっとと忘れることだ」
ライはポケットに忍ばせておいたものをラスティーに投げ渡す。
「じゃあな」
そう言って屋上を後にした。
ラスティーは受け取ったものを見る。
そこにあったのは…
『カフェオレ』と書かれた缶コーヒーだった。