【短編】リヴァイ・アッカーマン
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古びた本部の地下、普段は使われない物置小屋の一角には、密やかな熱気と木屑の匂いが充満していた。
「……よし。これで、あの『死角の隅』にも届くはずだ」
グンタが満足げに頷き、手に持った奇妙な形状のブラシを掲げる。
リヴァイ班の面々――エルド、グンタ、オルオ、ペトラ。そしてナマエは、ここ数日間、ある極秘プロジェクトに没頭していた。その名も『兵長を(掃除で)笑顔にする、超便利グッズ開発計画』。
きっかけは、ナマエが漏らした「兵長、最近少しだけお疲れのように見えませんか?」という一言だった。人類最強の兵士も人の子。連日の書類仕事と壁外調査の準備に加え、本部の不衛生な箇所を見つけるたびに、彼の眉間の皺は深くなる一方だった。ならば、彼の愛してやまない清掃を、かつてないほど快適に、劇的に進化させれば、あの冷徹な唇も綻ぶのではないか。
「見てくれ、この『全自動・超回転式床磨き機』! 巨人のうなじを削ぐよりも速く汚れを吹き飛ばすぞ!」
オルオが自慢げに差し出したのは、バネと歯車を無理やり組み合わせた、殺傷能力のありそうな巨大なブラシだった。
「オルオ、それは床が抜ける。……私は、この『極小隙間専用・特製伸縮箒』。窓枠の僅かな溝に残る、あの忌々しい砂埃を根こそぎ掻き出せるようにした」
ペトラが誇らしげに掲げたのは、繊細な毛先を何層にも重ねた、工芸品のような道具だった。
ナマエは、自らが丹精込めて作り上げた「それ」を、大切に布で包んだ。
「皆さんの、すごいです。……でも、私は兵長の『手』を想って作りました」
翌朝の執務室。
リヴァイは、朝のルーティンである机の上の点検を終え、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「……おい。そこでコソコソしている馬鹿ども。全員入れ」
扉の向こうで息を殺していた五人は、観念したように部屋へ入った。
「……何の真似だ、これは」
机の上に並べられた、奇怪な道具の山。リヴァイの灰色の瞳が、冷徹な光を放つ。
エルドたちが冷や汗を流しながら説明を終えると、リヴァイは無言で一つ一つを手に取った。オルオの回転ブラシには「騒々しい」、ペトラの箒には「悪くないが、耐久性が足りない」と、辛辣な評価が続く。
最後に、ナマエがそっと差し出したのは、一見するとただの厚手の革手袋だった。
「……手袋か。お前、俺が予備を持っていないとでも思ったのか」
「違います。その内側を見てください」
ナマエに促され、リヴァイが手袋を裏返す。
そこには、極細の繊維で編み込まれた特殊な布地が、指先の形に沿って密に縫い付けられていた。さらに、掌の部分には、適度な摩擦を生むための特殊な加工が施されている。
「これは『撫でるだけで汚れを吸着する手袋』です。道具を持つ必要さえありません。兵長が、まるで自分の手で直接愛でるように、あらゆる場所を清浄にできる。……それに、冬場の冷たい水からも、あなたの指先を守りたかったんです」
ナマエは真っ直ぐに彼を見つめた。
彼女が、「一人の男への慈しみ」に変えて形にしたもの。リヴァイは、その手袋をゆっくりと自身の手に嵌めた。指を曲げ、感触を確かめる。
沈黙が部屋を支配した。オルオが緊張のあまり舌を噛みそうになった、その時。
「……フン。これなら、あの忌々しい棚の裏も、指一本で事足りるな」
リヴァイの唇の端が、ほんの数ミリだけ、確かな熱を持って持ち上がった。
「……悪くない。……いや、傑作だ」
「兵長、今……笑いましたか!?」
