隣人は私と愛犬をまるごと独占したい
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その夜、空は怒りに狂ったように荒れていた。
窓を叩く雨音は、まるで無数の礫を投げつけられているかのように激しく、時折、夜の闇を白銀に切り裂く雷光が、都会の無機質なビル群を不気味に浮かび上がらせる。
ドォォォォン……!
地響きを伴う雷鳴が響いた瞬間、エルヴィンの部屋のドアをカリカリと執拗に掻く音が聞こえた。
エルヴィンが扉を開けると、そこには、震える大型犬のレオと、彼をなだめようと必死な形相のナマエが立っていた。
「エルヴィン……! ごめんね、こんな時間に。レオが、雷を怖がってどうしても落ち着かなくて……あなたの部屋の方に行きたいって、きかなくて」
ナマエの声は、雨音に消されそうなほど細かった。彼女の髪は湿った空気で少し広がり、薄いパジャマの上に羽織ったカーディガンを、不安そうに握りしめている。
「構わない。……入りなさい。レオくんも少しは落ち着くだろう」
エルヴィンは二人を迎え入れ、重い扉を閉めた。
室内は、間接照明の柔らかな光に包まれている。エルヴィンはレオをリビングの厚手のラグの上に座らせると、大きな掌でその黄金色の頭をゆっくりと撫で下ろした。
「大丈夫だ、レオ。ここは安全だ。私が保証する」
エルヴィンの低く安定した声。それは、パニックに陥っていたレオの心を魔法のように鎮めていく。レオはエルヴィンの足元に寄り添い、ようやく深く、長い溜息をついて伏せた。
「……よかった。エルヴィン、本当にありがとう。あなたって、本当に不思議な力を持ってるね」
ナマエは、レオの傍らに腰を下ろし、安堵からふっと肩の力を抜いた。
しかし、外の嵐はさらに激しさを増していく。落雷の衝撃で床が微かに震え、一瞬、部屋の電気が不吉に明滅した。
「……っ」
ナマエが小さく身を震わせ、肩をすくめる。その無防備な仕草は、エルヴィンの中に残っていた最後の理性という名の堤防を、容易く決壊させた。
彼はナマエの隣に静かに腰を下ろした。二人の距離は、触れ合わないのが不自然なほどに近かった。
「ナマエ。……俺はこれまで、君に多くの『正当な理由』を並べ立ててきた。リスク管理、隣人の義務、共同防衛……。策を弄して、君の隣にいるための外堀を埋めてきた」
エルヴィンの声が、今まで聞いたことがないほど熱を帯び、重く響く。
ナマエは、彼の方を向いた。暗がりの中、エルヴィンの青い瞳が、獲物を捕らえる猛禽のような鋭さと、すべてを投げ出すような切実さを湛えて彼女を射抜いていた。
「だが、こんな嵐の夜には、そんな小賢しい理屈は何の役にも立たない。……俺は、もう自分に嘘を吐きたくないんだ」
「エルヴィン……?」
「君を、ただの隣人として守るだけでは、もう足りない。……俺は、君を独占したい。君の生涯にわたる危機管理も、その無垢な笑顔も、すべてを委ねてほしい。俺は君を守るための正当な理由が欲しい。隣人ではなく、もっと近い場所で、君を愛する権利が欲しいんだ」
エルヴィンが、初めてその完璧な策を捨てた、裸の言葉。
ナマエは、目を見開いたまま、彼を見つめた。
心臓の音が、外の雷鳴よりも大きく鳴り響いている。
いつも自分を導いてくれた、大きくて頼もしい手。
その手が今、微かに震えながら、彼女の頬に伸ばされる。
「俺には、君が必要だ。……ナマエ。君がいない毎日は、どんな完璧な判決を勝ち取るよりも、虚しい」
ナマエの胸の奥から、熱い感情が溢れ出した。
鈍感だった彼女の心も、今の彼の言葉、そして彼から伝わってくる圧倒的なまでの熱を、見逃すはずはなかった。
「……私も、エルヴィン。私、あなたがいない毎日は考えられない。エルヴィンが隣にいてくれないと、私、もう歩き方も忘れちゃうかもしれない。……よろしくね。私を、ずっと捕まえていて」
