本編
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「…という作戦でいくので。きちんと覚えといてくださいね。」
「はい、わかりました。」
昼下がりの車内で若い男女が二人。傍からみれば恋人に見えなくもない……はず。まあ、女性の方は私であり私ではないが。今回の打ち合わせも誰かに聞かれては困るので彼の乗ってきた車で行い、記録を残すのも危険だということで言われたことを全て脳に叩き込んだ。本当に覚えられます?と馬鹿されたが一応これでも研究者なのだ。記録力は良いほうだ。
「あ、あの。聞きたいことがあって…。」
「なんですか?」
「どうして私なのかなって…ジンさんに聞きました。バーボンさんが私を指名したって。今回の任務は少しハードだと聞いています。潜入捜査ならもっと他の人で適任な方がいらっしゃると思います。」
「ああ、そのことですか。そうですね…まあ強いて言うならあなたの顔を利用したい、と言っておきましょうかね。世間では好まれる顔をしていますからね。男の懐に入るのも上手そうですし。」
失礼な男である、能力を褒められているのならまだしも、外見だけって。お前の長所は顔だけだと言われているようなものだ。この顔は本当の私じゃないわけで怒りは抑えられたものの本当の私の時に言われていたらキレていたかもしれない。
彼は本当に親切で紳士的で明るい安室さんと同一人物なのかと疑ってしまうほど性格がかけ離れてしまっていてあの傷の一件が無ければ別の人だと思ってしまうだろう。
「…はあ、そうですか。納得は出来ませんけど、いい意味で受け取っておきますね。」
「良いも悪いも別にないですよ?それに先ほどのは冗談です。カルヴァドスさんは潜入捜査が初めてのようでしたから。僕でよければあなたのスキルアップをして差し上げたいと思ったんです。いつ潜入に駆り出されるか分かりませんからね。今のうちに慣らした方がいいでしょう。」
「バーボンさん……。」
どうやら私のことを想ってしてくれたことらしい。怒りでモヤッとしていた胸の中も今やそんな感覚など消え去ってしまった。彼には彼の考えがあったらしい。組織に入れる人だから一癖も二癖もあるのだろうと思っていたが、きっと根が真面目でいい人なのだろう。
「聞きたいことはそれだけですか?これからどうしても抜けられない予定が入っているのでそろそろお送りしたいのですが。」
「えっあっ、はい。すみません…。もう大丈夫です。」
良い人、なんだろうけど。一々棘がある物言いなんだよなあ。
ハンドルにかけていた左手をソロリとシフトレバーを握りアクセルをゆっくりと踏み込んだ。同時に車も発車する。特に話す話題もなく静かな社内に気まずさを覚えながら何か話題はないかと脳を働かせる。組織内において自分の話をすることは、のちの弱みにつながる可能性を秘めている。例えば趣味や好きなものを質問したとしても答えてはくれるだろうが、所詮それは偽りの回答にしかすぎない。この気まずい空気を払拭するため意を決して口を開いた。
「…バーボンさんって普段何されてるんですか?」
「そうですね、時間がある時は筋トレをしてますかね。あとは自家栽培もしてます。」
筋トレは何となく分かるが、自家栽培は意外だった。
「自家栽培って何育ててるんですか?」
「簡単なものですよ。プチトマトやセロリを育てています。」
「へえ!ってことは自分で料理とかもされるんですか?」」
「しますよ。外食して美味しかった料理の再現なんかもします。結構おもしろいですよ。」
まさか自炊するなんて驚きだ。私も簡単なものなら作れるが、お店の味を再現するくらいだからきっと料理の腕も相当なものと見て取れる。車内の空気もだいぶ和らいでつい本音が漏れてしまった。
「すごいですね。料理上手なんでしょうね。機会があったら食べてみたいです。」
「フフ、普通です。いいですよ、僕結構作りすぎちゃって余らせてしまうんです。また作ったらカルヴァドスさんに届けます。」
上手いことはぐらかされるものだと思っていたから、予想外の返答に私が困惑してしまい運転席のバーボンさんを見つめてしまう。
視線に気づいた彼が視線だけを一瞬こちらに向けて微笑む。愛おしいものに向けるような眼差しを浴びてどうすればいいか分からないでいると、どうしました?と言葉を投げかけられる。咄嗟に運転している姿がカッコいいと口走ってしまう。しまった、これじゃまるで軟派な女に思われてしまう。ただでさえ今の外見が派手なのに’’軽そうな女’’に拍車がかかってしまうではないか…。
「いや、えっとこれは!変な意味じゃなくて!た、ただ純粋に思ったことが口から出ちゃったというか…。とりあえず!気にしないでください!…はい。」
「ハハッ、そんなに慌てなくても。褒められるとは嬉しいです。」
バーボンさんの反応は至って普通。きっとかっこいいなんて言われ慣れているんだろう。
アジトまで着くくらいには時間が経っていたのか、フロントガラスの外を見れば見慣れた景色が流れている。
