ペリドットとアンバー短編集
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「さくらお姉さん!! こっちこっち!」
「早く来てくださいね~」
阿笠邸の庭で子どもたちがはしゃいでいる。
「すぐ行くわ~!」
そう返事をして、さくらはひとまず阿笠邸へと入った。
昴と作ったジャムと箱入りクラッカーを持って、そのままキッチンのカウンターへと足を進める。
「これ、あとで子ども達のおやつにどうぞ」部屋の中にいた哀に声をかけた。
「わあ、美味しそう! 子どもたち喜ぶわ」
哀がにっこり微笑んだ。
「ところで外で博士たち何しているの?」
さくらはワイワイと賑やかな庭に視線を移す。
「ああ、あれね。前に公安の誰かさんに協力して壊れちゃったドローンをまた作ったのよ。改良して3人分のコントローラーに画面も付けて、前より操縦しやすくしたの」
「へ~え! 博士なんでも作っちゃうわね」
さくらは感心しながら開いた窓辺に近づいた。
「あ! お姉さ~ん! 見てて~!」
さくらの姿に気付いた歩美がニコニコしながら叫んだ。
3…2…1…0!
掛け声に合わせて勢いよくドローンが空へと飛び立つ。
「子どもたち操縦うまいわね~」
さくらは笑顔で飛び立ったドローンを見上げた。
「そういえば今日昴さんは?」
いつも一緒に居る昴の姿が見えないのは珍しい。哀がさくらに訊ねた。
「あ、うん。今日は大学に顔出してくるって。夏休みだから教授たち居るかわからないけど、出来上がったレポートだけ置いてくるって言ってたわ」
哀にはこう言ったが、本当はジェームズに会いに出掛けた。サカモト製薬の本社ビルに潜入する際に必要な武器の準備が出来たため、その受け取りに行ったのだ。
作戦決行まであと4日と迫っていた。
「ふ~~。今日も暑いわね……」
8月に入って夏真っ盛りだ。今日も空には雲ひとつない。
子どもたちの歓声を聞きながら、さくらは空を見上げた。どこまでも続く青い空。
透き通るようなアンバーの瞳がそれを見つめる。
こんなふうにさくらが空を見つめている時、決まって少し寂しいような、でも優しい顔をすることに哀は気付いていた。
時々木々を揺らす風が吹く。
ザザッとひときわ強く吹いた風が、さくらと哀の頬を撫でた。
「さくらさん、時々そうやって空眺めてるわよね」
哀が声をかけた。
「え? あ…うん…そう…かな?」
さくらは照れくさそうに返事をした。
「空を見ている時って何を考えているの?」
いつか訊いてみたいと思っていた事を、哀は問いかけた。
(訊くなら…今しかない…)
何となくそんな気がしたから…。
「ん~。昔、マレーシアの組織に潜入していた時、孤独というか、寂しかったり悲しかったり辛いって思う事が時々あってね。そんな時よく空を見上げたの」
懐かしそうに目を細めながら、さくらは続ける。
「どこに居ても、どんなに離れていても、空は繋がっているでしょう?
日本にいる私の大好きな人も、この空の下にいる。もしかしたら、今頃同じようにこの空を見上げているのかなって。
そう考えるだけで、元気が出たわ」
穏やかな表情でさくらは話す。
強い風がまた、ふたりの間を通り過ぎた。
「こうやって風が吹けばね、今私の横を通り過ぎていったこの風が、海を渡って大好きな人の横を通り過ぎるのかなって思ってたわ。
ふふふ。単純でしょ? それだけで元気になるなんて」
照れくさそうにさくらは笑う。
大好きな人…それが「スコッチ」という人のことだと分かったが、哀は黙っていた。
さくらの寂しさと、そして強さを哀は感じた。
自分だったら、異国の地でさくらのように強くいれただろうか…。
ふとそんなことを考えた。
「ふぅ…」と小さくため息をつく。
「つまり、今自分の近くにいない誰かさんのことを思う時、空を見上げてしまう…ということかしら?」
憎まれ口のひとつでも言ってやろうと、哀は意地悪そうに微笑む。
「毎日顔を合わせているのにね。ごちそうさま」
ニヤリと笑ってカウンターのイスから降りると、哀は子どもたちがいる庭へと行ってしまった。
「ん?」
「あれ? 何の話をしていたんだっけ?『毎日』…って??」
ひとり取り残されたさくらの頭に「?」が浮かぶ。
(あ…さっき無意識に昴さんのことを考えて空、見てた? …かも?)
さくらの顔がボッと赤くなる。
哀の言ったことをようやく理解し、
「ご、誤解だよ~~」
と慌てて哀を追いかけた。
本当は優しい言葉のひとつでもかけたかったが、哀はどうしても言うことが出来なかった。
何を言っても、しょせん気休めになってしまう気がして…。
(彼女の心を守れるのは彼だけってことなのかな)
哀は心の中で小さくつぶやいた。