ペリドットとアンバー短編集
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金曜日の夕方——
さくらと昴はスーパーに来ていた。
サカモトビルの火災後、工藤邸を出てアパートに戻ったさくらは、毎週金曜の仕事が終わると工藤邸に顔を出し、日曜の夜までそこで過ごしている。
昴からは「一緒に住もう」と言われたが、そもそもそこは工藤優作氏のお屋敷だ。
それに組織の一員である「ラスティー」と冲矢昴の接点が明るみになるのも、出来れば避けたかった。
**
昴がカートを押しながらさくらに声をかけた。
「今日の夕食何にしますか?」
「そうですね……まだまだ暑いですし…カレー食べたいですね。夏野菜カレーなんてどうでしょう?」
少し考えて、さくらは答えた。
「良いですね。カレーなら私も作れます」
ちょっぴり得意げに言う昴の言葉に、さくらは微笑んだ。
「元太くん達が土日に博士の家に来るなら甘口がいいかな? でも大人的には辛いのが食べたいなぁ…」
ルーやスパイスを手に取り、さくらは悩む。
「甘口のカレーなら少し冷凍してありますよ。平日も時々彼はお腹を空かせて来るのでね」
「あはは! いつでも準備万端ですね!」
カレーのおねだりをする元太の顔を思い出し、さくらは笑った。
トマトやズッキーニ、ナスなどをカゴに入れ会計へ向かう。
「財布、これ使ってください」
昴が自分の財布を手渡す。
「私、払いますよ」
さくらは断ったが昴が譲らなかったので、今回は甘えることにした。
いよいよ会計の順番。
「?」
昴はほんの少し違和感を感じる。
さくらが小銭を左手で出していた。
ただバッグも先ほど買った買い物袋も、すべて右手に掛けていたので、そのせいかと思い特に深く考えなかった。
家に帰って早速カレー作りを二人で始める。
玉ねぎは細かく切って炒めることにした。
りおの右手には包丁が握られている。トントントンという軽快な音と共に、あっという間に玉ねぎはみじん切りになった。
「お上手ですね」
感心して思わず褒めた。
「まあ…一人暮らし長いですから…」
照れたようにりおは答えた。
切った野菜を昴が炒める。
ターナーを左手に持ち、中火で焦がさないように炒めた。その間にりおは買い物袋からルーやスパイスを取り出した。
箱から出すとき、りおは左手で封を切る。
「?」
炒める手を止めること無くそれを見ていた昴は、再び違和感を感じた。
カレーは煮込みの段階に入り、りおは明日の朝食分までまとめてサラダを作った。
炊飯器を見るとご飯が炊き上がるまであと30分ほどだ。
「私、お風呂掃除してきますね。昴さんはテレビでも見ててください」
「お風呂掃除なら私が…」と昴が言いかけたが、
「たまには違う人が掃除すると目の付け所が違って良いんですよ」
と言ってりおはキッチンを出て行ってしまった。
仕方がないので、昴は先ほど取り込んだ洗濯物をたたむ。
男の一人暮らし…さほど量は無かったが。
テレビをつけ、リモコンでニュース番組を探した。
一時期よりもだいぶ減ったが、サカモト製薬のことが出ない日は無い。
今日も製薬会社と暴力団の黒い繋がりについて報じていた。
しばらくするとりおがリビングに入ってきた。
その時、ピーピーピーと阿笠邸に来客を知らせるアラームが鳴る。
リビングのキャビネットにあったワイヤレスイヤホンを、りおは左手で持つと耳につけた。
しばらく阿笠邸の様子を聞いていたが、りおはため息をつくとイヤホンを耳から外す。
「宅配サービスですね。博士が発明品の材料を頼んだみたいですよ」
ふと昴は、りおがイヤホンを左手で取って左耳に付け、左手で外した事に気づく。
「? …昴さんどうしました?」
「あ、いや…あなたは電話をかける時、いつも左耳に当てていましたっけ?」
「ええ。左耳ですね。右手でメモを取るときラクなので」
ああ、そうか。右利きの彼女にとってはその方が都合が良い。
むしろ自分は左利きなのに電話も左だから、メモを取る時は左肩でスマホを挟むか、右手で左耳に電話を当てるという不自然な手段を取らざるを得ない。
「どうしてそんなことを?」
りおが不思議そうに訊ねた。
「なんとなく…。好きな人のことは気になるんですかね…」
「ッ! …そっ、そろそろご飯炊けますよッ!」
真っ赤になったりおは、照れたことをごまかすようにキッチンへと行ってしまった。
炊き上がったご飯を皿によそって、カレーをかける。サラダを盛り付ければ夕食の準備は完了だ。
「「いただきます」」
ふたりで挨拶をして食べ始めた。
「……」
りおが食べている様子を、昴は気付かれないように観察した。
右手にスプーンを持ち、美味しそうにカレーを口に運ぶ。
自分は左手にスプーン。向かい合っているので、まるで鏡を見ているようだ。
「やっぱりりおは右利き…ですよねぇ…」
小さく呟いて、カレーを一口ほおばった。
「ッ! これは…」
夏野菜の香りとスパイスのバランス。
あまりの美味しさにさっきまで気にしていた事はすっかり失念した昴だった。
昴が感じたりおの利き手の違和感…解決するのは随分後になってから…本編にて。