「送っていただいてありがとうございました。」
「お構いなく。ではまた打ち合わせ通り当日に。」
軽く会釈しバーボンさんが出発するのを見送る。ああ、緊張した。私は彼の秘密を知ってしまったわけだし、……あと好意も寄せている。アプローチする気がないにしろ意中の相手と狭い空間にいるのは幾つになってもドキドキしてしまうものみたいだ。
研究室に入るとベルに施してもらったメイクを丁寧に落としていく。タオルを顔にあてながら鏡に映った自分を見やると見慣れた私がこちらを見ている。別人になるのも楽しいものだがやっぱり生まれ持った自分のままが一番落ち着く。外はもう暗くなっていて、自宅に帰るだけなのに今からまたメイクをするのも面倒なのでアイブロウだけで済ます。
研究室のカギをしっかり閉めたことを確認し家に向かおう、と思ったが、なんとなく、そう。なんとなく家に帰りたくなかった。進むべき方向を変え大通りに出る。
目の前にはポアロの文字が刻み込まれたガラス窓。中をちらりと伺うと安室さんが親しげに店員さんと談笑しているのが見える。お客さんも少ないし、来店して二人の会話を途切れさすことに申し訳なさが募ったが、お腹も空いているしここまで来た手前引き返すのも、と思い思い切って入店のベルを鳴らした。
いらっしゃいませ、と明るい声に出迎えられ女性の店員さんに席まで案内された。ご注文が決まったら呼んでくださいね、と言われメニュー表を手渡される。いつも食べているサンドウィッチもいいが夜ご飯に選ぶには軽くてしばらくしたらまたお腹が空いてしまいだろう。トマトクリームパスタの文字に目がとまりこれにしようと、すみませんと声をあげた。お客さんの少ない店内は音が通りやすく思った以上に自分の声が店中に響き渡ってしまった。恥ずかしい。
「お待たせしました。ご注文をどうぞ。」
先ほどまで会っていた彼が伝票を手にやってきた。外せない用事とはアルバイトのことだったよう。バーボンさんはしないような人の良い笑顔を浮かべている。本当の彼は一体どっちなんだろう?どちらも偽っているのだろうか?…それともどちらも本当の彼なのか。
考えても無駄なことだと気づき慌てて思考を脳の端に追いやった。
「トマトクリームパスタとメロンソーダをください。あと食後にデザートが食べたいんですけど、おすすめってありますか?」
「トマトクリームパスタとメロンソーダですね。おすすめはプリンアラモードです。今日は僕が腕によりを振るって作っちゃいました!」
「フフ、それはおいしいですね。じゃあそれにします。」
かしこまりました、と伝票にペンを走らせ終わると丁寧なお辞儀で席を離れた。
「はい、わかりました。」
昼下がりの車内で若い男女が二人。傍からみれば恋人に見えなくもない……はず。まあ、女性の方は私であり私ではないが。今回の打ち合わせも誰かに聞かれては困るので彼の乗ってきた車で行い、記録を残すのも危険だということで言われたことを全て脳に叩き込んだ。本当に覚えられます?と馬鹿されたが一応これでも研究者なのだ。記録力は良いほうだ。
「あ、あの。聞きたいことがあって…。」
「なんですか?」
「どうして私なのかなって…ジンさんに聞きました。バーボンさんが私を指名したって。今回の任務は少しハードだと聞いています。潜入捜査ならもっと他の人で適任な方がいらっしゃると思います。」
「ああ、そのことですか。そうですね…まあ強いて言うならあなたの顔を利用したい、と言っておきましょうかね。世間では好まれる顔をしていますからね。男の懐に入るのも上手そうですし。」
失礼な男である、能力を褒められているのならまだしも、外見だけって。お前の長所は顔だけだと言われているようなものだ。この顔は本当の私じゃないわけで怒りは抑えられたものの本当の私の時に言われていたらキレていたかもしれない。
彼は本当に親切で紳士的で明るい安室さんと同一人物なのかと疑ってしまうほど性格がかけ離れてしまっていてあの傷の一件が無ければ別の人だと思ってしまうだろう。
「…はあ、そうですか。納得は出来ませんけど、いい意味で受け取っておきますね。」
「良いも悪いも別にないですよ?それに先ほどのは冗談です。カルヴァドスさんは潜入捜査が初めてのようでしたから。僕でよければあなたのスキルアップをして差し上げたいと思ったんです。いつ潜入に駆り出されるか分かりませんからね。今のうちに慣らした方がいいでしょう。」
「バーボンさん……。」
どうやら私のことを想ってしてくれたことらしい。怒りでモヤッとしていた胸の中も今やそんな感覚など消え去ってしまった。彼には彼の考えがあったらしい。組織に入れる人だから一癖も二癖もあるのだろうと思っていたが、きっと根が真面目でいい人なのだろう。
「聞きたいことはそれだけですか?これからどうしても抜けられない予定が入っているのでそろそろお送りしたいのですが。」
「えっあっ、はい。すみません…。もう大丈夫です。」
良い人、なんだろうけど。一々棘がある物言いなんだよなあ。
