本編
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自分は何者か?そう問われて説明できる人は少ないだろう。私もその一人である。だが日常を平和に送っている人とは決定的に違うものを抱えていることは確か。では職業は?表向きに答えられる職で言えば翻訳家、だろうか。とにかく私はアンダーグラウンドで非日常で、とても危険な世界に住んでいる。
「カルヴァドス」
名を呼ばれ振り返れば、研究室のドアに背中を預けている秘密を愛する女。わざわざ彼女がここに足を運んでくるなんて珍しい。というのも調査員として活動している彼女はあまり1つの場所に留まらずアジトに帰還することも少ない。それでもアジトに帰った時は時間を作って顔を見せにきてくれる。
「久しぶりだね、ベルモット。まあお茶でも淹れるから中に入りなよ」
じゃ、お邪魔するわ、と高いヒールをカツカツと鳴らしながら研究スペースから少し離れたところにある使用感のないダイニングテーブルの椅子に腰を下ろした。いい塩梅に淹れることができた紅茶とお菓子を彼女と自分の前に置き向き合うように私も椅子に腰かける。ベルモットとは旧知の中で、実の所この組織に私を率いれたのも彼女だ。フリーの翻訳家として会社に属することなくフリーランスで仕事を請け負っていて、たまたま仕事の依頼をしてきた彼女と本の趣味があい意気投合し自然と仲良くなった。趣味でしていた研究の話しをすると彼女は私の才能を評価し、もっと良い設備を与えることと高給を引き換えに彼女が属する組織で働かないか、という話しを提案してきた。
趣味でしていたことがこんなに評価されるなんて嬉しかったし素人が手を出せない設備を使えるという美味しい話だったがまだ数回しかあったことがないし、その謎の組織に不信感もあり最初のうちはお断りしていた。しかし会う度に何度も熱烈なお誘いを受けとうとう私の方が折れてしまった。そこからはトントン拍子に話が進み承諾した日から僅か2週間程度で組織に属し研究所まで使えるようになった。それからベルモットは時々研究所に顔を出して様子を見に来てくれ、私には考えられないようなスリリングな経験談も土産話としてよく聞かせてくれる。
組織内で顔を認識されたくないという私の希望を尊重しベルモットとジン、そして旧知の仲であった志保ちゃん以外には会ったこともない。カルヴァドスという名前もベルが名付けてくれたもので結構気に入っている。人には言えない非人道的な職だが、ベルや志保ちゃんがいるからやっていけてるのだと思う。
「ちょっと、カル聞いてる?」
「へ?····あァ、ごめん、ごめん。なんだっけ?」
「もう·····だから!組織に新入りが入ったのよ!名前はバーボンよ。ま、カルは会うことないだろうけど、一応、ね。」
ベルが言うには調査員としてバーボンという新入りが組織入りし、その男は中々にデキる男で、彼女を含め組織のメンバーは1目置いているらしい。会うことはないので私には関係ない話だが嬉しそうに話しているベルが可愛いので真剣に話を聞くことにした。
寒くもない暑くもない愛すべき季節がもうそこまで来ている。最近している研究の結果が良い数値を叩きだしそちらばかりに手を焼いていた。仕事用パソコンを開くと仕事の依頼が何件か舞い込んでいたため久しぶりに、仮にも本業の翻訳をしようと仕事に取りかかるために外出の準備をする。自宅で黙々と作業するのもいいが近所の喫茶店でした方が捗るのだ。理由は至極簡単。喫茶店ポアロに気にある人がいるからだ。もちろん集中は出来ないが楽しく仕事をすることが出来る。