ペトラたちが歓喜の声を上げる中、ナマエだけは、彼が自分だけに向けた、一瞬の、けれど深い慈愛の眼差しを受け取り、胸の奥を熱く焦がしていた。
その日の夜。
兵舎の喧騒が遠のき、静寂が廊下を支配する頃。ナマエはリヴァイに呼び出され、彼の私室を訪れていた。
部屋には、淹れたての紅茶の香りが、霧のように漂っている。
「……昼間の礼だ。座れ」
リヴァイは、自身の対面の椅子を顎で指した。
テーブルの上には、二客のカップ。そして、その中央に置かれた小さな銀の小皿には、この時代において金貨よりも価値があると言われる砂糖が、一欠片だけ鎮座していた。
「あ……。そんな、貴重なものを」
ナマエは目を丸くした。兵団の配給でも、滅多にお目にかかれない贅沢品だ。
リヴァイは無言でナイフを手に取ると、その白い結晶を、寸分の狂いもなく真っ二つに割った。
「半分だ。……お前のその、お節介なほどの苦労を、少しは中和しろ」
彼は、自身のカップに半分を放り込み、残りの半分をナマエのカップの横へ押しやった。
ナマエは、彼の不器用な、けれどこの上なく甘い配慮に、目元が熱くなるのを感じた。
「……ありがとうございます。半分こ、ですね」
砂糖を紅茶に落とし、銀のスプーンでゆっくりとかき混ぜる。
チリン、という繊細な音が、二人の間の沈黙を優しく縁取った。
一口、含んでみる。
「……美味しい。すごく、甘いです」
「……そうか。なら、いい」
リヴァイは、カップを独特の持ち方で掲げたまま、立ち上る湯気の向こうからナマエを見つめていた。
オレンジ色のランプの光が、彼の鋭い瞳を琥珀色に染め、その表情を驚くほど穏やかに見せている。
「兵長、あの手袋、さっそく使ってくださったんですね」
彼の指先に残る、微かな洗剤の匂い。ナマエはそれに気づき、微笑んだ。
「ああ。……あんなものを渡されたら、掃除したくて堪らなくなるだろうが。……お前のせいで、俺の夜の予定が狂った」
「ふふ、すみません。でも、あんなに嬉しそうに掃除するリヴァイさんを見られて、私は幸せです」
ナマエは、等身大の言葉で想いを伝えた。
「……リヴァイさん」
名前で呼ぶと、彼の視線がより一層深く、ナマエを捉える。
「……次は、何を作ってほしいですか?」
「……これ以上、俺を甘やかすな。……俺の規律が、お前という存在で、根底から溶けていく」
リヴァイは、飲み干したカップをテーブルに置き、身を乗り出した。
彼の熱い指先が、紅茶の熱で温まったナマエの手に重なる。
「……だが、この砂糖よりも甘い毒なら、悪くない」
紅茶の甘い余韻と、彼自身の濃厚な気配が混ざり合い、密室の空気は、もう誰にも邪魔できない至福の時へと熟していく。
静まり返ったリヴァイの私室。外では時折、夜番の兵士が踏みしめる砂利の音が遠く聞こえるが、この部屋の空気は、まるで深い森の奥にある湖の底のように、凪いでいた。
ナマエは、自分の指先をそっと見つめた。
先ほどリヴァイが重ねた手のひらの熱が、まだ肌の表面に、目に見えない刻印のように居座っている。
「……リヴァイさん、その手袋、本当に気に入ってくれたんですね」
ナマエの声は、夜の静寂に溶け込むように柔らかい。
リヴァイは、机の端に置いた特製の手袋を、愛おしむような、あるいはその奥にある「ナマエの真心」を確かめるような眼差しで見つめていた。
「……言わせるな。何度も傑作だと言ったはずだ」
リヴァイは、不愛想な言葉とは裏腹に、再び手袋を手に取った。
「お前が俺の『手』を想って作ったと言った通りだ。……指先の動きを妨げず、それでいて汚れを確実に捉える。おまけに、無駄に温かい」
「『無駄に』は余計ですよ」