ハンドルにかけていた左手をソロリとシフトレバーを握りアクセルをゆっくりと踏み込んだ。同時に車も発車する。特に話す話題もなく静かな社内に気まずさを覚えながら何か話題はないかと脳を働かせる。組織内において自分の話をすることは、のちの弱みにつながる可能性を秘めている。例えば趣味や好きなものを質問したとしても答えてはくれるだろうが、所詮それは偽りの回答にしかすぎない。この気まずい空気を払拭するため意を決して口を開いた。
「…バーボンさんって普段何されてるんですか?」
「そうですね、時間がある時は筋トレをしてますかね。あとは自家栽培もしてます。」
筋トレは何となく分かるが、自家栽培は意外だった。
「自家栽培って何育ててるんですか?」
「簡単なものですよ。プチトマトやセロリを育てています。」
「へえ!ってことは自分で料理とかもされるんですか?」」
「しますよ。外食して美味しかった料理の再現なんかもします。結構おもしろいですよ。」
まさか自炊するなんて驚きだ。私も簡単なものなら作れるが、お店の味を再現するくらいだからきっと料理の腕も相当なものと見て取れる。車内の空気もだいぶ和らいでつい本音が漏れてしまった。
「すごいですね。料理上手なんでしょうね。機会があったら食べてみたいです。」
「フフ、普通です。いいですよ、僕結構作りすぎちゃって余らせてしまうんです。また作ったらカルヴァドスさんに届けます。」
上手いことはぐらかされるものだと思っていたから、予想外の返答に私が困惑してしまい運転席のバーボンさんを見つめてしまう。
視線に気づいた彼が視線だけを一瞬こちらに向けて微笑む。愛おしいものに向けるような眼差しを浴びてどうすればいいか分からないでいると、どうしました?と言葉を投げかけられる。咄嗟に運転している姿がカッコいいと口走ってしまう。しまった、これじゃまるで軟派な女に思われてしまう。ただでさえ今の外見が派手なのに’’軽そうな女’’に拍車がかかってしまうではないか…。
「いや、えっとこれは!変な意味じゃなくて!た、ただ純粋に思ったことが口から出ちゃったというか…。とりあえず!気にしないでください!…はい。」
「ハハッ、そんなに慌てなくても。褒められるとは嬉しいです。」
バーボンさんの反応は至って普通。きっとかっこいいなんて言われ慣れているんだろう。
アジトまで着くくらいには時間が経っていたのか、フロントガラスの外を見れば見慣れた景色が流れている。
「送っていただいてありがとうございました。」
「お構いなく。ではまた打ち合わせ通り当日に。」
軽く会釈しバーボンさんが出発するのを見送る。ああ、緊張した。私は彼の秘密を知ってしまったわけだし、……あと好意も寄せている。アプローチする気がないにしろ意中の相手と狭い空間にいるのは幾つになってもドキドキしてしまうものみたいだ。
研究室に入るとベルに施してもらったメイクを丁寧に落としていく。タオルを顔にあてながら鏡に映った自分を見やると見慣れた私がこちらを見ている。別人になるのも楽しいものだがやっぱり生まれ持った自分のままが一番落ち着く。外はもう暗くなっていて、自宅に帰るだけなのに今からまたメイクをするのも面倒なのでアイブロウだけで済ます。
研究室のカギをしっかり閉めたことを確認し家に向かおう、と思ったが、なんとなく、そう。なんとなく家に帰りたくなかった。進むべき方向を変え大通りに出る。
目の前にはポアロの文字が刻み込まれたガラス窓。中をちらりと伺うと安室さんが親しげに店員さんと談笑しているのが見える。お客さんも少ないし、来店して二人の会話を途切れさすことに申し訳なさが募ったが、お腹も空いているしここまで来た手前引き返すのも、と思い思い切って入店のベルを鳴らした。
いらっしゃいませ、と明るい声に出迎えられ女性の店員さんに席まで案内された。ご注文が決まったら呼んでくださいね、と言われメニュー表を手渡される。いつも食べているサンドウィッチもいいが夜ご飯に選ぶには軽くてしばらくしたらまたお腹が空いてしまいだろう。トマトクリームパスタの文字に目がとまりこれにしようと、すみませんと声をあげた。お客さんの少ない店内は音が通りやすく思った以上に自分の声が店中に響き渡ってしまった。恥ずかしい。
「お待たせしました。ご注文をどうぞ。」
先ほどまで会っていた彼が伝票を手にやってきた。外せない用事とはアルバイトのことだったよう。バーボンさんはしないような人の良い笑顔を浮かべている。本当の彼は一体どっちなんだろう?どちらも偽っているのだろうか?…それともどちらも本当の彼なのか。
考えても無駄なことだと気づき慌てて思考を脳の端に追いやった。
「トマトクリームパスタとメロンソーダをください。あと食後にデザートが食べたいんですけど、おすすめってありますか?」
「トマトクリームパスタとメロンソーダですね。おすすめはプリンアラモードです。今日は僕が腕によりを振るって作っちゃいました!」
「フフ、それはおいしいですね。じゃあそれにします。」
かしこまりました、と伝票にペンを走らせ終わると丁寧なお辞儀で席を離れた。