【短編】リヴァイ・アッカーマン
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昨夜の喧騒が嘘のように、調査兵団の朝は残酷なほどの静寂と、鋭い日差しを連れてやってきた。
ナマエは、割れるような頭痛とともに目を覚ました。こめかみの奥で、誰かが鐘を乱打しているような鈍い痛みが走る。視界が白く霞み、喉の奥は焼けるように乾いていた。
「……飲みすぎた。完全に、やりすぎた」
ぼやけた意識の中で、断片的な記憶が泥のように浮かんでは消える。兵団の打ち上げ。珍しく配給された度数の高いエール。笑い声。そして……。
そこから先の記憶は、濃い霧に包まれたように真っ白だった。
這いずるようにして身支度を整え、食堂へと向かう廊下に足を踏み出す。すると、いつもとは違う異様なざわめきが耳に届いた。
「おい、聞いたか? 兵長の私物が盗まれたらしいぞ」
「冗談だろ。あの人の部屋に忍び込んで生きて帰れる奴なんて、この世にいるのかよ」
(盗難……? あのリヴァイ兵長の私物を?)
ナマエは他人事のように、小さく首を傾げた。あんな恐ろしい男から何かを奪おうなどと考える不届き者が、この狭い兵団内にいるのだろうか。もし捕まれば、掃除の刑では済まないはずだ。
食堂の重い扉を開けると、そこには、これまでの人生で見たことがないほど深く眉間に皺を寄せたリヴァイが立っていた。彼の周囲だけ、空気が氷点下まで凍りついているかのような錯覚を覚える。
「……昨夜、俺の私物に触れた馬鹿がいる。名乗り出るなら今のうちだ。削がれたくなければな」
リヴァイの声は低く、地を這うような威圧感を孕んでいた。食堂に集まった兵士たちは、一斉に視線を逸らし、石像のように固まっている。
ナマエは、その氷のような視線と一瞬だけ交差したが、特にやましいこともないので、心の中で(犯人は誰だろう。可哀想に、見つかったら最後だな)と、どこか暢気に同情さえしていた。
「……チッ。どいつもこいつもしらばっくれやがって」
リヴァイは忌々しそうに吐き捨てると、冷徹な瞳で全員を見渡した。
「いいだろう。今日、この後、全兵士の自室抜き打ち清掃検査を行う。埃一つ、塵一つの見落としも許さねぇ。……それと、余計な私物が紛れ込んでいないかも、徹底的に洗わせてもらうぞ」
その宣言に、食堂内には絶望の溜息が漏れたが、ナマエは依然として平然としていた。彼女の部屋は常に清潔であり、隠し事など何一つない。そう、確信していたからだ。
午後。
リヴァイの清掃検査という名の家宅捜索が、順次執り行われていた。
廊下には、一室ごとに響く扉の開閉音と、リヴァイの辛辣な叱責の声が響き渡る。
「棚の裏に綿埃が溜まっている。やり直しだ」
「ベッドの下が死体安置所のように汚ぇ。腕立て五十回だ」
そして、ついにナマエの部屋の番がやってきた。
「入るぞ」
リヴァイは、いつも通りの無表情で部屋に踏み込んだ。ナマエは、入り口の横で背筋を伸ばし、潔く彼を迎え入れた。
「どうぞ、兵長。隅々までチェックしてください。自信はあります」
ナマエは、明るく、それでいて芯のある口調で答えた。
リヴァイは無言で、部屋を見渡した。窓から差し込む陽光が、丁寧に磨かれた木製の机や、整えられたベッドを照らしている。彼は指先で棚をなぞり、埃が付着していないことを確認すると、ふと、部屋の隅にある古いタンスに目を止めた。