ナマエの答えが終わる前に、エルヴィンの強い腕が彼女を抱き寄せた。
二人の体温が、嵐の冷気を追い出すように混ざり合う。
エルヴィンは、彼女の柔らかな唇を、深く、渇望するように奪った。
「ん……っ、エルヴィン……」
重なる唇から伝わるのは、長年抑え込んできた彼の激情だった。
ナマエの背中に回された大きな手が、彼女を壊さないように、けれど決して逃がさないという執着を込めて指を立てる。
石鹸の香りと、彼特有の上質なタバコとシダーウッドの香りが、ナマエの思考を真っ白に染め上げた。
長い、深い口づけが離れた後、エルヴィンは彼女の額に自分の額を押し当て、熱い吐息を漏らした。
「……ようやく、君を俺の『正域』に収めることができた」
「ふふ、エルヴィンったら。……告白まで、なんだか弁護士さんみたい」
ナマエが幸せそうに微笑み、彼の胸元に顔を埋める。
その瞬間——。
「ワンッ! ワンワン!」
二人の間に、我慢の限界を迎えた黄金色の塊が突っ込んできた。
レオだ。
「僕を仲間外れにするな!」と言わんばかりに、巨体を揺らして二人の膝の上に割り込み、エルヴィンとナマエの顔を交互にべろべろと舐め回す。
「わわっ! レオ、ちょっと待って……! 今いいところだったのに!」
「……レオくん。君の『介入』は、今の状況では法的にも情緒的にも不適切だと思うのだが」
エルヴィンは苦笑しながら、レオの大きな体をなだめようとする。
けれど、レオは嬉しそうに尻尾を振り続け、三人はそのままラグの上に転がるようにして笑い合った。
外の嵐は、まだ続いている。
けれど、この部屋の中には、どんな暴風雨も通さない、世界で一番強固で甘い防衛線が築かれていた。
「ナマエ。改めて言わせてくれ。……君が好きだ」
「うん。私も。……大好き、エルヴィン」
黄金色の犬と、金髪の策士、そして幸せそうに笑う女性。
二人と一匹の、騒がしくも愛おしい夜が、ようやく明けていこうとしていた。
窓を叩く雨音は、まるで無数の礫を投げつけられているかのように激しく、時折、夜の闇を白銀に切り裂く雷光が、都会の無機質なビル群を不気味に浮かび上がらせる。
ドォォォォン……!
地響きを伴う雷鳴が響いた瞬間、エルヴィンの部屋のドアをカリカリと執拗に掻く音が聞こえた。
エルヴィンが扉を開けると、そこには、震える大型犬のレオと、彼をなだめようと必死な形相のナマエが立っていた。
「エルヴィン……! ごめんね、こんな時間に。レオが、雷を怖がってどうしても落ち着かなくて……あなたの部屋の方に行きたいって、きかなくて」
ナマエの声は、雨音に消されそうなほど細かった。彼女の髪は湿った空気で少し広がり、薄いパジャマの上に羽織ったカーディガンを、不安そうに握りしめている。
「構わない。……入りなさい。レオくんも少しは落ち着くだろう」
エルヴィンは二人を迎え入れ、重い扉を閉めた。
室内は、間接照明の柔らかな光に包まれている。エルヴィンはレオをリビングの厚手のラグの上に座らせると、大きな掌でその黄金色の頭をゆっくりと撫で下ろした。
「大丈夫だ、レオ。ここは安全だ。私が保証する」
エルヴィンの低く安定した声。それは、パニックに陥っていたレオの心を魔法のように鎮めていく。レオはエルヴィンの足元に寄り添い、ようやく深く、長い溜息をついて伏せた。
「……よかった。エルヴィン、本当にありがとう。あなたって、本当に不思議な力を持ってるね」
ナマエは、レオの傍らに腰を下ろし、安堵からふっと肩の力を抜いた。
しかし、外の嵐はさらに激しさを増していく。落雷の衝撃で床が微かに震え、一瞬、部屋の電気が不吉に明滅した。
「……っ」
ナマエが小さく身を震わせ、肩をすくめる。その無防備な仕草は、エルヴィンの中に残っていた最後の理性という名の堤防を、容易く決壊させた。