オルゴール調のゆったりとした曲がかかっている店内の隅っこの方でノートパソコンとにらめっこしているわけだが、視界の端に時々はいる彼が気になりチラリと様子を伺ってしまう。店内は女性が圧倒的に多くその殆どの人が彼を見ている。それもそのはずだ、スラリとした長身に抜群のスタイル。それに加えて顔も整っているときた。接客においても愛想が良くいつもニコニコしている。人気がないわけがない。ここにいる女性の多くはその魅力に惹かれてきている。かくいう私もその一人なのだ。今まで何度か男性経験を経てきたがこれまで以上にファーストインプレッションで衝撃を受けた相手はいなかった。彼を一目見た時、「あ、この人が私の運命の人だ」と直感が告げた。もちろん今まで研究者としてそんな非科学的な定説を卑下してきたがその考えを払拭できるくらいの衝撃だった。しかし残念ながら今の私には彼にアプローチできる材料なんてこれっぽちも持ち合わせてなんかないし、学生のように自分の気持ちをイキナリ相手にぶつけるなんていう勇気もとうの昔に置いてきてしまった。もし万が一にも、いや億が一に想いを受け入れて貰えたとしても、私は人として非人道的なコトをしている。日向で生きる彼に愛してもらう資格すら持ち合わせていない。随分ネガティブなことを言ってしまったがこれが現実。かといって組織に属していることを後悔しているわけではない。大変なこともあったけどやりがいだってあるし、ベルモットや宮野志保とも友達になれた。今は灰原哀という偽名で暮らしているそうだが、組織を離れたあとでも実はひっそりと連絡しあっている。
彼にもう一度視線をやると女性客に一緒に食事しようなどと誘われている。丁寧に断る安室さんだったがそれでも、と引き下がる客に対し「困ったな…」と苦笑いを浮かべ人差し指で頬を搔いた。明らかに迷惑そうにしている彼だがその優しさが邪魔をしてきっぱり断れないでいるようだ。結局店長である女性が助け船を出す形となってその場は収まった。勤務中にナンパされることが多いために店長さんもあしらい方に慣れがでている。
「(また人間観察してしまった…。)」
私の悪いくせである。研究をしているためか、そういった性なのかは分からないがよく人の動きを観察してしまう癖がある。そういったものが研究においては意外な発見に繋げられる良い能力なのだろうが、人間同士のコミュニケーションにおいてはそうではない。観察される側は決して気持ちがいいものではないし、普段は意識して観察しないようにしているのだが、如何せん気を抜くとほぼ無意識にしてしまう悪癖である。この悪癖もたまには役に立つようでおかけで安室さんがよくする癖や表情を知ることが出来た。
安室さんは困った時によく苦笑いで頬を搔く癖があり、一見感情を表に出さず大人な対応が出来るようにも見えるが、本当は誰よりも感受性が豊かで思ったことがすぐ顔に出る。過度な人間観察は悪癖などと言ったが、なんだかんだ言って遠い彼のことを知れる私の自慢の能力なのだ。
ようやく仕事の目処がついた頃、今日はこのくらいにしようとその場で大きく伸びをする。人で賑わっていた店内も疎らになっていて、空はキャラメル色に染まっている。集中すると時間の経過を忘れてしまうことはよくあることで、ベルにも体を壊しかねないから気をつけろと何度も注意を受けた。広げていた書類を簡単に片付け自分へのご褒美に甘いものでも頼んで帰ろうとメニュー表を開いてにらめっこ。
「よろしければ、これ。サービスです。ココアはお好きですか?随分集中していらしたので声をかけるタイミングが見つからなくて…」
いきなり話しかけられたことへ驚き一拍置いて声の方向を見ると笑顔で私に話しかける安室さん。思考能力に若干の自信がある私だがまったく想定していなかった状況に直ぐに返事を返すことが出来なかった。
「ああ、すみません。迷惑でしたよね…。」
「……えっ、あっ、いや全然!全然迷惑なんかじゃないです。むしろとても嬉しいというか…安室さんに話しかけてもらえるなんて、と一瞬現実かどうかを疑ってたんです…あっすみません。気持ち悪い事言いましたよね。うぅ…今のは忘れて下さい。あとココアもありがとうございます…ちょうど甘いものを摂取したかったんです。」
もう自分がなにを言っているのか整理が追いつかない。好意とも受け取れる咄嗟に出た言葉を訂正するため次から次へと早口で捲し立ててしまう。
「ふふっ。とてもユニークな方ですね!別に気持ち悪くないですよ。喜んでもらえて何よりです。…ではごゆっくりどうぞ」
笑みを浮かべながら小さく礼をしてカウンターの方に戻っていった。恥ずかしくてカウンターの方を見ることが出来ず、心臓も高速で脈打っている。顔に熱が集中していて耳まで赤くなっているはずだ。これではあなたが気になります、好きです。と言っているも同然ではないか。学生じゃあるまいし、この年でこんな初心な態度を取れる自分にも驚きだった。