一つ一つ、引き出しが開けられていく。
上段の書類、中段の予備の制服。そして、最下段――。
リヴァイの手が、その引き出しの取っ手にかかった瞬間だった。
(……待って)
ナマエの脳裏に、突如として鮮明な映像がフラッシュバックした。
昨夜の打ち上げの終わり。片付けをするリヴァイの背中。彼が椅子に置いていた、白い布。
それを抱きしめ、頬を寄せた時の、清廉な石鹸と、彼自身の濃厚な、けれど落ち着く匂い。
『いい匂い……。これ、私が守ってあげなきゃ』
酔っ払った自分の、あまりにも身勝手で支離滅裂な独白。そして彼女は、それを奪うように抱え、自室へ持ち帰り、一番安全な場所『下着入れ』に隠したのだ。
「ま、待ってください! そこはダメです!」
ナマエは、弾かれたようにリヴァイの手を制止した。
リヴァイは、不審げに眉を跳ね上げ、彼女を振り返る。
「……何だ。自信があると言ったのは、お前だろうが」
「それはそうですけど、そこは、その……乙女のプライバシーです! 兵長だろうと、許可できません!」
ナマエの顔は、瞬時に熟した林檎のように赤く染まった。下着の奥底に、あろうことか上官の私物を突っ込んでいるなど、正気の沙汰ではない。
「……どけ。埃が溜まりやすい場所を重点的に見るのが俺の主義だ。不潔な秘密を抱えているなら、尚更な」
リヴァイは、ナマエの必死の抵抗を片手で軽くあしらうと、迷いのない動きで引き出しを力強く引き出した。
ガラガラ、という乾いた音とともに、中身が露わになる。
そこには、綺麗に畳まれた綿の肌着や、刺繍の入った下着が並んでいた。そして、その一番奥、隠すように押し込まれていた白い影を、リヴァイの鋭い指先が正確に捉えた。
静まり返る部屋。
リヴァイは、ゆっくりとその白い布――自らのクラバットを引き上げた。
アイロンの効いたはずの布地には、ナマエが抱きしめたであろう皺が刻まれ、そこからはナマエの部屋の淡い花の香りと、昨夜の微かな名残が漂っていた。
「おい……ナマエ。これがお前の言う『乙女のプライバシー』なのか?」
リヴァイの声は、低く、けれどどこか熱を孕んで揺れていた。
彼は、手にしたクラバットをじっと見つめ、それから、絶望に顔を覆うナマエへと視線を移した。
「ち、違うんです! 違うっていうか……! 昨夜、その、酔った勢いで、つい……! 兵長の匂いがあまりにも良くて、においだけかいで、すぐに返すつもりだったんです!」
焦りすぎたナマエの口から、最悪の告白が飛び出した。
口を突いて出た言葉の破壊力に、ナマエはそのまま床に沈み込みたいほどの羞恥に襲われた。自分の発言がどれほど変態的で、どれほど致命的か、酔いが完全に冷めた今の頭には、痛いほど理解できた。
リヴァイは、しばらくの間、沈黙していた。
だが、彼の手はクラバットを握りしめたまま、ゆっくりとナマエの元へ歩み寄る。
「……俺のにおいが、そんなに気になるか」
「……っ」
「……布きれなんかで満足しているとはな。意外と、欲求に忠実な奴だ」
リヴァイは、膝をついてナマエと視線を合わせた。彼の灰色の瞳には、怒りではなく、獲物を追い詰めた後の愉悦と、隠しきれない独占欲が渦巻いている。
彼は、回収したクラバットを無造作にポケットにねじ込むと、ナマエの細い手首を掴み、自分の方へと引き寄せた。