ナマエは、ふふ、と声を漏らして笑った。
なぜかリヴァイに対してだけは、こうした軽口を叩くことができる。それは、彼が彼女を一人の女として、そして対等な人間として受け入れている証拠でもあった。
「……でも、嬉しいです。あなたがそれを使って、少しでも気持ちよく過ごせるなら。……私、あなたを笑顔にしたいって、ずっと思っていたから」
ナマエの真っ直ぐな言葉が、部屋の温度をさらに一段、引き上げる。
リヴァイは、手袋を置くと、椅子に深く腰掛け直し、ナマエを正面から見据えた。
ランプの炎が揺れ、彼の鋭い鼻梁と、薄い唇の輪郭を鮮明に浮かび上がらせる。
「……お前は、本当に底なしの馬鹿だな。……俺が笑おうが、この世界が変わるわけじゃねぇ」
「世界は変わらなくても、私の気持ちが変わります。……あなたが辛そうだと、私の心もチクチク痛むんです。それって、私にとっては世界が滅びるのと同じくらい、大問題なんですよ?」
ナマエは、身を乗り出すようにして言った。
凛とした、揺るがない意志。
リヴァイは、その彼女の強さに、再び完敗したような顔をした。
そして。
「……チッ。勝てねぇな、お前には」
ふっ、と。
リヴァイの唇が、今度ははっきりと、柔らかな曲線を描いた。
それは、部下たちに見せる皮肉めいた笑みでも、勝利を確信した時の冷徹な笑みでもない。
ただ、心から愛おしいものを見つめる時に、こぼれ落ちてしまったような、無防備で、そして驚くほど美しい、真実の笑顔だった。
「……っ」
ナマエは息を呑んだ。
心臓が、肋骨を内側から突き破らんばかりに跳ねる。
彼の灰色の瞳が、温かな光を湛えて細められ、目尻に微かな笑い皺が刻まれる。
その破壊力は、巨人の一撃よりも、いかなる兵器よりも、ナマエの理性を粉々に打ち砕くのに十分だった。
「……今の、反則です」
「あ?」
「今の笑顔ですよ! そんな顔、急に見せるなんて……。私の心臓がいくつあっても足りません」
ナマエは、熱くなった顔を両手で覆い、ベンチから崩れ落ちそうになるのを必死で堪えた。
「……反則だと? お前が勝手に俺を甘やかしておいて、何を言っている」
リヴァイは、可笑しそうに鼻で笑うと、立ち上がってナマエの側へと歩み寄った。
彼の靴音が、一歩ごとにナマエの鼓動と重なり、期待と緊張が入り混じった甘い圧迫感が部屋を支配する。
リヴァイの手が、ナマエの頭にそっと置かれた。
そして、そのまま髪を乱すように、けれどこの上なく愛おしげに、わしゃわしゃと撫でる。
「……俺を笑顔にしたいと言ったのは、お前だろうが。……なら、責任を取れ」
「責任って……どうやって……」
ナマエが、手の隙間から上目遣いに彼を見上げると、そこには、まだ僅かに笑顔の名残を湛えたリヴァイの顔が、至近距離にあった。
「……明日も、茶を淹れろ。……それから、掃除の後の点検も、お前が付き合え。……俺の隣で、ずっとだ」
その言葉は、命令の形を借りた、究極の独占宣言だった。
ナマエは、視界が熱い涙で潤んでいくのを感じながら、けれどもしっかりと頷いた。
「……はい。言われなくても、ずっと隣にいます。……リヴァイさんが、もういいって言うまで」
「……フン。なら、一生離さねぇぞ」
リヴァイは、ナマエの顔を覆っていた手を、自身の大きな掌で包み込み、ゆっくりと引き剥がした。
露わになった彼女の、林檎のように真っ赤な頬と、熱を帯びた瞳。
彼はそれを、壊れ物を愛でるような眼差しで見つめ、それから、誰にも聞こえないほど低い声で、けれど確かな情熱を込めて囁いた。
「……ナマエ。今度は俺がお前を笑顔にしてやる。……来い」
再び重なる、二人の影。