ああ、これが恋なのだ。年齢関係なしに純粋な気持ちが溢れでてくる。今の私はきっとなんでも出来る、そんな気がした。
「カルヴァドス」
名を呼ばれ振り返れば、研究室のドアに背中を預けている秘密を愛する女。わざわざ彼女がここに足を運んでくるなんて珍しい。というのも調査員として活動している彼女はあまり1つの場所に留まらずアジトに帰還することも少ない。それでもアジトに帰った時は時間を作って顔を見せにきてくれる。
「久しぶりだね、ベルモット。まあお茶でも淹れるから中に入りなよ」
じゃ、お邪魔するわ、と高いヒールをカツカツと鳴らしながら研究スペースから少し離れたところにある使用感のないダイニングテーブルの椅子に腰を下ろした。いい塩梅に淹れることができた紅茶とお菓子を彼女と自分の前に置き向き合うように私も椅子に腰かける。ベルモットとは旧知の中で、実の所この組織に私を率いれたのも彼女だ。フリーの翻訳家として会社に属することなくフリーランスで仕事を請け負っていて、たまたま仕事の依頼をしてきた彼女と本の趣味があい意気投合し自然と仲良くなった。趣味でしていた研究の話しをすると彼女は私の才能を評価し、もっと良い設備を与えることと高給を引き換えに彼女が属する組織で働かないか、という話しを提案してきた。
趣味でしていたことがこんなに評価されるなんて嬉しかったし素人が手を出せない設備を使えるという美味しい話だったがまだ数回しかあったことがないし、その謎の組織に不信感もあり最初のうちはお断りしていた。しかし会う度に何度も熱烈なお誘いを受けとうとう私の方が折れてしまった。そこからはトントン拍子に話が進み承諾した日から僅か2週間程度で組織に属し研究所まで使えるようになった。それからベルモットは時々研究所に顔を出して様子を見に来てくれ、私には考えられないようなスリリングな経験談も土産話としてよく聞かせてくれる。
組織内で顔を認識されたくないという私の希望を尊重しベルモットとジン、そして旧知の仲であった志保ちゃん以外には会ったこともない。カルヴァドスという名前もベルが名付けてくれたもので結構気に入っている。人には言えない非人道的な職だが、ベルや志保ちゃんがいるからやっていけてるのだと思う。
「ちょっと、カル聞いてる?」
「へ?····あァ、ごめん、ごめん。なんだっけ?」
「もう·····だから!組織に新入りが入ったのよ!名前はバーボンよ。ま、カルは会うことないだろうけど、一応、ね。」
ベルが言うには調査員としてバーボンという新入りが組織入りし、その男は中々にデキる男で、彼女を含め組織のメンバーは1目置いているらしい。会うことはないので私には関係ない話だが嬉しそうに話しているベルが可愛いので真剣に話を聞くことにした。
寒くもない暑くもない愛すべき季節がもうそこまで来ている。最近している研究の結果が良い数値を叩きだしそちらばかりに手を焼いていた。仕事用パソコンを開くと仕事の依頼が何件か舞い込んでいたため久しぶりに、仮にも本業の翻訳をしようと仕事に取りかかるために外出の準備をする。自宅で黙々と作業するのもいいが近所の喫茶店でした方が捗るのだ。理由は至極簡単。喫茶店ポアロに気にある人がいるからだ。もちろん集中は出来ないが楽しく仕事をすることが出来る。
オルゴール調のゆったりとした曲がかかっている店内の隅っこの方でノートパソコンとにらめっこしているわけだが、視界の端に時々はいる彼が気になりチラリと様子を伺ってしまう。店内は女性が圧倒的に多くその殆どの人が彼を見ている。それもそのはずだ、スラリとした長身に抜群のスタイル。それに加えて顔も整っているときた。接客においても愛想が良くいつもニコニコしている。人気がないわけがない。ここにいる女性の多くはその魅力に惹かれてきている。かくいう私もその一人なのだ。今まで何度か男性経験を経てきたがこれまで以上にファーストインプレッションで衝撃を受けた相手はいなかった。彼を一目見た時、「あ、この人が私の運命の人だ」と直感が告げた。もちろん今まで研究者としてそんな非科学的な定説を卑下してきたがその考えを払拭できるくらいの衝撃だった。