「……いいだろう。盗んだ罪は重い。だが、そんなに俺の匂いが恋しいなら、本物の俺で試してみろ。……逃がさねぇぞ」
「え、……あの、兵長?」
「今夜から、お前の部屋を俺が直接『監視』してやる。……もちろん、添い寝付きだ。不潔な真似を二度としねぇようにな」
リヴァイの唇が、彼女の耳元で微かに弧を描いた。
その罰という名の極上のご褒美。
ナマエは、羞恥と心臓の激しい鼓動で、もはや言葉を返すこともできなかった。
クラバットは主の元へ戻ったが、代わりにナマエの夜は、これまで以上に甘く、そして濃厚なリヴァイの気配に支配されることになったのである。
夜の帳が兵舎を深く包み込み、石造りの廊下からは人影が消え失せた。窓の外では、秋の冷ややかな風が木々を揺らし、カサカサと乾いた木の葉の音が、静寂をより一層際立たせている。
ナマエは、自分の部屋の中央で、逃げ場のない小動物のように立ち尽くしていた。
部屋を照らすのは、机の上に置かれた小さなランプの灯火だけ。その淡い光が、壁に不自然に大きな二つの影を映し出している。
「……何をしている。早く横になれ」
低く、有無を言わさない声。
リヴァイは、既に上着のジャケットとブーツを脱ぎ捨て、白いシャツの袖を無造作に捲り上げていた。彼は、ナマエの狭いシングルベッドの端に腰掛け、シーツの感触を確かめるように掌で撫でている。その一挙手一投足が、ナマエにとっては心臓に悪い毒薬のように作用した。
「……本当に、ここで寝るつもりなんですか。兵長としての威厳とか、そういうのは……」
「盗っ人を監視するのに、威厳もクソもあるか。……それとも、また俺の私物を隠して、一人で嗅ぎ回る方がいいのか?」
「っ、それはもう言わないでください……!」
ナマエは顔を真っ赤にして抗議したが、リヴァイの灰色の瞳に宿る、どこか愉しげな光に射抜かれ、それ以上の言葉を飲み込んだ。
観念して、リヴァイの隣に潜り込む。狭い軍用のベッドは、大人が二人横たわるにはあまりにも密接で、肩と肩が、指先と指先が、嫌応なしに触れ合った。
シーツ越しに伝わってくる、リヴァイの体温。
それは、昼間の彼が放つ峻烈な冷たさとは対照的な、驚くほど濃厚で、確かな生の熱だった。
ナマエは、意識すればするほど呼吸の仕方を忘れてしまいそうになる。
鼻腔をくすぐるのは、昨夜彼女が盗んだクラバットに残っていたあの匂い。石鹸の清廉さと、雨上がりの森のような静かな苦味、そして、リヴァイという一人の男が持つ、芳醇な雄の気配。
「……心臓がうるせぇぞ、ナマエ」
暗闇の中で、リヴァイの声がすぐ耳元で響いた。
重厚な低音が鼓膜を震わせ、ナマエの背筋に甘い戦慄が駆け抜ける。
「……無理もありません。こんな状況で、平然としていられるほど強くないので」
ナマエは、震える声で精一杯の答えを返した。
彼女の言葉は、飾りのない裸の感情となって、狭い空間に霧散していく。
リヴァイは、ふ、と小さく鼻を鳴らすと、掛け布団の中でナマエの手を強引に手繰り寄せた。
「……手が冷たいな。お前、これでも兵士か」
「緊張しているだけです。……リヴァイ兵長こそ、どうしてそんなに落ち着いているんですか。私ばかり、翻弄されている気がして……少し、悔しい」
ナマエが少しだけ唇を尖らせて呟くと、リヴァイは握った手に力を込めた。