溶け残った砂糖の甘さが、いつまでも二人の間に漂い続け、夜の帳は、どこまでも優しく、彼らを包み込んでいった。
「……よし。これで、あの『死角の隅』にも届くはずだ」
グンタが満足げに頷き、手に持った奇妙な形状のブラシを掲げる。
リヴァイ班の面々――エルド、グンタ、オルオ、ペトラ。そしてナマエは、ここ数日間、ある極秘プロジェクトに没頭していた。その名も『兵長を(掃除で)笑顔にする、超便利グッズ開発計画』。
きっかけは、ナマエが漏らした「兵長、最近少しだけお疲れのように見えませんか?」という一言だった。人類最強の兵士も人の子。連日の書類仕事と壁外調査の準備に加え、本部の不衛生な箇所を見つけるたびに、彼の眉間の皺は深くなる一方だった。ならば、彼の愛してやまない清掃を、かつてないほど快適に、劇的に進化させれば、あの冷徹な唇も綻ぶのではないか。
「見てくれ、この『全自動・超回転式床磨き機』! 巨人のうなじを削ぐよりも速く汚れを吹き飛ばすぞ!」
オルオが自慢げに差し出したのは、バネと歯車を無理やり組み合わせた、殺傷能力のありそうな巨大なブラシだった。
「オルオ、それは床が抜ける。……私は、この『極小隙間専用・特製伸縮箒』。窓枠の僅かな溝に残る、あの忌々しい砂埃を根こそぎ掻き出せるようにした」
ペトラが誇らしげに掲げたのは、繊細な毛先を何層にも重ねた、工芸品のような道具だった。
ナマエは、自らが丹精込めて作り上げた「それ」を、大切に布で包んだ。
「皆さんの、すごいです。……でも、私は兵長の『手』を想って作りました」
翌朝の執務室。
リヴァイは、朝のルーティンである机の上の点検を終え、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「……おい。そこでコソコソしている馬鹿ども。全員入れ」
扉の向こうで息を殺していた五人は、観念したように部屋へ入った。
「……何の真似だ、これは」
机の上に並べられた、奇怪な道具の山。リヴァイの灰色の瞳が、冷徹な光を放つ。
エルドたちが冷や汗を流しながら説明を終えると、リヴァイは無言で一つ一つを手に取った。オルオの回転ブラシには「騒々しい」、ペトラの箒には「悪くないが、耐久性が足りない」と、辛辣な評価が続く。
最後に、ナマエがそっと差し出したのは、一見するとただの厚手の革手袋だった。
「……手袋か。お前、俺が予備を持っていないとでも思ったのか」
「違います。その内側を見てください」
ナマエに促され、リヴァイが手袋を裏返す。
そこには、極細の繊維で編み込まれた特殊な布地が、指先の形に沿って密に縫い付けられていた。さらに、掌の部分には、適度な摩擦を生むための特殊な加工が施されている。
「これは『撫でるだけで汚れを吸着する手袋』です。道具を持つ必要さえありません。兵長が、まるで自分の手で直接愛でるように、あらゆる場所を清浄にできる。……それに、冬場の冷たい水からも、あなたの指先を守りたかったんです」
ナマエは真っ直ぐに彼を見つめた。
彼女が、「一人の男への慈しみ」に変えて形にしたもの。リヴァイは、その手袋をゆっくりと自身の手に嵌めた。指を曲げ、感触を確かめる。
沈黙が部屋を支配した。オルオが緊張のあまり舌を噛みそうになった、その時。
「……フン。これなら、あの忌々しい棚の裏も、指一本で事足りるな」
リヴァイの唇の端が、ほんの数ミリだけ、確かな熱を持って持ち上がった。
「……悪くない。……いや、傑作だ」
「兵長、今……笑いましたか!?」
ペトラたちが歓喜の声を上げる中、ナマエだけは、彼が自分だけに向けた、一瞬の、けれど深い慈愛の眼差しを受け取り、胸の奥を熱く焦がしていた。
その日の夜。