しかし残念ながら今の私には彼にアプローチできる材料なんてこれっぽちも持ち合わせてなんかないし、学生のように自分の気持ちをイキナリ相手にぶつけるなんていう勇気もとうの昔に置いてきてしまった。もし万が一にも、いや億が一に想いを受け入れて貰えたとしても、私は人として非人道的なコトをしている。日向で生きる彼に愛してもらう資格すら持ち合わせていない。随分ネガティブなことを言ってしまったがこれが現実。かといって組織に属していることを後悔しているわけではない。大変なこともあったけどやりがいだってあるし、ベルモットや宮野志保とも友達になれた。今は灰原哀という偽名で暮らしているそうだが、組織を離れたあとでも実はひっそりと連絡しあっている。
彼にもう一度視線をやると女性客に一緒に食事しようなどと誘われている。丁寧に断る安室さんだったがそれでも、と引き下がる客に対し「困ったな…」と苦笑いを浮かべ人差し指で頬を搔いた。明らかに迷惑そうにしている彼だがその優しさが邪魔をしてきっぱり断れないでいるようだ。結局店長である女性が助け船を出す形となってその場は収まった。勤務中にナンパされることが多いために店長さんもあしらい方に慣れがでている。
「(また人間観察してしまった…。)」
私の悪いくせである。研究をしているためか、そういった性なのかは分からないがよく人の動きを観察してしまう癖がある。そういったものが研究においては意外な発見に繋げられる良い能力なのだろうが、人間同士のコミュニケーションにおいてはそうではない。観察される側は決して気持ちがいいものではないし、普段は意識して観察しないようにしているのだが、如何せん気を抜くとほぼ無意識にしてしまう悪癖である。この悪癖もたまには役に立つようでおかけで安室さんがよくする癖や表情を知ることが出来た。
安室さんは困った時によく苦笑いで頬を搔く癖があり、一見感情を表に出さず大人な対応が出来るようにも見えるが、本当は誰よりも感受性が豊かで思ったことがすぐ顔に出る。過度な人間観察は悪癖などと言ったが、なんだかんだ言って遠い彼のことを知れる私の自慢の能力なのだ。
ようやく仕事の目処がついた頃、今日はこのくらいにしようとその場で大きく伸びをする。人で賑わっていた店内も疎らになっていて、空はキャラメル色に染まっている。集中すると時間の経過を忘れてしまうことはよくあることで、ベルにも体を壊しかねないから気をつけろと何度も注意を受けた。広げていた書類を簡単に片付け自分へのご褒美に甘いものでも頼んで帰ろうとメニュー表を開いてにらめっこ。
「よろしければ、これ。サービスです。ココアはお好きですか?随分集中していらしたので声をかけるタイミングが見つからなくて…」
いきなり話しかけられたことへ驚き一拍置いて声の方向を見ると笑顔で私に話しかける安室さん。思考能力に若干の自信がある私だがまったく想定していなかった状況に直ぐに返事を返すことが出来なかった。
「ああ、すみません。迷惑でしたよね…。」
「……えっ、あっ、いや全然!全然迷惑なんかじゃないです。むしろとても嬉しいというか…安室さんに話しかけてもらえるなんて、と一瞬現実かどうかを疑ってたんです…あっすみません。気持ち悪い事言いましたよね。うぅ…今のは忘れて下さい。あとココアもありがとうございます…ちょうど甘いものを摂取したかったんです。」
もう自分がなにを言っているのか整理が追いつかない。好意とも受け取れる咄嗟に出た言葉を訂正するため次から次へと早口で捲し立ててしまう。
「ふふっ。とてもユニークな方ですね!別に気持ち悪くないですよ。喜んでもらえて何よりです。…ではごゆっくりどうぞ」
笑みを浮かべながら小さく礼をしてカウンターの方に戻っていった。恥ずかしくてカウンターの方を見ることが出来ず、心臓も高速で脈打っている。顔に熱が集中していて耳まで赤くなっているはずだ。これではあなたが気になります、好きです。と言っているも同然ではないか。学生じゃあるまいし、この年でこんな初心な態度を取れる自分にも驚きだった。
ああ、これが恋なのだ。年齢関係なしに純粋な気持ちが溢れでてくる。今の私はきっとなんでも出来る、そんな気がした。