彼の節くれだった、けれど驚くほど繊細な指先が、ナマエの指の節を一つ一つなぞる。その指先の愛撫は、どんな言葉よりも雄弁に、彼の内側にある独占欲を物語っていた。
「……落ち着いているように見えるか、俺が」
リヴァイが、ゆっくりと身体をナマエの方へと向けた。
至近距離で交わる視線。ランプの余光を吸い込んだ彼の瞳は、銀灰色の宇宙のように深く、ナマエを飲み込もうとしていた。
「……俺も、お前の匂いにあてられて、さっきから頭がおかしくなりそうだ。……お前の言う『乙女のプライバシー』とやらが、こんなに毒だとは知らなかった」
リヴァイの手がナマエの頬を包み込み、親指の腹で彼女の唇をそっと割り開く。
触れ合った皮膚から、火花が散るような衝撃が全身を貫く。ナマエは堪らず目を閉じ、彼の熱に全てを委ねた。
「……だったら、監視なんてしないで、自分の部屋に帰ればいいのでは……」
「断る。……盗まれた分の埋め合わせは、まだ終わってねぇからな」
リヴァイの顔が近づく。
彼の熱い吐息が、ナマエの唇の上で白く混ざり合う。
それは、刑罰という名の、最も贅沢で、最も甘美な略奪の始まりだった。
「っ……ん……!」
唇が重なった瞬間、ナマエの思考は完全に停止した。
紅茶の苦味、冷えた空気、そして、目の前の男の圧倒的な体温。
五感の全てがリヴァイという存在に塗り潰されていく。
彼は、奪い去ったクラバットの代わりに、彼女の唇を、呼吸を、そして心臓の鼓動さえも、その支配下に置いていく。
どれほどの時間が過ぎただろうか。
唇を離したリヴァイは、乱れた呼吸を整えることもせず、ナマエの額に自らのそれを押し当てた。
「……ナマエ。これからは、俺の匂いが欲しければ、直接言え。……布切れ相手にコソコソするより、よっぽど手っ取り早い」
「……兵長の意地悪。そんなこと、言えるわけないです」
ナマエは、彼の胸元に顔を埋めた。
そこからは、トクトクと、リヴァイの速い鼓動が伝わってくる。
彼もまた、自分と同じように、この夜の熱に浮かされているのだと知り、ナマエの胸には切ないほどの愛おしさが込み上げた。
「……言わせてやるよ。明日も、明後日も、俺がここにいる間に、な」
リヴァイは、彼女の細い腰を力強く引き寄せ、自分と彼女の間に一片の隙間も残さないほどに密着させた。
狭いベッドの上で、二人の体温は一つの大きな塊となり、冷え切った夜の空気を甘く溶かしていく。
ナマエは、彼の腕の中で、初めて感じる深い安らぎと、消えない情熱の予感に包まれながら、ゆっくりと瞳を閉じた。
部屋には二人の静かな寝息と、重なり合う鼓動の連鎖だけが残された。
ナマエは、割れるような頭痛とともに目を覚ました。こめかみの奥で、誰かが鐘を乱打しているような鈍い痛みが走る。視界が白く霞み、喉の奥は焼けるように乾いていた。
「……飲みすぎた。完全に、やりすぎた」
ぼやけた意識の中で、断片的な記憶が泥のように浮かんでは消える。兵団の打ち上げ。珍しく配給された度数の高いエール。笑い声。そして……。
そこから先の記憶は、濃い霧に包まれたように真っ白だった。
這いずるようにして身支度を整え、食堂へと向かう廊下に足を踏み出す。すると、いつもとは違う異様なざわめきが耳に届いた。
「おい、聞いたか? 兵長の私物が盗まれたらしいぞ」
「冗談だろ。あの人の部屋に忍び込んで生きて帰れる奴なんて、この世にいるのかよ」
(盗難……? あのリヴァイ兵長の私物を?)