兵舎の喧騒が遠のき、静寂が廊下を支配する頃。ナマエはリヴァイに呼び出され、彼の私室を訪れていた。
部屋には、淹れたての紅茶の香りが、霧のように漂っている。
「……昼間の礼だ。座れ」
リヴァイは、自身の対面の椅子を顎で指した。
テーブルの上には、二客のカップ。そして、その中央に置かれた小さな銀の小皿には、この時代において金貨よりも価値があると言われる砂糖が、一欠片だけ鎮座していた。
「あ……。そんな、貴重なものを」
ナマエは目を丸くした。兵団の配給でも、滅多にお目にかかれない贅沢品だ。
リヴァイは無言でナイフを手に取ると、その白い結晶を、寸分の狂いもなく真っ二つに割った。
「半分だ。……お前のその、お節介なほどの苦労を、少しは中和しろ」
彼は、自身のカップに半分を放り込み、残りの半分をナマエのカップの横へ押しやった。
ナマエは、彼の不器用な、けれどこの上なく甘い配慮に、目元が熱くなるのを感じた。
「……ありがとうございます。半分こ、ですね」
砂糖を紅茶に落とし、銀のスプーンでゆっくりとかき混ぜる。
チリン、という繊細な音が、二人の間の沈黙を優しく縁取った。
一口、含んでみる。
「……美味しい。すごく、甘いです」
「……そうか。なら、いい」
リヴァイは、カップを独特の持ち方で掲げたまま、立ち上る湯気の向こうからナマエを見つめていた。
オレンジ色のランプの光が、彼の鋭い瞳を琥珀色に染め、その表情を驚くほど穏やかに見せている。
「兵長、あの手袋、さっそく使ってくださったんですね」
彼の指先に残る、微かな洗剤の匂い。ナマエはそれに気づき、微笑んだ。
「ああ。……あんなものを渡されたら、掃除したくて堪らなくなるだろうが。……お前のせいで、俺の夜の予定が狂った」
「ふふ、すみません。でも、あんなに嬉しそうに掃除するリヴァイさんを見られて、私は幸せです」
ナマエは、等身大の言葉で想いを伝えた。
「……リヴァイさん」
名前で呼ぶと、彼の視線がより一層深く、ナマエを捉える。
「……次は、何を作ってほしいですか?」
「……これ以上、俺を甘やかすな。……俺の規律が、お前という存在で、根底から溶けていく」
リヴァイは、飲み干したカップをテーブルに置き、身を乗り出した。
彼の熱い指先が、紅茶の熱で温まったナマエの手に重なる。
「……だが、この砂糖よりも甘い毒なら、悪くない」
紅茶の甘い余韻と、彼自身の濃厚な気配が混ざり合い、密室の空気は、もう誰にも邪魔できない至福の時へと熟していく。
静まり返ったリヴァイの私室。外では時折、夜番の兵士が踏みしめる砂利の音が遠く聞こえるが、この部屋の空気は、まるで深い森の奥にある湖の底のように、凪いでいた。
ナマエは、自分の指先をそっと見つめた。
先ほどリヴァイが重ねた手のひらの熱が、まだ肌の表面に、目に見えない刻印のように居座っている。
「……リヴァイさん、その手袋、本当に気に入ってくれたんですね」
ナマエの声は、夜の静寂に溶け込むように柔らかい。
リヴァイは、机の端に置いた特製の手袋を、愛おしむような、あるいはその奥にある「ナマエの真心」を確かめるような眼差しで見つめていた。
「……言わせるな。何度も傑作だと言ったはずだ」
リヴァイは、不愛想な言葉とは裏腹に、再び手袋を手に取った。
「お前が俺の『手』を想って作ったと言った通りだ。……指先の動きを妨げず、それでいて汚れを確実に捉える。おまけに、無駄に温かい」
「『無駄に』は余計ですよ」
ナマエは、ふふ、と声を漏らして笑った。
なぜかリヴァイに対してだけは、こうした軽口を叩くことができる。それは、彼が彼女を一人の女として、そして対等な人間として受け入れている証拠でもあった。