彼はナマエの隣に静かに腰を下ろした。二人の距離は、触れ合わないのが不自然なほどに近かった。
「ナマエ。……俺はこれまで、君に多くの『正当な理由』を並べ立ててきた。リスク管理、隣人の義務、共同防衛……。策を弄して、君の隣にいるための外堀を埋めてきた」
エルヴィンの声が、今まで聞いたことがないほど熱を帯び、重く響く。
ナマエは、彼の方を向いた。暗がりの中、エルヴィンの青い瞳が、獲物を捕らえる猛禽のような鋭さと、すべてを投げ出すような切実さを湛えて彼女を射抜いていた。
「だが、こんな嵐の夜には、そんな小賢しい理屈は何の役にも立たない。……俺は、もう自分に嘘を吐きたくないんだ」
「エルヴィン……?」
「君を、ただの隣人として守るだけでは、もう足りない。……俺は、君を独占したい。君の生涯にわたる危機管理も、その無垢な笑顔も、すべてを委ねてほしい。俺は君を守るための正当な理由が欲しい。隣人ではなく、もっと近い場所で、君を愛する権利が欲しいんだ」
エルヴィンが、初めてその完璧な策を捨てた、裸の言葉。
ナマエは、目を見開いたまま、彼を見つめた。
心臓の音が、外の雷鳴よりも大きく鳴り響いている。
いつも自分を導いてくれた、大きくて頼もしい手。
その手が今、微かに震えながら、彼女の頬に伸ばされる。
「俺には、君が必要だ。……ナマエ。君がいない毎日は、どんな完璧な判決を勝ち取るよりも、虚しい」
ナマエの胸の奥から、熱い感情が溢れ出した。
鈍感だった彼女の心も、今の彼の言葉、そして彼から伝わってくる圧倒的なまでの熱を、見逃すはずはなかった。
「……私も、エルヴィン。私、あなたがいない毎日は考えられない。エルヴィンが隣にいてくれないと、私、もう歩き方も忘れちゃうかもしれない。……よろしくね。私を、ずっと捕まえていて」
ナマエの答えが終わる前に、エルヴィンの強い腕が彼女を抱き寄せた。
二人の体温が、嵐の冷気を追い出すように混ざり合う。
エルヴィンは、彼女の柔らかな唇を、深く、渇望するように奪った。
「ん……っ、エルヴィン……」
重なる唇から伝わるのは、長年抑え込んできた彼の激情だった。
ナマエの背中に回された大きな手が、彼女を壊さないように、けれど決して逃がさないという執着を込めて指を立てる。
石鹸の香りと、彼特有の上質なタバコとシダーウッドの香りが、ナマエの思考を真っ白に染め上げた。
長い、深い口づけが離れた後、エルヴィンは彼女の額に自分の額を押し当て、熱い吐息を漏らした。
「……ようやく、君を俺の『正域』に収めることができた」
「ふふ、エルヴィンったら。……告白まで、なんだか弁護士さんみたい」
ナマエが幸せそうに微笑み、彼の胸元に顔を埋める。
その瞬間——。
「ワンッ! ワンワン!」
二人の間に、我慢の限界を迎えた黄金色の塊が突っ込んできた。
レオだ。
「僕を仲間外れにするな!」と言わんばかりに、巨体を揺らして二人の膝の上に割り込み、エルヴィンとナマエの顔を交互にべろべろと舐め回す。
「わわっ! レオ、ちょっと待って……! 今いいところだったのに!」
「……レオくん。君の『介入』は、今の状況では法的にも情緒的にも不適切だと思うのだが」
エルヴィンは苦笑しながら、レオの大きな体をなだめようとする。
けれど、レオは嬉しそうに尻尾を振り続け、三人はそのままラグの上に転がるようにして笑い合った。
外の嵐は、まだ続いている。
けれど、この部屋の中には、どんな暴風雨も通さない、世界で一番強固で甘い防衛線が築かれていた。
「ナマエ。改めて言わせてくれ。……君が好きだ」
「うん。私も。……大好き、エルヴィン」
黄金色の犬と、金髪の策士、そして幸せそうに笑う女性。
二人と一匹の、騒がしくも愛おしい夜が、ようやく明けていこうとしていた。