ナマエは他人事のように、小さく首を傾げた。あんな恐ろしい男から何かを奪おうなどと考える不届き者が、この狭い兵団内にいるのだろうか。もし捕まれば、掃除の刑では済まないはずだ。
食堂の重い扉を開けると、そこには、これまでの人生で見たことがないほど深く眉間に皺を寄せたリヴァイが立っていた。彼の周囲だけ、空気が氷点下まで凍りついているかのような錯覚を覚える。
「……昨夜、俺の私物に触れた馬鹿がいる。名乗り出るなら今のうちだ。削がれたくなければな」
リヴァイの声は低く、地を這うような威圧感を孕んでいた。食堂に集まった兵士たちは、一斉に視線を逸らし、石像のように固まっている。
ナマエは、その氷のような視線と一瞬だけ交差したが、特にやましいこともないので、心の中で(犯人は誰だろう。可哀想に、見つかったら最後だな)と、どこか暢気に同情さえしていた。
「……チッ。どいつもこいつもしらばっくれやがって」
リヴァイは忌々しそうに吐き捨てると、冷徹な瞳で全員を見渡した。
「いいだろう。今日、この後、全兵士の自室抜き打ち清掃検査を行う。埃一つ、塵一つの見落としも許さねぇ。……それと、余計な私物が紛れ込んでいないかも、徹底的に洗わせてもらうぞ」
その宣言に、食堂内には絶望の溜息が漏れたが、ナマエは依然として平然としていた。彼女の部屋は常に清潔であり、隠し事など何一つない。そう、確信していたからだ。
午後。
リヴァイの清掃検査という名の家宅捜索が、順次執り行われていた。
廊下には、一室ごとに響く扉の開閉音と、リヴァイの辛辣な叱責の声が響き渡る。
「棚の裏に綿埃が溜まっている。やり直しだ」
「ベッドの下が死体安置所のように汚ぇ。腕立て五十回だ」
そして、ついにナマエの部屋の番がやってきた。
「入るぞ」
リヴァイは、いつも通りの無表情で部屋に踏み込んだ。ナマエは、入り口の横で背筋を伸ばし、潔く彼を迎え入れた。
「どうぞ、兵長。隅々までチェックしてください。自信はあります」
ナマエは、明るく、それでいて芯のある口調で答えた。
リヴァイは無言で、部屋を見渡した。窓から差し込む陽光が、丁寧に磨かれた木製の机や、整えられたベッドを照らしている。彼は指先で棚をなぞり、埃が付着していないことを確認すると、ふと、部屋の隅にある古いタンスに目を止めた。
一つ一つ、引き出しが開けられていく。
上段の書類、中段の予備の制服。そして、最下段――。
リヴァイの手が、その引き出しの取っ手にかかった瞬間だった。
(……待って)
ナマエの脳裏に、突如として鮮明な映像がフラッシュバックした。
昨夜の打ち上げの終わり。片付けをするリヴァイの背中。彼が椅子に置いていた、白い布。
それを抱きしめ、頬を寄せた時の、清廉な石鹸と、彼自身の濃厚な、けれど落ち着く匂い。
『いい匂い……。これ、私が守ってあげなきゃ』
酔っ払った自分の、あまりにも身勝手で支離滅裂な独白。そして彼女は、それを奪うように抱え、自室へ持ち帰り、一番安全な場所『下着入れ』に隠したのだ。
「ま、待ってください! そこはダメです!」
ナマエは、弾かれたようにリヴァイの手を制止した。
リヴァイは、不審げに眉を跳ね上げ、彼女を振り返る。
「……何だ。自信があると言ったのは、お前だろうが」
「それはそうですけど、そこは、その……乙女のプライバシーです! 兵長だろうと、許可できません!」
ナマエの顔は、瞬時に熟した林檎のように赤く染まった。下着の奥底に、あろうことか上官の私物を突っ込んでいるなど、正気の沙汰ではない。
「……どけ。埃が溜まりやすい場所を重点的に見るのが俺の主義だ。不潔な秘密を抱えているなら、尚更な」
リヴァイは、ナマエの必死の抵抗を片手で軽くあしらうと、迷いのない動きで引き出しを力強く引き出した。
ガラガラ、という乾いた音とともに、中身が露わになる。
