隣人は私と愛犬をまるごと独占したい
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深夜一時。リビングの空気は、エルヴィンのノートPCが発する僅かな熱と、加湿器から立ち上る静かな蒸気に満たされていた。
エルヴィンは眼鏡を指で押し上げ、複雑な英文契約書に目を通していたが、ふと隣のソファでスマートフォンを食い入るように見つめているナマエに視線を移した。
「……ナマエ。もう寝る時間だ。視神経の疲労は判断力を鈍らせるぞ」
「あ、エルヴィン。見て、これ! すごいの。レオにぴったりだと思って」
ナマエが弾んだ声で画面を見せてくる。そこには、『愛犬の寿命を二十年延ばす、奇跡のスーパーフード・定期便(今だけ初回90%OFF!)』という、見るからに怪しげな広告が躍っていた。
「レオ、最近少しだけ食欲にムラがある気がするし、これでずっと健康でいられるなら……。あ、あと三分で『初回限定枠』が埋まっちゃうみたい。早く申し込まなきゃ!」
ナマエの指が、迷いなく購入確定ボタンへと伸びる。
その瞬間、エルヴィンの大きな掌が、彼女のスマートフォンを優しく、しかし不可避な力で奪い取った。
「えっ、エルヴィン?」
「……開廷だ。ナマエ、姿勢を正しなさい」
エルヴィンの声が、深夜の穏やかなものから、法廷の検事のような峻厳な響きへと変質した。彼は淀みのない動作で自身のタブレットを取り出し、ナマエが見ていたサイトの『利用規約』のリンクを叩く。
「……ナマエ。君は第十四条、注釈の五項目目を確認したか? 『初回割引を適用する場合、最低二十四ヶ月の継続購入を条件とする。途中解約には商品定価の三倍の違約金を課す』……。これは典型的な、定期購入縛りの悪質商法だ」
「えっ……三倍? でも、そんなことどこにも……」
「ここにある。背景色とほぼ同色の、わずか四ポイントのフォントでな」
エルヴィンは画面を拡大し、証拠を突きつけるようにナマエの目の前に掲げた。
さらに彼は、そのスーパーフードの成分表を瞬時に分析し始める。
「成分の八割は、安価な穀類と着色料だ。犬の健康を維持する法的根拠も科学的根拠も皆無。ナマエ、君の優しさは美徳だが、悪意ある者にとってそれは最高の『餌』になる。……契約書は、たとえそれが一枚のWebページであっても、俺を通すと約束しただろう?」
エルヴィンの鋭い青い瞳に射抜かれ、ナマエは小さく肩をすくめた。
レオが足元で「ふえぇ……」と申し訳なさそうに鼻を鳴らす。
「……ごめんね。レオのためだと思ったら、つい。……私、またエルヴィンに心配かけちゃった」
ナマエがシュンとして俯くと、エルヴィンの冷徹な顔が、わずかに揺らいだ。彼は溜息をつき、奪い取ったスマートフォンをテーブルに置くと、彼女の隣に腰を下ろした。
「……叱っているのではない。君が奪われることが、耐えがたいだけだ」
エルヴィンはナマエの細い肩を抱き寄せ、自分の胸元に引き寄せた。
柔らかな髪から香る、いつもの安らぐ石鹸の匂い。その体温を感じるたびに、彼は自分の独占欲が理性を追い越していくのを感じる。
「君の資産も、君の善意も。一円たりとも、一滴たりとも、得体の知れない誰かに奪わせるわけにはいかない。……君を守るのは、俺だけの特権なのだから」
「……エルヴィン。……ありがとう。あなたがいなかったら、私、今頃大変なことになってたね」
ナマエは彼の胸に顔を埋め、ぎゅっとそのシャツの裾を掴んだ。
自分を律し、守ってくれる、この大きくて温かい檻。
彼女はそこに閉じ込められていることに、この上ない幸福を感じていた。
「わかった。もう勝手にはポチらないよ。……でも、レオの健康はやっぱり気になるから、エルヴィンが一緒にいいフードを探してくれないかな?」
「ああ。既に、欧州の最高基準を満たした数社をリストアップしてある。明日、共に検討しよう」
「……さすが、エルヴィン先生」
ナマエがクスクスと笑いながら見上げると、エルヴィンは満足げに口角を上げた。
彼は彼女の顎を指先でクイと持ち上げると、お説教の執行と言わんばかりに、深く、濃厚な口づけを落とした。
「ん……、ふ……っ」
深夜のリビング、静寂の中で重なる呼吸。
エルヴィンの舌が、ナマエの口内を丁寧に、独占を誇示するように巡る。
それは先ほどの理知的な講義とは正反対の、情熱的で原始的な監査だった。
「……ナマエ。君を甘やかしすぎるのは、俺のリスク管理上、非常に危険だ。……だが、君に頼られる快感は、どんな巨額訴訟の勝訴よりも、俺を狂わせる」
エルヴィンの指が、ナマエのブラウスのボタンに掛かる。
レオは既に、自分のベッドで高いびきをかいていた。
プチ裁判の判決は、いつの間にか、二人だけの甘い夜の執行へと移り変わっていく。
「明日の朝、レオのご飯を頼めるかな? ……今夜は、君をたっぷり教育しなければならないからね」
「……もう。エルヴィンの意地悪」
言葉とは裏腹に、ナマエは彼に深く抱きついた。