「……でも、嬉しいです。あなたがそれを使って、少しでも気持ちよく過ごせるなら。……私、あなたを笑顔にしたいって、ずっと思っていたから」
ナマエの真っ直ぐな言葉が、部屋の温度をさらに一段、引き上げる。
リヴァイは、手袋を置くと、椅子に深く腰掛け直し、ナマエを正面から見据えた。
ランプの炎が揺れ、彼の鋭い鼻梁と、薄い唇の輪郭を鮮明に浮かび上がらせる。
「……お前は、本当に底なしの馬鹿だな。……俺が笑おうが、この世界が変わるわけじゃねぇ」
「世界は変わらなくても、私の気持ちが変わります。……あなたが辛そうだと、私の心もチクチク痛むんです。それって、私にとっては世界が滅びるのと同じくらい、大問題なんですよ?」
ナマエは、身を乗り出すようにして言った。
凛とした、揺るがない意志。
リヴァイは、その彼女の強さに、再び完敗したような顔をした。
そして。
「……チッ。勝てねぇな、お前には」
ふっ、と。
リヴァイの唇が、今度ははっきりと、柔らかな曲線を描いた。
それは、部下たちに見せる皮肉めいた笑みでも、勝利を確信した時の冷徹な笑みでもない。
ただ、心から愛おしいものを見つめる時に、こぼれ落ちてしまったような、無防備で、そして驚くほど美しい、真実の笑顔だった。
「……っ」
ナマエは息を呑んだ。
心臓が、肋骨を内側から突き破らんばかりに跳ねる。
彼の灰色の瞳が、温かな光を湛えて細められ、目尻に微かな笑い皺が刻まれる。
その破壊力は、巨人の一撃よりも、いかなる兵器よりも、ナマエの理性を粉々に打ち砕くのに十分だった。
「……今の、反則です」
「あ?」
「今の笑顔ですよ! そんな顔、急に見せるなんて……。私の心臓がいくつあっても足りません」
ナマエは、熱くなった顔を両手で覆い、ベンチから崩れ落ちそうになるのを必死で堪えた。
「……反則だと? お前が勝手に俺を甘やかしておいて、何を言っている」
リヴァイは、可笑しそうに鼻で笑うと、立ち上がってナマエの側へと歩み寄った。
彼の靴音が、一歩ごとにナマエの鼓動と重なり、期待と緊張が入り混じった甘い圧迫感が部屋を支配する。
リヴァイの手が、ナマエの頭にそっと置かれた。
そして、そのまま髪を乱すように、けれどこの上なく愛おしげに、わしゃわしゃと撫でる。
「……俺を笑顔にしたいと言ったのは、お前だろうが。……なら、責任を取れ」
「責任って……どうやって……」
ナマエが、手の隙間から上目遣いに彼を見上げると、そこには、まだ僅かに笑顔の名残を湛えたリヴァイの顔が、至近距離にあった。
「……明日も、茶を淹れろ。……それから、掃除の後の点検も、お前が付き合え。……俺の隣で、ずっとだ」
その言葉は、命令の形を借りた、究極の独占宣言だった。
ナマエは、視界が熱い涙で潤んでいくのを感じながら、けれどもしっかりと頷いた。
「……はい。言われなくても、ずっと隣にいます。……リヴァイさんが、もういいって言うまで」
「……フン。なら、一生離さねぇぞ」
リヴァイは、ナマエの顔を覆っていた手を、自身の大きな掌で包み込み、ゆっくりと引き剥がした。
露わになった彼女の、林檎のように真っ赤な頬と、熱を帯びた瞳。
彼はそれを、壊れ物を愛でるような眼差しで見つめ、それから、誰にも聞こえないほど低い声で、けれど確かな情熱を込めて囁いた。
「……ナマエ。今度は俺がお前を笑顔にしてやる。……来い」
再び重なる、二人の影。
溶け残った砂糖の甘さが、いつまでも二人の間に漂い続け、夜の帳は、どこまでも優しく、彼らを包み込んでいった。
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