そこには、綺麗に畳まれた綿の肌着や、刺繍の入った下着が並んでいた。そして、その一番奥、隠すように押し込まれていた白い影を、リヴァイの鋭い指先が正確に捉えた。
静まり返る部屋。
リヴァイは、ゆっくりとその白い布――自らのクラバットを引き上げた。
アイロンの効いたはずの布地には、ナマエが抱きしめたであろう皺が刻まれ、そこからはナマエの部屋の淡い花の香りと、昨夜の微かな名残が漂っていた。
「おい……ナマエ。これがお前の言う『乙女のプライバシー』なのか?」
リヴァイの声は、低く、けれどどこか熱を孕んで揺れていた。
彼は、手にしたクラバットをじっと見つめ、それから、絶望に顔を覆うナマエへと視線を移した。
「ち、違うんです! 違うっていうか……! 昨夜、その、酔った勢いで、つい……! 兵長の匂いがあまりにも良くて、においだけかいで、すぐに返すつもりだったんです!」
焦りすぎたナマエの口から、最悪の告白が飛び出した。
口を突いて出た言葉の破壊力に、ナマエはそのまま床に沈み込みたいほどの羞恥に襲われた。自分の発言がどれほど変態的で、どれほど致命的か、酔いが完全に冷めた今の頭には、痛いほど理解できた。
リヴァイは、しばらくの間、沈黙していた。
だが、彼の手はクラバットを握りしめたまま、ゆっくりとナマエの元へ歩み寄る。
「……俺のにおいが、そんなに気になるか」
「……っ」
「……布きれなんかで満足しているとはな。意外と、欲求に忠実な奴だ」
リヴァイは、膝をついてナマエと視線を合わせた。彼の灰色の瞳には、怒りではなく、獲物を追い詰めた後の愉悦と、隠しきれない独占欲が渦巻いている。
彼は、回収したクラバットを無造作にポケットにねじ込むと、ナマエの細い手首を掴み、自分の方へと引き寄せた。
「……いいだろう。盗んだ罪は重い。だが、そんなに俺の匂いが恋しいなら、本物の俺で試してみろ。……逃がさねぇぞ」
「え、……あの、兵長?」
「今夜から、お前の部屋を俺が直接『監視』してやる。……もちろん、添い寝付きだ。不潔な真似を二度としねぇようにな」
リヴァイの唇が、彼女の耳元で微かに弧を描いた。
その罰という名の極上のご褒美。
ナマエは、羞恥と心臓の激しい鼓動で、もはや言葉を返すこともできなかった。
クラバットは主の元へ戻ったが、代わりにナマエの夜は、これまで以上に甘く、そして濃厚なリヴァイの気配に支配されることになったのである。
夜の帳が兵舎を深く包み込み、石造りの廊下からは人影が消え失せた。窓の外では、秋の冷ややかな風が木々を揺らし、カサカサと乾いた木の葉の音が、静寂をより一層際立たせている。
ナマエは、自分の部屋の中央で、逃げ場のない小動物のように立ち尽くしていた。
部屋を照らすのは、机の上に置かれた小さなランプの灯火だけ。その淡い光が、壁に不自然に大きな二つの影を映し出している。
「……何をしている。早く横になれ」
低く、有無を言わさない声。
リヴァイは、既に上着のジャケットとブーツを脱ぎ捨て、白いシャツの袖を無造作に捲り上げていた。彼は、ナマエの狭いシングルベッドの端に腰掛け、シーツの感触を確かめるように掌で撫でている。その一挙手一投足が、ナマエにとっては心臓に悪い毒薬のように作用した。
「……本当に、ここで寝るつもりなんですか。兵長としての威厳とか、そういうのは……」
「盗っ人を監視するのに、威厳もクソもあるか。……それとも、また俺の私物を隠して、一人で嗅ぎ回る方がいいのか?」
「っ、それはもう言わないでください……!」
ナマエは顔を真っ赤にして抗議したが、リヴァイの灰色の瞳に宿る、どこか愉しげな光に射抜かれ、それ以上の言葉を飲み込んだ。
観念して、リヴァイの隣に潜り込む。狭い軍用のベッドは、大人が二人横たわるにはあまりにも密接で、肩と肩が、指先と指先が、嫌応なしに触れ合った。