都会の真ん中、2LDKの新しい城。
そこには、法律よりも絶対的な、愛という名の専属契約が、今夜も深く結ばれていた。
エルヴィンは眼鏡を指で押し上げ、複雑な英文契約書に目を通していたが、ふと隣のソファでスマートフォンを食い入るように見つめているナマエに視線を移した。
「……ナマエ。もう寝る時間だ。視神経の疲労は判断力を鈍らせるぞ」
「あ、エルヴィン。見て、これ! すごいの。レオにぴったりだと思って」
ナマエが弾んだ声で画面を見せてくる。そこには、『愛犬の寿命を二十年延ばす、奇跡のスーパーフード・定期便(今だけ初回90%OFF!)』という、見るからに怪しげな広告が躍っていた。
「レオ、最近少しだけ食欲にムラがある気がするし、これでずっと健康でいられるなら……。あ、あと三分で『初回限定枠』が埋まっちゃうみたい。早く申し込まなきゃ!」
ナマエの指が、迷いなく購入確定ボタンへと伸びる。
その瞬間、エルヴィンの大きな掌が、彼女のスマートフォンを優しく、しかし不可避な力で奪い取った。
「えっ、エルヴィン?」
「……開廷だ。ナマエ、姿勢を正しなさい」
エルヴィンの声が、深夜の穏やかなものから、法廷の検事のような峻厳な響きへと変質した。彼は淀みのない動作で自身のタブレットを取り出し、ナマエが見ていたサイトの『利用規約』のリンクを叩く。
「……ナマエ。君は第十四条、注釈の五項目目を確認したか? 『初回割引を適用する場合、最低二十四ヶ月の継続購入を条件とする。途中解約には商品定価の三倍の違約金を課す』……。これは典型的な、定期購入縛りの悪質商法だ」
「えっ……三倍? でも、そんなことどこにも……」
「ここにある。背景色とほぼ同色の、わずか四ポイントのフォントでな」
エルヴィンは画面を拡大し、証拠を突きつけるようにナマエの目の前に掲げた。
さらに彼は、そのスーパーフードの成分表を瞬時に分析し始める。
「成分の八割は、安価な穀類と着色料だ。犬の健康を維持する法的根拠も科学的根拠も皆無。ナマエ、君の優しさは美徳だが、悪意ある者にとってそれは最高の『餌』になる。……契約書は、たとえそれが一枚のWebページであっても、俺を通すと約束しただろう?」
エルヴィンの鋭い青い瞳に射抜かれ、ナマエは小さく肩をすくめた。
レオが足元で「ふえぇ……」と申し訳なさそうに鼻を鳴らす。
「……ごめんね。レオのためだと思ったら、つい。……私、またエルヴィンに心配かけちゃった」
ナマエがシュンとして俯くと、エルヴィンの冷徹な顔が、わずかに揺らいだ。彼は溜息をつき、奪い取ったスマートフォンをテーブルに置くと、彼女の隣に腰を下ろした。
「……叱っているのではない。君が奪われることが、耐えがたいだけだ」
エルヴィンはナマエの細い肩を抱き寄せ、自分の胸元に引き寄せた。
柔らかな髪から香る、いつもの安らぐ石鹸の匂い。その体温を感じるたびに、彼は自分の独占欲が理性を追い越していくのを感じる。
「君の資産も、君の善意も。一円たりとも、一滴たりとも、得体の知れない誰かに奪わせるわけにはいかない。……君を守るのは、俺だけの特権なのだから」
「……エルヴィン。……ありがとう。あなたがいなかったら、私、今頃大変なことになってたね」
ナマエは彼の胸に顔を埋め、ぎゅっとそのシャツの裾を掴んだ。
自分を律し、守ってくれる、この大きくて温かい檻。
彼女はそこに閉じ込められていることに、この上ない幸福を感じていた。
「わかった。もう勝手にはポチらないよ。……でも、レオの健康はやっぱり気になるから、エルヴィンが一緒にいいフードを探してくれないかな?」
「ああ。既に、欧州の最高基準を満たした数社をリストアップしてある。明日、共に検討しよう」
「……さすが、エルヴィン先生」
ナマエがクスクスと笑いながら見上げると、エルヴィンは満足げに口角を上げた。
彼は彼女の顎を指先でクイと持ち上げると、お説教の執行と言わんばかりに、深く、濃厚な口づけを落とした。
「ん……、ふ……っ」
深夜のリビング、静寂の中で重なる呼吸。
エルヴィンの舌が、ナマエの口内を丁寧に、独占を誇示するように巡る。
それは先ほどの理知的な講義とは正反対の、情熱的で原始的な監査だった。
「……ナマエ。君を甘やかしすぎるのは、俺のリスク管理上、非常に危険だ。……だが、君に頼られる快感は、どんな巨額訴訟の勝訴よりも、俺を狂わせる」
エルヴィンの指が、ナマエのブラウスのボタンに掛かる。
レオは既に、自分のベッドで高いびきをかいていた。
プチ裁判の判決は、いつの間にか、二人だけの甘い夜の執行へと移り変わっていく。
「明日の朝、レオのご飯を頼めるかな? ……今夜は、君をたっぷり教育しなければならないからね」
「……もう。エルヴィンの意地悪」
言葉とは裏腹に、ナマエは彼に深く抱きついた。
都会の真ん中、2LDKの新しい城。
そこには、法律よりも絶対的な、愛という名の専属契約が、今夜も深く結ばれていた。