シーツ越しに伝わってくる、リヴァイの体温。
それは、昼間の彼が放つ峻烈な冷たさとは対照的な、驚くほど濃厚で、確かな生の熱だった。
ナマエは、意識すればするほど呼吸の仕方を忘れてしまいそうになる。
鼻腔をくすぐるのは、昨夜彼女が盗んだクラバットに残っていたあの匂い。石鹸の清廉さと、雨上がりの森のような静かな苦味、そして、リヴァイという一人の男が持つ、芳醇な雄の気配。
「……心臓がうるせぇぞ、ナマエ」
暗闇の中で、リヴァイの声がすぐ耳元で響いた。
重厚な低音が鼓膜を震わせ、ナマエの背筋に甘い戦慄が駆け抜ける。
「……無理もありません。こんな状況で、平然としていられるほど強くないので」
ナマエは、震える声で精一杯の答えを返した。
彼女の言葉は、飾りのない裸の感情となって、狭い空間に霧散していく。
リヴァイは、ふ、と小さく鼻を鳴らすと、掛け布団の中でナマエの手を強引に手繰り寄せた。
「……手が冷たいな。お前、これでも兵士か」
「緊張しているだけです。……リヴァイ兵長こそ、どうしてそんなに落ち着いているんですか。私ばかり、翻弄されている気がして……少し、悔しい」
ナマエが少しだけ唇を尖らせて呟くと、リヴァイは握った手に力を込めた。
彼の節くれだった、けれど驚くほど繊細な指先が、ナマエの指の節を一つ一つなぞる。その指先の愛撫は、どんな言葉よりも雄弁に、彼の内側にある独占欲を物語っていた。
「……落ち着いているように見えるか、俺が」
リヴァイが、ゆっくりと身体をナマエの方へと向けた。
至近距離で交わる視線。ランプの余光を吸い込んだ彼の瞳は、銀灰色の宇宙のように深く、ナマエを飲み込もうとしていた。
「……俺も、お前の匂いにあてられて、さっきから頭がおかしくなりそうだ。……お前の言う『乙女のプライバシー』とやらが、こんなに毒だとは知らなかった」
リヴァイの手がナマエの頬を包み込み、親指の腹で彼女の唇をそっと割り開く。
触れ合った皮膚から、火花が散るような衝撃が全身を貫く。ナマエは堪らず目を閉じ、彼の熱に全てを委ねた。
「……だったら、監視なんてしないで、自分の部屋に帰ればいいのでは……」
「断る。……盗まれた分の埋め合わせは、まだ終わってねぇからな」
リヴァイの顔が近づく。
彼の熱い吐息が、ナマエの唇の上で白く混ざり合う。
それは、刑罰という名の、最も贅沢で、最も甘美な略奪の始まりだった。
「っ……ん……!」
唇が重なった瞬間、ナマエの思考は完全に停止した。
紅茶の苦味、冷えた空気、そして、目の前の男の圧倒的な体温。
五感の全てがリヴァイという存在に塗り潰されていく。
彼は、奪い去ったクラバットの代わりに、彼女の唇を、呼吸を、そして心臓の鼓動さえも、その支配下に置いていく。
どれほどの時間が過ぎただろうか。
唇を離したリヴァイは、乱れた呼吸を整えることもせず、ナマエの額に自らのそれを押し当てた。
「……ナマエ。これからは、俺の匂いが欲しければ、直接言え。……布切れ相手にコソコソするより、よっぽど手っ取り早い」
「……兵長の意地悪。そんなこと、言えるわけないです」
ナマエは、彼の胸元に顔を埋めた。
そこからは、トクトクと、リヴァイの速い鼓動が伝わってくる。
彼もまた、自分と同じように、この夜の熱に浮かされているのだと知り、ナマエの胸には切ないほどの愛おしさが込み上げた。
「……言わせてやるよ。明日も、明後日も、俺がここにいる間に、な」
リヴァイは、彼女の細い腰を力強く引き寄せ、自分と彼女の間に一片の隙間も残さないほどに密着させた。
狭いベッドの上で、二人の体温は一つの大きな塊となり、冷え切った夜の空気を甘く溶かしていく。
ナマエは、彼の腕の中で、初めて感じる深い安らぎと、消えない情熱の予感に包まれながら、ゆっくりと瞳を閉じた。
部屋には二人の静かな寝息と、重なり合う鼓動の連鎖だけが残された。